9.村の近くで、意外な再会
夜の帳が降りた頃、マルジョンスとルナは長い旅の末、ようやくルナの村の近くまでたどり着いていた。彼らは小高い丘の上から、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる村の輪郭を見つめていた。
「あれが…私の村」ルナは小さな声で言った。彼女の尻尾は緊張で硬く、耳もピンと立っていた。
「やっと着いたな」マルジョンスはほっと息をついた。「でも、何か変だな…」
確かに、通常なら夜でも灯りがともる村の家々は、不自然なほど暗かった。月明かりの中、建物の影だけが浮かび上がっているようだった。
ルナの表情が急に変わった。彼女は鼻を鳴らし、耳をぴくぴくと動かし始めた。
「どうした?」マルジョンスは彼女の様子に気づいて尋ねた。
「…魔物の匂い」ルナは低い声で答えた。「村の周りに、たくさんの魔物が潜んでいる」
「そうか…」マルジョンスは村の方をじっと見つめた。「それで灯りもついてないのか。村人たちはどうなってるんだろう」
「わからない…」ルナの声は震えていた。「でも、生きていると思う。魔王軍は村人たちを人質にしてるはずだから…」
マルジョンスは考え込む表情を見せた後、ゆっくりと立ち上がった。
「よし、決めた」彼は言った。「今夜、潜入しよう」
「え?」ルナは驚いた様子で見上げた。
「昼間だと目立つし、魔物たちも警戒してるだろう」マルジョンスは説明した。「夜なら、俺たちにも隠れやすいはずだ」
ルナは少し考えた後、小さく頷いた。
「うん…その方がいいかも」
「で、村の中はどうなってるか分かる?」マルジョンスは尋ねた。
「村の中心に広場があって、その周りに家が並んでる」ルナは説明した。「東側には小さな森があって、そこから入るのが一番安全かも…」
「なるほど」マルジョンスは頷いた。
ルナは立ち上がり、マルジョンスの袖を引いた。
「あの…」彼女は少し躊躇いながら言った。「私、先に村に入って様子を見てくる」
「え?一人で?」マルジョンスは眉を上げた。
「うん」ルナは頷いた。「私なら村のことを知ってるし、動きも静かだから…それに、もし捕まっても、元々住んでた子だから、すぐには殺されないと思う」
「それは…」マルジョンスは少し不安そうな表情を見せた。
「大丈夫」ルナは勇気を振り絞るように言った。「ちょっと偵察してすぐ戻るから。ここで待っててくれる?」
マルジョンスは少し考えた後、渋々頷いた。
「わかった。でも、危なくなったらすぐに逃げろよ?無理はするなよ?」
「うん」ルナは小さく微笑んだ。「ありがとう」
彼女は低い姿勢で、素早く丘を下り始めた。獣人特有の俊敏な動きで、まるで影のように暗闇の中へと溶け込んでいった。
「気をつけろよ…」マルジョンスは彼女の後ろ姿を見送った。
ルナの姿が見えなくなった後も、マルジョンスは丘の上に立ち、村の方向を見つめていた。夜風が冷たく頬を撫で、辺りは静寂に包まれていた。
「ライラちゃんも、この村に連れて来られたのかな…」彼は小さく呟いた。
突然、背後から何かが飛びかかってきた感覚があった。
「うわっ!」
マルジョンスは反射的に身をひるがえそうとしたが、相手の動きの方が速かった。彼は地面に押し倒され、上から何か重いものに押さえつけられた。
「動くな」低い声が耳元で囁いた。
マルジョンスは身体を硬直させた。上からの重みが彼の胸を押さえつけ、呼吸が少し苦しい。暗闇の中、彼は上に乗っている人影をよく見ようとした。月明かりが人影の顔を照らした瞬間、彼は目を見開いた。
「ライラちゃん!?」
マルジョンスは驚きのあまり声を上げかけたが、ライラは素早く彼の口を手で塞いだ。
「しーっ!」彼女は警告するように目を見開いた。「声を出すな」
彼女はゆっくりと手を離し、マルジョンスから降りた。二人は低い姿勢で向かい合った。
「な、なんでここに?」マルジョンスは小声で驚きを隠せなかった。「捕まったんじゃ…」
「長い話よ」ライラは少し苦笑いを浮かべた。「簡単に説明するわ」
彼女の話によると、カラスモンスターと戦っていた時、突然現れた強力な敵に遭遇したという。その敵は「魔将スレイア」と名乗る魔王軍の幹部で、ライラが勇者の仲間だと気づくと、彼女を捕らえようとした。
「あの時、カラスモンスターの本体を倒してくれたおかげで、影は消えたけど」ライラは説明した。「代わりにスレイアが現れたの」
「魔王軍の幹部か…」マルジョンスは真剣な表情になった。
「ええ」ライラは頷いた。「私は彼に勝てないと分かったから、あえて捕まることにしたの。そうすれば、この村に連れてきてくれると思って」
「捕まったフリをしたのか」マルジョンスは感心した様子で言った。
「そう」ライラは小さく微笑んだ。「そして、連れてこられる途中で村の様子を観察した。村の中央広場に村人たちが集められて、監視されているわ。でも、幸い、ほとんどの人は無事みたい」
「さすがライラちゃん!」マルジョンスは思わず声を大きくしかけたが、ライラの鋭い視線で再び小声に戻した。「でも、どうやって逃げたの?」
「魔法よ」ライラは得意げに言った。「私は村の入り口に小さな魔法のアンカーポイントを設置しておいたの。それを使って、彼らが気づかないように脱出した」
