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六十八話 兄弟の絆


 婚約発表をしてから数日。俺とシルヴィは数え切れないくらい茶会の誘いを受けた。

 シルヴィにはかなりの数の令嬢婦人が虜になったようだから、会う口実作り。俺には色々な家の当主からが多かった。


 海底引き篭もり事件を話題に出したシルヴィだが、知らない人は一定数いたらしい。詳細を聞いて是非取引の予約を、ということだ。


 また、布も一級品。サージスの平民に流通している服は大多数が麻だが、低級品のせいでゴワゴワしているし繊維が抜けやすい。記憶持ちの二人曰く、麻は丈夫でメリットが多い素材なのに。



 その証拠に、夏のペリペドットで着られている服の大半は麻だ。冬は綿、夏は麻っていうのがもう根付いてる。オブシディアンがゴーサインを出したってことは品質に文句がなかったってことになる。

 そんな技術がうちに来たらまあ、品質が良い布が生まれるわな。



 真珠を買いたい人、絹を買いたい人、食材を買いたい人、様々いた。大体はその土地の特産品に関係してくる。



 例えばモッシュ侯爵家。宝石を使用した装飾品が有名だ。真珠を使った装飾品を作ったら確実に売れると踏んだのだろう。デザイン画と共に買い取りの打診をしてきた。使用用途がわかっていると話がスムーズに進んでくれるからありがたい。


 オブリガード公爵家は魚介類が有名。ただ、南の領地のため、寒い地方で獲れる種類がいない。ということで、蟹やら鮭やらを買い取ってくれることになった。既に取り引きは始まっており、ガッポガッポ儲けさせてもらってる。



 アイクランド公爵家は果物、特に柑橘系がずば抜けて甘いと有名だ。城で出されるようなブランドも作っている。

 だが、それ故に害虫、害獣の被害に遭いやすい。こちらからは農地で使えるような魔法具を提供した。まだ経過はわからないが、成功することを祈る。結果次第では儲けが出ない。



 後、こちらからアタックしたのはホルスター子爵家。子爵家を名乗っているが、伯爵家と同等くらいの資産を有している家だ。ガラス細工が精巧だという話は聞いていて、気になっていた。カリウ先生に実物を見せてもらったことで一気に引き込まれた。




 欲しい。

 ここまで強く思うことは中々ない。ただの板ガラスに色々な模様が彫られていく。まるで、魔法を使っているかのように。貴族向けの旅館用にオーダーした。既存のガラスに後から彫ることも可能らしいので、少し高いが今後の投資と思って。部屋ごとに模様を変えて、どこに泊まっても楽しめるように工夫もしてもらった。


 向こうへは布を提供。職人達の作業着が傷みやすいとのことで、丈夫な布を売った。大体トントンくらい。これくらいなら誤差の範囲内。食器も作っているらしく、ここでオーダーしてうちで使うのもあり。既に陶器を使っているが、雰囲気を変えたい時にでも。







「いつも弟をありがとうございます」

 暫く通い、当主のクラン様とも仲良くなれてきたタイミングでそんな風に言われた。


「弟って、カリウ先生のことですか?」

「はい。当時六歳だった貴方に出会ってから、カリウは生き生きしだしたんです。貴方に出会ってから、否定ばかりされてきたあの子の教育を後押ししてくれたと、人に教えるのが楽しくなったと言ってくれました。個人で子爵位を持ったのも、平民学校で教育をしてからなんですよ」


「そうなんですか? てっきり、学生時代の功績かと……」

「学生では男爵位を賜っていましたが、それ以上は何も。平民の識字率を大幅に上げたことで叙爵されたのです。そして、学校の発案者は貴方でした。あの子が個人的に教科書を作りたいと言った時は驚きました」



