二十五話 魔法実践
今日は一日中魔法実践の授業だ。昨日から楽しみすぎて正直あんまり眠れなかった。気合いで寝たものの早く起き過ぎてしまったし、その後は寝付けなかった。
そして、俺が楽しみにしていた理由はルイ先生以外にもう一つある。それは、準一級のヘルガさんが一級のクラスで授業を受けること。
シルヴィも準一級から一級の方に来てる。でも基本は喋らないのでぼっちの可能性が高かったのだ。
それがどうだ。ヘルガさんが来てくれたことで俺のぼっちは永遠に訪れない。それが今確定したのだ。
「それでは魔法実践の授業を始めます。ここにいる方は全員一級か、準一級ですので魔法の何たるかは飛ばしますが、それでもよろしいですか」
先生の言葉に誰も異論はなかった。級が高ければ質の高い教育を受けてきただろうから魔法とは、と説かれてもわかっている内容だからつまらないだけだ。
俺達はしっかり教育を受けてきたわけではないが、カリウ先生から貰ったルイ先生直筆のテキストで勉強したから大丈夫だ。
カリウ先生は教えてもらいながら作ったと言っていたが魔法の部分だけは少し筆跡が違ったのだ。誰だろうと思っていたのだが昨日の授業で合点がいった。
「じゃあ二人でペアを作って下さい。これから皆さんにはDランクの魔物と実際に戦っていただきます。一番弱いものですがこちらが危ないと判断した場合、即刻中断しますが最大限の注意をしてください」
どうやら学園の授業用にDランクの魔物を定期的に生け捕りにしているらしい。無限牢獄もなしに凄いな。
ただ……。
「D……ですか……」
「慣れてますし、瞬殺ですよね……」
どうしようか。片方はやることがない。それに他の人と組もうにも一部の生徒から軽蔑の視線がトゲトゲと刺さっていて無理だ。コソコソと話していると思わぬ角度の解決策が降ってきた。
「そこの、平民の二人はペアを組むなよ。お前達は一人で十分だ」
「あ、はい」
そうか、ペアを組まなければ良いのか。いや、良いのか? ペアで戦う授業なのにペアにならなくて。まあ、先生が良いなら良いのか。そういうことにしておこう。
今回のも身分順。無難に兄妹でペアになったレオンとシルヴィからだ。Dランクの魔物だ。一級と準一級の二人なら大して苦戦はしないだろう。
ただ、だからこそ回復系の魔法は使い所がないな。この授業ではどちらか一人じゃ駄目。どちらも活躍しないといけないからその辺の采配も気を付けないといけない。
あれ、だとしたら何で俺達離されたんだ?
んー……。大人の考えているところはわからないな。
暫く様子を見ていると、あることに気付いた。魔物に傷が入っていない。シルヴィが火魔法で攻撃しているのに一瞬で治る。
初めは炎をぶっ放すだけの攻撃だったが弓矢を使ったり炎のトルネードを発生させたりとしているのに、だ。
初めは魔物の特性だと思っていたが、レオンの動きがおかしい。レオンは魔物に治癒魔法をかけてシルヴィにあらゆる方法で攻撃させていたのだ。
実践経験がないからどの魔物にどんな攻撃が効くかわからなくて実験してるって感じかな。最終的に魔物の体に風穴が空き、試合は終了となった。
俺はレオンの企みに気付いたから日和ったりしようがないが、周りの生徒達は王族、国の代表の魔法であっても最低ランクの魔物に苦戦したように見えたのだろう。可哀想に。怯えているじゃないか。
講師側も理解している人とそうでない人がいるようだ。もしかしたら分かる分からないは潜在属性にもよるのかもしれない。
その後、俺達の前に何組かあったが皆怯えていて話にならなかった。一級ばかりが集まっているのに本来の力を発揮できず、数えてはいないが恐らく九割くらいは講師によって中断されたと思う。
ヘルガさんの番になった。闘技場に魔物とヘルガさんが入場する。魔物からヘイトを取ったヘルガさんは今まで見たことのない魔法を展開した。
普段は風で切り裂くような魔法を使うのに今回は自分を中心としたトルネードだ。そうか。魔物があのトルネードに触れると粉々になるのか。それ良いな。真似しよ。
勝負は一瞬だった。知能のない魔物に己との力量差は測れないようで真っ直ぐ死に急いだ。後に残ったのは涼しい顔をしたヘルガさんと肉片に変わり果てた魔物だけだ。ちゃんと忘れずに魔石も回収している。
俺の相手は身長の三倍くらいありそうな猪型魔物だった。猪型魔物はどこにでもいるオーソドックスな獣魔物だ。そして、意外と美味い。檻から出されたオークは俺をその視界に捉えた。
唾を辺りに撒き散らしながら俺に向かってくる。近寄り難い風貌だ。でも魔石は大きいし、食料としても優秀だから重宝するんだよな。
