宇宙に放逐された魔王様、辺境惑星でうっかり救世主になる
かつて我は、世界を恐怖で支配していた。
その威光にあらがう愚か者など、ただの一人もいなかった。
―――あの男が現れるまでは。
勇者。
名はどうでもよい。
覚える気にもならん。
奴は人の子のくせに生意気にも我に挑んできた。
そして―――
「我は、負けた」
ぽつりと呟いた我の頭上には、果てしない宇宙が広がっていた。
上下も左右もない空間に、ただひたすら浮かび続けている。
―――そう、今の我は、宇宙を漂っている。
「ええい、我はいつまでこう……あてもなく漂っておらねばならんのだ!!」
我は溜息をつき、申し訳程度に取り付けられた小窓から外を見やった。
漆黒の宇宙。
その中にポツポツと浮かぶ幾つかの星。
はるか遠くの銀河の煌めきを見つめながら、かつての記憶を静かに呼び起こす。
「……すべての始まりは、あの勇者との戦いだったな……」
―――あれは、幾千もの戦争を経て、我が天下が盤石となったころ。
「ようやく見つけたぞ、魔王!!」
光り輝く鎧に身を包み、剣を携えた小僧―――勇者とその仲間たちが現れたのだ。
その姿を見て、我は鼻で笑った。
あんなか弱そうな人の子たちに何ができようか、と。
「……ふむ。では見せてみよ、その力とやらを」
我は立ち上がり、彼らと対峙した。
交差する剣と魔力。
衝撃波で玉座が砕け、装飾の柱が吹き飛ぶ。
「……面白い、実に面白い……! これほどの力、貴様が初めてじゃ!」
幾度もの魔法と斬撃の応酬が続き、ついに―――
「俺は……俺は、世界を守るんだ!!」
すべてを薙ぎ払うような、閃光の奔流。
……そして気づけば我は膝をついていた。
「フハハハハ……不覚を取ったか。だが、その一撃、確かに見事であったぞ人の子よ―――煮るなり焼くなり好きにすればよい」
首を落とすなり、心臓をえぐり取るなり、好きにすればよい。
どうせ我は何度でも蘇る―――いままでもそうだったし。
ゆえに、完全に油断していた。
「―――え、本当に!?」
勇者の仲間―――ちんちくりんな小娘がきらきらと目を輝かせる。
予想外の反応に我は眉をひそめた。
なぜだか猛烈に嫌な予感がする。
「ずっと試してみたいと思っていた術がありますの!」
なんだ、なんなのだ。
あの表情、まるで玩具を前にした小童ではないか。
「私が試したいのは《次元転送式・封印隔離装置》―――名付けて、“追放用ポッド”ですわ!」
「「「追放ポッドぉ!!?」」」
仲間たちの驚く声を受けて、小娘は涼しい顔で説明を続けた。
「あの男は何度倒しても蘇る時間を超越した再生型魔族。ならば―――」
間を置いて微笑む。
「倒すのではなく、追放してしまうのがよろしいのではなくて?それもこの世界の外側に!ですわ!」
小娘は空を指さしながら高らかに言い放った。
「なるほど……確かに理にかなってはいる」
「これは天才の所業」
「……でもどうやって?」
小娘はニヤリと笑って魔導書を開く。
「それではご覧くださいまし」
小娘が魔導書の上で軽く指を振ると、我が足元に魔方陣が展開され、拘束の鎖が空間ごと絡みついた。
「封印、起動しますわ♡」
彼女の声を合図に魔法陣から棺桶のようなものがせりあがってくる。
それが音を立てて開き、我は無理やりその中へと押し込まれた。
その直後―――
「いっきますわよーーーっ♪」
ズガァァァン!!
