5.狼少女、盗みがバレる!?
「南区って言っても、広すぎるわよ…」
ライラはため息をつきながら、マルジョンスの後をついていった。南区は都市の中でも特に入り組んだ路地が多く、迷路のようだった。古い建物が密集し、日が当たらない場所も多い。路地には怪しげな人影が行き交い、二人は何度も警戒するような視線を感じていた。
「どうやって盗賊ギルドなんて見つけるのよ」ライラは小声で言った。「そもそも隠れているものでしょう?」
「大丈夫だって」マルジョンスは自信満々に言った。「盗賊だって生きていかなきゃいけないわけだし、何か手がかりはあるはずだよ」
「あなたって本当に…」
ライラの言葉が途切れたところで、マルジョンスが急に立ち止まった。
「あ、あれ見て」彼は小さな路地を指さした。「あの人、何か怪しくない?」
ライラが目を凝らすと、確かに路地の奥で何かを肩に抱えた人影が急いで移動しているのが見えた。
「追いかけてみよう」マルジョンスは即決した。
「ちょ、ちょっと!」ライラは制止しようとしたが、マルジョンスはすでに走り出していた。
仕方なく、ライラも後を追った。二人は複雑に入り組んだ路地を走り抜け、人影を追いかけた。時々見失いそうになるが、マルジョンスは不思議と直感で曲がるべき場所を選び、追跡を続けていた。
「そこだ!」マルジョンスは声を上げた。
人影は行き止まりの路地に入り込んでしまった。振り返ると、それは黒いマントを着た男性だった。驚いた表情で二人を見つめている。
「お、おい、何の用だ?」男は警戒した様子で尋ねた。
「君が盗んだものを返してもらおうと思ってね」マルジョンスはニヤリと笑った。
「は?俺は何も盗んでいないぞ」男は困惑した表情を見せた。「誰かと勘違いしているんじゃないか?」
「いや、怪しい動きをしていたし…」マルジョンスは男が抱えているものを指さした。「それは何だ?」
男は抱えていたものを見せた。それは普通の紙の束だった。
「これか?俺は印刷工房で働いている。これは明日の新聞の原稿だ」
「…え?」マルジョンスは目を丸くした。
ライラはため息をついた。「やっぱり…勘違いね」
「す、すみません」マルジョンスは頭を下げた。「盗賊を追っていると思って…」
「盗賊?」男は首をかしげた。「ああ、『影の手』のことか?」
「知ってるの?」マルジョンスは食いついた。
「まあ、噂程度にはね」男は少し警戒を解いた。「最近、南区で活動が活発になってるらしい。特に『狼の娘』って呼ばれる奴が厄介だって」
「狼の娘?」ライラは興味を示した。
「ああ、半獣人らしいよ。狼の耳と尻尾を持つ少女で、素早くて捕まらないんだとか」男は説明した。「特に目立つのは銀色のネックレスを身につけているって話だ」
「そうか、ありがとう!」マルジョンスは明るく言った。「これで手がかりができたね」
男は二人を不思議そうに見つめたが、特に何も言わず立ち去った。
「さあ、狼の娘を探そう!」マルジョンスは張り切った。
「どうやって?」ライラは呆れた表情で尋ねた。
「うーん…」マルジョンスは考え込んだ。「そうだ!俺たちも目立つようにしよう。盗賊が狙いたくなるような…」
「ちょっと、それは危険よ!」ライラは反対した。
「大丈夫、大丈夫」マルジョンスは手を振った。「罠を仕掛けるんだよ。ほら、俺たち金は盗まれたけど、まだ装備は残ってるじゃん?」
彼は森の祝福の石を取り出して、キラキラと光らせた。
「これを見せびらかすようにして歩けば、絶対に盗賊が寄ってくるよ」
「…それは確かに」ライラは渋々認めた。「でも危険よ」
「だから二人で警戒するんだよ」マルジョンスはウインクした。「俺が餌役で、ライラちゃんが見張り役」
ライラはため息をついたが、他に良い案もなかったので、同意した。
二人は南区の広場に出て、マルジョンスは森の祝福の石を首から下げ、わざとらしく光らせながら歩き始めた。ライラは少し離れた場所から、周囲を警戒していた。
