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二十九話 告発


 帰りの馬車の中では俺から話すことにした。ヘルガさんの内容はとても馬車という空間で話してはいけないような内容だからだ。これはしっかり人払いをされた密室空間で話すのが良い。



「じゃあハル。聞かせてくれるか?」

「ああ」


 俺はピシッと馬車の周りを結界で覆った。これで中の声が外に聞こえることはない。


「六年前に邪神が来たろ? お披露目パレードの時」

「ああ、それがどうしたんだ? もう消えたんじゃないのか?」

 俺は落ち着くために呼吸を整え、口を開いた。



「俺は確かにあいつを神界に送り返した。神がいなくなったら信仰心がどれだけあっても無駄だ。それと、ヴィーネ神の方。俺は守護者だから神力の一部を使うことができるんだ。使える神力は神への信仰心が高い程増大する。敵対勢力がなくなったら尚更だ。でも増えないんだよ。一旦は増えたんだけど、それ以上。明らかに信者が増えたのに神力は増えないしソウルだってほとんど変化がない。おかしいだろ? それで俺は一つ仮説を立てた」



「「邪神はまだ生きている…」」


 俺とヘルガさんの声が重なった。そうだ。神界で裁かれたのは邪神じゃなかった。邪神は今もこの世界にいて復活を待っている。そうだとしたら……?


「まだ、あれが生きてるのか……?」

 レオンは青ざめている。幼い頃に抱えたトラウマはずっと残ると聞く。逆行前のレオンは自分だけが呪いを知っていた。もし俺がレオンへ呪いがかけられた後に出会っていたら、この程度では済まなかった。



 まだだ。まだ間に合う。まだ復活はしてない。だから復活さえ阻止すれば、しても無効化できれば。


 その場は邪神の話題で暗い雰囲気に包まれた。

 馬車から降りても同じようにどんよりとした俺達を心配したライゼン様は食事の前に話を聞こうというスタンスを取ってくれた。



「馬車の中で何があったのか、ゆっくりで良い。教えてくれるか?」

 俺とヘルガさんは一瞬目を見合わせてゆっくり頷いた。


「僕は皆さんにずっと隠していたことがあります。この国が滅ぶ可能性があることです。邪神について」

 震えるヘルガさんの右手を俺が、左手はレオンが握る。シルヴィは不在だ。

 僅かに息を呑む音が聞こえた。



「聞こう」

 ヘルガさんは六年前、教会で俺に話したことを全部そのまま話した。生け贄のこと、アルバーン伯爵家のこと、見かけたという双子の弟、コリア・アルバーンのこと、そして、イディスさんのこと。


 全てを話し終わった後、セリア様は泣いていた。レオンは手を握る力を強めたし、ライゼン様は拳や顳顬の辺りに青筋を立てた。

 そして当事者であるヘルガさんはソファーにもたれて脱力した。子供だけでいる時ですらそんなことしたことなかったのに。


 徐にフルーツサンドを取り出し、口に入れて咀嚼する。



「ごめんなさい……。緊張解けたらお腹空いてしまって」

「ああ、好きに食べると良い。何か用意させるか?」

「いえ、大丈夫です。ハルさんからもらった無限鞄に色々入っていますから」



 疲れた体には甘いものだ。ここからは俺達が話を引き継げば良い。


 次は俺が自分の立てた仮説を話した。あくまで仮説だから信憑性は薄いが、俺の神力が増えない原因の一部かもしれないと言えばかなりの説得力を持った。



 真夜中までした話し合いで決まったことはアルバーン伯爵家及びヴィーネ神反対派貴族家の徹底的な調査。調査は王家の影が行い、アルバーン伯爵家には騎士団が出るそうだ。


 見つけ次第問答無用で牢獄に放り込み、そしてベノム島に送りつける。使用人は加担した人間は流刑、それ以外は強制解雇に平民落ち。しかし、ヘルガさんが強く希望したためイディスさんは例外として恩赦が与えられる。コリア・アルバーンは平民落ちした後学園も強制退学になるそうだ。


