表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

4 お昼休み

 大学には食堂のほかカフェテリアやレストランがあり、近隣の住人も利用できるようになっている。

 特に食堂は安めの価格設定になっているので、ご近所の方の姿はとても多かった。

 今日も混み合う食堂を避け、私はカフェテリアに向かう。

 春だし、お庭で食事というのもシャレていていいかしら?

 と思い、カフェテリアでパンや飲み物を購入して外のテラスで食べる事にした。

 心地良い風が吹いていて、気温も丁度いい。春先はいい。

 庭を彩るお花もきれいだし。

 ひとりパンを食べていると、辺りには徐々に人が増えてきてどんどん席が埋まっていく。


「あー、出遅れた」


 聞き覚えのある声に辺りを見回すと、シリルたちの姿が見えた。

 どうも席が見つからなくて困ってるらしい。

 私は四人がけの席にひとりだ。

 なので私は立ち上がって手を振ってシリルを呼んだ。


「シリル!」


 ざわめきの中で、私の声がちゃんと聞こえたらしいシリルは手を振り返して答える。

 そしてこちらに歩み寄ってきて笑顔で言った。


「リタ、また会ったね」


「えぇ、そうね。よろしければ席、空いてるからどうぞ」


 言いながら私は椅子に戻る。

 シリルの背後にはあの、エルネストが戸惑った様子でこちらを見ていた。

 そんな彼に私は微笑みかけ、


「エルネストもどうぞ」


 と伝える。

 すると彼もふっと笑い、


「ありがとう、ご一緒させていただくよ」


 と言って椅子に手をかけた。

 シリルとエルネストは、ふたりともパンが入った袋と飲み物が入った紙コップを持っていた。


「助かったよ、リタ。講義、長引いてさ」


 シリルが苦笑して言い、紙袋からパンを取り出す。コッペパンに野菜やハムが挟まれたサンドウィッチだ。


「それで出遅れちゃったんだよね」


「あらそうだったの。でもシリル、もう四年生よね。ほとんど講義ないでしょう?」


「ほとんどないは、少しはあるってことだよ。まあ、毎日じゃないけどね。でも卒論の準備もあるからいそがしいんだよ」 


 そう答えて、シリルはパンにかじりついた。

 一方エルネストもパンを取り出してパクついている。


「卒論ねぇ。シリルは政治経済ですっけ。貴族らしいわね」


 この大学にはたくさんの学科があるけれど、貴族の子息はほとんど政治経済関係の学科に所属している。

 私みたいな理系を学ぶ子息は珍しかった。


「あはは、そうだねぇ。興味はあんまりないけど、国の未来の為にはね」

 と答えてシリルは苦笑する。


「……君の、学部は」


「魔法工学よ」


 そう、答えるとエルネストは明らかに驚きの表情を浮かべる。


「珍しいね、女性でその学部選ぶなんて。だいたい女性は芸術系か文学系を選ぶのに」


「そうね、おかげで学部に女性は私ひとりなのよ」


 なので友だちが少ないのよね。

 この大学は貴族だけではなく庶民も通う。とくに理系の学部は庶民のほうが多い。貴族はたいてい政治や経済の学部に進むからだ。

 なので貴族の令嬢である私は少し距離を置かれてしまうのよね。

 接しにくい、とか言われて。


「確かに理系って女性いないよねー。リタが魔法工学に入る時、お父上とちょっと揉めたんでしょ?」


「そうね、そんなこともあったわね」


 父とは確かに揉めたけど、今は特に何もない。

 胸の内ではいろいろと考えてそうではあるけれど。


「一時期結婚しろ攻撃が酷かったわね」


 そんな事もあったなとふと思い出しながら、私は空へと視線をむけた。

 春の空は澄んでいて、ふわふわな白い雲がゆっくひと流れていくのがわかる。


「あはは、そっかー、女性はすぐそういう話を出されるんだね」


 シリルの声には同情の色が浮かぶ。


「結婚……」


 エルネストの切ない響きの声に私ははっとして、彼の方を見た。

 彼の背中に暗い影が見えるのは気のせいだろうか。

 手にもつハムサンドをじっと見つめ、彼は深く息をついた。


「あ……エル、大丈夫だって。俺たちまだ二十一歳だろ? いくらでも出会いはあるって。それに政略結婚だったんだろ?」


 慰めるようにシリルが言い、エルネストの背を叩く。

 

