7 ダンス
軽やかな音楽に合わせて、ステップを踏む。
エルネストからは柔らかな匂いがするけれど、今日は香水をつけているのね。
大学で顔を合わせたときはそんな匂い、しなかったと思うから。
変な感じ。
「どうして今日、私を誘ったのですか?」
踊りながら私は彼に尋ねた。
ろくに知りもしない相手をなぜ誘ったのかちょっと不思議だったから。
すると彼は少し照れた様子で言った。
「え? あぁ、なんでかな」
と言い、彼は視線を私から一瞬反らす。
「そうだな……女性で魔法工学選ぶなんてかっこいい、て思ったからかも」
そう言って彼ははにかむ。
「かっこいい、て思ってもらえるなんて嬉しいわ。たいていの人は否定的に言ってくるから」
お父様も最初は否定的だったのよねえ……可愛げがないだとか言われたもの。
するとエルネストはあー、と呻って苦笑する。
「そうなんだ。まあ確かに、まだ女性の進学率自体低いし、工学系は殆ど選ばれないからね。卒業論文で、女性の社会進出のことを書こうと思ってるんだけど」
「あら素敵じゃないの。なぜそのテーマに?」
「俺の母親が一風変わった人で。今は女も自立が必要だっていって、公務員の女性採用率を上げるために奮闘していたんだよ」
その話は聞いたことある。
女性は高校を卒業するころには結婚が決まっているのが一般的で、高校に行かず貴族などのお屋敷で行儀見習いとしてメイドとして働く人も多かったとか。
女性が働くとなると、接客業や受付と言った場所に限られていて、公務員もなれる女性が少なかったという。
それで公務員の女性採用率を上げるために、性別での制限を撤廃し、そこから徐々に民間へとその輪を広げていったとか。
「女性の就職率がここ二十年ほどで向上したと聞いているけれど」
「俺の母やその周りの人たちの努力の結果らしい」
それっていったいどれだけの努力だったんだろう。
生半可なものではないわよね。
「そのかわり、結婚年齢が上がってしまったっていう批判はあるけれど、女性だって夢を抱いて自分のしたいことをするのは当たり前だって世の中になっていく方がいいと思うんだよね」
「そうそう。その通りよ」
エルネストの言葉に私は力強く頷く。
「そもそも、男ばかりが働く状況では人手が足りなくなるのよ。だからといって子育ての終わった女性がいきなり社会に放り出されて働くのも難しいし。それなら若いうちに働く経験を積んだ方が絶対にいいと思うのよ」
と、私は早口で語る。
なのにお父様は理解してくれないのよね。
どんな経験だって無駄にはならないのに。
「あはは、そうだね。でも人の意識はなかなか変えられるものではないから。それでも少しずつ認識を変えていけるといいんだけどね」
「そうねぇ。お母様やお兄様は私が結婚に興味ない事とか、働くことに肯定的だから、きっと大丈夫よね」
そう私が言うと、エルネストは頷いた。
「あぁ、そっか。結婚に興味ないかぁ。俺もしばらくそういう話はいいかな」
と、苦笑を浮かべる。
でしょうね。
好きだった相手に裏切られたばかりなのだし。
「色々あったようですね」
言葉を選んで私が言うと、彼は小さく息をついた。
「まあ、うん」
そこで一曲が終わり、私たちは向かい合って礼をする。
「リタ、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、お誘いありがとう」
そう微笑み返すと、エルネストは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
そこに、耳慣れた声が背後から聞こえてきた。
「ふたりともいい感じじゃないか、エル、リタ」
そう笑顔で近づいてきたのは、黒い燕尾を着たシリルだった。
「からかわないでよ」
呆れて私が言うと、エルネストも同調する。
「そういう感情はないよ、シリル」
するとシリルはあはは、と笑い言った。
「まあそうだよねぇ。まあでも、エルが楽しそうで良かったよ。リタも今日、来てくれてありがとう。イザベラも来てくれたし嬉しいよ」
そういえばイザベラもいるんだった。彼女とまだ挨拶をしていなかった。
私は辺りを見回すと、イザベラが誰かと談笑しているのが目に映る。
彼女も気分転換できるといいけれど。