「え!? カリウ先生教科書作ったりしてなかったんですか!?」

 凄く綺麗に纏めてあるから慣れてるものだと思ったんだけど……まさか初めてだったとは。言語ならわかるけど、全教科って大変だよ。



「はい。初めて雇われた家が男爵家だったのですが、言語だけは教科書を作っていたんです。偉そうにするなと、教科書を引き裂かれてからは話題にすら出さなくなったのですが……」


 とりあえず、その男爵家は許さん。カリウ先生にそんなことをするなんて。俺は教科書を出して、クラン様に見せた。何度も再生魔法をかけて、大切に使ってきたからまだ新品のようだ。


「こんなに大切にしてくださってありがとうございます」

「外国語の勉強にもなりますし、他教科も学べました。入試に向けてはこの教科書とカリウ先生の授業だけで挑んで、全教科九十点超えで首席合格できました。こちらの方こそ感謝したいです。カリウ先生は、言語の楽しさを教えてくれました。今の私には、なくてはならない存在です」

「そう言っていただけて、兄として誇らしく思います」



 そう言ったクラン様は、丁寧に纏められた教科書をすっと撫で、この場にはいない弟を慈しむように笑った。この兄弟愛……美しいだけでは言い表せない。この様子を肖像画にしたい。挑戦してみよう。うろ覚えになるから今、たくさん目に焼き付けて。



「あ、兄さん……と、ハル様。来てくれていたのですね」

「はい、この空間は凄く落ち着くのですっかり気に入ってしまって……」

「ここは僕もお気に入りの場所でしたから、わかります」


 ここでよく、読書をして過ごしたそうだ。たしかにここなら小説の世界に浸かっていられそうだ。

「カリウ先生は帰省ですか?」

「ええ、そろそろ帰省しろとルイに言われてしまって」


「ルイ先生はお元気ですか? 最近会えていないので気になります」

「元気ですよ。やはり、家は小ぢんまりとしている方が落ち着きます。二人っきりだと実感できるのでお勧めですよ」



 確かに、俺も狭い部屋好き。城のウォークインクローゼットでもまだ広いって思うくらい。

「そういや、カリウはルイ君といつ結婚するの?」

「けっ……!?」


 まさか……、婚約済みだとは思っていなかった。仲の良い友人というだけの繋がりではないと思っていたけど、婚約者だったとは……。


「もう少し落ち着いてからしようと思う。新婚旅行にも行きたいから貯金したいし。家買ったせいで結構お金使っちゃって」

「貴族とは思えんな、その発言」

「所詮名前だけだから」



 領地の物価が高すぎるんです。すみません。カリウ先生は王都の学校に勤めているから、うちの物価が合わないのだ。家も二人で出し合ってやっと建てられたってどっかで言ってたし。



「あ、婚約発表パーティーの演説。見ましたよ。過去に何度も開催されている中、あそこまで騒がしい事例は今回が初めてらしいです」

「ですよね……。俺も行く先々で慰めの言葉をかけられるんです……」


 婚約発表当日に婚約者の女性に抱き上げられる貴族の当主。同性同士、男性が女性に、というのはよくあることだが、男性を持ち上げるのは潜在筋力が違うから無理と言われていた。



「確かに、ハル様は見るからに軽そうですからね。僕も抱き上げて良いですか?」

「まあ、カリウ先生なら」


 カリウ先生に抱き上げられると視界がいつもより高くなった。多分フェリーチェには届かないけど、アスベル様くらいにはなったんじゃないかな。



「やっぱり軽いです」

「筋トレより魔法を優先して使っていたので、筋肉の分の重さがないんだと思います。俺の場合は魔法を使えば使うだけカロリーを消費するので一日三食スイーツだとしても平均よりは低く出ると踏んでます」

「健康には気をつけてくださいね」


 視界がいつものに戻ると、自分がいかに低身長かがよく実感できた。カリウ先生の見ている景色を見た後だから余計に。



「カリウ、ハル様とは昔からこうなのかい?」

「授業をしている間にって感じかな。初めはもっと遠かったよ。教科書を渡してからは早かったかも」


 顎に手を当てて当時を思い出すカリウ先生。確かに、教科書を貰ってからは今まで以上に意欲が上がった。全教科外国語の教科書だから、専門用語の翻訳がなくても全部理解できるようになりたくて。