「まあそうだけど……俺は好き、だったんだけどなぁ……」


 そう呟き、エルネストはパンにかじりついた。

 そんな話聞くと同情心が出てしまうわね。

 私は恋なんてろくにしたことないけど、好きだった相手が浮気して妊娠してって最悪よね。しばらく立ち直れないのは当たり前だ。

 でも私がその話を知っていると言っていいのかわからず、私は押し黙って飲み物を飲む。カフェラテ甘くておいしい。

 飲み物を飲みつつ私は改めてエルネストを見つめる。

 貴族らしい金色の髪は綺麗に整っていて、ちょっと癖がある。それに、エメラルドのような綺麗な緑色の瞳は憂いを帯びていてちょっと保護欲を刺激してくる。

 今は気弱になっているけど、普段はどんな人なのかしら?

 ちょっと興味がわいてくる。


「ねえ、シリルとエルネストはいつも一緒なの?」


 話しの糸口を探そうと、私はまずシリルに尋ねた。

 シリルはエルネストの背中から手を離し、こちらを見て微笑んだ。


「あぁ、うん。ずっと学校で一緒だし、クラスも一緒だったからね」


「もう、長いよな」


 ぼそり、と言い、エルネストはパンを食べつくす。


「そうだったの。シリルからそんな話聞いたことなかったわね」


「あれ、そうだっけ。俺は君からイザベラの話は聞いたことある気がするけど」


「あら、話したことあったかしら?」


 言いながら私は首を傾げる。

 正直、付き合いが長すぎて何を話して何を話していないのかなんていちいち覚えていないのよね。


「あったよ。『学校でひとつ下の子と仲良くなった』って」


「そうねぇ……そんなこともあったかも」


 全然記憶にないけれど。

 すると、エルネストが私たちの顔を交互に見てくる。


「ふたりは付き合っているのか?」


 不思議そうなエルネストの言葉に、私たちは同時に言った。


「そんなわけない」


 するとエルネストはきょとん、とした顔をして私とシリルの顔をきょろきょろと見る。

 私とシリルが付き合っているですって? そんなことあるわけないのに。


「いったいどうしたら俺たちが付き合ってるように見えるんだ?」


 呆れたようにシリルが言う。


「そうそう。なんでそう感じるのよ?」


「とても仲良さそうだから。ちょっと羨ましいな、と思って」


 と言い、エルネストは笑う。

 仲良さそう、なのは長い付き合いだからよね。


「さっきも言ったけど、俺とリタは幼なじみなんだよ。親同士が仲良くて」


「そうそう。私が生まれた頃からの付き合いなの。だからどうとも思ってないし」


「どうともっていうのはショックだけど、俺も確かにどうこう思ってない。なんか妹みたいな感じだから」


 そう言って、シリルは苦笑した。

 幼なじみが好きあって結婚なんてそんなの物語の中だけなのよ。

 現実は近すぎてそんな感情抱けないのよね。


「そうなんだ。ねえ、リタ。よかったら今度のシリルの家であるパーティー、一緒に行かないか?」


 こちらの様子を伺うように、エルネストの瞳が揺れる。

 シリルの方をちらり、と見ると、彼は頬杖ついて言った。


「お前、リタのこと気に入ったの?」


「え? いや……その……」


 と、エルネストが言い淀む。

 それって気に入った、と言っているのと同じじゃないの。


「もう、シリルは意地悪な質問しないの。えーと、エルネスト、お誘いありがとう。そうね……」


 と言った後、私は一瞬考える。

 相手は公爵家の息子だしな……それに捨てられた後だし同情心が芽生えてしまう。

 私は頷き、


「いいわよ」


 と返事をかえす。


「よかった……じゃあ、迎えの時間はあとでお屋敷の方につたえるからよろしく」


 と言い、ほっとしたように微笑むエルネストを見て、悪い気はしなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