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番外編二 レオン・サージス 前編


 メイスとの結婚から数週間。世間も漸く落ち着いてきた。即位まではあと一年。もうすぐサージスも冬に入る。と、いうことは。



「メイス、ペリペドット領に行くぞ。新婚旅行だ」

「はい! 私、視察で初めて訪れてからずっと、すごく楽しみにしていたんです!」


 夜番のハルが来るまでに、予定をある程度決めておきたい。今後の予定が白いとは言い難いが、無理矢理前倒ししてやれば空きにできる。冬は貴族との付き合いが春〜秋に比べて減るからってのが大きいな。



 コンコンコン


「入ってくれ」

「おはよ。レオン、メイスさん」


「おはようございます!」

「おはよう。今、新婚旅行について話してたんだ。絶対行った方が良い所とかってあるか?」

 前回の訪領から時間が経っているから、領主に直接聞くのが早いだろう。



「これ、うちの観光委員会が作ったペリペドットの冬季観光案内。定番のイベントだけじゃなくて、冬はあの子達の演奏会もある。空調設備を整えた芸術劇場ができたから、冬でも演奏会ができるようになったんだよな」


「あの子達って……」

「案内してくれた子達ですね!」

 当時九歳だったから、今は十二歳くらいか?


「今は三人共、卒業を目前にしてる。手のサイズも大きくなったからクオリティーも上がったぞ」

 そこからハルの自慢話を少しだけ聞いて、日程の話し合いをした。

 雪祭りと演奏会には絶対に行かないと。あとは温泉にも。



「今年の雪祭りは六月三十日。演奏会はその前日の六十月二十九日午後三時から。宿は早めに予約しないと良いとこはすぐ埋まるな。俺の屋敷に泊まるならそれでも良いけど新婚旅行だってことで、チェックインとチェックアウトの日付教えてもらえれば俺が予約しておくよ」


「お薦めは?」


「俺はここだ。見晴らしが良いから星が綺麗に見えるし、遮るものがないから花火も見える。上の方の階だと部屋に大きめの露天風呂も付いてるんだ。スイートルームっていう普通よりも豪華な部屋だと通常料金の十倍とか二十倍はかかるけど、プロポーズとか、結婚記念日とかによく使われるな」

「十倍!?」


 通常料金ってのがまだよくわからないけど、ペリペドットクオリティーだから、相当良い部屋なのだろう。でも、新婚旅行は一回しか経験できないから最高級の宿泊施設に泊まるのもありだな。


「因みに、この宿は平民向けなのか?」

「ああ。貴族向けとの違いなんてほぼないから、顔見知りがいるより落ち着くだろうなって思って。どうせ護衛も入るわけだからリスクは変わらないだろう?」


 貴族との違いがほぼない……? それなら勧められた所に泊まる方が良いな。せっかくの旅行なのにホテルで知り合いに会ったら興醒めだからな。


「貴族向けに泊まりたいならそれでも構わないけど、平民向けのスイートルームの値段が通常料金になるから財布にはかなりの痛手を負うんじゃないかな」

「ここにしよう。メイスはどうだ?」


「お料理も美味しそうですし、お部屋の露天風呂も気になります。私もここが良いです」

「じゃあ、予約してくるから少し待ってて」


 ハルは俺達の動向予定をメモした紙を片手に転移を使った。



「お待たせ。当日まではキャンセルOK、朝食・夕食付きで、温泉は入り放題にしておいた。細かいプランはこれ見て。部屋の内装は着いてからのお楽しみってことで。チェックインは六月二十八日にしておいた。チェックアウトは、特別にいつでも良いってさ」

 そう言ったハルから渡されたのは、プランの案内と無料宿泊券。


「な、なあ……。この宿泊券、無料って書かれてるんだけど……」

「誰も、レオンの財布が痛手を負うなんて言ってないと思うけど」



 やられた……!


「今回だけは俺の奢り。浮いた費用はうちの領で観光するのに使ってくれたら良い。店に箔が付いたら俺も儲かるからな」


 右手でコインマークを作って悪そうに笑うハルに、俺は散財を決意した。流石に、ここまで言われて中途半端で終わらせるわけにはいかない。



「メイス、欲しい物があれば何でも言ってくれ。人と店舗以外なら買える」

「は、はい……! 実はもう、パンフレットを見て一つは決めていて……!」


 メイスが指さしたのは、ブーケ? みたいなお土産だった。何か特別な物なのか?


