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五十六話 卒業パーティー


「ヘルガさん、一つ報告したいことがあるんですけど今良いですか?」



 面接官仕事終了後、領地で作業しているヘルガさんの元に向かった。


「はい。何ですか?」

 少し躊躇うが、いつか絶対露呈することではあるから最速で報告したい。報告を怠った時にどんな罰を受けることになるか、想像に難くない。




「面接にヘルガさんの元弟さんと思われる人が来たんですが、把握してますか?」


 一瞬キョトンとしたヘルガさんだが、すぐに肯定された。



「商会が潰れたからと応募した子ですよね。コリアに付けた監視から既に報告は貰いました。僕の存在には気付いていないようです。あの子は二度と僕に関わらないと決意していますから。採用したんですよね? それなら、僕はコリアが気付かないように逃げますよ」


「すみません、キャリアに目が眩んでしまって」

「いえ、応募用紙を見ましたが、あの能力は十分に使えると感じました。まだ就職してから一年も経っていないので、経験は少ないでしょうが、ある程度基礎ができるだけで強いです」



 そうか。まだ一年経ってないのか。確か……アルバーン伯爵家が追放されたのって三月……? で、今は一月。就職までに少しの期間を要したと考えると、よくこの期間で三種類も基礎囓れたな。


「ヘルガさんの配置はなるべく逃げなくて済む位置になるよう考えます」

「ありがとうございます」



 食堂に配置する予定だったけど早めに給仕を用意しないと。ヘルガさんがやったらバッタリ会うなんてことになりかねない。


 名乗り出てくれたしマリアに頼もうかな。ラッシュを食堂で警備員として配置すれば文句ないだろう。



 俺の一号店をオープンする前に閉店させるから、父さんと母さんも手伝えるって言ってたし。ヘルガさんは極力キッチンの奥にいてくれた方が良い。


 俺は顔が割れていないから堂々と、ここにヘルガさんはいないという姿勢を貫けばおけい。良かった。あの時俺が下手に会おうとしないで。進んで墓穴を掘りに行くところだった。



 とりあえず、いつ来るかわからないから仮メインの建物は全部建てちゃおう。


 面接をして、建築をして、仕組みを考えて、卒業パーティーの衣装確認をして。



 多忙な日々を送っていたら、いつの間にか卒業の時期がやってきた。明日は卒業パーティーがある。式は制服で出て、着替えてからパーティーに出席。



 卒業までにネクタイを変えるか聞かれたが、一体何色に変えるんだって話だし無駄な出費なので数ヶ月ぶりの黒尽くめスタイルだ。





「相変わらず子供っぽ……」



 これじゃシルヴィに抜かれるのも時間の問題じゃないか? 俺自分より身長高い人エスコートできない。今までシルヴィでしか練習してこなかったツケがこんなところで回ってくるなんて。



 婚約者決める時どうしよ。まともな話ができる人かつ、俺より低身長の女性だろ? 無理じゃないか? 俺百六十しかないんだけど。ヘルガさんは百七十後半あるのに。二歳差ってこんなに違うのか……。


 世の女性は好みの男性の身体的特徴を聞かれた時、高身長と答える人が多いらしい。ああ……終わった……。


 こうなったら靴底を限界まで高くするしかない。ちょっとダサいけど、どうせ足元なんてほぼ見えないんだから良いよな。


 会場の後ろに用意された席につき、式が始まるまで待機する。待ち時間も街計画のメモに目を通し、丸暗記に努める。



「皆様、お待たせいたしました。只今より――」


 始まった始まった。


 要約するとこうだ。卒業おめでとう。貴方達の活躍を期待している。



 ここに到達するまでの長すぎる話に、途中で寝そうになったことは内緒だ。流石に寝るわけにはいかなかったのでこっそり錠剤にして忍ばせていた、無理矢理起きれるよ水を何回かガブ飲みした。



 式が終わった二時間後に、今度は卒業パーティーがある。立食式で、ダンスも。ま、シルヴィ不在の今、俺に相手はいないけど。


 卒業パーティーは身分が低い順に呼ばれる。貴族位の中で一番位が高いのは大徳家当主の俺。つまり、ラスト。ヘルガさんと離れ離れになってしまった……。

 でも、俺が最初に入場するのはおかしいんだよな。お披露目後なのに平民として入場したら、不自然になってしまう。ここは諦めて従おう。会場は同じなんだから後で合流できる。



