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七十三話 処理


『ハル、敵の本拠地が見つかったわ!』


 そんな連絡が入ったのは視察の三日目午後。勉強の一環として、公共馬車に乗っていた時のことだった。



『わかった。それで、国内だったか?』

『一応。話を聞く感じ、視察の最終日の夜に決行しそうよ。成功したらペリペドット内での事件になりそうね』


『ああ、成功はさせないから安心してほしい。本拠地は近いか?』

『元ノワール公爵領内にあったわ。ここからだと転移じゃないと間に合わないわね。酒場の地下よ。従業員の一部も仲間だったわ』



 ノワール公爵領か……。当主が変わっても相変わらず問題は山積みだな。手紙を出す暇はない。一気に行って、一気に潰そう。


 今日も温泉に行く予定だから、その時にこっそり話して。レオンの警護はとりあえずヘルガさんに任せる。



 無限牢獄にいてもらうのが手っ取り早いんだろうけど、それじゃあ勘付かれるかもしれない。無限牢獄に入れるのは帰路で良い。

 警護として着いていって、向こうでゆっくりしてもらいながらリアルでもゆっくり帰ることになってるから。



『ありがとう。視察期間が終わったら美味しいケーキでも買ってあげるよ』

『やったぁ! 待ってるわ!』



 通信が途切れ、音が戻ってきた。


「何度話しかけても無反応だったんだが……」

「大丈夫ですか?」


 神との会話を終えて、戻ってくると既に俺は馬車を降りていた。どうやら停留所に着いていたようだ。何度も声をかけたが、俺から反応がなかったのだということで、担いで降ろしてくれたらしい。



「少し……ヴィーネ神と会話をしていた」

「ヴィ、ヴィーネ様とですか……? 何か良くないことが起きるんじゃ……」


「いいえ、その心配はありませんよ。友人とお茶会をするのに、どのような手土産が良いか相談されたんです。久しぶりにケーキを献上することになりました」


 レオン曰く、婚約者のメイスさんどころか、護衛騎士ですら、例の集団については知らないということだ。ここで会話の流れを事細かく話す必要はない。平和的な部分だけの切り抜きで十分だ。



「そうでしたか……! 安心しました……!」

 メイスさんが、守護者を疑うことを知らない子で良かったよ。


「帰ったら着替えて、また温泉に行きましょうか」

「温泉! 私、昨日の温泉がすごく気持ち良くて、すっかりファンになってしまいました……!」


「貸し切っておいたので心置きなく、最終日を楽しんでくださいね」

「最終日……」



 ショモンとするメイスさんを慰めるレオン。早く冬が来れば良いのに。早く結婚してくれたら良いのに。これから更に忙しくなる二人が、新婚旅行を糧に耐えられると良いんだけど。