「おーい、誰か美味しいものを食べられる店知らないかなー?」マルジョンスはわざと大声で言った。「このキレイな宝石、見せれば特別な料理出してくれるかなー?」
数人の通行人が彼を怪しい目で見ていたが、特に近づいてくる者はいなかった。
「あれ?効果ないな…」マルジョンスは少し落胆した。
しかし、彼が角を曲がろうとした瞬間、何かが素早く彼の目の前を横切った。
「うわっ!」マルジョンスは驚いて後ずさった。
その「何か」は小さな影だった。振り返ると、彼の首からぶら下げていた森の祝福の石が消えていた。
「あ!」マルジョンスは叫んだ。「盗まれた!」
ライラが素早く駆けつけた。「どこ!?」
「あっちだ!」マルジョンスは小さな影が消えた方向を指さした。
二人は全力で走り出した。影はかなり素早く、狭い路地を縫うように逃げていった。しかし、マルジョンスたちも負けてはいなかった。特にライラはエルフの俊敏さで、徐々に距離を縮めていった。
「あそこ!」ライラは叫んだ。
袋小路に追い詰められた影は、ようやくその正体を現した。それは、灰色の耳と尻尾を持つ少女だった。年齢は10代半ばといったところか。短い茶色の髪に、鋭い黄色い瞳が特徴的だ。身につけている服はかなり汚れていたが、確かに男が言っていた銀色のネックレスが光っていた。
「つ、捕まっちゃった…」少女は歯を食いしばった。
「やあ、狼の娘さん」マルジョンスはニヤリと笑った。「会いたかったよ」
「な、なんだよ!」少女は警戒した様子で言った。「何の用だ!」
「さっき盗んだ石を返してもらおうかな」マルジョンスは手を差し出した。「それに、昼間に盗んだ財布と鞄もね」
「知らないね!」少女は強気に言い返した。「証拠あるの?私が盗ったって」
「今、目の前で盗んだばかりじゃない」ライラは冷たく言った。
「見間違いじゃない?」少女はニヤリと笑った。「私はただの少女だよ?何も盗んでないもん」
「ふーん」マルジョンスは首をかしげた。「じゃあ、ちょっと調べさせてもらおうかな?」
彼は少女に近づいた。少女は後ずさったが、すでに壁に背中をつけていて、逃げ場はなかった。
「ちょ、近づくな!」少女は警戒した。
「大丈夫、怖くないよ」マルジョンスはニヤリと笑った。「ただ、本当に盗んでないか確かめたいだけ」
少女が何か言い返そうとした瞬間、マルジョンスは素早く手を伸ばし、少女の腰に手をかけた。
「きゃっ!」少女は驚いた声を上げた。
「おや?ここに何か硬いものが…」マルジョンスは少女のポケットから森の祝福の石を取り出した。「これは何かな?」
「そ、それは…」少女は言葉に詰まった。
「まだ認めないの?」マルジョンスはニヤリと笑いながら、今度は少女の耳に手を伸ばした。
「ひゃっ!」少女は震えた。「や、やめろ!そこはダメ…!」
マルジョンスは狼の耳を優しく摘まみ、少しだけ撫でた。
「くぅっ…!」少女の顔が真っ赤になり、体から力が抜けていった。「や、やめて…くすぐったい…」
「へえ、エルフと同じく敏感なんだね」マルジョンスは楽しそうに言った。「さあ、本当のことを言おうか?」
少女はもう抵抗する力もなく、震えながら頷いた。
「わ、分かったよ…盗んだよ…」
「それでいい」マルジョンスは耳から手を離した。「他のものも返してもらおうか」
少女は震える手で、自分の大きなポーチから財布と鞄を取り出した。
「はい…もう許してよ…」
ライラは自分の鞄を受け取り、中身を確認した。「全部あるわね」
「よかった」マルジョンスも財布を受け取った。「さて、これで一件落着…と思ったけど」
彼はニヤリと笑った。「君にはまだちょっと話があるんだ」
「な、なに…?」少女は警戒した。
「君、名前は?」マルジョンスは優しく尋ねた。
「…ルナ」少女は小さな声で答えた。
「ルナか、いい名前だね」マルジョンスは微笑んだ。「俺はマルジョンス、こっちはライラ。俺たちは旅をしてるんだ」
「それが、どうしたの?」ルナは警戒を解かなかった。
