8 猫だから
「強いモンスターなの?」
その夜、リューイに聞いた。
明日になったら、私はリューイのお母さんの所へ行き、リューイはモンスターを倒す準備をする。
リューイとは暫く離れる。
シャラが居なくなってから、ほぼ毎日一緒にいたから不思議な感じだ。
「まあ強いな。だが私の方が強い」
「そう」
「心配してくれているのか?」
心配。
そうか、この不思議な気持ちは心配なのかもしれない。
「そうだね。人間は嫌いだけど、リューイと仲間達が傷ついたら嫌だなって思うの。…動物達を助けてくれているの、知ったから」
「そうか」
リューイと2人きりで、こんな風に長い時間、話をしたことなかったかもしれない。
普通の猫だったら、会話すら出来なかった。
私が人猫だから出来たんだ。
「…私は、アリスがいなくなる事の方が怖い。モンスター討伐なんかよりもずっと」
「なんで?」
「猫だからだ」
質問の答えになっていない気がする。
「いつか、私の前からふらっといなくなってしまうんじゃないかと、毎日怯えている」
それはあるかもしれない。
ずっと一緒にはいないだろう。
いつかはいなくなると思う。
だって、猫だから。
でも、半分は人間なんだよ。
「でも約束したよ。リューイのお母さんの所に行くって」
「あぁ。さっさと討伐してすぐ戻って来るから、待っていて欲しい」
リューイはじっと私を見てくる。
暫くして、静かに口を開いた。
「…触れてもいいか?」
「猫の時は聞かずに触ってるでしょ」
「猫の時は返事出来ないだろう?」
それもそうか。
はぁ、仕方ないな。
「いいよ」
そう言って掌を差し出す。
リューイがよく触りたがる肉球を差し出したつもりだったが、今は人間だった。
リューイは私の指に自分の指を絡めると、ぐいっと引き寄せ、腰を抱いた。
そしてほんの一瞬、唇を重ねた。
「…人間の挨拶だ。でも、アリスは私以外とはしてはいけない」
「なんで?」
「猫だからだ」
***
昼過ぎ。
私とリューイと仲間達は、リューイのお母さんの所についた。
近くにはお父さんも住んでいるらしい。
皇帝陛下と皇后様という名前なんだって。
人間って色々名前があって、とても不便だ。
「いらっしゃ~い」
皇后様が迎えてくれた。
「あなたがアリスちゃんかしら?可愛い猫ちゃんね。今日からウチの子ですよ~」
「あなたの子ではありません」
リューイが抱いていた私を、床に下ろす。
「あらリューイ、久しぶりね。貴方には沢山の縁談話が来ているのよ、ほら」
皇后様が大量の手紙を見せる。
リューイは溜め息を付きながら、一瞥した。
「全て破棄して下さい。アリスは猫の時も人間の言葉が分かるし、耳もいい。くだらないことをアリスの前で言わないで下さい」
「あら。くだらなくなんかないわよ~」
リューイは、猫じゃらしをジルベールに渡した。
猫ちゃーん、とジルベールが私を呼び、戦いを挑んでくる。
「とりあえず正妃をおいて、アリスちゃんは愛妾として可愛がってあげればいいじゃない。そもそも、人猫はその余りの美しさに傾国の美女とも言われて、代々皇族の正妃にはなれないんじゃなかったかしら?」
「…虐められたらどうします?」
「はい?」
「皇族の女なんて、あなたを筆頭に化け物しかいないでしょう。こんなに可愛いんだ。正妃だなんてくだらないものをおいたら、虐められるに決まっている。そうしたら、私の元から逃げてしまうかもしれない」
ジルベールが、猫じゃらしを左右に振る。
騎士団として普段から鍛えているだけあって動きが素早い。
飛び付くけど、捕まえられない。
ぬぬっ…
「それに、私は今や皇族というよりも騎士団です。しかもドラゴンの力も継承している。権威は皇帝と並ぶが、後継問題等は、私には関係ない。よって正妃など無用。今回の討伐を条件に父上の許可も取りました」
「…呆れた子ね。その為に騎士団団長になって、ドラゴン討伐したのね」
ドラゴン、という言葉が聞こえたが、瞬時にジルベールが猫じゃらしを高く上げたので、そちらに見入ってしまった。
「それだけではありませんが。とにかく、あなたは余計な事はせず、アリスをここで守って下さればよいのです。雄猫1匹たりとも会わせないで下さいよ。特に糞兄貴なんかもってのほか」
「あらやだ。元皇后の息子に狙われてるの?だったら私、頑張っちゃおうかな~」
「余計な事はしないで下さいと伝えたばかりです。アリスは人間が苦手なのです。くれぐれも、変な事をしてアリスに逃げられる、だなんてことが無いようにしてくださいよ。いいですね?」
「必死ねぇ。逃げられそうだなんて、片思いね?」
「そんな事はどうでもいいんです。縁談も全て綺麗に断って下さいよ」
「はいはい」
あっ。もうちょっとで捕まえられそう。
ぱしっ。猫じゃらしを手で押さえた。
やった!ジルベールに勝ったよ!
「すごいな、アリス。ジルベールに勝つなんて」
リューイがニコニコしながら、私を抱き上げる。
「…重症ね」
「今日はマシな方ですよ、皇后陛下」
「ゼフィー。お前はここに残って、母上の暴走を止めろ」
リューイの言葉に、ゼフィーが慌てた。
「無理ですよ。モンスター討伐より難題です」
「あら?どういう意味かしら?」
「とにかく、カラもここに越させる。いいな?」
「…善処します」
珍しくゼフィーが、項垂れている。
仲間はずれが悲しいのかな。
「アリスちゃんは、夜は人間になるのよね?じゃあ、歓迎会をしましょうね。あっ、リューイはもう帰っていいわよ~。モンスター討伐頑張ってね」
皇后様はニコニコしながら手を叩いた。
リューイは、大丈夫か、やっぱり連れていくか、いやでも、と1人ブツブツ言いながら帰っていった。