四十七話 衝撃
屋敷に戻った俺は、先に風呂で汗を流してから八百年前に起こった出来事について聞くことにした。屋敷の風呂は温泉ではないらしいが、とても気持ちが良い。
でも、これからの話を思うと素直に楽しめなかった。帰ってきて正解だったな。ネスさんにも、他の魔族の人達にも失礼になるところだった。
お茶をしたあの部屋で、ローテーブルを囲んで話を聞く。
「じゃあ、話すよ。でも一つ、わかっていてほしいのは、ボク達魔族はサージスを恨んでいるわけではないよってこと。そして、今から話すのも、序盤は逃亡に成功した駐サージスの竜ヶ丘役人から聞いた話だから正確とは限らないってこと。後半はボクが見た話だから事実」
俺が頷いたのを確認して、オブシディアンは話し始めた。
「八百年前、サージスの西側にあった大陸から大量に人が来たんだ。完全装備でね。一万二千人くらいかな。そして、サージスを見て言った。「何だこの極貧国は! 我々文明人の手で発展させなければ」って。確かに、うちもそうだけど、木造の家しかなかったらそうなるよね。当時の人間はまず、手当たり次第に建物に火を付けて回ったんだ。木造だからというのと、その日は凄く乾いた風が吹いていたから、すぐに火は色々なところに燃え移った。その火事で魔族人間含めて四百人が犠牲になったそうだよ」
オブシディアンは、まるで今目の前でそれが起きているかのような表情をする。
「次。自分達の手中に収めたい侵略者は王族や当時、政治の中枢を担っていた人間を排除することにした。そこで導入されたのが、死刑制度。今はないんだけど、排除完了まではあったんだ。フェリーチェの子孫である国王とその妻、そして三人の子供は広場で火炙りにされた。政治の中枢にいた人とその家族も同様に、子供だろうが大人だろうが関係なく首を刎ねた。火事と死刑でまず一割が死んだ。因みに、本来の建国記念日も今のサージスと違って初夏じゃない」
その現場を実際に見ていないはずなのに、俺は既に体の不調を感じていた。でも、オブシディアンは続ける。
「侵略者達は、抵抗力をなくすために二十代から四十代の若者を中心に排除した。反乱を起こす芽は潰しておきたいって魂胆だろうね。これが五割。で、医療機関と学校、図書館を潰して自分達が統治しやすいように無知な国民を作り上げた。侵略者は別大陸から病原菌も持ってきたから、体の弱い人はそのまま病気で死んだ。病院があればまた違ったかもしれないけど。これが残りの二割」
「…………」
「魔族は技術者が主だったんだけど、竜ヶ丘とサージスを繋ぐ役目を担ってる子達も沢山いた。それも、邪魔になるからって処刑していった。ラ・モールの森に逃げた六割は難を逃れたけど中心部にいた子達は……逃げられなかった。ボクの友達も、何人かは、それの犠牲になった」
「っ…………」
オブシディアンの顔が苦痛に歪むのと同時に、頭痛で俺の視界も悪くなっていった。
「それが、四割。ほとんどは一家諸共やられた。遺体は死んだ子達の一割も返ってきてない。ここまでが聞いた話。ここからはボクが見て聞いた話」
一度呼吸を整え直してオブシディアンに向き直る。
「この世には魔物という種と、魔族という種がいる。魔物には理性がなく、魔族にはある。それは皆知っていることだった。でも侵略者は魔物も魔族も変わらないと主張したんだ。元いた国民の声は全部無視されて、移民の声が反映された。竜ヶ丘とサージスは貿易をしていたんだけど、一年も経たずに国交は断絶。国民が魔族を語るのは許可されず、もし語れば移民達から迫害されるのは目に見えているよね。今のサージス騎士団は先住国民を取り締まるためにできたんだ。今のサージスにはきっともう、先住国民の子孫はいない。搾取されるだけされて、魔の物と繋がる野蛮な民族だと差別されて、死んでいったから。二百年前に教会に医療機関が併設されて、国民も医療を受けられるようになったけど、先住国民だけは許されなかった。かかることができたら、差別さえされていなければ、救われた命も沢山あったのに……!」
お互い、もう限界だった。オブシディアンは涙腺が崩壊し、俺は体調不良で意識が朦朧としていた。
ノエルさんが場を収めてくれたんだろうけど、何も覚えていない。気がついたら朝だったし、初見の部屋で布団に入っていた。ただ、眠っても不快感は拭えなかった。
前置きとして、恨んでいないって言ってたけど、そんなことないはずだ。フェリーチェの大切にしたかったものを後から来た人間に全部奪われた。フェリーチェのことが大好きなら今のサージス国民は人殺し民族の子孫でしかない。
皆には酷だけど、知らないといけないことだ。昨日聞いた話をメモすることにした。途中、何度も吐きそうになったけど、これは必要な犠牲だ。
「フェリーチェ……ごめん……人殺しの子供で、ごめん…………」
フェリーチェの全部を壊した人間の子孫が自分の来世なんて、最悪だろう。まだ俺が先住国民の子孫だったら良かったのに。
朝食は断り、長くなると予想していた旅は、たった一日で終わりを迎えた。
公爵家に帰宅した俺は、心配したヘルガさん達によって速やかにベッドに運ばれた。でも、とても眠れるような状態じゃない。今すぐにでもライゼン様達に確認を取りたい。
でも、このまま出ようとしても取り押さえられるだけだ。それなら強行突破するしかない。王宮のキッチンに転移した。ここなら俺とヘルガさんの場所だから、俺がいてもおかしくはない。
まあ、最近はレオンとシルヴィも使ってるけど。そんなことはどうでも良い。後はどう確認を取るか。
今はライゼン様も仕事中だ。レオンもこの時間はサークル活動中。いつものことならシルヴィはセリア様と茶会でもしているはずだ。
「うぉっ!?」
ガラッと遠慮なくキッチンの扉を開けたのはレオン。
「ハル、戻ってたのか。早かったな」
レオンに八つ当たりしたくなる気持ちを何とか押し殺した。八百年前の王族がしたことに対してレオンを責めるのは間違ってる。そんなこと、頭ではわかってる。
でも、感情がついていかない。そんなつもりじゃなかったのに。ここに来る前はそんな感情なかったのに。
気付けば俺は、自分でも信じられないようなことを口走っていた。
「王族が起こした虐殺事件のせいだ」
「え……? 虐殺……? 俺達が、なのか……?」
「ああ、そうだよ。後から来たはずの王侯貴族がフェリーチェの大切なものを根こそぎ奪ったんだ! 文明人気取りが!」
「っ…………!」
自分が失言してしまったこと、それを自覚したのは傷ついた表情のレオンと目があってから。
「ハル、向こうで何かあったのか……?」
それでも歩み寄ろうとしてくれるレオンだったが、ヒートアップしてしまった俺は、その手を払いのけてしまった。
ああ……俺は友達を傷つけてしまった……。大切な友達なのに。
「ごめん……レオンが悪いわけじゃないんだ。全部俺が悪い」
「そんなこと……!」
「いや、俺が悪い。暫く頭冷やす」
これ以上ここにいても、レオンを傷つけるだけだ。取り返しがつかなくなる前に、レオンの言葉を遮ってオブリガード公爵家の自室に転移した。
「最悪…………」
そんな声は静かな部屋によく響いた。




