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七十一話 視察 三


 普通教室を案内された俺達は、次に特別教室に向かった。ここでレインとアイラにバトンタッチだ。



「実験室にごあんないします。レインです」

「ああ、よろしく」

 辿々しくも、敬語を使って説明をするレイン。気分は保護者。


「ごしつもんはありますか?」

「安全対策について聞きたい。実験には事故のリスクがあるから、どうやって親御さんを納得させたのか」


「実験室に入る時は、運動着の上からこの服に着替えます。学校服飾師の人が開発した、安全機能が付いた実験服です。火傷のリスクを減らします。他にも手袋と保護用のメガネ、保護用のマスクもあります。爆発するかもしれない危ない実験は、小学校ではやりません」


 ふざけた結果爆発してそれに巻き込まれて死にました、なんて言いたくない。そういうのはもう少し精神的に大人になってからやる。中学二年生以降。



「眼鏡が保護? お洒落する時に使う物だって認識だったのだが……」

「確かに、そういう目的で使う人もいます。でも、目は大切にするように、とハル様が……」


「ハルが……?」

「俺、眼鏡がないと左目がほぼ見えないんだよ。あの時神力を手っ取り早く手に入れるために贄として差し出したのが左目だから。差し出したから治癒魔法で治すこともできない。視力が少しでも残っていただけマシ」


 カリウ先生お勧めの眼鏡職人に作ってもらった眼鏡は俺の視界回復に貢献してくれている。多分、来世以降も左目は視力悪いままだろうから、あの職人がいた所は覚えておいた。



「確かに、目が悪い人間は不自由さを知っているからな……。というか、俺、そういう事情あったって知らされてないんだけど」

「左肩を叩かれただけで吃驚するようだったから、とっくに知ってたかと思って」


 左目が見えにくいせいで、眼鏡を作るまでは左側からの呼びかけに中々気付かなかった。あの水を飲んでいたとはいえ、精神的な疲労もあったし、気配を感じることも出来なかったからな。



「俺が鈍すぎたのか……次からは左からは声をかけないようにする」

 いや、今は別に良いんだけど。でもこれ以上時間を取らせるわけにもいかないから黙っておいた。


「次は運動場にごあんないします」

 運動場は、学校の門から入ってすぐ横にある。魔物襲撃の予兆を感じたら、この運動場に集まって人数確認をした後に避難所に向かうからそれに便利なようになっている。

 後は、秋頃に学校祭があるからその会場としてもその位置が適切だと判断した。


「こちらが更衣室です。授業が始まる十分前にここで着替えて、時間に間に合うように運動場に行きます。男女で分かれていて、夏のために空調設備もされています」

 ロッカーには番号が振ってあって、自分の番号の所に制服を入れる仕様だ。水分補給もしたいだろうから、水道も引いてある。



「学園の更衣室とどっちが整っているんだ……?」

「少なくとも、四組が使う場所よりは豪華で広いぞ。あそこは空調設備どころか、ロッカーとかライトすらなかった」

「更衣室なのにロッカーがない……?」


 アイキーが驚愕の表情を見せる。

「まあ、平等は謳ってたみたいだけど設備の違いは大きかったな。ライトもない、ロッカーもない、空調設備もない。悪い言い方すると、ただの四角い空間」


 あの設備で早着替えの技術が身についた。あそこの暑さに絶えられない。


「じゃあ、ハルの欲しかった設備を全部導入したんだな」

「ああ。俺の領民である以上、こういう不自由はさせない。税金も取っちゃってるしな。ここまでしないと暴動が起きそうで怖いってのがある」



 期待したら期待した分だけ落胆が大きい。至れり尽くせりとまではいかなくても、期待には応えないとって思ってる。


「ぼうどうなんてしないよ!」

「前のとこと比べれば雲泥の差だから!」

 食い気味で否定する子供達。可愛いな。そしてありがたいな。未来を担う子供達がこんな風に思ってくれるのは。


「期待には応えてあげたいってことだよ。本当に暴動を起こすとは思ってない。あの惨状を見ても犯罪ひとつ起こさなかった人達だからね」

 皆で助け合って復興に向けて動く領民達を見て感動したのは今でも覚えてる。


「そんなことより、あと二時間でお祭りが始まるから、案内再会だよ」

「あ! はい。えっと、ここから先の特別教室を案内します。案内役の、アイラです。こちらにどうぞ」



 調理室、裁縫室、音楽室。アイラにはこの三つを紹介してもらう。本当は図書室も作りたかったのだが、流石にそこまでは出来なかった。大きめの図書館を一軒建てるのが限界。それ以上は学費を取るか、税金を上げないと無理だって判断した。



