2 リタ
リタ=ベイティア。それが私の名前で、今年で二十歳になる。
子爵の娘ではあるけれど、大した力もないし、ただひっそりと貴族の端っこに座らせてもらっている。
ちょっとこの辺りでは珍しい、明るい紅い髪と、二重の金色の瞳のお陰で婚約がまったくもって決まらない。
髪色が原因で見合い断られるってどういう事情よ? そりゃあ皆、金髪や明るい茶色の髪が多いけれど。
そんなこんなで私はこのままだと独身街道をまっしぐらになりそうだった。
「まあ結婚へのあこがれはないけれどね」
そう思いつつも私は今日も大学に通う。
王都にある国立大学は、貴族や大商人の子息が多く通う。
女性の学生は極めて少なくって、私はとても目立つ存在だった。
新学期が始まって二週間。
大学に登校すると、構内でイザベラに会った。
彼女は今年から大学に通い始めたから、私のひとつ下の一年生だ。
藍色のワンピースに白いジャケットを羽織った彼女は、私を見つけると手を振って言った。
「おはよう、リタ」
「おはよう、イザベラ」
ここは国立大学だからたくさんの学部があって、とっても広い。
だからイザベラと会えたのは奇跡に近かった。
「イザベラは美術専攻だったっけ」
私の問に、彼女は頷く。
「えぇ、といってもまだ入学したばかりだし、基礎教養だけれど。リタは魔法工学よね。全然専攻が違うから、こうして顔を合わせるの奇跡みたい」
そしてイザベラは嬉しそうに笑い胸の前で手を合わせる。
「確かにそうね。この二週間、会わなかったものね」
「ねー。会えるならお屋敷ではなくてここで話を聞いてもらったのに」
と言い、彼女は深いため息をついた。
彼女が言いたいのは婚約破棄の話、よね。
イザベラがうちに愚痴を言いに来たのは昨日だ。
「大学って本当に男性ばかりなのね。女性の進学率はまだ低いとは聞いていたけれど、あまり見かけないもの」
「そうねぇ。私がいる魔法工学なんて女性今、私ひとりだけよ」
高校までは皆行くけど、そのあとの高等教育機関にすすむ女性って珍しいのよね。
しかも私の専攻である魔法工学は、魔法と科学を融合させた学問で、理系より。よけい女性の姿がなかった。
理系に進む女性って珍しいのよね。
私の言葉に、イザベラは顎に指を当てて言った。
「皆、高校のあとは結婚したり花嫁修業したり、婚約者探しに忙しいものね」
「そうそう。貴族の娘が高等教育受けてどうするとか、働くなんて恥さらし、とか言われるし」
うちは子爵だけれど商人の顔もある。そういう家でも私の進学は難色を示されたのよね。
イザベラはうんうん、と頷き言った。
「そうなのよね。私も言われたもの。公爵家の娘として、花嫁修業しろって。私は美術館の学芸員になりたいのよ」
「わかるわかる。私だって、魔法の機械作るの楽しいもの」
そんな話をしつつ、歩いていると他の学生に励まされて歩く青年の姿が目に入った。
「そう落ち込むなって。ほら、今週末うちでパーティーやるから絶対こいよ?」
そう声をかけている明るい茶髪の青年は知っている顔だった。
シリル=アーシュ。伯爵家の次男で私よりふたつ上だ。お母様同士が仲いいので、子供のころから知っている相手だった。
彼が励ましているのは、金髪の青年。まるでエメラルドみたいな綺麗な色の瞳の青年だけど、なんだか元気がないようだった。
「あら……あの方……」
そう、イザベラが隣で呟くのが聞こえてくる。
「知っているの?」
「えぇ。エルネスト=グラノリエス。公爵家の長男よ」
グラノリエス公爵家は私でも知っている。公爵様は国王陛下の従兄弟だったはず。
「彼なのよ」
そう、イザベラが声を潜める。
「え? 何が」
「あの……王子と婚約した女性の元婚約者」
その言葉に私は思わず目を見開いた。
イザベラの元婚約者のお相手も婚約していたと言っていたっけ。
相手が公爵家でしかも、国王陛下と血縁関係ってそれ、なかなかえぐいじゃないの?
「あ……そういうことなの」
同情の声を上げつつ、私は好奇心を抑えきれなくて彼を見つめる。
従兄弟の子供同士ってなんて呼ぶんだったかしら? はとこ?
親族に婚約者を奪われるって複雑よね。
「そうそう。そりゃ落ちこむわよね。彼の方がその相手の女性を見初めたらしいし」
「なにそれショック大きいじゃないの」
公爵家でも、国王相手じゃどうにもならないものねぇ……
ちょっと可哀そう。
しょせん他人ごとだけど。