「ルイから、言語の入試問題で満点を取ったって聞いて以降はハル様と、あともう一人、ヘルガ様って子がいたんだけどその二人への印象が更に上がったんだよね。しかも二人ともルイの科目でも高得点取ってくれたんだ。ルイの出す問題は結構意地悪で、魔法を専攻してないと解けないようなのばっかりなのに」


「ああ、俺も初めて解いた時は半分も取れなかったな。それを踏まえると、ハル様ってルイ君と同程度の魔法知識があるってことか」

「そう。まあ、ハル様本人は人にわかりやすく教える才能はないって言ってたけど」


 そうです。はい。俺の魔法は擬音ばっかです。発動条件とか全部無視してやってきたから数式を解くみたいに丁寧に発動させる人には教えられない。

 俺がシエルに目潰し魔法を教えた時も、シエルの察しが良くなければ、パッと見ただけでは俺が一人で芸を披露しているだけになっていただろう。



「意外……ですね?」

「意外……ですか?」


「ルイ君のテストに魔法の発動条件を行数制限ありで説明する問題があるはずですから。高得点を取ったということは説明できたのではないですか?」

「入試問題の解答用紙がありますが、教科書と見比べたらどうなっているかがよくわかるはずです」


 卒業する時に入試の解答用紙を返してもらえるから無限鞄から取り出した。

 説明文と教科書の内容を見比べたカリウ先生は、直後に吹き出した。クラン様はルイ先生の外国語が読めなかったようで、首を傾げている。



「カリウ、何で笑っているんだ。俺には全く読めない。まずこれどこの何なんだよ」

「船で何週間もかけて行くような国の古語」


「そんなもの、俺に読めるわけないだろう……」

「まあ、ハル様とヘルガ様に向けて書いたものだから」

「で、何が書いてあるんだ?」



 教科書片手に解説を始めたカリウ先生と、眉間に皺を寄せながら解読していくクラン様。顔寄せ合うと、兄弟の片鱗よく見えるな。

 数分格闘したクラン様も意味を理解したようで、笑いを溢した。


「丸写し……」

 肩を震わせてツボに入るクラン様。

「発動条件については何度試しても理解できなかったので、それなら丸暗記しかないって思ったんです。まさかそれが全部出るとは思っていませんでした。早々に諦めて正解でした」



 諦めていなかったら多分あのテストで満点は取れていなかっただろう。

 本当に、引き際を間違えなくて良かった。


「この量を丸暗記するのは最早愛ですね」

「愛です。何となくしかわからなかった外国語も、何も理解できなかった魔法も、先生達のお陰で大好きになれたんです。得意なわけではありませんが、学園入学前から母国語と同じくらいには話せますし、教科書の内容を説明するくらいはできるようになりました」



「カリウ。良い生徒を持ったね」

「兄さん……。うん……僕を慕ってくれる生徒がいるなんて思っていなかった。幸せだよ」

 二人が同じ長椅子に座って、クラン様がカリウ先生の頭を撫でる構図。これも描きたい。いや、必ず描かねば。


 しっかり観察して、目に焼き付けておいた。絵を見ただけで声が聞こえてくるような、その場にいるかのような感動を与えたい。俺の画力を全力投球して描き上げてやろうじゃないか。




「そろそろ、時間ですね。遅い時間までお付き合いいただきありがとうございます、ハル様。今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、素敵なものを見させていただきました。ありがとうございました。今後とも、末長くよろしくお願いします」


 そして、俺は転移でタウンハウスに帰宅した。広い場所ですぐにでも描き始めたかった。明日もお呼ばれはあるが、兄弟愛の絵を描く方が優先。

 大きなキャンバスに下描きをして、淡い色の絵の具を混ぜながら彩色する。


 俺は、筆が異常なくらい早いので、横から差す日差しとクラン様の細かい表情、背景のディテールも、スラスラ描けた。肖像画を専門としている画家には及ばずとも、素人の中では上手く描けた。