まずは猪型魔物の背中に圧力をかけて動きを鈍らせる。多分骨も逝ったな。俺の目の前で巨体が転倒する。
死ぬか死なぬかのギリギリのラインで。こんな機会が与えられたのに一瞬で倒したら勿体ないじゃないか。丁度良いから俺達を馬鹿にしていそうな人達に少しばかりの抵抗をしてやろうという気持ちもある。
苦しそうに呻いているが、俺に狙いを定めて死に急ぎにきたのはそちら側だから加減はしない。
暫く様子を見てそろそろ良いか、と完全に押し潰した。内臓がないからプチッと潰してもそこまで散らかさなくて済む。魔石は頂戴、肉は無限収納がバレるので泣く泣く諦める。
なんか俺、どんどん絵面が強盗になってるような気してきたわ。強盗殺魔? みたいな。
「随分趣味が悪いですね」
席に戻るなり呆れ顔のヘルガさんにそう言われた。
「……?」
「あれ、急病人が大量に出たそうです。始め馬鹿にされた恨みをこんな形で晴らすなんて。最早テロですよテロ」
「ははっ……やっぱりバレてましたか」
暫くお互いの倒し方について話しながら笑っているとレオンに声をかけられた。脇にはシルヴィとステラもいる。
「二人共凄いな」
「ええ、さっき二人を馬鹿にした方は全員体調不良を訴えていたわ。いい気味よ。ハルとヘルガを馬鹿にするからこういうことになるの」
「ああ、思っていたより皆血に慣れていなかったようだ。俺のペアも医務室に行ったぞ。これは伝説になるな」
伝説なんてそんな大袈裟な……と思ったが間違いではないかもしれないと考え直す。授業中に生徒ほぼ全員をダウンさせる人間。
いや、こうなると伝説と言うより化け物か。実際言われたことあるし。
「血に慣れておいて良かった。昔の俺ならあの集団の一員だったかもしれない。荒療治をしてくれたハルに感謝だな」
「俺もだ」
レオンとステラがそう言って笑った。確かに初めて血を見たレオンは本当に吐きそうになってたもんな。あの時は多少の罪悪感を覚えたものだ。
「結果良ければ全て良しってやつか?」
「そうだな」
「そういえば僕達は裏では友達でも表では周りに合わせるってことになってなかった? 講師もいる中こんなに堂々と話しかけても良いものなの?」
あ、確かに。人口は少ないけど全員が俺達の関係を知ってるわけじゃないし今考えたらこの口調も聞かれてたらまずいやつかも。
「ああ、王家はヴィーネ様を信仰しているから優秀な者を見つけたら積極的にアプローチに行けって父上に言われてるんだ。クラスが違うから分からなかった二人の才能を今回の授業で見つけた。国を運営していく人間として関わって損はない。そう主張するつもりだ」
「なら良いよ」
「レオン達なりの考えがあるって知れて良かった」
今回の一件でダル絡みされる確率は下がっただろうし、これから合法的にレオン達と学園生活を送れるってなると楽しみも広がる。
「あ、そうだ。ハルは魔法研究サークルに入ってるんだよな?」
ベルが鳴り、次の授業(テロ被害により自習になってしまった)が始まったところでレオンにそう相談された。
「ああ、極秘事業を進めようとしてる」
名付けて魔石で水回り充実計画。過度な期待はさせたくないのでまだ極秘だ。
「俺もやりたいことがあるんだ。勿論許可は取ったし、勉強も疎かにしないって覚悟もある。まだ定員オーバーしてなかったら行っても良いか?」
「俺昨日行ったけど先輩は二人しかいなかったし、作業台も空きがあったからいけると思う。ルイ先生が顧問だから授業が終わったら聞いてみな。魔力ランク関係なく魔法具に興味があるなら入れるはず」
先輩達はどちらも三級だったけど、だからこそ魔力ランクが低い人でも使いやすい魔法具を開発できる。つい自分のランクに合わせてしまうが世の中の大半は三級以下だ。もし成功したら飛ぶように売れるんだろうな。
「そうか。ありがとう。授業が終わったらルイ先生に相談してみる」
「ああ、それじゃ、自習するか。個人でやっても良いけど集団でやるか? 人数少ないし」
皆の技術が上がるならまた魔物役をやっても良い。いや、喜んでやる。
「俺、二人にリベンジしたい。あんな負け方して悔しくないわけないし、あれからかなり追い込んで鍛錬したから粘れると思う」
「私も二人と戦ってみたいわ。良い訓練になると思うの」
「俺も気になる」
「僕は構いませんよ。ハルさんはどうですか?」
「大丈夫です」
自習ではあるが急遽対魔物戦(仮)が始まった。二対三で数ではこちらが不利な状況。程良い緊張感の中試合はスタートした。
まずはレオンがチーム全員に魔法を展開した。シルヴィとステラに回復をかけ続けて傷を負ってもすぐに治せるように、というのと魔力が枯渇するのを防止するためのものだと思う。
