2.エルフの森へ、俺様流で行こう
朝日が昇り始めた頃、村の入口にはすでにライラが待っていた。銀髪のエルフは腕を組み、足を小刻みに動かしながら、いらだたしげに周りを見回している。
「遅い…」彼女は小さくため息をついた。「本当に勇者なのか、あの男は」
その時、背後から声がかかった。
「おっはよー、ライラちゃん!待った?」
振り返ると、マルジョンスが手を振りながら近づいてきた。彼の服装は昨日よりもさらに整っており、新しい装備も身につけている。だが、その髪は相変わらず乱れ、顔には眠たそうな表情を浮かべていた。
「遅い」ライラは冷たく言った。「約束の時間を守れないのか」
「いやいや、まだ朝日が昇ったばかりじゃん」マルジョンスは笑いながら言い訳した。「それに、勇者は最後に登場するもんだよ。ドラマチックでしょ?」
「ふん、くだらない」ライラは鼻を鳴らした。「さあ、行くぞ。東の村まで半日の道のりだ」
「半日かぁ…」マルジョンスは首をかしげる。「馬とかないの?」
「馬?」ライラは驚いた表情を見せた。「あるわけないだろう。この村には馬を飼える余裕などない」
「まぁ、歩くのも悪くないか」マルジョンスは肩をすくめた。「歩きながらお喋りできるし」
ライラは呆れた表情で前を歩き始めた。マルジョンスは軽快な足取りで彼女の後を追った。
村を出て森の中の道を歩き始めると、マルジョンスは周りの景色に感心した。
「へぇ、この世界の森って地球とはちょっと違うね。木の色が鮮やかだし、鳥の鳴き声も違う」
「地球?」ライラは不思議そうに振り返った。「何のことだ?」
「ああ、俺の元の世界のことだよ」マルジョンスは当たり前のように答えた。「俺、異世界から来たんだ」
「異世界?」ライラは眉をひそめた。「何を言っているんだ?」
「いやいや、本当だって」マルジョンスは笑った。「俺、本当の名前は介川龍平っていうんだ。日本人で、つい最近大学を卒業したばかり」
ライラは足を止めて、マルジョンスをじっと見つめた。「本気で言っているのか?」
「うん、マジだよ」マルジョンスは真面目な表情で言った。「実家に帰る途中、車に轢かれて死んじゃったんだ。気がついたらこの世界にいた」
「車?轢かれる?」ライラは理解できないという表情を浮かべた。
「ああ、車っていうのは…」マルジョンスは腕を動かして説明し始めた。「鉄でできた箱みたいなもので、中に人が乗って、すごい速さで動くんだ。馬車みたいなものだけど、馬がいない」
「馬がいない馬車?」ライラは頭を抱えた。「どうやって動くんだ?」
「魔法みたいなもので動くよ。科学っていうんだけどね」マルジョンスは笑った。「まあ、信じられないだろうけど、本当なんだ」
「信じられない」ライラはきっぱりと言った。「あなたの頭は大丈夫なのか?」
「頭は超元気だよ」マルジョンスは頭を叩いてみせた。「信じるも信じないも自由だけど、俺は異世界から来たんだ。だから、この世界のことをあんまり知らないんだよね」
「だから神に選ばれた勇者なのに、こんなに不真面目なのか…」ライラはため息をついた。
「いやいや、元の世界でも俺はこんな感じだったよ」マルジョンスは肩をすくめた。「でもさ、せっかく異世界に来たんだから、楽しまなきゃ損でしょ?帰ったら友達に自慢できるしね」
「帰る…つもりなのか?」ライラは少し驚いた様子で尋ねた。
「うーん、帰れるかどうかわからないけど」マルジョンスは空を見上げた。「でも、とりあえず冒険を楽しむよ。それに、こんな可愛いエルフの女の子と一緒に旅できるなんて、最高じゃん!」
ライラの頬が赤く染まった。「な、何を言っているんだ!私は単にあなたの力を借りたいだけだ!」
「ほら、照れると可愛いね」マルジョンスは笑いながら言った。「エルフって、みんなそんなに綺麗なの?」
「そ、そんなことを聞くな!」ライラは顔を背けた。「さっさと歩くぞ!」
彼女は足早に前に進み始めた。マルジョンスは楽しそうに笑いながら、彼女の後を追った。
「ねえ、ライラちゃん」マルジョンスは彼女に追いつくと、真面目な表情で尋ねた。「エルフって、耳が長いけど、聞こえ方とか違うの?」
「当然だ」ライラは少し落ち着きを取り戻したように答えた。「人間よりも遥かに遠くの音まで聞こえる」