「最初は調理室です。普通の家にもある保冷庫よりも大きい物があります。調理台も、グループを作って作業することをぜんていにしてるので、広くて障害物もありません。この調理台の引き出しに調理用のお箸やヘラが入っています。下の棚に調理道具、包丁とかの危ない物は先生の部屋にしまってあります。実習の時は家から材料を持ってきて作ります」


 一応最低限の料理はできた方が良い。レオンやシルヴィ程は求めてない。火の正しい使い方は覚えてほしい。フェリーチェからの教え。すごい納得できた。


「あと、実習の時にはエプロンとバンダナ帽子を被って、手も洗って、料理にゴミが入らないようにも気をつけてます」

「俺もこの学校通いたかった……」


 あ、ダメージ受けてる。可哀想に……。最上位の身分の人間が、ごく普通の平民が通う学校をこんなに羨むなんて。頑張った甲斐があったというものだ。



「アイラさん、この教室も綺麗なのだけれど、ここも皆で掃除をしているのかしら?」

「はい。担当のグループがしています。あとは使った後に先生がちゃんと綺麗になっているか確認します。綺麗になってなかったら休み時間に片付けしたりもします」


 それでも間に合わなかったら放課後に残るとかもあるらしい。なるべく早く、そして使った時よりも綺麗に。それがこの学校の調理実習で教えていることだ。


 学校に入って何度目かの「なるほど」を聞き、裁縫室に行った。


「ここではミシンを使って、かんたんなカバンを作ります。作ったカバンは運動着を入れたりするのに使えます。一人ひとつ、裁縫道具も買って手縫いの練習もします」



 自分で制服の修繕ができたり、服飾系に就職の時、簡単でも地盤ができていたら仕事も早く覚えられるからな。本当に凄い人は、売り物みたいなカバンを仕上げてくる。



 コンテストも開催されるらしいから、生徒は毎年気合いが入ってる。先生達は本当に、生徒のやる気を引き出すのが上手いよな。皆、お祭り好きだからすごい効果。


「買うの? 貸し出しとかじゃなくて?」

「はい。卒業した後も使う時もありますから。中学生でも使うって聞きました。デザインもたくさんあって、可愛いのとか、シンプルなものとかあります。えっと……この辺にチラシが……。あ、ありました!」


 アイラが出した二枚のチラシには、サイズもデザインも値段もバラバラの裁縫セットが載っている。


 お嬢様みたいなシルエットを中心に、色々な図形が散りばめられている物や、白と青で激しい波を表現した物、シンプルな無地の生地を二色組み合わせた物、革カバンに似た物など、様々だ。


「あと、絵の具セットもあります」

「絵の具!? 高くないか……?」

「うちではそこまででもない。裁縫セットと同じくらいの値段」


 チラシを渡すと、レオンもメイスさんも理解できないと言いたげな表情をした。


「可愛いだろ? 俺はこのモノクロの格子柄で、リボンが付いてるのが好みだったから買ったんだ」

「俺、今それどころじゃない……。どんどん価値観壊されてく……」


 まあ、王都とは物の価値が違うからな。蜂蜜も砂糖も、王都では買えないけどここでは手頃な値段で買えるし。氷も大して高くない。それと同じように、教材も安いのだ。



「もう、驚くだけ無駄だな。こういう場所だって受け入れよう」

 若干諦めてるな、これは。


「じゃあ、次を案内してくれ」

「はい。最後は音楽室です」


 防音のための分厚い扉を開けると、最初に飛び込んでくるのは多分、グランドピアノ。何度も目を擦るけど、無駄だ。この光景は夢じゃないし、幻でもない。



「こ、これも安いのか……?」

「いや、二千万はした。一番価値の高い白金貨二枚以上。三枚出して漸くって値段かな。因みに中学にも一台ある。貴族の屋敷から中古で買ったから安く済んだよ。この国で新品買うってなると三千万は超えるらしいから」