攻撃魔法を最初に繰り出したのはシルヴィ。炎の壁をこちらに飛ばしてきた。炎なら風で吹き飛ばせる。ランクがおなじであれば相殺か。そう思っていたら風を切り裂く音が聞こえた。ヘルガさんの魔法ではない。そう気付いた俺の所に炎を纏った一本の矢が飛んできた。そうか。
シルヴィの炎に矢を突っ込むことでドッキングしたのか。急いで避けたが直撃していたら無傷では済まなかった。危ない。こちらには回復要員がいないんだ。慎重にならないと。
今度は俺達だ。ヘルガさんが二人に風のナイフで攻撃を仕掛けた。詠唱をしていないからシルヴィでも相殺できるレベルまで勢いは殺されている。
怪我には気を付けないといけないが致命傷を負わせないことにも気を付けないといけない。
二人がヘルガさんに気を取られている間に俺はレオンに狙いを定めた。回復要員がいなければ戦闘員は疲弊していくだけ。勝つためにはまずレオンを潰す。
俺がやることは集中力を削ぎながら魔法に綻びが生じるのをひたすら待つだけ。
レオンが目で追えて、かつ避けられるギリギリを狙って攻撃し続ける。ペースを崩さずに攻撃をしていると、あるラインを超えた辺りからレオンの放つ魔力が減った。
俺の相手をしながらチームにも魔法をかけるのは無理だとなったのか、集中する対象が変わったから弱くなったのか、どちらかだな。
もう少し押せば潰れそう。というところで邪魔が入った。俺にデバフがかかったのだ。
……いや、相手にバフがかかったのか。術者はどこだと辺りを見渡すと、暇を持て余し始めた講師達が人間側に加担し始めていた。
そうか。俺達は魔物役。人間側が追い詰められていたら援軍を呼ぶのは普通のことだ。ルイ先生もレオンに代わって再生魔法をかけ始めた。
楽しくなってきた。講師は皆属性が違うから色々な手を使って邪魔をしてくる。それを掻い潜って本来の敵を倒すのは相当大変だ。良い訓練になるな。何だ? 十対二か。
ヘルガさんが詠唱をした。講師陣を本気で潰しにかかってる。特級の俺は相手を殺してしまう可能性があるから本気を出したりできないけどヘルガさんは準一級だから防ごうと思えば防げる。
どうしよ。レオンを潰してからルイ先生に狙いを定めるか。そう、作戦を考えていた俺は直前までレオンの拳に気付かず危うく吹っ飛ばされそうになった。そう言えばレオンは俺の強化属性も同居してるんだった。
「うわ、避けられた! 今の絶対いったと思ったのに!」
「危ない危ない……顔の骨折られるところだった」
「今度こそ当てる!」
おー……こわ。ルイ先生の存在に気付いたレオンは標的を俺に定めて強化魔法一択で攻めてくるから俺の本来の狙いから逸れてしまった。
俺の力でレオンを潰したかったのに思わぬ援護で切り離された勝負になってしまった。これじゃ一対一と一対九だ。ヘルガさんの負担が大きすぎる。
よし、空気弄るか。
空間に魔法をかけて、本来の体重プラス十キロくらいにした。鼓膜を破壊する可能性があるけど常時ルイ先生の魔法がかけられているからそういうのは関係ない。これであちらの勢力を削げれば良いのだが。
暫く観察していたのだが、勢力は落ちたように見える。とりあえず立つことに意識が向いて魔法に集中できていないようだ。良かった。ここからが本番だ――というところで授業終了を告げるベルが鳴った。
一番納得のいかない終わり方。良いところだったのに。
俺は仕方なく魔法を解除してこれ以上戦わないという意思を込めてレオンとも距離を取った。
同じように皆距離を取ったのだが、もれなく全員砂塗れ。
訓練場の地面が砂であること、風属性の術者がいたことにより砂が巻き上げられて、女性のシルヴィも頭から砂を被ってしまっていた。ステラに至っては砂が口に入ってしまったよう。
俺はシルヴィを水魔石と風魔石で服ごと丸洗いした。王侯貴族の女性は気にする人多いだろうから。それに学園内を王女が砂塗れで歩いてるなんて知れたら将来にも関わってくるはずだ。お淑やかな女性が好みの男は多いからな。
「わあ……! 一瞬で綺麗になったわ! ありがとうハル!」
興奮しすぎて実習着でその場で一目も気にせずぴょんぴょん跳ねるシルヴィ。後でちゃんとお風呂には入ってね。
「ハル、今の俺にもやってくれるか? ルイ先生の所に行くからさ」
「ああ、良いよ」
レオンにも同じように丸洗いする。ヘルガさんはステラにやっている。やっぱり魔石って便利だな。ピアスが反応しないってことは身体や精神に悪影響がないってのと同じことだから、倒すのが面倒って人以外は使った方が良い。
魔石だけで売ってもそれなりに売れそう。一切お金がかかってないからどれだけ売れても黒字。極端な話、一セット売れただけでも小遣い稼ぎになる。
また検討してみよう。




