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七十話 視察 二


「午後はどうするんだ?」

 一時間ほどかけて昼食を摂り、落ち着いてきたところでレオンが切り出した。食事中の興奮が嘘みたいに冷静。



「この後は産業区の一部を見てもらって、授業が終わる頃に学校行く予定。放課後ならそこまで迷惑にならないだろうから」


 冗談混じりに言った案内については多分いないだろうから、俺が案内しよう。一応全部確認してからゴーサイン出していたから、間取りは把握している。




「大分休憩したし、そろそろ行こうか」

「ああ」

 出ていく時に清掃スタッフにゴミを回収してもらい、数時間ぶりに人力車に戻った。視察らしい視察、再開だ。


 最初に見に行く産業区は漁業。とてつもなく遠いので俺が各地に設置した転移ステーションから向かう。普通に歩いたら何十時間もかかっちゃうから。お祭りに間に合わなくなる。



 最初からは無理でも八時から始まる花火には間に合わせてあげたい。王都よりも迫力ある花火を特等席で堪能してもらわないと帰せない。


 一番気になっていたらしい牡蠣の養殖場も見てもらった。冬以外に牡蠣を食べるとアタる可能性が高いから今回はなしだけど、いつか来た時に一緒に食べに行こうと思う。



 市場はまた明日。林業の現場も明日。農業は少しなら今日でも間に合いそう。


「次は養蚕と綿花だな。多分産業区は今日これで最後になると思う。少し遠いけど、トイレとか平気か?」

「じゃあ、少し休憩入れてもらっても良いか?」

「わかった。じゃあ小休憩所に行くよ。着いたら十分くらい休憩して出発しよう」



 ここから近いのは、五分もあれば着きそう。歩きっぱなしも疲れるけど、逆にずっと座ったままってのも疲れるからな。明日からはもう少しこまめに休憩を入れてあげよう。


 近くの店で三人分の水を買い、小休憩。ついでに風魔法で汗を飛ばす。やっぱり魔法でズルしないと暑くて暑くて。


「ハル、大丈夫か? キツいなら俺ら歩くから、あんま無理はするなよ」

「平気平気。本当にキツくなったら魔法使うから。それに、皆みたいに人力車引いて人並みに汗かくのも結構楽しい」


「ハルの体力を持ってしてもキツくなったら魔法使う前に歩くよ。流石にこっちが申し訳なくなるから」

「そこまで言うなら、まあ。歩いて見るのも中々良いからどこかの日でやっても良いな」

「それ良いな。明日はそれにしよう。メイスが疲労を感じたら人力車を貸してもらうことになるとは思うけど」

「一応、待機はさせておく」



 あ、落ちたな。十分経った。本当は懐中時計にタイマーが付いててほしいけど、生憎そんな技術はない。ちまちま砂時計で計ってる。


「メイスさん、そろそろ大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 蚕はメイスさんが幼虫に拒否反応を示したものの、自分が普段着ている服はこの蚕のお陰であることは知っているから、薄目にはなりながらもちゃんと最後までダウンはしなかった。


 綿花畑のおばちゃんにイチゴを貰って回復していたから良かったけど。無理させるのが初日で良かった。後はそんな気持ち悪いって思うようなものはないから。


「よし、最後は学校だな。結構時間余らせたからたっぷり紹介できそうだ」

「私、学校がすごく楽しみにしていました!」

「それじゃあ、メイスさんのために早く行きましょうか」



 転移ステーションでまた街の中心に戻り、気持ち急ぎめに学校へ向かった。今日は小学校、明日は中学校の予定。


「着いたな。校長先生に話はしてあるからもう入って良いぞ。あ、入る前に……。ここで来客用の中履きに履き替えてほしい」

「用意されているなんて、親切だな」


「まあ、保護者説明会とかでも忘れちゃう人もいるし。長期休みで自分の中履きを持って帰った子が、登校日に忘れてくるってのも珍しい話じゃないからな」

「「保護者説明会?」」


 二人揃って首を傾げる。こういうところも似てるんだな。

「月に一回、生徒の保護者を集めてクラス単位でその月の出来事を共有する会のこと。入学予定、卒業予定の子供がいる親はもう少し頻度は高くなるけど基本月イチだな。翌月の予定もその保護者説明会で開示される。行けなかった人にも紙面で報告書作るし、アポ取れば説明してもらえる」



 ぜーんぶオブシディアンと神二人組から取った制度。神二人組も、出たことがなかったらしいから細かい制度とかは不明瞭らしいけど、こんな感じか? っていうのでやってる。


「初めて聞く制度だな」

「私もです」

「まあ、入手経路が特殊だから」



「ハル様ーーーー!」

「お客様の案内しに来たよ!」


 後ろから元気に声をかけてくれたのは小学三年生の三人組。朝、ソーダをくれた子達だ。何で関係者でもないのに把握してるかって? 俺はこの街の学生の名前と顔と学年は一致させるってのは徹底してるから。セルフで追い詰めるタイプ。