 全部学生時代に王侯貴族に品物売りつけて稼いだ金で買った。税金は関係ない。俺の財布が随分淋しくなったくらい。


「領民好きすぎだな……」

「まあ……好きだよ。小遣いはたくことに抵抗はないくらい」

「白金貨は小遣いじゃないだろ!」

「売り上げだな。因みにヘルガさんのは別であるぞ」


「貴族だな……」

「貴族です」

「ほ、他にも楽器はあるの?」


 話題を逸らしたいのか、メイスさんが遮るように言った。



「たくさんあります! 楽器庫はこっちです!」

 楽器の話題を直接出された瞬間、アイラはパッと笑顔になった。小、中とサークルがあるのだが、アイラは音楽サークルに入っていて、音楽が好きなのだ。


 アイキーも音楽サークルで、レインは料理サークル。街の中にあるホールで、合同演奏会もある。



 今回はアイラが案内役だからアイキーはじっとしているが、内心混ざりたくて仕方ないだろう。


 よし、ここは口を出してみよう。

「アイラ、ただ楽器を紹介するんじゃなくて、実際に演奏してあげるのはどうだ? アイキーも。まだ少し時間があるんだ」


 視察終了予定時間まであと三十分くらい。一人一曲くらいならできる。

「確かに! わたしはピアノを弾くね!」

「じゃ、じゃあ僕はヴァイオリン弾く!」


「用意しておいで。じゃあ、そういうことだから。その辺の椅子に座って。一応うちから貸してるから服は汚しても良いよ」

「汚れようがないくらい綺麗なくせに」



 アイキーのチューニングのことも考え、最初はアイラになった。

 準備ができたところでペコリとお辞儀をして、ピアノ椅子に座る。


 タンタンタンとステップを踏みたくなるような出だしと共に曲が始まった。アイラは性格だけじゃなくて、演奏曲も元気いっぱいだ。


 アップテンポなメロディーが続いたと思いきや、急に優しい音色になったり、転調してみたり。音楽に緩急つけて弾く。




 最後の一音を引き終わったアイラに、俺達は惜しみなく拍手を送った。少し照れながらお辞儀をするアイラは、そのままアイキーにバトンタッチ。


 完璧すぎる紳士の礼を取ったアイキーは、少し息を吸って弓を引いた。

 アイキーは落ち着いたバラードが得意。アイラはフェリーチェの時代に活躍した音楽家が作った既存の曲を演奏したが、アイキーは自作の曲だ。


 曲ができる度に一番に聴かせてくれるから、誰よりも早く入手できるが、今日の曲は聴いたことがない。知らないメロディーに心底驚く。最後に聴いたのはほんの数週間前。あの日からそんなに経っていないのに、完成度が高すぎる。



 曲作って終わりじゃない。その後に暗譜したり調整したりって多くのステップがある。それら全てをこの短期間でやってのけるとは。


 ゆったりとしたメロディーの中には胸をぎゅっと締め付けられるように痛む、切ないフレーズもある。

 演奏の終わりには、レオンが涙ぐむという事態にまでなった。



「ありがとうございました」

 ということで、怒涛の質問責め。レオンもメイスさんも、前のめりになって問いを投げる。


「えっと……。曲名は『欠片』です。片想いをテーマにした曲です。こういった曲しか作れないのですが……」


「作曲できるだけで誇っても良いと思うわよ」

「ああ、涙を誘う素晴らしい演奏だった」


「あ、ありがとうございます。王都の方からそのような評価を、受けることができて嬉しいです。それで、その……ハル様は……?」

「優しさの中にも暗い部分があって、胸が痛くなるような切ないメロディーがあったのがすごく泣きそうになったよ。やっぱり、アイキーの音楽は情景が鮮明に思い浮かべられるから好きだ」



 綺麗な笑顔から、無邪気な笑顔に変わった。もっと褒めてと言わんばかりのアイキーの頭を撫でながら、プチ演奏会及び小学校視察は終わった。

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