「へぇ、すごいね」マルジョンスは感心した様子。「他にも特技とかあるの?」
「エルフは自然との親和性が高く、魔法の才能も優れている」ライラは少し誇らしげに言った。「特に森の魔法は得意だ」
「魔法か…」マルジョンスは目を輝かせた。「見せてよ!」
「今見せる必要はない」ライラはきっぱりと言った。「魔力を無駄に使うべきではない」
「ケチだなぁ」マルジョンスは残念そうに言った。「でも、魔法が使えるなんて羨ましいな。俺も使えるようになるかな?」
「さあ…」ライラは肩をすくめた。「勇者なら、何らかの力を授かるかもしれないが…」
「そっか」マルジョンスは考え込むふりをした。「でも、剣だけでも結構強いみたいだからいいか」
彼らが話しているうちに、道はだんだん細くなり、木々が密集してきた。
「そろそろエルフの森の領域に入る」ライラが説明した。「ここからは警戒が必要だ」
「え?なんで?」マルジョンスは不思議そうに尋ねた。
「最近、森にも魔物が出るようになった」ライラは真剣な表情で言った。「だから私たちエルフは…」
彼女の言葉が途切れたところで、突然、茂みが動いた。マルジョンスとライラは即座に警戒の姿勢をとった。
茂みから飛び出してきたのは、二匹の小さな獣だった。緑色の皮膚を持ち、鋭い牙をむき出しにしている。
「ゴブリンだ!」ライラは弓を構えた。「下級魔物だが油断はするな!」
ライラは詠唱を始めた。「森の精よ、我に力を…」
その言葉が終わらないうちに、マルジョンスは光剣を抜いて前に踏み出していた。
「おっと、待てないな」
マルジョンスの動きは速かった。彼は独特のスタイルで剣を振るった。それは正統派の剣術とは程遠く、まるで棒を振り回すような荒々しい動きだったが、それでも驚くほど効果的だった。
「よっと!」
二匹のゴブリンは、マルジョンスの予測不能な剣筋に混乱し、あっという間に倒されてしまった。
「終わり~」マルジョンスは光剣を鞘に戻した。「ゴブリンって弱いね」
ライラはまだ詠唱の途中で、口を開けたまま固まっていた。
「…なんだ、その剣さばきは」彼女は呆れた表情で言った。「まるで素人のようだが」
「素人だよ?」マルジョンスは笑った。「剣なんて初めて持ったもん」
「初めて…だと?」ライラは信じられないという表情を浮かべた。「なのにあんなに速く…」
「まあ、勇者だからね」マルジョンスは肩をすくめた。「でも、ライラちゃんの魔法も見たかったな」
「ふん」ライラは弓を下げた。「次の機会にでも見せてやろう」
彼らは再び歩き始めた。マルジョンスはゴブリンの倒し方について自慢げに話し始めたが、ライラは黙って前を向いて歩いていた。
しばらく歩くと、木々が開け、美しい光景が広がった。巨大な木々が立ち並び、その幹や枝には家のような建物が作られている。木と一体化したような建物は、まるでおとぎ話の世界のようだった。
「わぁ、すごい!」マルジョンスは目を輝かせた。「これがエルフの村?」
「そうだ」ライラは少し誇らしげに言った。「私たちは森と共に生きている」
彼らが村に入ると、多くのエルフたちが集まってきた。ライラと同じく、銀髪の美しいエルフたちだ。彼らはマルジョンスを見て、驚いた表情を浮かべていた。
「ライラ、この人間は?」一人の年長のエルフが尋ねた。
「エルドゥン長老」ライラは丁寧に頭を下げた。「彼は神に選ばれし勇者、マルジョンスだ。私たちの森を救うために力を貸してくれる」
「勇者?」エルドゥンはマルジョンスをじっと見つめた。「本当に神に選ばれし者なのか?」
「まあね」マルジョンスは軽く手を振った。「光剣も持ってるし」
彼は光剣を見せると、エルフたちからどよめきが起こった。
「本物の光剣…」エルドゥンは驚いた表情を浮かべた。「伝説は本当だったのか」
「ほら、言った通りでしょ?」マルジョンスはライラに向かってウインクした。ライラは顔を背けた。
「勇者よ、我々の森を救ってくれるか?」エルドゥンは真剣な表情で尋ねた。「最近、魔物たちが森に侵入し、我々の生活を脅かしている」
「任せといて!」マルジョンスは胸を張った。「魔物なんて、さっきのゴブリンみたいにあっという間に倒しちゃうよ」
「そうか…ありがとう」エルドゥンは安堵の表情を見せた。「では、まずは休息を取るがいい。明日、魔物の巣窟に向かってもらう」
