6 パーティー
その週末の土曜日。
私は、燃えるような赤い髪に合わせて、紅いドレスを選んだ。
大きく胸の開いたドレスに、ダイヤモンドのネックレス。それは今回のために新調したものだ。
それにイヤリングをつけて、鏡の前で一回りして見せる。
「お嬢様、素敵ですよ!」
準備を手伝ってくれたメイドが、嬉しそうに手を叩く。
「ありがとう」
はにかみながら答えたところに、扉を叩く音が響いた。
「リタ様、お迎えが参りました」
「ありがとう、すぐに行くわ」
「かしこまりました」
エルネストの迎えが来たらしい。
彼はどう私をエスコートしてくださるのかしら。
なんてことを一瞬考えるけれど、なんだか乙女みたいね。
そんな感情、私にはないはずなのに。
そう自嘲して、私はメイドに伴われて玄関へと向かった。
黒い燕尾に身を包んだエルネストが、玄関入ってすぐの所にいるのが見えた。
大学ではごく普通のシャツにズボンだったから、ずいぶんと印象が違う。
少し癖のある金髪はオールバックになっていて、正直にあってないな、と思ってしまう。
けれどそのアンバランスさがちょっと魅力的に見えた。
彼は私に気が付くと、にこっと微笑み言った。
「こんばんは、リタ。とても可愛らしいね」
などと褒めてくれる。
私は口元に手を当ててそれに答えた。
「ありがとう、エルネスト様」
「様はいらないよ。今日は友人として君を迎えに来たのだし」
そうは言われても、こちらは成り上がりの子爵。
エルネストは王家の親族。
さすがに身分の差、くらいわきまえているのよ。大学ではそういう身分を感じる様な呼び方は禁じられているけれど、今日はパーティーだし。
どうしようかしら?
「私は子爵の娘でございますから、公爵家のご令息であるエルネスト様に、無礼な態度をとるわけにはいきませんわ」
微笑み言うと、エルネストはちょっと寂しげな顔をする。
「言いたいことはわかるけれど、今日は内々のパーティーでしょう? そこまで人の目を気にすることはないよ」
それは確かにそうだ。
そこまで言われたらそうね。学校と同じ態度にしようかしら。
私はすっと息を吸って目を閉じ、大きく息を吐きながら目を開いて言った。
「わかったわ、エルネスト。大学の友人として、貴方の隣に立つことにするわね」
と、学校と変わらない砕けた口調で言うと、彼はほっとした様な表情で頷いた。
エルネストの迎えの車に乗り、十分少々でシリルのお屋敷についてしまう。
シリルのおじい様とおばあ様の結婚五十年をお祝いするパーティーで、身内や親しい友人だけを招待した、小さなものだと聞いている。
とはいえ、伯爵家だし、そこそこの人数を招待しているようだった。
大広間には、ざっと五十人くらいの人がいるかしら。
シリルのおじい様とおばあ様は綺麗な白髪をしていて、綺麗に着飾り幸せそうに寄り添っている。
結婚五十年て、途方もない時間よね。
私には想像つかない。
「本日は私どもの結婚五十年を祝う会にお集まりくださりありがとうございます。この五十年、子供にも孫にも恵まれ、幸せな時間を過ごすことが出来ました」
と、シリルのおじい様が挨拶をする。
おじい様の話を聞くと、結婚も悪くないのかなって思うけれど、実感がわかない。
そもそも恋すらよくわからない私には、縁が薄い話なのよね。
結婚かぁ……いつか私もするのかしら。
そんなことを想っているうちに、パーティーが始まり音楽が流れだす。
シリルのおじい様とおばあ様が、人の円の中央で踊っているのが見えた。
ふたりともとても幸せそうに見える。
「いいなぁ……」
と、思わず呟くと、隣りにいるエルネストの同意の声が聞こえた。
「そうだね。五十年も連れ添うなんて俺には想像もつかないけれど、おふたりともとても幸せそうで羨ましい」
と告げて息をつく。
「そうね。私は結婚とか興味ないけれど、おふたりを見ているだけで幸せを感じるわ」
「……興味ないの?」
そう、驚いた様子でエルネストは言い、私を見つめる。
そんなに驚く事かしら?
私は笑って頷き言った。
「えぇ。現実味がないし、全然興味持てないのよね。大学もあるし、卒業したら工業系のお仕事したいと思っているから」
するとエルネストは微笑み頷く。
「あぁ、君には夢があるんだね」
「えぇ。私は魔法工学を学んでいるし、世の中の発展のために勉強したことを生かしたいって思っているわ」
魔法工学は、名の通り、魔法と科学を融合させたものだ。
魔法の力を用いて、色んな機械を生み出している。
車だって、冷蔵庫だって魔法工学によって生み出された物だ。
私もいつかそういう発明をしたいなって思っている。
「エルネストには夢はないの?」
そう尋ねると、彼は肩をすくめて苦笑した。
「俺は公爵家の跡取りだからね」
そうか。そうよね。エルネストは生まれた頃から運命が決まっている。
そう思うとちょっとかわいそうに思えてしまう。
「だから俺は、政治経済を学んでいるんだよ」
「ごめんなさい、そこまで考えていなくて」
私は自分が好きなことを選べるけれど、エルネストは違うんだ。その事がすっかり頭から抜け落ちていた。
考えてみたらお兄様だって、シリルだって、経済や政治の勉強をしていた。
それは本人が望んだわけじゃなくって、そうせざる得なかったからだ。
自分の認識の甘さを恥じていると、エルネストの声がかかる。
「大丈夫だよ。与えられた道でも、それはそれで安定した人生を歩めるって事だし。まあ、そうもいかなかないことがあるんだけど」
と、彼は苦笑を浮かべる。
それって婚約破棄の話よね。
その件について、エルネストは完全な被害者だ。同情の余地しかない。
私が何も言えずに黙っていると、彼が私に手を差し出してくる。
「せっかく来たのだし、リタ、踊っていただけますか?」
その申し出を、断れるわけはなかった。
私は胸に手を当てて微笑み、頷く。
「ええ、もちろん」
そして差し出された手にそっと、自分の手を重ねた。