「メイスさん、こちらギフト用でしたら無料でラッピングまでしていますよ。お母様へのギフトですか?」

「はい! 母は石鹸が好きですので」


「予め石鹸に使用する物を指定すれば、よりお母様好みの作品が仕上がります。確か……色は橙、花は薔薇がお好きでしたよね?」

「覚えていてくださったんですね! 嬉しいです!」


 商機は逃さずってやつか? アンリエット侯爵に随分気に入られていたから、どこかのタイミングで妻の自慢話や惚気話に付き合わされたんだろう。



「追加で料金はかかってしまいますが、どうですか? 生花よりも長く飾っていただけますし、傷み始めたら石鹸として利用もできますから」


「じゃあ、それでお願いします!」

「こちらに載っている土産物はほとんどがオーダーメイドが可能なので、現地で気に入った物がなければ利用してみてください」

「じゃ、じゃあ……もう一つ……」


 営業戦略にまんまと引っかかったな。まあ良いけどさ。ハル、このままだと領主ってより訪問商人って感じだな。これに引っかかった人間が今までにどれだけいるんだろうか。品質は高いんだろうけどさ。


 実物サンプルまで出して解説し始めたし。これ多分どの商品でも説明できるようにしてるんだろうな。ここまでくるとハルの後継が少し可哀想になってくる。



 ハル自身も慣れないことばっかで何でもできるようにならないとって思ってるんだろうけど、普通の領主に同じ説明求めても大したことは返ってこない。


「レオン、レオンは何かあるか? 俺、全部説明できるから聞くなら今だぞ」

「陶器のホワイトペアグラス。雪の結晶が描いてあるやつな」


 これは土産物ページを一目見て欲しいと思った。旅行の時期にも合うし、ペアグラスっていうところが特に良い。



「サンプルはこんな感じ。飲み物を入れた時の見た目も見たいなら出すよ」

「じゃあ見せてもらおうか」

 いき過ぎたように思える観光予習は日付けが変わるまで行われた。




 そして出発の日。トランクはもうハルの無限鞄に入れてもらった。これから転移で向こうに行って、ホテルに荷物を置いてから観光に向かう。ペリペドットの寒さに合わせて上着やブーツも向こうの物を購入した。準備は万端だ。



「じゃあ、行こうか」

「ああ、久しぶりだから少し緊張するな」

「ま、それを一瞬で飛ばすのが俺達だから。安心しな」

「……?」


 ハルが転移したのはペリペドットの領門付近。いつもなら大徳家のカントリーハウスに転移するのに、珍しい。少しの疑問を感じながらも、門に近づく。



『王太子殿下、王太子妃殿下! ようこそ! ペリペドットへ!』


 そんなプレートと共に、大量のクラッカーが鳴らされた。クラッカーは最近入ってきたばかりだから俺も見るのは初めての物で、暫くは何も言えなかった。


「サプライズ大成功〜!」

 発案はハル、それに領民が乗っかったらしい。緊張は驚きで塗り替えられ、どこかに吹っ飛んだ。


「皆、歓迎ありがとう。正直ここまでしてくれるとは思っていなかったからすごく驚いているよ。やっぱり旅行先をペリペドットにして良かった。今日から数日間、よろしく頼む」

「お兄様! メイスちゃん! 私達は絶対後悔させませんわよ! 覚悟してくださいね!」


 完全にペリペドットのテンションに染まったシルヴィの言葉に、また領民達から歓迎の言葉を貰った。



 あれだけ大規模な歓迎ムードだったのに、彼らは俺達が移動する時はいつも通りといった風に接してくれた。プライベートの時間に踏み込まれないのは心身共に楽だからありがたい。

 初日はゆっくり休んで、明日からの観光に備える。


「おおーー! 随分広いな!」

「レオン様、こっちにお風呂があります!」


 宿の部屋は平民向けとは思えない程清潔に保たれ、意匠を凝らした上品な装飾がさりげなくアクセントとして設置されていた。

 今まで色々な所に泊まってきたけど、この部屋は一般的な宿屋よりも遥かに豪華に見える。貴族の屋敷の一室と同じくらいなんじゃないか。そう思う程に完成されている。



「俺は部屋の外にいるから、何かあったら声かけてくれ」

「ああ」

「レオン、夕食は時間指定ある? なければ六時に部屋まで持ってきてくれるって」


 再び声がかかったのは四時。丁度、部屋の風呂を堪能し終わった後だった。



「俺は六時で構わない」

「私も、その時間で大丈夫です」


 夕食に生魚が出てきたのには驚いたが、いざ食べてみると意外と美味しかった。煮込んだり焼いたりっていうのは何度も食べてきたけど、生で食べる発想はなかった。これはメイスも気に入ったみたいだ。