「ペリペドット大徳家当主、守護者様。ハル・ペリペドット様」


 自分の名前が呼ばれ、入場。竜ヶ丘の衣装をアレンジしたものを着ている俺に、皆驚いていて、拍手はまばらだ。ヘルガさんも同じ様なデザインのものを着ているのに。



 俺は緑、同じじゃつまらないのでやっぱりあの後オーダーして、ヘルガさんは桃色ベースの服を仕立てた。


 試作品ではないのでヘルガさんの自腹になってしまったが、ヘルガさんは「自分の色があると嬉しいですね」と笑ってくれた。優しい……。



「かっこよ」

 真っ直ぐヘルガさんとテリーの元に向かうと、早速揶揄われた。

「俺、童顔。低身長。声高い。かっこいい要素ないもん」


 思わず言ってしまった。別に自分の顔が悪いと思っているわけではない。でも、かっこいいとは違うってことは自覚してる。ヘルガさんとかヘンリーはかっこいいの部類に入るんだろうが。


「じゃあ、可愛いか」

「可愛もまた違うような……」



 何だろ。可愛いって。マリアみたいな子は可愛い。でもそういう固定観念みたいなのがあるから、自分に向けられた「可愛い」を素直に受け入れられないのかな。


「複雑だな。素直に可愛いにシフトして売れば良いのに。顔も良いんだし」

「それは知ってる。顔面は良い。ただ、母親似のこの顔に性格が見合ってない」


「それは確かに……顔と言動のギャップはありますね。全体的にとにかく物騒です」

 グサッ……

「本当のこと言ったら刺さるだろ。もう少し包め」

 グサグサッ……

「テリーこそ。もう少し包むことを覚えた方が良いと思うけど」

 グサグサグサッ……



 全会一致で俺は物騒認定された……。そんなに物騒だったかな。思い返してみるが、どれだけ頭を捻っても物騒じゃなかった出来事が思い出せない。


 物騒じゃなかったことって今までにあっただろうか。……いや、なさそうだな。いつでも即決って感じで手段を選んでない気がする。



「かっこよくなりたい……」

「まあ、あと二十年くらいしたらそれっぽくなるんじゃないの?」


 あと二十年か……。三十代だな。そこまでいっても童顔が治らなければもう諦めなければ。



「あ、そんなことより。後で親父からの頼み事伝えるわ」

 そんなことって……。


「今じゃ駄目なのか?」

「んー。まだ正式発表がされてないから第三者の前で話すのはちょっと……」

「わかった。じゃあ、俺ん家で良いか?」


「俺ん家って……まさか……!」

「タウンハウスの」

「いち商会の息子が大徳家の屋敷とか、ハードル高すぎないか……?」



 何言ってんだテリーは。俺と出会う前からずっと王族って立場の人間と友達だっただろ。平民だと思ってた人間がなぜか自分より上の立場になったってたけで。


 しかもテリーは侯爵の甥。貴族ではないが、身内が貴族。豪華な装飾が施された屋敷には慣れてるだろう。

 しかも、俺のタウンハウスは、全会一致で装飾は最低限にすると決めていた。煌びやかな装飾とかはないけど、その分落ち着く家になったんじゃないかな。



「地味な方だから安心しろ。俺は豪華すぎると落ち着かないからな」

「それなら、まあ……」

「あ、ダンスが始まるみたいですよ」


 ヘルガさんの声に話を止めると、丁度ワルツが流れ始めた。テリーはつい先日婚約したという商家の女性とダンスフロアに進んだ。俺にはいないので壁の花……いや、壁になる。ヘルガさんは婚約するつもりがそもそもないので、俺の無限牢獄に逃げてる。



 息を殺して、空気に徹する。今日の主役は俺じゃない。卒業生全員だ。だから俺が踊らなくても何の不都合もない。軽食として用意されたサンドイッチを咀嚼しながら、優雅に踊る紳士淑女の卵達を眺める。


 自分より身分の高い男性に女性がダンスを誘うのは御法度とされているから、視線を感じる以上のことはなかった。


 ん、これ美味いな。挟んである野菜全部が瑞々しい。無限鞄に入れて持ち帰りたいくらいだ。パーティーが終わったら料理人にこっそり聞いてみよう。

 夜景を見ながらワルツを聴き、軽食を摂っていると、不意に話しかけられた。



「あんた、どうせ踊る相手いないんでしょ? アタシが相手になって差し上げてもよろしいですのよ?」

「いえ、お断りします」


 俺の返答に一瞬驚いたものの、気を取り直したのか歪んだ笑みを浮かべた目の前の女は、俺の持っていたワイン風の葡萄ジュースを自らのドレスにかけた。

 ゴテゴテ装飾されたピンク色のドレスが葡萄色に染まる。



「ちょ……俺の葡萄ジュース…………」

 俺がグラスを取り返そうと手を伸ばすと女はわざとらしく悲鳴を上げた。


「酷いわ! 私はただ……貴方と踊りたかっただけなのに……! ドレスに飲み物をかけるなんて……」








 …………はぁ!? 