「おお、いいね!」マルジョンスは笑顔で答えた。「でも、その前に…ライラちゃんが約束してくれたものがあるんだけど」
ライラは顔を赤くした。「約束…?」
「そう、宝物庫の装備だよ」マルジョンスは笑った。「忘れてないでしょ?」
「ああ、それか…」ライラはため息をついた。「長老、勇者に装備を提供しても良いでしょうか」
エルドゥンは少し考えた後、頷いた。「もちろんだ。勇者には最高の装備を与えるべきだろう」
「よっしゃ!」マルジョンスは拳を握った。「見せてくれる?宝物庫」
エルドゥンとライラは、マルジョンスを巨大な木の根元にある扉へと案内した。扉には複雑な模様が彫られており、エルドゥンが何か呪文を唱えると、ゆっくりと開いた。
中には、様々な武器や防具、宝石などが並んでいた。それらは全て美しく輝いており、明らかに普通のものとは違っていた。
「すごい…」マルジョンスは目を丸くした。「これ全部魔法のアイテム?」
「そうだ」エルドゥンは頷いた。「我々エルフが長い年月をかけて作り上げたものだ」
マルジョンスは興味深そうに見回し、特に輝きの強い腕輪に目を留めた。
「これ、何?」
「それは風の腕輪」ライラが説明した。「装着者に風の力を与え、動きを速くする」
「へぇ、いいな」マルジョンスは腕輪を手に取った。「これもらっていい?」
「勇者の役に立つなら」エルドゥンは微笑んだ。
「あと、この小さな宝石も気になるな」マルジョンスは青い宝石を指さした。「これは?」
「水の宝石だ」ライラが答えた。「水を自在に操る力を持つ」
「それも貰おうかな」マルジョンスはニヤリと笑った。「町で売ったらいくらになるかな?」
「な、何を言う!」ライラは怒りの表情を浮かべた。「これらは売るためのものではない!」
「冗談だよ、冗談」マルジョンスは笑った。「でも、本当にすごいものばかりだね。これで魔物退治も楽勝だろう」
エルドゥンはマルジョンスの軽薄な態度に少し眉をひそめたが、何も言わなかった。
「さあ、必要なものを選ぶがいい」彼は言った。「だが、選べるのは三つまでだ」
「ケチだなぁ」マルジョンスは笑った。「じゃあ、風の腕輪と…この弓と…あと…」
彼は宝物庫をもう一度見回し、小さな緑の石に目を留めた。
「これは?」
「森の祝福の石だ」エルドゥンが答えた。「エルフの森の力が宿っており、持ち主を守護する」
「いいね、これにしよう」マルジョンスは石を手に取った。「これで三つだ」
「賢明な選択だ」エルドゥンは頷いた。「これらの装備が、魔物退治に役立つだろう」
彼らが宝物庫を出ると、マルジョンスは新しい装備を早速身につけ始めた。風の腕輪を腕に、弓を背中に、そして森の祝福の石をポケットに入れた。
「どう?似合う?」マルジョンスはライラに向かってポーズを取った。
「…まあ、悪くはない」ライラは素直に認めることができず、そっぽを向いた。
「ありがとう!」マルジョンスは満面の笑みを浮かべた。「でも、この森の祝福の石、やっぱり売ったら高そうだな」
「だから、売るなと言っただろう!」ライラは怒鳴った。
「冗談だって」マルジョンスは笑った。「でも、もし売らないでこの石を持ち続けるなら…」
彼はライラに近づき、彼女の目をじっと見つめた。
「君も俺のそばにいてくれないか?」
ライラの顔が真っ赤になった。「な、何を言っているんだ!私はただの案内人だぞ!」
「でも、森の力が宿ってるんだろ?」マルジョンスはニヤリと笑った。「なら、森の守護者であるライラちゃんもついてきた方が、この石も喜ぶんじゃない?」
「そ、そんな理屈が…」ライラは言葉に詰まった。
「冗談だよ」マルジョンスは笑った。「でも、できれば一緒に旅してほしいな。君みたいな美人の案内人がいると心強いし」
ライラはため息をついた。「仕方ない…魔物退治が終わるまでは付き合ってやろう」
「やったー!」マルジョンスは嬉しそうに手を叩いた。「これからよろしくね、相棒!」
「相棒などではない」ライラは冷たく言った。「単なる案内人だ」
「まあまあ」マルジョンスは肩をすくめた。「とにかく、明日の魔物退治、楽しみだな!」
エルドゥンは二人のやり取りを見て、小さく微笑んだ。「夕食の準備ができたら呼ぶ。それまでは村を案内してやるといい、ライラ」