 翌日、今日は演奏会を観に行く。朝はゆっくり起きて、九時に朝食を摂った。街の案内は視察の時と変わらず、ハル。



「ごめん、ホールの席には座れるけど結構混んでるからちょっと待つかも」

「待つのか? 別に良いぞ。何時間でも」


 立場上、待つということを一度もしたことがない。皆、王族の機嫌を損ねないようにって誰よりも早く案内するから。寒いだろうけど、待つのもまた楽しそうだ。



 演奏者と演奏曲の書かれたパンフレットを見ながら列に並んでいると案外早く案内された。大体三十分くらいか。レイン君達の近況も聞けたし、良い時間だった。


 領主とその来客だけが使用を許可されているらしい席に腰を下ろす。分厚めの膝掛けもデフォルトで用意されているから寒さが気になって集中できないなんてことはないだろう。



 音楽サークルに入っていたあの二人以外にも大人や中学生、専門学校生の名前も入っている(名前の隣に学校名書いてあるから俺でもわかる)。

 演奏予定楽器もピアノやヴァイオリン以外に、フルートや打楽器なんかも入っている。



 特に楽しみにしていたのはアイラさんとアイク君の演奏。最後の方だ。アイラさんは最後から五番目、アイク君はトリ。


 今回も自作の曲なのか、聴いたことのない曲名だ。『泡沫』って水に浮く泡、みたいな意味だったと思うけどどんなメロディーになるんだろうか。








「レオン、行かないのか?」

「今無理……。アイク君、すごい……」

 今まで聴いた音楽の中で一番だった。激しい曲じゃないはずなのに、全身がビリビリした。


「気に入ったのか?」

「すごく」

「それなら蓄音機があるなら持って帰れるぞ。アイキーは何枚かレコード出してるから」


「う、売ってるのか!?」

「大人気。予め予約してないと争奪戦になるから俺はもう予約してある。あとは受付横の販売コーナーに取りに行けば良いだけ」



「因みに何枚……?」

「俺のと、レオンの分で二枚」

「最高」


 ガッチリと握手を交わした俺達は、アイク君が販売しているレコードを受け取りに販売コーナーに向かった。


 レオンの言った通り、アイク君のレコードはかなり人気があるようだ。予約者だけで行列ができている。この演奏会も、一般の観客はアイク君の演奏を目当てに来ることが多いらしい。あれは聴かなきゃ損。お金取って良いレベル。


 受け取ったレコードのジャケットには、海中にいるアイク君の絵が描いてあった。今回の『泡沫』に絡めているんだと思う。



「ハル様!」

 聞き覚えのあるその声の主は、アイク君だった。

「アイキー、すっごい良かったよ。今回の俺一番好きかも」


「ほんと! 嬉しい! あ、レオン様も僕のレコード買ってくれたんですね」

「今回のは本当に凄かったからな。終わった後暫く動けなかったんだ」


 さっきまでレコードとか蓄音機っていう物の存在すらわからなかったが、決めた。ここで蓄音機も買っていく。

 それにしても、ハルはずるい。こんな良い物を報告しないなんて。独り占めなんて許せん。


「嬉しいです。今回のは本当に自信作で。あ、蓄音機を持っていなければ、この建物の隣に専門のお店もありますから寄ってみてくださいね。あ、もう行かなきゃ! それじゃ、ハル様、メイス様、レオン様、来てくれてありがとうございます!」


 パタパタとアイク君は裏に入っていった。

「私の名前も覚えていてくれたんですね」

「アイキーは人の名前と顔はすぐに覚えられる子ですから。で、レオンは蓄音機買う?」


「勿論」

 俺達が行った店では試聴ができるらしいから、時間をかけて選んだ。これだって思った物は本っ当に高かったけど、ずっと使っていく予定だから必要な出費だったと思う。



 スノードームオルゴールっていうのも置いてあって、『泡沫』が収録されていたやつはメイス用に買った。今回のイメージらしいクラゲがクリスタルガラスに入っている。


 大量の収穫物を抱え、俺達はホテルに戻った。

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