 平民の中で揉みくちゃにされるなんて流刑に比べたら軽い。


 ヘルガさんの同意を確認した王家はすぐに行動を起こした。早朝にアルバーン伯爵家を襲撃した騎士団一行は抵抗する当主一家を取り押さえ、城に連れ帰ってきた。勿論ヘルガさんを殺せと言ったコリア・アルバーンも。

 流刑ではなくても加担したわけだから一度は牢獄に入れられる。


 もし成人していたら流刑だがまだ成人前だからな。不服だが、ヘルガさんの決定に今回は誰も逆らわなかった。



「コリアが双子の弟じゃなければ」


 そう言っていたから、あんなことをされたがまだ兄弟としてミリ程の情があったのだろう。


 六年前、「どんな辛い話でも聞く」と言ったレオンがあの空間で一番怒っていたから、コリア・アルバーンについての処遇は不服そうにしていた。もっと残酷なことはできる。やろうと思えばいくらでも。



 でもそんなレオンにヘルガさんは言った。

「あの家にとっては拷問よりも屈辱の方が何倍も嫌なこと。アルバーン伯爵家は平民を嫌っていたからそんな中で独りぼっちで暮らすことになったコリアは心に何を思うんだろうね」


 黒い笑みを溢し、ヘルガさんが言った。これは……うん、怒ってる。恩赦を与えたように見せかけて相手が嫌な仕返しはしてる。


「とりあえず、牢獄で仲良くしてる両親と弟に会ってくるよ。縁切り宣言がまだだったからね。ハルさん、終わったら新作の試作でもしましょうか」

「はい、城のキッチンで待ってます」



 ライゼン様は会わなくても良いと言っていたが、ケジメをつけたい、とヘルガさんは元家族に会い絶望の底に突き落としてくると言った。なら俺にできることは一つ。ヘルガさんの帰る場所を作るだけ。地下牢に向かうヘルガさんを見送った俺とレオンはキッチンに向かった。


――――――――――――――――――――

side ヘルガ


 長い廊下を一人で歩いていると、靴がコツコツと鳴る音がやけに近く感じる。先日僕は、自身の過去について明かした。

 聞いていたのはハルさん、レオン、ライゼン様、セリア様だ。



 聞き終わった後の反応としては泣く人、怒る人など実に様々だった。


 僕を家族同然のように接してくれるライゼン様は怒り狂い、すぐに僕の生家に騎士団を派遣、アルバーン伯爵家の面々は抵抗も虚しく今朝、城の地下牢に入れられたそうだ。見苦しく喚き、権力で騎士を鎮めようとしたと聞かされた。身内としてこれ程恥ずかしいことはない。


 僕は今、アルバーン伯爵家と正式に縁を切るために地下牢に来ている。ハルさんも、レオンも僕の希望を汲んでくれて僕が一人で行くことを許してくれた。後は僕がケジメをつければもう関係ない。あの人達とはもう他人になれる。




 本当に色々なことがあった。生け贄として捨てられて神官長に拾われて、その神官長にも先立たれた。そしたら今度はハルさんに出会った。ハルさんも邪神のことを知っていて、国の滅亡を防ぐ為に守護者として邪神を消すという目標があった。