「はい、長老」ライラは丁寧に頭を下げた。
エルドゥンが立ち去ると、ライラはマルジョンスに向き直った。
「さあ、村を案内する。だが、変なことを言うなよ?」
「はいはい」マルジョンスは笑った。「でも、エルフの村なんて珍しいから、いろいろ見せてよ!」
ライラはため息をつきながらも、マルジョンスを村の中へと案内し始めた。マルジョンスは好奇心に満ちた表情で、すべてを見ようとするように周りを見回していた。
「ねえ、エルフって何歳まで生きるの?」マルジョンスは突然尋ねた。
「我々は長寿だ」ライラは当たり前のように答えた。「500年以上生きるものもいる」
「マジで!?」マルジョンスは驚いた表情を見せた。「じゃあ、ライラちゃんは何歳なの?」
「失礼な質問だ」ライラは眉をひそめた。「女性の年齢を聞くものではない」
「いやいや、人間とエルフじゃ感覚が違うじゃん」マルジョンスは笑った。「ライラちゃんは見た目20代前半くらいだけど、実際は100歳とかなの?」
「…82歳だ」ライラは小さな声で答えた。
「82歳!?」マルジョンスは目を丸くした。「俺、おばあちゃんと旅してるのか?」
「おばあちゃんとは何だ!」ライラは怒りの表情を浮かべた。「エルフの82歳は、人間でいえば20歳ほどだ!」
「そっか」マルジョンスは安心したように胸をなでおろした。「じゃあ、俺と同い年くらいか。良かった~」
「何が良かったんだ…」ライラはぶつぶつと言いながらも、案内を続けた。
村の中心には、大きな広場があり、そこではエルフたちが踊りの準備をしていた。
「今夜は満月祭だ」ライラが説明した。「森の恵みに感謝し、踊りと歌を捧げる」
「へぇ、楽しそう!」マルジョンスは目を輝かせた。「俺も参加していい?」
「まあ…勇者なら歓迎されるだろう」ライラは渋々認めた。
「よっしゃ!」マルジョンスは喜んだ。「踊りも歌も得意だからね!」
「…本当に勇者なのか?」ライラは呆れた表情で呟いた。
彼らが村を一周したころ、エルフたちが夕食の準備ができたと呼びに来た。大きな木の下に設けられた広場には、長いテーブルが並べられ、様々な料理が並んでいた。
「わぁ、すごい!」マルジョンスは目を輝かせた。「全部エルフの料理?」
「そうだ」ライラは頷いた。「森の恵みを活かした料理ばかりだ」
マルジョンスはテーブルに案内され、エルドゥンの隣に座るよう言われた。彼はちょっと緊張しながらも、席に着いた。
「勇者よ、どうか我らのもてなしを楽しんでくれ」エルドゥンは微笑んだ。
「ありがとう!」マルジョンスは笑顔で答えた。「いただきまーす!」
彼は料理を口に運ぶと、その美味しさに目を見開いた。
「うまい!これめっちゃ美味いじゃん!」
エルフたちは彼の素直な反応に笑い、場の雰囲気は和やかになった。マルジョンスは次々と料理を試し、感想を述べては、エルフたちを笑わせていた。
ライラも少し離れた席から、彼の様子を見て、小さく微笑んでいた。
「本当に変わった勇者だ…」彼女は呟いた。「だが、悪い人間ではないようだ」
夕食の後、満月祭が始まった。エルフたちが美しい歌声を響かせ、優雅な踊りを披露する中、マルジョンスも負けじと自分の知っている踊りを披露した。それは明らかにこの世界のものではなく、エルフたちは不思議そうに、しかし楽しそうに見守っていた。
「日本のダンス、どう?」マルジョンスはライラに尋ねた。
「奇妙だ」ライラは正直に答えた。「だが…面白い」
「でしょ?」マルジョンスは満面の笑みを浮かべた。「もっと教えてあげるよ!」
彼はライラの手を取ろうとしたが、彼女はさっと身をひるがえした。
「い、いらない!」彼女は顔を赤くした。
「まあまあ、いつかは踊ろうね」マルジョンスは笑った。
祭りは夜遅くまで続き、やがてエルフたちは一人また一人と休息のために去っていった。マルジョンスも用意された部屋に案内され、ベッドに横たわった。
「明日は魔物退治か…」彼は天井を見つめながら呟いた。「まあ、なんとかなるでしょ」
彼は新しく手に入れた装備を眺め、特に森の祝福の石をじっと見つめた。
「ライラちゃん、本当に一緒に旅してくれるかな」彼は微笑んだ。「面白くなりそうだ」
そして、彼は満足げに目を閉じ、眠りについた。明日の冒険に備えて、今夜はゆっくりと休むことにした。