「実はね」マルジョンスはポケットから何かを取り出した。「これ、君のだよね?」
彼が手に持っているのは、小さな銀の星型のペンダントだった。ルナの目が見開いた。
「そ、それ!」彼女は自分の首元に手をやった。「いつの間に…!」
「さっき調べてる時に、ちょっといただいたんだ」マルジョンスはニヤリと笑った。「さっきのお返しってやつかな」
「返して!」ルナは必死に叫んだ。「それだけは…お願い!」
ルナの目には涙が浮かんでいた。明らかに、そのペンダントは彼女にとって特別なものだったようだ。
「返してほしい?」マルジョンスはペンダントを揺らした。「いいよ、でも条件がある」
「条件…?」ルナは涙目で見上げた。
「俺たちと一緒に旅をしないか?」マルジョンスは提案した。
「え?」ルナは驚いた表情を見せた。
ライラも同様に驚いた顔をしていた。「ちょっと、マルジョンス!何を言ってるの?」
「だって、彼女のスキルは絶対に役立つよ」マルジョンスは説明した。「あの素早さ、盗みの技術…旅の仲間にぴったりじゃない?」
「でも、彼女は盗賊よ!」ライラは反対した。
「元盗賊、ね」マルジョンスは訂正した。「これからは正義の味方だ。ね、ルナちゃん?」
ルナは困惑した表情でマルジョンスを見つめていた。
「なんで…私なんかを?」
「さあ?」マルジョンスは肩をすくめた。「直感かな。君は悪い子じゃないと思うんだ。ただ、生きていくために仕方なくやってるんだろう?」
ルナは驚いたように目を見開いた。その言葉は、彼女の心に深く刺さったようだった。
「…そうだよ」彼女は小さな声で答えた。「私には居場所がなくて…食べるためには…」
「だったら、一緒に旅をしようよ」マルジョンスは優しく提案した。「俺たちが君の新しい居場所になるよ」
ルナの目から涙がこぼれ落ちた。「本当に…いいの?」
「もちろん!」マルジョンスは明るく言った。「ただし、もう盗みはしないこと。約束できる?」
ルナは少し考えた後、頷いた。「約束する…」
「よし!」マルジョンスはペンダントをルナに返した。「これで契約成立だ」
ルナはペンダントを受け取ると、大切そうに胸に抱きしめた。
「ありがとう…大切なものなの」
「誰かからもらったの?」マルジョンスは好奇心を抑えきれずに尋ねた。
「…お母さんから」ルナは小さく答えた。「もう会えないけど…」
「そっか」マルジョンスは優しく頷いた。「大事にしなよ」
ライラはため息をついた。「もう決まったことなの?」
「そうだよ」マルジョンスはニッコリ笑った。「三人になれば、もっと賑やかになるし、心強いよ」
ライラはルナを見つめた。最初は不信感を隠せない様子だったが、ルナの涙と素直な表情を見て、少し表情が和らいだ。
「…わかったわ」彼女は渋々同意した。「でも、何か問題を起こしたら、即刻追放よ」
「わかってる」ルナは頷いた。「迷惑はかけない…約束する」
「よーし!」マルジョンスは手を叩いた。「じゃあ、まずは『銀の月』に戻って、食事代を払わないとね」
「『銀の月』?」ルナは首をかしげた。
「うん、さっき盗まれる前に入ってた酒場だよ」マルジョンスは説明した。「おいしかったんだ、また行こう!」
三人は路地を抜け、再び大通りへと戻っていった。ルナはまだ少し緊張した様子だったが、マルジョンスの明るい話し方に、徐々に心を開いていくようだった。
「あの、マルジョンスさん…」ルナは小さな声で呼びかけた。
「マルジョンスでいいよ」彼は笑顔で言った。「なに?」
「なんで、そんなに優しいの?」ルナは不思議そうに尋ねた。「私、あなたたちのものを盗んだのに…」
「ん~?」マルジョンスは首をかしげた。「さあ?でも、君は悪い子じゃないと思ったんだ。それに…」
彼はニヤリと笑った。「勇者には仲間が必要だからね」
「勇者?」ルナは目を丸くした。「あなたが勇者なの?」
「そう、神様に選ばれた正真正銘の勇者だよ」マルジョンスは胸を張った。「魔王を倒す旅をしてるんだ」