「ただいま」

「おかえりなさい。私達はもう準備できてるわよ」

「今からだと次の次の馬車に乗るくらいが少し余裕があるな。二十分あれば終わるだろ。レオン、行くぞ」


「メイスちゃんは私ね!」

「は、はい!」


 着替えをして、温泉セットを準備して、いざ出発。



 停留所は『領立温泉前』の一つ後、『観光案内所前』で降りる。


 多くの観光客が入ってくる門であり、案内所でもある。そこから少し歩いた所に、貴族向けの旅館やら温泉やらが建てられている。温泉に行く時はいつもここで降りる感じ。


 運賃を支払い、乗り込む。今の時間は帰宅ラッシュに被らなくて良い。車内には数人しかいなかった。

 今日もヘルガさんは温泉に入ってから出てもらう。万が一コリアに遭遇したら笑えない。



「次は『観光案内所前』です」


 常駐車内係員からアナウンスが流れ、数分で目的地に到着。

 豪華な受付で、全員分の前払い会計を済ませてから脱衣所に向かう。今日も貸切なので、ヘルガさんには脱衣所で出てもらった。


「おはよ、レオン」

「ああ、おはよう。ヘルガ」

 昨日も会ったはずなのに、レオンは少しソワソワしている。


「……? レオン?」

「い、いや……。白いなー……っと思って」

「あ、肌? 暫く太陽浴びてないからね。ハルさんの作った中庭に出たら擬似的な太陽光は浴びれるけど、日焼けするほど出ないからかな。執筆が楽しくて」



 ヘルガさんが小説家をしていることを知っているのは幼馴染組だけ。だからこうやって、貸切の時は遠慮なく話せる。


「でも、白いだけでそんななる? 同性同士なのに」

「白いだけじゃなくて、そばかすとかデキモノだってないだろ」


 ああ……美容系ね。周りは気にするからね。王子のルックス事情。



「そういった類のものを怪我として認識すれば治癒魔法で治るよ。無限牢獄から出てくる水は全部治癒魔法が効いてるから、僕って生活習慣の割に肌は綺麗な方なんだ」

「治癒魔法? 俺でもできるってことか」


「そういうことになるね」

「後で試してみる」



 できるだけ長く湯船に浸かっていたいので、急ぎ目に体を洗い、お湯にダイブ。一応、機密事項を話すから露天風呂はまた今度。


「レオン。敵の本拠地がわかった。俺は今晩、そこを叩く」

「こんな短期間でか?」


「甘味をチラつかせればあの神は動く。今日はヘルガさんに、レオンの護衛を任せたいんですが、良いですか?」

「はい。敵と思わしき人間が来たら、自害できないようにしてから拘束、で良いですか?」

「お願いします」



 本拠地以外にも拠点があったら面倒だからな。何か秘密を持っていること、そして吐く気がないこと。この二つの条件が揃ったら、俺としても荒い手段に出ざるを得ない。



 半永久的に効く治癒魔法をかけた状態でそこまで待遇の良くない娼館に放り込むとかそういうレベルの。


 彼らは痛みには強くても、屈辱には弱いはずだ。自分の力を過信している人間は特に。これは経験談。



 見栄っ張りは屈辱を感じると死を請いがち。こういうこともあろうかと、目星は付けておいた。使う機会がないことを願おう。


「いつ行くんだ?」

「皆を屋敷に送り返してすぐ。勘付かれてトンズラされたら面倒だ。転移で一気に行く」


「そうか……。面倒事を押し付けるようで申し訳ない……」

「俺は、面倒事を回避するために被る面倒事は気にしないぞ。レオンのパフォーマンスが落ちてから回復させる方が面倒事だって判断しただけだ」


 どれだけ面倒でも、それくらいはやる。それに、友達なんだから。


「護衛騎士も六歳の時から保留のままだからな。断っていない以上、レオンを護衛するのが俺の仕事だ」



 ま、今の状態じゃ俺が勝手に護衛してるだけだから騎士としては無給だけど。でも、他人ならともかく友達だから無休かつ無給でも喜んで働く。



「そういえば、そんな話もあったな。大分昔のことなのによく覚えてるな」

「あの衝撃は忘れたくても忘れられない。まだ中の下くらいの平民だった俺に、国のトップが頭を下げたんだ。記憶にしっかり残ってる」


 ライゼン様も、自分の護衛騎士よりも強い人間を味方につけたいって必死だったんだろうなって心に余裕ができた今なら思えるけど、当時は本当にパニックになってた。



「あれは結構無理強いしたような自覚はある。でも、こうやって忙しい中時間割いてくれるだけで俺は嬉しいよ」

「大分落ち着いてはきたし、そろそろ正式に返事を出しても良いんじゃないかって思ってる」


 ラブラブカップルを近くで見ていられるしな。絵の材料が揃いやすい。


「まだ一枠余らせてるから、いつでも歓迎するぞ」

「そのうちな」



 今年中に返事するのが良い気がする。俺の誕生日の後にレオンの誕生日があるから。運命の十六歳。ここを乗り越えられたら俺は満足。あとはカップルを蚊帳の外で見守るだけ。



