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五十八話 クラスター


 街作り開始からもうすぐ一年が経つ。


 製紙業は本格的に始まり、試験的ではあるが、市場でも紙幣が少しづつ流通するようになった。

 俺の出版した本も売り上げは好調、領地でオープンした店は全て補助金がなくとも運営には問題がないし、満を持してオープンしたスイーツショップも連日行列ができるくらいの人気店になった。



 後は集まった資金で博物館や美術館、図書館などの娯楽施設を建設して、観光客が泊まるための旅館を整備。魔法研究所の支所もそろそろ建てても良いな。これからまた忙しくなるな。






 ――だが、そんな俺の希望に満ちた気持ちは容赦なく地に叩きつけられた。


 魔物だ。


 クラスターだ。



 自警団として街の北側、海の東側に配置していた騎士から報告を貰ったことで、俺達の緊張感は一気に高まった。



 俺も確認に行き、その姿を確認した。すぐに街全土に通達を出し、避難所に行ってもらう。それからヘルガさんと手分けして各領地にも報せを届ける。最後に王都。


 ヘルガさんとスピリット、ソウルに避難誘導を任せ、俺は走って王宮の執務室に乗り込んだ。窓を粉々にしてしまった弁償はいつかしよう。



「ペリペドット大徳領北側から多数の魔物を確認、既に各領地に避難勧告はしました。王都の住民もヘルガさんが誘導して避難を始めています。あのスピードで進み続けているなら、既に大徳領の建築物は壊滅的な打撃を受けているでしょう。ここに到達するのも時間の問題です」


「わかった。騎士団を動かそう。魔物が進みそうな方向はわかるか?」


「北側から出てきた魔物は西に二、東に二、南に六の割合に進む可能性が高いです。つまり、アイクランド公爵領、モッシュ侯爵領、オブリガード公爵領といった南に位置する地域はかなり危険ですね。それに加えて森は海以外ほほぼ全てにありますから」



 俺の報告を聞いて、ライゼン様はすぐに指示を出した。そして一言。


「王命だ。生きて帰ってこい」


 どれだけ酷い怪我でも生きていれば何とかなる。そういう意味だろう。

「はっ」

 騎士はそれだけ言って出て行った。



「ライゼン様達はどうしますか」

「セリアと子供達は避難を、私は軍の舵取りをする」

「そうですか……。では、ご無事で」

「ハル君こそな」


 よし、戻ろう。森の状態を確認しないといけないんだ。特に魔物が湧いている所は無理矢理にでも封じ込めないと。ライゼン様の方はきっと何とかしてくれる。



「あるじ!」「ハルどの!」


 城から出ると、ソウルとスピリットに囲まれた。この短時間で何があったんだ。


「わがあるじの様子がおかしいのです。突然目が虚ろになって」

「明らかに変だったぞ」


 心臓がドクンと跳ねた。この二人がここまで切羽詰まったような様子を見せるのは初めてだったのだ。



「ヘルガさんがどこに行ったかわかるか」

「森だ。北の森の方だった」

「二人共、ありがとう。ヘルガさんは俺が探す。だから二人は騎士団に力を貸してやってくれ。きっと苦しくなるはずだから」


「了解!」「承知!」



 二人が飛び去ったのを確認し、俺も領地に向かった。


「神、聞こえるか?」

『…………』

「神? 神!」

『…………』


「クソッ……! 聞こえてないのか……! これじゃ正確な位置が……!」



 神と通信は繋がらなかった。こんな大切な時に何をやっているんだあのポンコツ神! こうなったら自力で探すしかない。


 転移を駆使しているが、魔力をあまり消費したくないのでほぼ走り。まだ避難は完了しておらず、パニックになった国民で道は埋め尽くされている。なるべく時短のために屋根を伝って進んだ。



「ヘルガさん……どうか無事でいて…………!」


 何十分もかけて着いた街は酷いものだった。幸いなことに全員避難は完了していたが、建てたばかりの家や施設、建設途中の建物まで等しく大破していた。


 これは……皆、悲しむだろうな。建てたばかりなのに。



「っ……! いや、急ごう」


 森のどこかにいるはず。あまり二人で入ったことのないペリペドット大徳領の森。だけど足は自然と動いた。なぜかわからない。でも、そちらに強く引き付けられた。



「ヘルガさん……!」


 ヘルガさんは森の深い所にいた。ドス黒い魔素湖の前に立っている。俺が竜ヶ丘に行った時に避けた道の先には、こんな魔素湖があったのだろう。


 そう思うほどに気配が酷似していた。気持ち悪くて、嘔吐を誘う空気だ。



「…………て」

「ヘルガさん……?」


「逃げ……て」

「は……? ……ぐっ……!」



 突然ヘルガさんが俺の鳩尾に拳を入れてきた。突然のことで、一切準備ができなかった俺は、混乱したまま数メートル、吹っ飛ばされた。


 仰向けに倒れてしまったのがいけなかった。馬乗りになったヘルガさんは何の躊躇いもなく俺の首を絞める。



 やばっ……。苦し………。


 命の危機を感じた俺は左足でヘルガさんを飛ばした。強い魔力のぶつかり合いにより、お互いのピアスが砕け散る。



 離れてみて、全身を確認して確信した。

 ヘルガさんじゃない。これは、ヘルガさんの体を乗っ取った何かだ。


 淡い金髪は俺と同じくらい暗い茶色に、鮮やかな桃色の瞳は血液を思わせる暗い赤色に、みるみる染まっていった。


 立ち上がったヘルガさんは魔素湖を背に、何かを呟いた。



 ギャァァァァァァァァ!