「本当に案内してくれるのか? お祭りの準備もあるだろ?」

「おばちゃんが、お客様を優先して良いよって言ってくれたんだ!」


「うん! だから遠慮しなくて良いよ!」

「じゃあ、お願いしようかな」

「お任せあれ!」

 そう言って、手前の子が胸を張って答える。


「本日、お客様をご案内させていただくとこになりました。ペリペドット大徳領立小学校三年のアイクと申します。どうぞよろしくお願いいたします。左から、レインとアイラです」

「「よろしくお願いいたします」」


 そう、この子達落差が凄いんだよな。特にアイク(愛称アイキー)は中学教師の息子だからこの三人の中では最も大人の演技ができる。

 他二人は経営者の子供だからそれなりに敬語は使えるけど、賓客の相手となるとアイキーが適任。

 いつもは真ん中で目立つことはしないけど、こういう時はレインもアイラも不慣れなところはあるから。



「丁寧にありがとう。レオンだ。この人は、婚約者のメイス。案内よろしく頼むよ」

「お任せください」


 俺より完璧な他所行き笑顔を浮かべたアイキーは、客側である俺達に背中を向けないよう斜め前に立ち、歩き始めた。各々得意な場所があるので交代しながら案内してくれるみたい。


 各教室はアイキーが、実験室や運動場はレインが、調理室や裁縫室などの特別教室はアイラが案内人だ。



「こちらの棟は通常教室となります。特別教室は別棟にありますので、後程ご案内いたします。今回は通常教室の一例として、私達の教室にどうぞ」


 一クラス二十人編成で、各学年に二クラスずつあるが、アイキー達は一組だ。

 教室に入ると懐かしい景色が飛び込んでくる。設計やデザインに関わったから、これは開校前に何度も見た光景だ。久しぶりに見たな。



 上下移動可能な黒板、一人ひとつずつある机と椅子、教室の後ろにはそれぞれのロッカーと掃除用具入れがある。


 今までのどの学校とも光景が違ったのだろう。二人共、ポカンとしている。この設備全部、高い税金でなせる技だ。



「あの、質問良いかしら?」

「はい、メイス様。私に答えられる範囲でしたらお答えします」


「この学校では清掃員はいないの?」

「配置自体はされていませんが、街の美化に繋げるため、生徒は自分達の利用した場所を自分達で清掃するシステムになっております。掃除の大変さがわかっていれば街中を汚すことに抵抗感を感じますから」



 これもフェリーチェが昔取り入れていた清掃制度。清掃員はゴミ捨て場と学校の門清掃のために何人か配置されているけど、窓もトイレも水道も、基本的には全部自分達が掃除をする。


「じゃあ、今日も掃除をしていたのね」

「いいえ、本日は特別日課でしたので掃除はありません。建領記念日、ハル様のお誕生日、ご婚約者のシルヴィ様のお誕生日、夏祭り、冬の雪祭りは午前中に授業がありませんので特別日課となります。この日は本来掃除をする時間に下校し、各自でできることをします。それ以外の日は基本的にあります」


「色々考えられているのね」

「全てハル様のご提案です」



 いや、尊敬の眼差し向けないで。大体パクリだから。既存のシステムを自分の領に合うように改良しただけだから。


「俺からもひとつ」

「はい」

「この教室、机が凄く綺麗だと思うんだけど、色々な性格の生徒がいるのにどうやって綺麗に保っているんだ?」

 少し考える素振りを見せ、アイキーは答えた。


「劣化によりささくれてしまった机は長期休み期間中に職人街に送られ、カンナをかけてもらいます。生徒が事故で破損させてしまった場合は学校が負担し、直すか交換を行います。もし、故意だった場合はその家庭に損害賠償が求められます。そして、壊した生徒にはボロボロの椅子と机が回って来た時に拒否権が与えられなくなります」



 これに関しては我ながら恐怖で縛るような制度を設けたと思う。各家庭で、絶対に壊すなって釘を刺されてるだろう。基本、皆素直だから今のところ故意に壊した事件はまだない。


「……これも社会経験の一つってことか」

「はい。自分のしたミスの責任は全部でなくとも、何かしらの形で本人が取る。それは社会に出てから必要なことだと思います。それに……皆、ハル様のことが大好きだから、ハル様の嫌なことはしたくないんです」


「人望だな、これは。凄いじゃん、ハル」

「まあ、仲良くなりたくて色々した努力が実ったみたいで良かったよ」

 祭りの開催、権力の分散、平民の政治参加、施設訪問、学生の名前暗記、などなど。特に名前の暗記は本当に労力を費やした。


 これで近付けなかったらもう諦めるしかないレベルで頑張った。あんなに勉強したのは受験期以来かもしれない。



「でも、大人はともかくこの子達は子供だろう? そう簡単にはいかなかったはずだ」

「ハル様は領内の学校に通っている子供の名前は完璧に把握されています。僕のことも、親しみを込めてアイキーという愛称で呼んでくださいます。名前と顔だけでなく、それぞれの希望まで抑えていらっしゃいます。要因の大きなものはそれだと思います」