「そろそろ上がるか」

「そうだな」

「シルヴィ達を待たせているかもしれませんからね」


 風魔法で髪をサッと乾かして、お着替え。ヘルガさんは無限牢獄に帰った。そろそろ帰宅ラッシュに入るから、帰りは俺の転移で。

 勉強のために来ているとはいえ、流石に満員馬車に乗せるわけにはいかない。大人数だから逸れちゃうかもしれないからな。



「お待たせ、待った?」

「軽食食べてたらあっという間よ」

「じゃあ、帰ろうか」

「うん!」


 貸し切り解除の手続きを済ませ、転移を発動。ヘルガさん達を残して、俺は何も言わず、ゴミ処理に向かった。


 領地決定の時に渡された地図の複製版、元ノワール公爵領を地図タップで転移する。神曰く酒場の地下だったよな。



『神、ここからどのくらいの距離?』

『酒場が集中してる通りがあるんだけど、唯一メニューに文字が書いてあるところって言ったらわかるかしら?』


『文字? ここはまだ識字率が低いのか?』

『長年邪神派が統治してたからね。学校がまだあんまり機能してないみたいなのよ』



 ああ……そういうこと。平民じゃなくて、もっと裕福な人間を対象にした酒場ってことね。怪しいな。


 俺の容姿は目立つものでも、記憶に残りやすいものでもない。顔は隠さない方が目立たない。道行く人が俺を二度見していくが、多分身長のせい。

 明らかに子供と思わしき人間が酒場が集中している通りを堂々と歩いているのだ。が、身なりを見てどこかの商家の子供だと思ってくれたのだろう。声をかけられることはなかった。



『ここか? 外に出てるメニューが文字だけってとこ』

『ええ、そこよ。裏口もあるから奴らはそこから出入りしてるわ』


 裏口か。関係者以外立ち入り禁止区域だな。細い裏道を通り、人の目を盗んで裏口から侵入。幸いにもスタッフはいなかったから楽に潜入できた。

 ここの地下だろ?



「――――――――――」

「――――」


 やべっ! 誰か来た! どこか隠れられる場所!

 俺は咄嗟に近くに置いてあった棚の中に隠れた。酒瓶を入れていたみたいだが、その奥には空間があるようだ。棚の壁があるはずの隙間から、僅かに光が漏れている。ここの可能性が高いな。



 少し押すと、カコンと小さな音が鳴り、地下に続く階段が現れた。光はこの下だ。見つからないように、天井を這うようにして最下層に到達。近付いてみると、そこにいる何人かの会話がよく聞こえてくる。



「王太子暗殺計画はどうだ? いけそうか」

「ああ。不用心にも、護衛の一人すらいなかったからな」

「その上武器も持っておらん」


「決行場所にあの領地を選んだのは正しかったようだ」

「漸くメビウス神への贄が手に入るな」

「くくく……違いない」



 メビウス神? 俺の無限牢獄にいる? まだ消えたの知らないのか、こいつら。王子を贄にすれば復活が早まるとかそういうこと? 昔狙われたように。一旦縛り付けて吐かせてみないとわからないな。



 何が効率良いだろう。殺傷能力が低くて、かつ一気に捕らえられる魔法。よし、風魔法で踵を切ってから地魔法で体の半分を地面に埋めよう。これで殺さずに無力化できそうだ。


 極限まで手加減して魔法を放つと、刃物のようになった風は瞬時に団員の踵を抉った。ま、後で治癒魔法かければ良いよな。ちょっとくらい怪我させちゃっても。そのまま地面を液状化させて、胸下まで地中に埋めて固める。



「な――!」

「だ、誰だ!」


「王太子の近衛(予定)兼、ペリペドット大徳。ハル・ペリペドットですよ。ゴミが友人の周りをウロついているとのことですので、処理に来たんです。こんなに簡単に基地に入られるなんて、不用心なのは一体どちらでしょうね?」


「こ、殺してやる!」



 三下みたいな台詞を吐く団員だが、地面に埋められているせいでそれは叶わなそうだ。魔法での攻撃も試みようとしているが、詠唱もできない。俺が殺気を放てば大抵の人間は手も足も出なくなる。


 これを浴びてもなお、サシでやれるのはヘルガさんくらいじゃないかな。ヘルガさんなら対抗して殺気放ってきそうだし。



「恥ずかしながら、こちらが貴方達の情報を掴んだのは今日なんです。ここ以外に基地がある可能性を危惧して、今から尋問しようと思います。吐かなければ、死ぬよりキツいお仕置きをしますからそのつもりで。条件を満たす娼館を見つけるのは骨の折れる作業でしたよ」



 これだけ言えば、理解できる人間は自分が何をされるか容易に想像できるだろう。


「どうするか? 無抵抗の状態にされて半永久的に男共の相手をするか、吐いて楽になるか。メビウス神はもう消えてるし、あんた達のやっていることは意味がないんだ。受けるのは俺じゃないし、選ばせてあげるよ。あ、それ以外の選択肢を選んだ場合は強制的に娼館の生け贄にするよ」