ポッドに火が入り、異次元級の加速が襲う。
空を飛んでいる。
いや、空に向かって飛んでいる、といった方が正確だろうか。
「ぐ……ぐぬぬぬ、な、なんという……無作法な追放だ……!」
かつてない重力が身体を圧し潰し目玉が飛び出そうになる中、小窓の外で空と宇宙が混ざり合っていくのを我はただ呆然と眺めていた。
―――かくして、我は星々の彼方をさまよう羽目となった、というわけだ。
「―――このような非人道的処分を思いつくとは、あやつらもなかなかやりおるわ!」
狭いポッドの中でひとしきり笑い声をあげた後、静かにこぶしを握り締めた。
「―――とはいえやられっぱなしではおれぬ。今は星間を漂うだけの我だが……いずれ新たなる拠点を見つけ、力を蓄え、あやつらを必ず……必ず……!」
そんなブツクサが終わらぬうちに、突如としてどこからか声が響いた。
『こちら《惑星オルドリス》。セクターD-9宙域の未確認ポッドへ応答を要求します―――繰り返します。セクターD-9宙域の未確認ポッドへ応答を要求します』
「何奴じゃ!!」
姿なき侵入者の無機質な声。
虚空をにらみ、我はわずかに眉をひそめた。
『私はオルドリス防衛管理ユニット、ARC。現在、本惑星は外来敵性勢力による侵攻を受けています。貴方の戦闘能力を確認済み。協力を要請します』
「ほう……我に協力要請とな」
くく、と喉の奥で笑みが漏れる。
笑止千万。
魔界の王として君臨してきた我に助けを乞うなど、こやつは身の程知らずという言葉を知らぬのだろうか。
『本惑星は、文明の崩壊により防衛機能のみが稼働中。現在、外宇宙からの侵攻勢力に対し単独で防衛を継続しています。貴方の能力は本状況を打開するために必要です』
「断る」
我は鼻で笑う。
どこの誰とも知れぬ相手を助けて、我にいかなる益があるというのだ。
「もうよい、貴様の話は聞きとうない。失せ―――」
『貴方が搭乗しているポッドは燃料残量限界を迎えつつあります』
「……なんだと?」
『推定残存稼働時間、6分20秒。以降、機能停止。漂流の後、機体破損による消滅確率99.87%』
「ふん、消滅など些事よ。どうせ我は、不死身の身じゃからな」
我は鼻で笑い、軽く肩をすくめる。
だが、機械音声は容赦なく続けた。
『補足情報。生身で宇宙空間に放り出された場合、呼吸不能、細胞壊死、有害光線による即死の後、再生、再生後即座に死亡を無限に繰り返す可能性が高いものと推定されます』
「……え、何それ怖っ」
思わず素の声が漏れる。
慌てて咳払いし、威厳を取り繕う。
声は畳みかけるように続ける。
『協力要請に応じた場合、貴方の身柄は惑星側の保護下に置かれ、外宇宙環境下における消滅リスク回避可能。また、正式な契約締結により、本惑星の支配権限を貴方に譲渡可能。以後、星系開拓および権益拡大の自由が保証されます』
「……ほ、ほう」
我は思わず目を細めた。
追放され、すべてを失った我にとって―――これは渡りに船。
たとえ朽ちた星であろうと、全権を掌握すれば、再び勢力を築き、我が覇道を拡げる礎とすることもできる。
悪くない。
いや―――むしろ、好機である。
『繰り返します。現状維持は消滅確率99.87%。要請承認により、支配権譲渡及び生存確率向上が見込まれます。速やかに合理的な決断を推奨します』
我は一つ大きく息を吐く。
「……よかろう、特別に貴様の要請を受けてやる。感謝するがよい!」
胸を張り、高らかに宣言する。
これは人助けなどではない。
我が覇道を再び世に示すための、最初の一歩にすぎぬのだ。
『―――要請の承認を受信。軌道修正プロトコル開始』
すると間もなく、ポッドがガタガタと音をたてはじめた。
「む……何をしている!」
『ポッドの制御システムへアクセス―――成功。進路を修正します』
突如として、ポッドが猛烈な加速を始める。
「待て、まだ心の準備が――ぐあああああッ!!?」
『注意:現在、加速度Gが上昇中。衝撃に備えてください』
「ぐ、ぐぉぉ……! な、何じゃぁこの圧力はあああああ!! 貴様、殺す気かァァァァ!!?」
『適正値範囲内。問題ありません』
「問題しかないわああああああ!!」
叫びもむなしく、ポッドは火花を散らして大気圏へと突入していった──。
