1.目覚めたら異世界、そして俺はもう始まっている
薄い意識の中、マルジョンスは何かが違うと感じていた。頭の中で記憶がぐるぐると回り、最後に覚えているのは…そう、あの交通事故だ。
「ちょっと待てよ…俺、死んだのか?」
目を開けると、見知らぬ草原。青い空、緑の草、そして…なぜか自分の体には中世風の服装が。
「おいおい、これって…まさか」
マルジョンスは起き上がり、周りを見回した。どこもかしこも見たことのない風景。遠くには小さな村の影が見える。
「いやいや、マジかよ…」マルジョンスは頭を掻きながら呟いた。「異世界転生とか、ラノベの見過ぎかよ。でもまぁ、死ぬよりマシか」
立ち上がると、腰に何かが当たることに気づいた。見てみると、何やら立派な剣が鞘に収まっている。
「おっと、これは…」剣を引き抜くと、青白い光を放っていた。「ははは、やっぱりな。こういうのって決まってるんだよな」
彼は剣を振り回してみる。意外と軽く、扱いやすい。
「よーし、とりあえずあの村に行ってみるか。情報収集、情報収集」
村に向かって歩き始めたマルジョンスだったが、突然頭の中に謎の声が響いた。
『勇者マルジョンス、あなたは魔王を倒すために選ばれし者…』
「うわっ!誰だ?」マルジョンスは周りを見回したが、誰もいない。
『私は神です。あなたをこの世界に召喚しました』
「神か…まあ、そうだろうな」マルジョンスは肩をすくめた。「で、魔王退治とか言ってたけど、報酬はどうなってる?」
『報酬?』神の声が驚いたように響く。『世界を救うという崇高な使命が報酬ではないですか?』
「いやいや、それだけ?」マルジョンスは笑った。「商売っ気なさすぎないか?せめて、お金とか、城とか、ハーレムとか…」
『な、なんと不届きな!勇者たるもの、もっと高潔な精神を…』
「はいはい、わかったよ」マルジョンスは手を振った。「とりあえず村に行くわ。あと、頭の中で話しかけるのやめてくんない?気持ち悪いから」
神の声は何か言おうとしたが、マルジョンスはもう聞いていなかった。彼は軽快な足取りで村へと向かっていった。
村の入口に着くと、「ベギナータウン」と書かれた看板が目に入った。
「マジか…もう少し捻れよ」マルジョンスは呆れながらも村に入っていく。
村は小さいながらも活気があった。市場では野菜や肉が売られ、人々が行き交っている。マルジョンスは周りの様子を窺いながら歩いていると、ある店の前で足を止めた。
「武器屋か…ちょっと覗いてみるか」
店に入ると、壁には剣や斧、弓などが所狭しと並んでいる。カウンターの向こうには、髭の生えた頑丈そうな男性が立っていた。
「いらっしゃい!何か探してるものでも?」店主が声をかけてくる。
「いや、ちょっと見てるだけ」マルジョンスは適当に答えながら、店内を見回した。
店主はマルジョンスの腰の剣に気づくと、目を細めた。「その剣…どこで手に入れた?」
「ん?ああ、これ?」マルジョンスは剣を引き抜いてみせた。「拾ったとでも言っておくか」
「ば、馬鹿な!」店主は驚愕の表情を浮かべる。「それは伝説の光剣じゃないか!英雄しか扱えないと言われている…」
「へぇ、そうなの?」マルジョンスは興味なさそうに剣を振ってみせる。「でもさ、これ、栓抜きにはなるかな?」
「な、何を言う!神聖な武器を栓抜きになど…」
「冗談だよ、冗談」マルジョンスは笑いながら、剣を鞘に戻した。「それより、この村の周りって危険なモンスターとかいる?」
店主は呆れた表情を浮かべながらも、答えた。「ああ、最近村の北側の森に大蜘蛛が住み着いてね。村人が近づけなくなってしまったんだ」
「大蜘蛛か…」マルジョンスは考え込むふりをした。「退治したら報酬とかある?」
「もちろん!村長からの報酬もあるし、それに村の英雄として…」
