5 約束
講義を終えて帰宅すると、部屋に手紙が届いていた。
封蝋の紋章から、エルネストからの手紙だと知る。
あの時間に話をしてもうお手紙が来るなんて。と、不思議に思ったけれど、彼らは四年生だから講義、あんまりないのよね。
私はレポートを書くための教科書などを勉強机に置いた後、引き出しからペーパーナイフを取り出して、手紙を開いた。
中から出てきた、淡い緑色の手紙には、週末、五時半ごろこちらに迎えに来る旨が書かれている。
まあ、妥当な時間ね。
うちのお父様やお母様も同じくらい行くはずだし。
私はすぐに返事をしたためて、メイドに手紙を託す。
まさか公爵家の令息と一緒に行くことになるとは思っていなかったから、ドレスとかあんまり考えていなかったのよね。
だからと言って、新調するほどでもないし。
アクセサリーくらい、用意しようかしら。
でも屋敷に宝石商を呼ぶ時間もないから、明日、学校帰りに寄ってみようと決め、夕食の時間までレポートを書くことにした。
お夕食の席。
なんだかお父様の機嫌がいい。
「リタ、お前にグラノリエス公爵家から手紙が届いたそうじゃないか」
と、嬉しそうに言ってくる。
グラノリエスが、エルネストの家名であるとすぐ出てこず、私は一瞬きょとん、としてしまう。
「あぁ……エルネスト様ね。えぇ、シリルがいるでしょう。彼と友達だとかで今日、話をしたのよ。それでシリルの家のパーティーにご一緒することになって」
「なに、本当かリタ!」
声を張り上げるお父様の嬉しそうな顔が、何を意味しているのかすぐに思い至る。
私には一切の浮いた話がないし、見合いも全部断っている。
だから、初めて感じるシリル以外の男の影に喜んでいるのだろう。
「本当よ。シリルが彼を招待して、私は元々行く予定だったけれどその流れでそんな話になったのよ」
答えながら、私は食前酒をいただく。
「そうかぁ……そうなのかぁ……」
お父様は天井なんて仰ぎ見て、感慨深そうな声を出している。
お父様が喜び過ぎて怖い。
「私とエルネスト様は何にもないんですからね。私、恋とか興味ないし」
きっぱりと言うと、お父様はばっとこちらを見て目を大きく見開いた。
「いや、そうはいってもなぁ、リタ。お前はもう二十歳になるんだぞ? そのまま行き遅れになってしまったら……」
「いまどき二十歳で行き遅れなんて言わないわよ。結婚年齢は年々上がってきているのよ」
といっても、二十歳前後でどっと結婚率は上がるんだけど。
でも昔は十代で結婚が当たり前だったらしい。私のお母様も結婚したのは十七歳だったそうだから。
それから世の中は大きく変わった。
なのにお父様はその流れについていききれないらしい。
私の言葉に困惑顔なんだもの。
「そうはいってもなぁ……ドナート家やポドール家の娘たちは皆、十八で結婚を……」
「私は私よ。そもそも私、まだ大学二年生よ? 学生よ?」
「学生でも結婚している者はいるんだぞ」
と、お父様が食い下がってくる。
あぁ、面倒くさい。
「お父様、結婚なんて個人の自由意思に任されるものですよ」
と、お母様が助け船を出してくれる。
その言葉に私はうん、うん、と頷く。
「そうそう。俺の友達もとっかえひっかえ色んな女性と付き合ってるし、二十歳そこそこで運命の相手を決めるなんて無理ですよ」
そう言ったのは、四歳上の兄、リナルドだった。
いや、その話はお父様に火をつけそうなんだけどなぁ……
そう心配していると、お父様は案の定声を上げた。
「いや、リナルド! 色んな女性ととっかえひっかえってそんな……」
と、顔を紅くしている。
まあそうよね。そうなるわよね。
お父様の世代では、結婚前の男女の交際って一般的ではなかったらしいし。
「まさかお前も、結婚前の女性と遊んだりしてるんじゃないだろうな?」
そう険しい顔で言うお父様。
お兄様はへらへらっと笑い、
「俺だって年頃ですからねー」
などと言って誤魔化す。
お兄様、今年で二十四だけど、お父様から結婚をせっつかれはしないのよね。
そこに男女の扱いの差を感じて嫌なのよ。
世代的な考え方の差だとわかっていてもそう思ってしまう。
すっかりお兄様の方にお父様の意識がいったので、そのあとの夕食の時間は私的にはとても平和に時間が流れていった。