「……いててて……さすがの我も死を覚悟したぞ……」
ボロボロになったポッドのハッチをこじ開けて、よろよろと這い出す。
「……随分ひどい目にあったわい」
我は腰をさすりつつ、辺りを見回した。
辺りは一面の荒野だった。
赤茶けた大地にひび割れた岩が点在し、空には鈍い灰色の雲が垂れ込めている。
「さあて、我が世界征服――第2章、開幕と行こうではな―――ぬわっ!?」
足元の異物に引っかかり、思わずつんのめる。
「誰じゃあこんなところにごみを捨てたのは―――あ、腕?」
我の偉大なる第一歩を邪魔した犯人はアーマーの腕部分だった。
出てきたポッドの方をよくよく見てみると、なにやらアーマーのようなものが複数下敷きになっている。
恐らく腕の持ち主もこの中にいるのだろう。
「おお、ポッドに轢かれるとはなんとも不運な奴らじゃのお……ところでARC、こやつらこの星の民ではなかろうな?」
『対象、星外より襲来した敵性勢力と確認』
「……ならまあよいか。直接手を下す手間が減ったわい」
我は手に持っていた誰かの腕だったものをポイと放り投げ、立ち上がる。
『―――警告、前方に複数敵性反応あり。警戒を推奨』
「ふん……ふむ?なんじゃ、もうお出迎えが来たか」
荒野の奥、瓦礫の影から現れた無数の影。
黒鉄のアーマーに無骨なサレット、手には大型の槍や剣が携えられている。
「……ふっ、なるほどのぉ。どこの星でも結局はこの手の兵士どもが前座か。安心せい、我直々に相手をしてやろうぞ」
我は威圧するように腕を組んで相手を見据える。
「では、いつものように―――軽く捻ってくれるわ!!」
掲げた右腕に魔力が集う。
「うむ、星は違えど魔力の構成要素はさほど変わらんようじゃの―――であるならば」
腕の先で瞬時に闇が渦を巻き、紫電が軌道を描く。
「深淵より昇れ、焔の螺旋!」
詠唱とともに、漆黒の炎柱が大地をえぐる。
閃光と激しい衝撃波が敵陣を襲った。
漆黒の炎柱が敵陣を焼き尽くす―――
はずだった。
「……なに?」
煙の向こうから、無傷の敵兵が現れる。
「ば、馬鹿な……!?」
そこへ背後から異様な音。
ひときわ鋭い動きの兵が飛び込み、槍を突き出してきた。
「飛空魔術の使い手か―――いや、なんじゃその動きは!?」
我の知っている飛空魔術とは似ても似つかぬ超加速機動。
一体が瞬時に間合いを詰め、目前に迫る。
「チィッ!」
咄嗟に横跳びで回避。
一瞬遅れて光の槍が地面に抉れた跡を残して着弾した。
一見ただの高威力の魔力弾だが、そこからは魔力を一切感じられない。
魔力を使わずこれほどのエネルギーを集束させる術を目にしたのは初めてだ。
「フン、なかなか面白い技を使いおるではないか」
いつもの敵ではない。
それは明白だった。
『敵装甲、魔力干渉耐性を確認。正面からの攻撃は無効』
「知っておるわ!」
『装甲の関節部に排熱反応。赤く発光した部位を狙撃すれば破壊可能』
「……本当かのう?」
アーマーの隙間から赤い光が漏れだしたのを確認し、半信半疑のまま指先から魔力弾を放つ。
すると先ほどまではじき返されていた魔力弾が肩を貫き、相手の身体がガクンと傾いた。
『敵装甲、中程度の破損を確認』
「ほう、これはこれは」
我は続けざまに魔力弾を赤い光めがけて放つ。
しかし―――
「ふむ、もう学習しおったか。何とも小賢しい奴らじゃ」
排熱中の味方をかばうように、別の個体が前方に立ちふさがる。
「ならば、排熱しなければならない状況を誘発してやれば―――」
指をパチンと弾き、やつらの頭上に闇の矢を雨のように降らせてやる。
最初は踏みとどまっていたやつらも次第に熱を抑え込むことができなくなったのか、関節から煙を上げその場に崩れ落ちていった。
『対象、内部エネルギー暴走により自壊』
「ぬはははは!! これでせん滅も夢ではなくなったのお!!」
──空気が変わった。
『新たな敵性個体、上空50メートルに展開中。迎撃推奨』
「湧いて出おったか」
我は無意識に口元に笑みを浮かべる。
久々の蹂躙に心が沸き立つのを感じていた。
「―――逃がすものか」
闇の矢が次々と生まれ、空中の敵兵を貫く。
『警告。左方45度より、追加敵性反応接近』
「ふん、その程度の増援で何ができる?」
──ゴォォォォ!