 僕は無理しがちなハルさんの支えになって、自分も手伝えるような力が欲しかった。だからあの日から努力した。ハルさんの隣に堂々と立てるように。


 王族と、貴族と関わりができたのもあって僕はもう昔のように意思のない人形じゃない。人形から人間になったんだ。最後くらい最高の見送りをしよう。



 暫く歩くと誰かが喚き散らす声が聞こえてきた。囚人が看守に何かを訴えているようだ。近付くと、あの大嫌いな母が看守にヒステリーを起こしているとわかった。最悪だ。

 看守も無視はしているが鬱陶しいという表情は隠していない。



「看守さん」

「ああ、ヘルガ様ですね。面会可能時間は五分となっていますが大丈夫ですか?」

「はい、構いません」


 そう言うと、看守は僕の声が聞こえないくらいの位置まで下がった。息を吐いて家族に向き直る。






 ああ、なんて醜い。そう思った。


 ヒステリーを起こしたせいで髪も服も乱れた母、不貞腐れて永遠に壁や床を蹴り続ける父、膝を抱えて蹲る弟。僕はこんな人間と血が繋がっていたのか。



「ヘルガ! ヘルガなの!? 全く……あなた今までどこにいたの……!? 探していたのよ……?」

「そ、そうだ! これは何かの間違いなんだ! 早く解放しろ! お前もアルバーン伯爵家の一員だろう!」

 母はすっとぼけ、父は今更家族面。都合の良い人間だ。


「今日来たのはそんな用事ではありません。そろそろ貴方達と縁を切っても良いと思いまして、絶縁状を持ってきたんです。僕との縁切り、認めますよね? まあ僕を殺すくらいですから認めてもらわないと困ります」

「その紙にサインをすれば良いのか……?」


 渋る両親に割って入ったのは双子の弟、コリアだった。



「はい、サインをすれば晴れて僕と貴方は赤の他人です」


 正直、コリアがここまで素直に認めるのは想定外だ。自分の我儘を押し通すような性格だったから。それは両親も同じだったようだ。唖然として、驚きの声すら出ていない。


 サラサラと僕が渡したペンで自分の名前を書くコリア。書き終わったコリアは小さく呟いた。



「今までごめんなさい。許してほしいとは言わない。俺なりに精一杯の償いをしようと思う。謝罪の機会をくれてありがとう」


 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったので少し驚いた。

 でも、コリアは大丈夫。

 そう思えた。ここまで変われたんだからきっと大丈夫。



「コリア、今の僕は凄く幸せですよ。それこそ、世界中の誰よりも」

 だからコリアも罪悪感ばかりじゃなくて、与えられた機会を自分の幸せのために使ってほしい。コリアもアルバーン伯爵家の被害者なのだから。


「幸せ……………………それなら俺はもう、二度とヘルガには関わらない。これ以上……壊したくない」

「コリアも気持ちに折り合いがついたら、今度は自分の幸せについても考えてみてほしいです。平民は、面白い子が多いですから退屈しませんよ」


 僕が教会で見てきた平民は、貴族と違う価値観や人生観を持っていた。案外貴族よりも平民の中にいる方が気を張らなくて良いから過ごしやすいかもしれない。



「俺の……幸せ…………」

「はい、コリアがやらなければいけないことは、全てを失った状態で自らの幸せを見つけることです。僕ができたんです。コリアもきっとできますよ。貴方はまだ変われます。僕だって貴方に恨みが全くないわけではありません。ですが、僕は過去の不幸を嘆くより手に入れた幸せを大切にしたいんです。だから、コリアもどうか、幸せになって下さい」


 そこまで言うと、コリアはまるで小さな子供のように声をあげて泣きじゃくった。ごめんなさい、ごめんなさいと泣くのを見た僕は、コリアを断罪する気にはならなかった。



 コリアなら嘘泣きくらいできる。でもこれは心からの言葉と、人間らしい涙だった。



「ヘルガ様……」

「五分、ですね。両親にサインさせることは叶いませんでしたがそれ以上のものを得られましたので今日のところはここで帰らせていただきます。それと、そこの両親をコリアに近づけないでいただけるとありがたいです」

「はい、力づくでも止めてみせます」

「よろしくお願いします。それじゃあコリア、さようなら」



 まだ嗚咽をあげるコリアが頷いたのを確認し、僕は来た道を戻った。両親のサインはもうこの際どうでも良い。どうせすぐに死ぬ。





「あ、おかえりなさい」

「準備はできているぞ!」

「はい、早速始めましょう」


 僕の姿を見つけるだけで笑ってくれる人がいる。これ以上ない幸せを噛み締めて、これからも生きよう。

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