「凄いですね……ハル様」

「ああ……。ここまでする人間に、人が集まらないわけがないな」

 わあ、すごい褒めてくれる。嬉しいな。


「教室に関して、ご質問はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」

「では、お手洗いにご案内いたします」


 トイレは各階の端と端に、二つずつ設置してある。全て下水道に繋がっているので、完全水洗。

 光の魔石で水の浄化もしてあるから、本人に抵抗さえなければ蛇口から出た水をそのまま飲むことも可能だ。



 メイスさんは女子トイレをアイラに紹介してもらい、レオンはアイキーだ。

「こちらは完全個室制で、全て下水道に繋げられていますので常に清潔を保っています。お客様用のお手洗いもありますが、そちらも水洗となっています」


「ぜ、全部!?」

「はい。街中に設置されている公衆トイレも、各家庭に設置されているトイレも、全て無料で利用できる水洗トイレになります」


「ハル、予算は? 借金はしなかったか!?」

「借金? そんなものするわけないだろ。返せなかったら来世面倒だし。浄化の魔石は俺が魔法研究所に技術提供して、格安で購入。どの家庭でも取り付けられるように商会に委託。公共施設のトイレは税金で、公衆トイレは一から俺とヘルガさんで作ったから人件費はゼロ。上下水道は友好関係が築けている竜ヶ丘から技術を学んで引いた。徴税額も高い方ではあるし、借金する程金に困ってない」


 やっぱり税金が高いと、こういうところで自由度が効く。


「税金か……。アイク君達は物価とか税金の高さについて何か思ったりするか?」


「いいえ、何も。他の領地にいた時はいつも貧しくその日の食事にも困る程でしたが、領内の平均賃金が高いお陰で、両親も娯楽に使うお金ができたと喜んでいました。多少高くても品質が良いので、昔に比べてあまり躊躇いはありません」


「オ……いえ私も特に思うところはありません。領民全員が、税金の行き場を知れる環境にあり、定期的に調査が入るので、政治を回している人達の汚職事件も聞いたことがありません。三人共同じ領地に住んでいた幼馴染ですが、常に監視されて上を批判する人間は捕えられていました。皆、口数も少なくて笑顔もありませんでした。本当に、ペリペドットは理想そのものです。不満があれば意見でき、ハル様自ら娯楽に飛び込んでくださるので街には笑顔が絶えません」



 なっが……。ペリペドット領好きすぎるってわかるくらい、二人共長い文章で語ってくれた。それにしても、政府に不満を漏らしちゃ駄目ってどんな圧力政治だよ。おかしいだろ。「最近物価上がったよね」的な会話すら許されない可能性があるってことだろ? 俺は無理。王族管理の王都住みで良かった。



「ペリペドットに来て正解だな。ここなら平民の気持ちが誰よりもわかる奴が領主だからな」


 ま、平民の頭で政治を全部担うなんて到底できないけど。わからないところを委員会に押し付けた形になるけどそれが支持率を上げることに繋がった。俺は運が良かったな。


「はい。私達は、誰よりも寄り添ってくださるハル様を心からお慕いしております」


 あ゛ぁぁぁぁぁーーー! 照れる! ムズムズする!

「ありがとう。これからも、皆の生活がもっと良くなるように頑張るよ。国王陛下にも、そう宣言したしね。もっと、俺の子孫の代になっても慕われる領主になってみせる」

 俺は内心悶絶しながら、そう返すしか出来なかった。



「ハル様……。大好き」

「オ、オレも!」


 可愛いなあ。兄みたいに慕ってくれるの。ペリペドットに住んでる人、皆家族みたいなものだから。俺の子供もこれくらい慕われる領主になってほしい。こうやって演技の皮が剥がれて、年相応の表情を見せてくれるような領主に。



「俺も大好きだよ」

「狡いよなぁ……。来世はハルの子孫希望しようかな。俺もペリペドットの子供達に好かれたい」


 膨れっ面をするレオン。すごく、すごく失礼だけどこれはこれで良い絵になってくれる。



「あ、あの……。ハル様のお友達の方は、僕も……好き、です」

「ゔっ…………! 王都に帰りたくない……!」

 いや、帰りなさいよ。子供が可愛いのはわかるけどさ。


「ふ、冬にもお祭りがあるから、その時にまた来てください! お忙しい、とは思いますが……」

「うん。行く」


 小学生に気遣わせるなよ、レオン。そして二人も優しいな。こんな、駄々っ子化した成人目前男性に。

「まあ、そういうことだから。いつでも来て良いぞ。変なの連れてこないなら歓迎する」


 変なの。そう、面倒事など。面倒事を回避するために面倒なことをするのは抵抗ないが、丸投げは勘弁してほしい。



「じゃあ新婚旅行に来る。それまでは机に縛りつけられるのも我慢する」

「手紙くれたら迎えに行くからこっちではゆっくりしていきな。明日行くけど、うちの温泉は落ち着くぞ」



 レオン慰めの会は、メイスさん達の帰還によって終わりを告げた。

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