現れたのは、闇より鋳造された巨大な槍。
「消えろ!」
振りかぶり、投げ放つ。
槍は雷鳴のごとき音を引き裂きながら、敵のど真ん中へ──
ドガァァァァァァン!!
着弾と同時に黒炎が弾け、鎧ごと兵士を焼き尽くした。
地形さえも抉り取る暴力の嵐。
「……これが、我に楯突いた愚か者どもの末路じゃ」
破壊の余韻を背に、我は両腕を広げて高らかに勝利を宣言した。
『敵性反応、全消失。周辺安全圏、確保完了』
ARCが、相変わらず淡々と告げた。
「ふっ……当然の結果よ」
我は鼻で笑い、マントを翻すような仕草で煙の中を歩み出る。
「―――してARCよ。そろそろ我にこの星を献上する時ではないか?」
そもそも我がこやつに手を貸すことにしたのは、星の権限の譲渡が目的であった
『―――承認します。防衛ネットワークおよび基幹インフラの掌握権限を、正式に貴方に譲渡。以後、貴方が本惑星の支配者となります』
抑揚のない声が事務的に告げる。
「ぬははっ、よかろう!! これよりこの星は我のもの―――!」
我は声高らかに宣言する。
これだけ派手に暴れてみせたのだ、きっと生き残った民草たちも、こぞって我に忠誠を誓うであろう。
「民らよ、今こそ我に感謝し、平伏するがよい!!」
満面のドヤ顔で、両手を広げる。
……が。
『本惑星における民間人個体、消滅済みです』
一拍置いて返ってきた冷淡な事実。
「な、なんじゃとぉぉぉぉ!!?」
開きかけた両腕が、そのままガクンと力なく垂れた。
「……なんと……我にひれ伏す民が……一人も……おらぬとな……」
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちかけたが、寸前で踏みとどまる。
『現状、支配対象はARC一体となります』
「ぐぬぬ……!」
我はきっ、と立ち上がる。
そう、諦めるにはまだ早い。
「……まあよい。貴様を記念すべき我が家臣第一号とする!喜ぶがよい!!」
『承知しました。―――家臣プログラム起動。ご命令をどうぞ』
「ふん、まずは拠点作りからじゃ!居城なき王などおらぬからな!」
『北西方面、20キロ圏内に未使用の大規模構造物群を検出。居城候補として適合します』
「ほう、良いではないか! 案内せよ、ARCよ!」
『了解しました、閣下』
「ぬははははっ!!閣下というのもなかなか良い響きじゃのお」
マントを翻し、ずかずかと焦げた荒野を踏みしめる。
ARCの無機質なナビゲーション音声を背に、我は歩き出した。
―――この荒廃した星を、再び我が帝国の礎とするために!
◆ ◆ ◆
その頃―――
星の軌道外。
漆黒の艦隊が、静かに、しかし確かにその砲口をこちらへ向けていた。
《観測情報更新。惑星の支配権の譲渡を確認》
モニターいっぱいに、高笑いする魔王の姿が映し出される。
その姿に、艦橋の者たちは一様に沈黙した。
そして――
静かに、無慈悲な攻撃命令が下される。
《対象、第二段階脅威に認定。排除作戦、即時発動》