 俺、何もしてなくね!? 丁度ダンスが終わったタイミングなのもあって、皆がなんだなんだ、と一斉にこちらを見る。


 しかもこの女。アタシって言ってみたり私って言ってみたり。あんたって言ってみたり、貴方って言ってみたり。強気な姿勢を見せたと思えば周りに聞こえるように、わざとらしく泣き真似をしてみたり。


 この国の貴族子女に多い典型的な猫被り媚び売り女だな。気持ち悪い。


「俺は貴女に飲み物はかけていません。元々は平民で、その日のご飯が食べられるかどうかわからないような生活でしたので、そんな勿体ないことはしません。貴女が勝手にやったことですのでドレスの弁償はしませんし、謝罪もしません」

 寧ろ、せっかくの軽食を邪魔された俺に謝ってほしいくらいだ。



「なっ……!」

「ハル、どっちが本当なのか?」


 騒ぎを聞きつけて慌ててやってきたテリーと、その婚約者。


「俺だ」

「私ですわ……! このドレスは私の兄が用意してくれた、とてもお気に入りのものですの……」


「いや、夜景を眺めながら軽食を摂っていた俺に上から目線で近付いてきて、強硬手段に出たのは貴女です」

 こんな、子供みたいな言い争いはしたくない。冷静に、淡々と、事実だけを述べた。

「違いますわ! 皆様、信じてください……!」



 うわ、きっつ……。


「一つ確認したいのだが」

 そう言って現れたのは、二年生で卒業することになったラウル様。



「ラウル様!」


 声がワントーン上がった女はラウル様に抱きつき、胸を押し当て……ようとして、手で制された。不満そうに頬を膨らませ、ウルウルとした瞳で上目遣いをする女。


「抱きついて良いとは誰も言っていない。まず、なぜ婚約者がここにいる身で、赤の他人を誘ったのだ。ファーストダンスに婚約者を誘わないのは、婚約解消を視野に入れている、と言っているのと同じだと思うのだが。しかも、根拠のない主張をして守護者様を侮辱するなんて」



 少し躊躇った後、ラウル様はキッパリと告げた。

「もう良い。本来ならこういう場で言うのは適さないが、こちらも我慢の限界だ。君との婚約は解消させてもらう。人に迷惑をかける様を晒した貴女はもう要らない。どうせ汚されるなら、それも贈らなければよかった」


 え、ラウル様の、婚約者……? この女なの? しかも兄に貰ったって主張してたけど、実際は婚約者から贈られたドレスだった。

 しかもそれを何の抵抗もなく汚すなんて。




 ……最低。


 公衆の面前で、人望家とも称されるらしいラウル様に婚約解消を宣言された女に救いの手を差し伸べる者はいない。

 それどころか、愚か者というレッテルを貼られてしまった。この女は親に指示されたのが半分、自分の意思半分で俺に近付いていそうだ。



「ハルくん、婚約者が迷惑をかけてすまない……」

「いえ、ラウル様が悪いわけではありませんから……」

「いや、もう少し監視しておけば良かったんだ」



 ラウル様……苦労人だ…。

「ハルくんは汚れたりしていないか?」


「はい、俺は大丈夫です(さようなら、俺の葡萄ジュース……)」

「それは良かった。これ以上迷惑をかけるといけないので、失礼します」



 ガックリと項垂れる女と共に、ラウル様は退場した。


 少し、影のある表情を浮かべて。



 自分の贈ったプレゼントをあんな形で汚されたり、婚約者そっちのけで他人にダンスを申し込まれたら、そりゃあ傷付くよな。俺だってマリアにそんなことされたら二日はショックで寝込む。


 その後は特にトラブルも起こされず、俺は存分に軽食を楽しんだ。でも、まだ足りない。これだけでは会場の軽食を全て空にすることができない。



 残された料理は、料理人の手で廃棄される。そんなことさせたくない。できるだけ全部食べたい。

 でも、結局は半分も食べられずにパーティーは終わってしまった。






「すみません、今良いですか?」

 パーティー終了後、厨房スタッフに話に行った。

「守護者様! どうかいたしましたか!?」

「あの、軽食のことなのですが……」

「な、何か異物などが入っていたり……?」

 勘違いされてるな、これ。早々に弁明しなければ。


「いえ、そういうことではなくて。この軽食はこの後どうなりますか?」

「私共が廃棄処分いたします」



「では、残った軽食を全ていただけませんか? とても美味しかったので、街作りをしてくれる仲間にも、食べさせてあげたいんです」

「全部ですか……?」

「はい。全部です。可能ですか?」


 俺は無限鞄があるから可能だが、料理人が渋る可能性もある。まずは確認。これ大事。


「こちらとしては可能ですが……本当によろしいのですか?」

「はい。お願いします」

「かしこまりました。包装して参ります」

「ありがとうございます」



 よっしゃー! 軽食大量ゲットだ! 無限鞄に入れて、ヘルガさんと一緒に帰宅した。

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