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六十二話 大徳家 side ライゼン


 クラスター終了通達から三日。各領主から今後の方針についての報告書を受け取った。最終的に死亡が確認されたのは、邪神信仰が強かった人間だけだということも判明。



 準貴族の中で特に優秀な者を、仮で領主として立たせ、他領と同じ様に報告書を提出させた。

 多くは被害状況と再建の優先順位、被害額などだ。



 その中で特に尖った報告書を寄越してきたのが、ペリペドット大徳家。


 被害額は他領の三倍以上、建物は領主の館含めてほぼ全壊。生き残った建築物は避難所だけだったそうだ。

 また、他領が真っ先に領主館を修復させると書いたにも関わらず、ペリペドット領だけは違った。



 治療院と学校を優先して直し、その間はテントなどで代用、既に建物の骨組みまでは出来上がっているそう。赤字分を回収するために、オブシディアン殿を介して魚介類を積極的に他国に売り出し、売り上げを全て復旧に充てているのだとか。


 しかも、漁港がまだ再建されていないからと、ハルくん自ら漁業に従事している、と。現在は公衆浴場と一般住宅の再建準備にあたっているようだ。





 三日……で合っているはずだが……。


「兄上、ペリペドット大徳家のことですが、少し気になることがありまして……」

「何だ、アスベル」

 あまり良くない報告なのだろう。なんだか頭痛がしてきた。


「タウンハウスの中で修理が進められていないのはペリペドット大徳家のみだそうです」


 やはりか……。

「恐らく徹底的なコストカットのためかと」

「ああ。この報告書にも書いてある」


 報告書の下の方に大きく、『領民の生活を回復させることを最優先とするため領主の屋敷については一切手をつけるな、との“命令”を下した』と記載されている。あのハルくんが命令の字を強調するのは珍しい。



 ハルくんは本気で自分の生活を蔑ろにする気だ。

 いくら無限牢獄というものがあっても、このままではいつになっても大徳家のタウンハウスは半壊のまま。そしてカントリーハウスに至っては土台すら未完生、などということになりかねない。


「どうしたものか……」

 ハル君は暴走気味になると中々止まってくれないからな。制御役であるはずのヘルガ君も、今回の事に関して何のアクションもなし、か。

 一見、常識人に見えるヘルガ君はハル君に盲目的な所もある。


 余程のことでは反対しないヘルガ君だから、今回の件で反対するわけがない。しかも、邪神に隙を与えてしまったという負い目もある。余計にだろう。



「領民の中で反対した者は?」

「平民学校の教師であるカリウ・ホルスターと学園教師のルイが反対したそうですが、それが火に油を注ぐ結果に終わってしまったようで」


 それがあの命令に繋がったのか。一般的な意見を聞いた上で、領民を優先させた。他の貴族の考えはわからないが、平民からの支持は集まりそうだな。


「とりあえず、ハル君を呼び出せるか?」

「はい、いるかはわかりませんが行きましょう」

 いるかわからない? どういうことだ? 領主であるハル君が領地にいないというのは。



「カリウ・ホルスターと連絡を取り合っていたのですが、ご家族が領地に顔を出していてもハル君とヘルガ君はいつも姿が見えないそうで。ご家族の方もクラスター以前から習慣化していた二人の奇行には無関心のようですし」


「無関心……? 家族仲は良いと思っていたのだが違ったのか?」

「いえ、家族仲はとても良好ですよ。ただ、平民でなくなった以上、多少の朝帰りや外泊については黙認している、ということです。領主側に回ったことで一番苦労しているのは、平民にしか慣れていない彼らでしょう。ハルくん達の奇行に構う余裕がない、というのもあると思いますよ」



「そういうことか。期待はせずに待っておこう」

「はい」


 これは……ハル君に会えるのは一体何日後になるのやら。



 翌日。翌々日。翌週。待てど暮らせどハル君には出会えず、クラスターから約一ヶ月。城の外装修理が終わった頃、漸く捕獲報告が上がった。


 捕獲したのは偶然視察に行っていたレオンだったらしい。私やアスベルの影達が必死になって探しても見つからなかったハル君を、まさかレオンが捕まえるとは。



 話を聞いてみると、驚くべきことが発覚した。なんと、ヘルガ君と二人で海底にいたそうだ。仮小屋を海底に建て、牡蠣の生育調査をしていたのだとか。


 冬に牡蠣から取れる真珠を輸出するため、そして安定的に領地で食料を供給するため、数年かけて行う予定の調査だったそうだ。食料確保のため偶然浜に上がっていた所にレオンが来た、ということらしい。



 真珠はかなり貴重で、確率で言うと万に一つ。そんな牡蠣を輸出用に改良して養殖するなど、狂気の沙汰だと思った。それはレオンも同じようで、無謀だと思ったそうだ。


 だが、既にやる気のハル君ヘルガ君ペアと、熱意のある漁師の前ではそんなことは言えなかったよう。成功までに時間はかかるが、成功した場合の利が大きいという理由らしい。

 私は真珠を数回しか見たことがないからその価値はまだ未知だ。


 私が生きている間に成功することを祈ろう。


 捕獲報告から数時間でハル君は登城した。慌てて来たのか、まだ全身が海水でビッショリ濡れている。風呂に入れ、それから話を聞くことにした。



「すみません、ライゼン様。一ヶ月も留守にしてしまって……」

「ああ、そのことについては既に報告を貰っているから大丈夫だ。私が話したいのはタウンハウスとカントリーハウスについてだ。進捗はどうだ?」


「建築士が家族に頼み込んだらしく、街の復旧も落ち着いてきたタイミング、三日程前にカントリーハウスの再建許可を出しました。それまで家族は店舗の二階に作った部屋で生活していたそうです。大きい家よりも落ち着いて過ごせると好評でした」