 簡単に楽にしてやるものか。一生後悔すれば良い。レオンが十年以上味わされた苦痛をゆっくり、生涯かけて味わえば良い。


「さあさあ、どっちにするか? 指示した人間がいるならそいつも吐いてもらわないと。こっちにも時間がないんだよね。俺のイライラが募る度に、一人ずつ娼館送りな」


 プレッシャーを与えて早く吐かせる。吐いても吐かなくても団員達に未来はない。王太子暗殺未遂なんて、流刑以外の何物にもならない。

 ベノム島か、娼館か。マシな方を選んでくれれば良いさ。



「し、指示は前の領主がしたものだ。酒場を使えば紛れられる、とここを提供されて」

「抵抗したら家族に何をされるかわからない!仕方のないことだった!」


 その割には随分と楽しそうだったな。家族は一時凌ぎの嘘か、邪神信仰に染まったか。



「ほ、本当なんだ!」


「……。団員の数は。俺の領地に向かった人間は何人いる」

「さ、三人だ!」

「俺達とその三人以外いねえ!」

 三人か。ヘルガさんなら平気だな。


「三人……ねぇ。残念、計画は失敗。俺の次に強い人を警護に付けたからね。吐いてくれたところ悪いけど、君らはきっと流刑だよ。可哀想に。計画は十年かけても失敗だらけ。ボスは流刑になって、自分達も後を追うことになるなんて。貴方達は、来る領地を間違えた。悲しいね。もうすぐ捨てられるんだよ。男の相手はしなくて済むけど、ベノム島で何日生きられるだろうね」



 吐いてしまった以上、罪を認めたのと同じだ。厚生の機会すら与えられないなんて、なんて可哀想な人達。新しい領主はヴィーネ神信仰者。

 領主が変わった時点で手を引けば、レオン以外には気付かれないまま普通に暮らせていたかもしれないのに。彼らは道を踏み外した。精々来世に期待するんだな。



「そ、そんな……!」

「どうしてそんな顔をするんだ? 殺しというジャンルに手を染めた時点で、それが明るみに出たらどうなるのか覚悟しないか? 王太子暗殺の罪を犯した人間を庇ってくれる人はいると思う? 王は庇ってくれないだろうね。自分の息子の命が脅かされてたんだから」



「あ、ああ…………」


 領主には事件の旨を話した手紙を出しておいた。捕まるのは時間の問題。最期の晩餐。踵の怪我を治して、俺のお昼ご飯にしようと思っていた魔物肉だけは出してやった。



 暫くすると、バタバタと音が聞こえてきた。


「だ、大徳様!」

「見ての通り、彼らは人生最後の晩餐を貪っているところです。あと三人はうちの領にいるようですが彼ら曰く、ここにいる団員で全員だそうです」


「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。彼らは拘束し、王宮の騎士団に引き渡すことをお約束します。私共の責任であります。どのような罰も受け入れましょう」



 ま、そうだよな。気付かなかったとはいえ、特大のゴミを抱えてたんだから。


「前ノワール公爵の尻拭い中ですし、貴方自身には大した罰は下らないと思いますよ。レオンがどう思うかによって変わりますが、少なくとも陛下は貴方の手腕を評価していましたから。それでは」


 この人はレオンとも面識がある。レオン自身も彼のことは評価していた。流刑にはしないだろう。ただ、経済支援を打ち切られることは覚悟しておいた方が良いと思う。向こうにも世間体というものがあるからな。流石に無罪放免お咎めなしとはいかない。


 屋敷に戻ると、ヘルガさんが全員をのしたところだった。やっぱり護衛に付けておいて良かった。今まで死を回避してきた訳だから、レオンにも護身はできる。



 でも、ヘルガさんがいるってだけで随分と安心感が生まれるようだ。パニックで過呼吸……とかにはなっていない。


「ヘルガさん、こっちは片付けました。向こうの領主に手紙を出して引き渡しも終わらせてます」

「ハルさん、こちらも襲撃してきた分は拘束しました。人数はあってますか?」


「はい。襲撃人数は三人らしいので」

「随分と舐められたものですよね、僕達も」

「そうですね。守護者と、それに対抗できる人間がいないなら、護衛くらい付けるのに」


「それじゃあ、俺はコレを連れて城の騎士団に行ってきます。夜の当番もいたはずですから。レオンは帰ってから説明すれば良いよ。今は休んで。十年以上、一人でよく頑張ったな」


「……! ああ…………。ありがとう、ハル、ヘルガ……。心から礼を言う」



 レオンの涙には気付かないふりをして、今度は騎士団の詰所に転移した。

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