3 エルネスト
私たちに気が付いたシリルが微笑み手を振ってくる。
「やあ、リタ。久し振り」
「お久しぶりね、シリル」
挨拶を交わし、私はエルネストの方に視線を向ける。
彼は訝しげな顔をして私たちを見ていた。
その様子に気が付いたシリルが、彼の方を見て言った。
「彼女はリタ。俺とは幼なじみなんだ。で、リタ、こっちはエルネスト」
「私はイザベラと申します。お久しぶりですね、エルネスト」
イザベラが挨拶すると、エルネストはあぁ、と暗い顔で頷いた。
「君は確か……」
と言い、エルネストは言葉を飲み込む。
するとイザベラは苦笑して言った。
「ええそうよ。あなたと同じ」
事情を知らないらしいシリルは驚いた顔をして、イザベラとエルネストの顔を交互に見た。
言葉少ないものの察したらしい彼は、あー、と声を上げる。
シリル、頭は悪くないものね。
エルネストの事情を知っていれば察するわね。
「そう……か……そういう……あの王子……」
と、呆れた様子で呟いている。
まあたしかに呆れるわよね。
自由恋愛が叫ばれるようになって、創作物でもそういう話が増えてるとはいえ、婚前交渉は今でも風当たり強い。
しかも王子が婚約者ありの相手を妊娠させたなんて、まずいどころの騒ぎじゃない。
私はエルネストに微笑みかけ、声をかけた。
「初めまして、リタと申します」
すると、彼は小さく頭を下げる。
「エルネスト……グラノリエスと申します」
と言い、小さく笑う。
なんだか警戒されている感じがするけど、なぜかしら? もしかして、婚約破棄で女性不信にでもなってしまったとか? まあそうなってもしかたないわね。
内心苦笑しつつ、私はシリルの方に声をかけた。
「シリル、朝から賑やかね」
「あぁ、ちょっといろいろあって」
と、苦笑いを浮かべる。
「そのようね」
「そうだ、君たちも今週のパーティーに来ないか? リタは招待したと思うけど、おじい様とおばあ様の結婚五十年を祝うパーティーをやるんだ」
そういえばそんな話あったっけ。
「あら、素敵ですね。五十年も連れ添うなんて」
イザベラが感心したように言った。
たしかに五十年も結婚生活送るなんて、私達みたいな若者には想像ができないものだ。
シリルの祖父母、仲いいものね……
今でも腕を組んでお出かけすると聞いたことあるもの。
ちょっとうらやましい。
「うちうちのパーティーだからそんな招待客もいないし、よかったらイザベラもどうですか? エルネストも来るだろ?」
「え? あぁ……」
余り乗り気ではなさそうな様子でエルネストは頷く。
「大丈夫だって。招待客も少ないパーティーだし、多少羽目外しても問題ないから、エルネストも来なよ。気分転換にはなるって」
「まあ……うん……そうだな」
そう答えて、エルネストは苦笑する。
まあ、気落ちするわよね、相手の妊娠で婚約破棄なんてされたら。
貴族だし政略結婚は当たり前だけど、噂だとけっこう皆さん遊んでいるのよね。
そういう話はおもしろおかしく噂が流れる。
ひっそりと、穏やかな波のように。
そしていつの間にか広がって、また違う噂へと移っていくのが常だった。
「そういうわけだから、イザベラさん、後で招待状を送らせて頂いてよろしいですか?」
「えぇ、かまいませんわ」
そうイザベラは微笑む。
恋愛なんてしばらくいらないとか言っていた気がするけれど、パーティーには参加するのね。
シリルの家は伯爵家で、そこそこの家柄。そこで行われる内々のパーティーならそんな変な人も来ないでしょうし。
私は、やっと笑顔を見せたエルネストの方へと視線を向ける。
シリルとは仲がいいらしく、和やかな様子で会話をしていた。
王家と近い血筋ならいくらでも婚約者は現れそうだけど、ずいぶんとショックを受けているご様子。
イザベラも憤慨していたし、婚約破棄なんてするものではないわよねぇ。
しかも妊娠なんて最悪でしょうに。
それは心底同情してしまう。
ふたりに幸ありますように。
心の中で祈り、私は三人と別れてひとり、講義室へと急いだ。