 頭を抱えたくなった。今の話だとタウンハウスは手付かずだと断定して良いだろう。少しの望みを賭けて聞いたものの、答えは予想通り。


「いえ、タウンハウスは家族の仮住居が作られてからは使っていないので。建物が劣化しきる前には修復したいとは思っていますが」

「それは大徳家としてどうなんだ……」


「今の大徳家のルールは俺なので。非難されようがされまいが俺は迷わず領民の未来を優先します。タウンハウスは俺が入って定期的に清掃と修復はしています。誰にも気付かれないようにするのは大変ですよ」



 これはもう、呆れを通り越して無になるしかない。


「海底での調査は……」

「継続です。真珠は本気で産業にするつもりなので。他国から投資の打診も来ているのでそのうち設備も整えたいです。天然物は五から十メートルくらいの海底で生息を確認していますが、フェリーチェの情報によると、牡蠣の養殖は五十センチから六メートル程度の浅瀬でするようですので、時間とお金と労力をかければ不可能ではありません」



 そういう問題じゃない……。

「既に複数の家からクレームも入っているんだ。早く修復を進めてほしいと」


 特にタウンハウスが大徳家の近くにある家からのクレームは多い。崩れたらどうする、だったり新品同然に綺麗になった屋敷の近くに廃墟化した新築があるのは如何なものか、といった意見だ。



「ん゛ーーーー……そう言われましても……。領地にはこちらの建築様式を学んでいない人の方が多いですし、距離的にも厳しいです。領地の立て直しに注ぎ込んだので金銭的にも今は余裕がないですし」


「まさか全額か?」

「いえ、全額注ぎ込んだら生活できないので少しは余裕を持たせていますが、それら全てを掻き集めても屋敷を修理することはできません。しかしクレーム内容も間違ってはいないので、こちらで対応はしましょう」



 不安しか感じない会談はそこで終わり、そこから数日はほぼ動きがなかった。


 あの場を逃げるためのハッタリだったのかと疑い始めた一週間後、事態は思わぬ方向に転がっていった。



「兄上……」

「何だ。ハル君についてか」


「はい……。大徳家のタウンハウスが消えました」


「は……?」



 なんと、昨日まであったタウンハウスが土台すら残さず、忽然と消えてしまったらしい。そんなことあるわけがないと思いながら、ハル君ならやりそうだと思う自分もいる。



「ハルくんに話を聞いたところ、建設に関わった人に相談に行ったが、修理費の方が値段が高くなると聞いて、各方面に断りを入れてから取り壊しの決断をした、ということです。ハルくんはそこまで大破しているわけではなかったと言っていましたが、他の家に比べれば相当な損傷でしたから修理費が跳ね上がってしまったのでしょう。取り壊しの際に出た建材は商会が格安で買ったそうです」



「……」


 一体何を考えているんだハル君は。確かに崩れる建物がなければ崩壊危惧のクレームは来ないし、廃墟がなければ見た目でクレームを入れられることもないが。そういうことじゃない。



「他には何か言っていたか?」

「領地の方で名乗りを上げた建築士達がいたようで今後は領地の建物に寄せて再建する予定とのことです。これはこれで、反発はありそうですが。土足厳禁の建物は今までサージスになかったので」


 いくら新しいものが好きな貴族とはいえ、人前で足を見せることを「はしたない」と非難する人間が多い社会で靴を脱げというのは……喧嘩を売るようなものではないか。



「ハルくんは、費用が揃えば修理する予定でしたが、思わぬクレームが入ったとのことでコストカットを余儀なくされました。初代国王に喧嘩を売りたいのであれば買わせてあげても良いですが、どうしますかね、と言っていましたよ。自分の予定を大きく乱されたことにかなり怒っていました」


 初代国王の名を出されると、ぐうの音も出ない。ハル君が建てるものは全て千二百年前から八百年前までの時代で確立されたものだ。手紙でフェリーチェ王自らが復活を願っていたこと、邪神の無力化に伴いフェリーチェ王の自我が復活したこと。これらを知っている側からすると、喧嘩を売っているのはハル君ではなく現代社会だとわかる。


 修理させたいがために話題に出した大量のクレームストックも切れた。このままではまた別の理由でクレームが行ってしまう。王家宛てではなく、ハル君宛てに。こちらからは案は思い浮かばない。もうハル君が何とか解決してほしい。


 進展報告からさらに二週間後、アスベルが再び報告に来た。


「またハル君か」

「はい。土足厳禁が嫌なら室内履きを用意すれば良い、と急遽床を畳から板張りに変えていました。元々引いてあった畳の処理に困ったそうです。畳一枚作るにもかなりの労力がかかりますから、まあ当然といえば当然ですね」



 価値観の違いとは、こうもトラブルを生むのだな。ハル君が文句は言いつつも反論はせず、貴族の価値観に合わせてくれようとしているのはわかる。だからこそ、こうして我儘が際立っているのだ。これが重大なトラブルを招かぬと良いのだが。


 不安しか感じない。レオンが即位する二十歳までにハル君の文化が受け入れられることを願うばかりだ。

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