 はい次。今度は二人で笑い合う様子。日の位置が変わり、空がオレンジ色に染まり始める夕方。心の底からお互いを想い、愛し合う兄弟。

 カリウ先生の方は気持ち目元の光を多くした。指摘はしなかったが、少し潤んでいたからそれを表現したい。布で暈しながら丁寧に、なるべく早く描いた。



 徹夜? そんなものは気にしない。一轍くらい誤差誤差。最高記録を更新しなければ良いだけ。







「できた!」

 朝日は完全に登り、鳥達が起き始めた。メアは気を利かせてくれて、今日は見逃してくれた。よし、描けたことだし、傷まないように無限鞄に保管してっと。いつか額に入れよう。

 豪華な額じゃなくて良い。素朴な額の方が映える絵だ。もし、カリウ先生とルイ先生の結婚式に行けたらまた二人の絵を描こう。


 きっと、俺が思うよりずっと良い絵になる。




 朝まで絵を描き続けた俺は、急いで風呂に入って訪問先に向かった。今日はアンリエット侯爵家。メイスさんの家だ。


 アンリエット侯爵家の特産品は花。観賞用、食用、加工用など、王都の貴族の間で流通している製品のほとんどにはここの花が使用されている。うちで咲く花と言ったら桜か椿、それかツツジ。


 それ以外の木はまず植わってすらいない。街路樹も全部桜とツツジで構成されている。だから、流通させたい花を使用した商品は全て、商会が単発購入をしていた。一年中栽培できるように、温度管理ができる温室が欲しいとのことだった。こちらからは化粧品商会やスイーツ商会といったところから来た希望を元に、話を進めていく。



「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。アンリエット侯爵、タキ・アンリエットと申します」

「ペリペドット大徳、ハル・ペリペドットと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 軽くお互いの希望を言い合ったところで事件は起きた。無限鞄から書類を取り出そうとしたその刹那、出てきたのはあのキャンバス。

 室内だったから良かったものの、屋外だったら絵の具が駄目になっていたかもしれない。危ない。集中しないと。



「大徳、今のは?」

「失礼しました。直前まで絵を描いていたもので……」

「拝見させていただいても?」

「素人が趣味で描いたものですので、出来にはあまり期待しないでください」



 軽い気持ちで見せてしまったのがいけなかったのだ。息を呑んだアンリエット侯爵は、目をギラリと光らせた。その迫力に思わず、ソファーの上で後ずさる。


「大徳の絵を私共が買い取ることは可能でしょうか?」

 やっぱり……?

「せ、専属の方は?」


「娘は一切動かずにじっとしていることにストレスを感じますのでほとんど描かせたことがありません」

「その日のうちに完全再現する私の腕(物理)が必要ということですか?」


「はい。お代は好きなだけお渡ししましょう」

「私は淡い色使いに慣れているのですが、どのような絵を描けばよろしいでしょうか?」

 一般的な肖像画は濃い色使いで、濃淡もあまりない。俺は苦手な分野だ。



「ええ、貴方の描く絵の方が、娘の魅力を引き出せるでしょう」

「落ち着いたら、レオン殿下と共に描いてみます」

 二人一緒に写っていた方が父としても嬉しいだろう。レオンは視察と称してメイスさんと共に各地を回っている。ペリペドットに来る時に俺が案内すれば、資料は簡単に集まろう。


「感謝いたします」

 ということで、こちらからは農器具、アンリエット侯爵領からは花の取引が成立した。そして、臨時収入として、俺の絵も一枚は売れることになった。






「早めに入れよう」


 今日みたいに事故で出しちゃうなんてことになったら俺の腕と指の負担が増えちゃう。

 そのうち来るであろう次期国王夫妻を出迎える準備をしつつ、俺は無限牢獄に絵をしまった。

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