「へえ…」マルジョンスは感心した様子だったが、突然、何かを思い出したように表情が変わった。「あ!そうだ!ルナちゃんが村に入って偵察に行ったんだけど…」
「え?」ライラの表情が凍りついた。「いつ?」
「さっき」マルジョンスは頭を抱えた。「君を探しに行ったんだよ。君が捕まったって思ってたから…」
「まずいわ」ライラは急に立ち上がった。「スレイアはとても狡猾で危険な相手よ。彼はきっと私が逃げたことにもう気づいてる。村はいつもより警戒が厳しくなってるはず」
「ルナちゃんが危ない…」マルジョンスも立ち上がった。
「それに」ライラはさらに深刻な表情を見せた。「スレイアは私を使って勇者を誘き出そうとしてたの。つまり、あなたを狙ってる」
「俺を?」マルジョンスは自分を指さした。
「そう」ライラは頷いた。「あなたが勇者だということは、もう魔王軍は知ってるみたい。カラスモンスターの本体を倒したのを見られてたのかも」
「くそっ」マルジョンスは歯を食いしばった。「ルナちゃんを助けに行かなきゃ」
「ちょっと待って」ライラは彼の腕を掴んだ。「まずは作戦を立てないと。私が見てきた村の状況を教えるわ」
「あ、そうだな」マルジョンスは少し冷静さを取り戻した。「村の中はどうなってる?」
ライラは地面に小さな杖で簡単な地図を描き始めた。
「村の中央広場に村人たちが集められてるわ。家々は空にされて、魔物たちの宿営地になってる。特に村長の家は、スレイアの本部みたい」
「スレイアって、どんな奴なんだ?」マルジョンスは尋ねた。
「見た目は人間に近いけど、全身が銀色の鎧のような皮膚で覆われてる」ライラは説明した。「背中には蝙蝠のような翼があって、手からは炎を操ることができるわ」
「強そうだな…」マルジョンスは眉をひそめた。
「ええ」ライラは真剣な表情で頷いた。「正面から戦うのは危険よ。まずはルナを見つけて、それから村人たちを助け出す計画を立てるべきね」
「そうだな」マルジョンスは同意した。「でも、どうやってルナちゃんを…」
その時、彼の言葉は突然の物音で途切れた。二人は素早く身を低くし、音のした方向を見た。
「誰だ?」マルジョンスは小声で尋ねた。
暗闇から小さな影が現れ、月明かりの下で姿を現した。それはルナだった。彼女の服は少し汚れており、息も切れていた。
「ルナちゃん!」マルジョンスは安堵の表情を見せた。
「マルジョンス…あれ?ライラさん!?」ルナは驚いた表情でライラを見た。
「ルナ!大丈夫だった?」ライラも安堵の表情を見せた。
「う、うん…」ルナは頷いた。「村の入り口まで行ったんだけど、急に警備が厳しくなって…入れなかった」
「良かった…」マルジョンスはほっとした表情を浮かべた。「捕まらなくて」
「でも、何も情報が…」ルナは申し訳なさそうに俯いた。「ごめんなさい…」
「大丈夫よ」ライラは優しく彼女の肩に手を置いた。「私が村の中を見てきたから」
「え?」ルナは驚いた表情を上げた。「どうやって?」
ライラは自分が捕まってから脱出するまでの経緯を簡単に説明した。ルナは目を丸くして聞いていた。
「すごい…」ルナは感嘆の声を上げた。「ライラさん、頭いいね…」
「そうだよな!」マルジョンスは急に明るい声を出した。「ほら、ライラちゃん、ルナちゃんに言ってやれよ。『私の知恵に感服しなさい』とかさ」
「え?」ライラは少し困惑した表情を見せた。
「だって、すごいじゃん」マルジョンスは笑った。「捕まったフリして、相手の本拠地を偵察して、魔法で脱出して。まるで映画のスパイみたいだよ!」
「そ、そんなことないわよ…」ライラは少し照れた様子で言った。「当然のことをしただけ…」
「でも」マルジョンスは突然真面目な表情になった。「ルナちゃんが村に入って君を探してたら、どうなってたと思う?何も見つからなくて、どんどん中に入っていって、捕まってたかもよ?」
「あ…」ライラは表情を引き締めた。「そうね、それは考えてなかった…」
「だから」マルジョンスは両手を腰に当てた。「エルフの知恵自慢も結構だけど、次からは全員で計画を立ててから行動しようよ」
ライラはため息をついた。
「あなたに説教されるなんて…」
「なんだと?」マルジョンスは眉を吊り上げた。
「いいえ、何でもないわ」ライラは小さく笑った。「あなたの言う通りね」
ルナは二人のやり取りを見て、少しほっとした表情を浮かべた。
「それで」彼女は真剣な表情に戻った。「村の人たちは?お母さんは…?」
「村人たちは中央広場に集められているわ」ライラは答えた。「ほとんどの人は無事みたい。ただ、全員が見えたわけではないから…」
「そう…」ルナの表情に不安が浮かんだ。
「とにかく」マルジョンスは二人の間に入った。「これからどうするか決めようか。三人揃ったことだし」
「そうね」ライラは頷いた。「まずは…」
その時、村の方向から突然、大きな爆発音が響いた。三人は驚いて振り返った。村の中から、赤い炎が夜空に舞い上がるのが見えた。
「な、何!?」マルジョンスは驚いた声を上げた。
「村が…!」ルナは震える声で言った。
三人は丘の上から、燃え上がる炎と村の方から聞こえてくる叫び声を、呆然と見つめていた。何が起きたのか、そしてこれからどうすべきなのか…新たな危機が彼らの前に立ちはだかっていた。