 グェェェェェェェ!


 それに呼応するように魔物が一気に五体、湧いた。パッと見たところ、再生・治癒属性はゼロでランクはSか、SS。

 俺は治癒魔法を常時発動させ、戦闘態勢に入った。


――――――――――――――――――――

side ライゼン


「ペリペドット大徳領北側から多数の魔物を確認、既に各領地に避難勧告はしました。王都の住民もヘルガさんが誘導して避難を始めています。あのスピードで進み続けているなら、既に大徳領の建築物は壊滅的な打撃を受けているでしょう。ここに到達するのも時間の問題です」



 執務中、急に窓ガラスが割れ、何かと思えばこんな報告。正直なところ、魔物のクラスターが発生したことよりも避難勧告が迅速に行われていたことに驚いた。


 そこまで終わっているならこちらからすることは簡単。予定通りに騎士団を出動させるだけだ。


 王宮の騎士団員で、戦闘を担当する騎士はほぼ全員、高い効力を発揮する擬似心臓を持っている。避難誘導を担当する騎士もDランク程度の物を。



 ハル君のお陰で王宮の騎士は一人残らず擬似心臓を得ることができた。本人は開発費を稼ぐためだ、と言っていたが、あれだけ大量に譲ってくれたのだから一気に進んだ。魔法研究所の方でも、材料があるからか、人員を大胆に使えたみたいだ。


 レオンが擬似治癒師を思い付いたのも、擬似心臓の存在があったからだそう。感謝してもしきれない。


 地図を確認すると、ハル君が付けた印がある。危険を冒して魔素湖の位置を把握し、避難誘導や軍の配備のために付けてくれたものだ。街の方には避難所の設置場所もわかりやすく記されていた。


「陛下、王宮に残る非戦闘員は全員避難が完了いたしました」

 私が地図を見ていると、近衛の一人が声をかけにきた。

「レオンもか?」


 私達が一番心配していたのはレオンが戦いたい、と言わないか。次期国王に危険が及ぶ可能性があると、騎士は国民よりレオンを優先せざるを得なくなるかもしれない。



「はい。魔力が減った擬似治癒師に、常時力を込められる魔法具をハル様から受け取っていたようです。魔物肉で回復させながら、避難所で魔法具に手を翳されていました」

「そうか。なら良かった。では、行くか」



「ねえ、サージス王であってるよね?」


 頭上から降ってくるハスキーボイス。聞き覚えのあるこの声は……。


「ボクも手伝うよ。今はハルもヘルガもいないからね」

「は……?」



 竜ヶ丘の王、オブシディアン殿だった。かつてこちらが理不尽な行いをした相手。が、それ以上に衝撃的な事項があった。


 ハル君とヘルガ君がいない……? どういうことだ。


「来る時に見えたんだ。ヘルガがハルの首を絞めているところ。幸いハルが蹴飛ばしたから二人共無事だったけど……。ボクにもどうなっているかわからない。ヘルガの見た目が変わったことくらいしか」


 あの二人に限ってそんなことはあり得ない。そう言いたいが、彼がハッキリ“見た”というならそれが真実なのだろう。



 不安ではあるが、私達にはどうすることもできない。できるのは、人的被害を最小限に抑えて待つことだけ。


「ボク達魔族は郊外の騎士を助けに行く。サージス王は王都をよろしく」

「承知致しました。行こう」

「はっ!」



 擬似心臓は郊外の方が予備が少ない。そちらに補助が入るのはこちらとしてもありがたい。

 机の脇に立てかけられた剣を持ち、私達は部屋を出た。






 もう戦い始めて何時間経っただろうか。


 住民の避難が済み、侵攻を続ける魔物の相手だけで良くなったはずなのに、戦況はあまり良くない。寧ろかなり危ない。次から次へと魔物が出てくる。そして、ランクも徐々に上がっている気がする。


 まずいな……。擬似心臓が効かない相手も出てくると、守りきれない。




「陛下っ!」


 近衛の声に振り返ると、自分の倍以上ある魔物が迫っていた。

 王位を譲るのは、レオンが卒業してからが良かったのだが……どうやら私はここで終わりのようだ。


 カッ――――

 死を覚悟した私は、いや、私を含む全てが温かく、真っ白な光で包まれた。

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