「よし、決めた!」マルジョンスは手を叩いた。「その蜘蛛、退治してくるわ」
「え?そんな簡単に…」店主は驚いた様子。「あの蜘蛛は今まで何人もの冒険者が挑んで返り討ちにあっているんだぞ?」
「大丈夫、大丈夫」マルジョンスは軽く手を振った。「ところで、その蜘蛛って、どのくらいの大きさなの?」
「人の3倍はあるだろうな…」
「うわ、マジか」マルジョンスは少し顔をしかめた。「蜘蛛苦手なんだよな…まぁいっか。行ってくるわ!」
店主が何か言おうとしたが、マルジョンスはもう店を出ていた。
北の森へ向かう途中、マルジョンスは市場で立ち寄り、いくつかのアイテムを購入した。
「火打石と…蜜壺と…ロープと…」マルジョンスはニヤリと笑った。「これで準備オッケー」
森に入ると、すぐに空気が変わったのを感じた。木々が密集し、日光が遮られて薄暗い。時々、何かが動く気配がする。
「おーい、蜘蛛さーん、どこにいるのー?」マルジョンスは大声で叫んだ。
突然、木の上から何かが降りてきた。マルジョンスが見上げると、巨大な蜘蛛が糸を伝って降りてくるところだった。
「うわっ!マジでデカい!」マルジョンスは一歩後ずさった。
大蜘蛛は人間の三倍以上はある巨体で、赤い複眼で彼を見つめている。
「こんにちは、蜘蛛さん」マルジョンスは緊張した様子も見せず話しかけた。「ちょっと話があるんだけど」
「グギギギ…」蜘蛛は不気味な音を立てながら、徐々にマルジョンスに近づいてくる。
「いやー、実はさ、この村の人たちがあんたのこと怖がってるんだよね」マルジョンスは普通に会話を続ける。「だから退治してくれって頼まれちゃって」
蜘蛛は止まることなく近づいてくる。
「でもさ、俺は思ったんだ」マルジョンスは蜜壺を取り出した。「戦うより話し合いの方がいいよね?ほら、蜂蜜だよ。甘いの好きでしょ?」
蜘蛛は一瞬動きを止め、触角を動かした。
「そうそう、いい匂いでしょ?」マルジョンスはニヤリと笑った。「ちょっと味見してみる?」
蜘蛛は慎重に近づいてきて、蜜壺の匂いを嗅ぎ始めた。
その瞬間、マルジョンスは素早く動いた。蜜壺を蜘蛛の複眼に叩きつけ、同時に火打石で火花を散らした。蜂蜜に火が着き、蜘蛛は悲鳴を上げて暴れ始めた。
「ごめんね、これは作戦なんだ」マルジョンスは光剣を抜き、蜘蛛の弱点を見定めた。蜘蛛が混乱している隙に、彼は素早く腹部に剣を突き刺した。
「ぐぎぃぃぃ!」蜘蛛は苦しそうな声を上げ、その場に崩れ落ちた。
「ふう、意外と簡単だったな」マルジョンスは汗を拭いながら呟いた。「まあ、知恵は力ってことだ」
彼は蜘蛛の牙を証拠として切り取り、村へ戻ることにした。
村に戻ると、マルジョンスの話を聞きつけた村人たちが集まってきた。
「本当に大蜘蛛を倒したのか?」
「どうやって倒したんだ?」
「すごい!村の英雄だ!」
村人たちの称賛の声にマルジョンスは照れくさそうに手を振った。
「いやいや、大したことじゃないよ。あれくらい余裕余裕」
村長が近づいてきて、マルジョンスの肩を叩いた。
「若者よ、村を救ってくれて感謝する。約束通り報酬を用意した」
村長は袋を差し出した。マルジョンスが中を見ると、金貨がぎっしりと詰まっていた。
「おお、これはいい!」マルジョンスは目を輝かせた。「これで装備も揃えられるな」
村人たちがマルジョンスの武勇伝に聞き入る中、彼は武器屋に向かった。そこで装備を整え、さらに村の酒場で情報収集することにした。
酒場は村の中心にあり、中は冒険者や村人で賑わっていた。マルジョンスはカウンターに座り、酒を注文した。
「いや~、なかなかいい村じゃん」マルジョンスは酒を一口飲んだ。「でも、そろそろ次の村に行こうかな」