ルナは驚いた表情を見せたが、すぐに不思議そうな表情に変わった。
「でも、勇者ってもっと…かっこいいイメージだったけど…」
「失礼な!」マルジョンスは大袈裟に驚いた表情を見せた。「俺、かっこいいじゃん!」
ライラが小さく笑った。「そうね、見た目は悪くないわ…問題は中身よ」
「ひどいなぁ、二人とも」マルジョンスは笑いながら言った。「まあいいや、これからよろしくね、ルナちゃん」
ルナは少し照れながらも、小さく微笑んだ。「…よろしく」
三人の冒険者たちは、夕暮れの街を歩いていった。彼らの前には、まだ長い旅が待っていた。そして、新たな仲間を得たマルジョンスは、ますます楽しげな表情を浮かべていた。
「銀の月」に戻ると、店主は驚いた表情を見せた。
「おや、戻ってきたのか」彼は言った。「それに…一人増えてるな?」
「ええ、新しい仲間ができました」マルジョンスは明るく言った。「そして、約束通り支払いに来ましたよ」
「そうか、それは助かる」店主は笑顔を見せた。「でも、なんでそんなに早く取り戻せたんだ?」
「それはですね…」マルジョンスはルナを見た。
ルナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「まあ、詳しいことは置いておいて」マルジョンスは話をはぐらかした。「今夜の宿はどこかいいところありますか?」
「ああ、この通りを北に行くと、『眠れる森』という宿屋がある」店主は案内した。「料金も手頃で、部屋も清潔だぞ」
「ありがとうございます!」マルジョンスは財布から金貨を取り出し、食事代を支払った。「それじゃあ、行きましょうか」
三人は店を出て、店主が教えてくれた宿屋へと向かった。夜の街は、昼間とはまた違った雰囲気を醸し出していた。街灯が灯され、夜の商売を始める店も多かった。
「この街、夜も賑やかですね」マルジョンスは周りを見回した。
「大都市だからね」ルナが説明した。「特に中央区は一晩中賑わってるよ」
「へえ、詳しいね」マルジョンスは感心した。
「この街で長く暮らしてたから…」ルナは少し恥ずかしそうに言った。
彼らは宿屋を見つけ、中に入った。フロントには優しそうな中年の女性が立っていた。
「いらっしゃい」女性は微笑んだ。「お部屋はどうされますか?」
「三人で一部屋あります?」マルジョンスは尋ねた。
「あいにく、三人部屋は満室なの」女性は申し訳なさそうに言った。「二人部屋と一人部屋ならあるわ」
「じゃあ、それで」マルジョンスは頷いた。「俺とライラちゃんで…」
「だめ!」ライラは即座に拒否した。「私は一人部屋がいいわ」
「えー、冷たいなぁ」マルジョンスは肩を落とした。「じゃあ、俺とルナちゃんで…」
「それもだめ!」ライラは再び拒否した。「女の子と男が同じ部屋なんて…あなたたち、まだ知り合ったばかりでしょう!」
「じゃあ、女の子同士で…」マルジョンスは提案した。
ライラは少し迷った様子だったが、ルナを見て、小さく頷いた。
「…仕方ないわね。私とルナで二人部屋を取るわ」
「やったー」マルジョンスは喜んだ。「これでお金も節約できるね」
フロントの女性は微笑みながら、鍵を二つ手渡した。
「二階の5番と6番のお部屋です。真向かいですよ」
「ありがとう」マルジョンスは笑顔で言った。
三人は階段を上り、自分たちの部屋へと向かった。
「じゃあ、明日の朝、食堂で会おう」マルジョンスは自分の部屋の前で言った。「ゆっくり休んでね、二人とも」
「あなたもね」ライラは小さく微笑んだ。
「おやすみなさい…マルジョンスさん」ルナも小さな声で言った。
「マルジョンスでいいって」彼は笑った。「おやすみ、ルナちゃん、ライラちゃん」
それぞれが自分の部屋に入り、長い一日が終わった。マルジョンスはベッドに横たわり、天井を見つめた。
「これで仲間が二人か…」彼は微笑んだ。「なかなか面白くなってきたな、この世界」
彼は満足げに目を閉じ、新たな冒険に思いを馳せながら、眠りについた。