「次の村?」となりに座っていた老人が声をかけてきた。「若いの、東の村には行かない方がいいぞ」
「ん?どうして?」マルジョンスは興味を示した。
「最近、東の村は魔族に襲われているって噂だ。村人が次々と連れ去られているらしい」
「へえ、それは大変だね」マルジョンスは眉を上げた。「報酬とかあるのかな?」
「若いの、そんな危険なところに行くつもりか?」老人は心配そうな表情を浮かべた。
「まあね」マルジョンスはニヤリと笑った。「俺、実は勇者なんだ」
「勇者?」老人は目を丸くした。「本物の勇者か?」
「そうそう、神様に選ばれたらしいよ」マルジョンスは当たり前のように言った。「魔王を倒せとか言われてるんだけど、その前に腕試ししとかないとね」
その時、酒場の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、長い銀髪を持つ美しいエルフの女性だった。彼女は周囲を見回すと、マルジョンスに視線を止めた。
「あなたが噂の勇者?」彼女は冷たい声で尋ねた。
「ん?ああ、そうだけど」マルジョンスは彼女を見上げた。「何か用?」
エルフの女性は近づいてきて、マルジョンスの目を真剣に見つめた。
「私はライラ。エルフの森の守護者だ」彼女は自己紹介した。「あなたが本当に神に選ばれし勇者なら、力を貸してほしい」
「力?」マルジョンスは首を傾げた。「どんな力?」
「我々の森が危険に晒されている」ライラは真剣な表情で言った。「東の村の魔族は、森にも侵攻しようとしている」
「東の村か…さっき聞いたところだよ」マルジョンスは酒を飲み干した。「で、報酬は?」
「報酬?」ライラは眉をひそめた。「世界を救う崇高な使命が報酬ではないのか?」
「あー、さっきも神様に同じこと言われたよ」マルジョンスは笑った。「いやいや、冗談だよ。手伝うよ、もちろん」
ライラは安堵の表情を見せた。が、それもつかの間。
「ただし、森の宝物庫を見せてくれたらね」マルジョンスはニヤリと笑った。
「な、何を言う!」ライラは怒りの表情を浮かべた。「エルフの宝物庫は神聖なもので、外部の者に…」
「じゃあ、いいよ」マルジョンスは肩をすくめた。「自分たちで何とかしてね」
ライラは言葉に詰まり、歯を食いしばった。「…わかった。だが、必要な装備だけだ!」
「やったね!」マルジョンスは満面の笑みを浮かべた。「じゃあ、明日の朝に出発しよう。今日は疲れたから寝るわ」
「な…」ライラは呆れた表情を浮かべる。「本当にあなたが勇者なのか?」
「疑ってるの?」マルジョンスは光剣を見せた。「ほら、これ伝説の光剣だって。店のおっさんが言ってたよ」
ライラは剣を見て、息を呑んだ。「本当に…光剣…」
「でしょ?」マルジョンスは得意げに剣を振り回した。「まあ、勇者の証拠はこれだけじゃないけどね」
「他にも証拠が?」ライラは興味を示した。
「うん、例えば…」マルジョンスは急に真面目な表情になり、ライラの目をじっと見つめた。「君みたいな美しいエルフが俺に助けを求めてくるってのも、勇者の証拠だと思わない?」
ライラの頬が赤く染まったが、すぐに冷たい表情に戻った。「ふん、くだらない冗談を…」
「冗談じゃないよ」マルジョンスは笑った。「まあ、とにかく明日頑張ろう!」
ライラは呆れた様子でため息をついた。「わかった。明日の朝、村の入口で待っている」
彼女が酒場を出ていくと、マルジョンスはにやりと笑った。
「いやー、なかなか面白くなりそうだな、この世界」
彼は残りの酒を飲み干し、宿を取ることにした。明日からの冒険に備えて、今夜はゆっくり休むつもりだった。
しかし、彼の目には野心の光が宿っていた。この世界で最強の勇者になり、そして…最高の暮らしを手に入れる。そのために、彼は今日も自分のペースで進んでいくのだった。