7 弱い姿
リューイは、人間の皇子で騎士団長。
ドラゴンを倒した英雄で、1番強い人。
だから、弱音を吐いてはいけない。
弱音を吐いたり泣いたりする事は、弱い姿を見せる事は、人間にとってすごく恥ずかしい事なんだって。
人間の前では言い出せなかった、辛い事や悲しい事恥ずかしい事全部、保護区の動物達に話していたらしい。
人間には話せない事を話してくれて、リューイの助けになっていた事が凄く嬉しいの、と久しぶりに会ったメルが言った。
「あっ、リューイにお願いされたからね。あなたには何も話さないわよ」
「別に。興味ないもの」
「えぇ何で?私が人猫だったら、人間になってずっとリューイの側にいるのに。あなたが羨ましいわ」
「…メルは何でそんなにリューイの事が好きなの?」
「あなたがシャラを思う気持ちと一緒よ」
だからね、前みたいに色々話をして欲しい。
私達は、誰にも喋ったりしないわ。
というメルの言葉を、リューイに伝えた。
リューイは嬉しそうに笑っていた。
動物にも、悪いやつは沢山いる。
同じように人間にも、良いやつはいるのかもしれない。
***
近頃、リューイは忙しい。
モンスターが頻繁にでるんだ、と言っていた。
森の仲間を、モンスターから助けてくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
それに1人が好きだから、誰もいないのは別に構わない。
まあ、たまには外に出て思いっきり走り回りたいけれど。
でも仲間の命の方が大事だもん。
だけど、それに負い目を感じるのか、部屋には玩具がどんどん増えていった。
いつだったか、昼間にリューイが帰ってきた事に気づかず夢中で玩具で遊んでいたら、ニコニコしながらずっと見られていた事があった。
怖かった。
かと思えば、猫の時はやたら触ってくるくせに、人間の時は触らない。
どういう基準があるのか分からない。
不思議な生き物である。
そして、その日も暇で昼寝を沢山してしまった。
夜眠れなくなってしまい、1人ボーッとする。
リューイは隣で寝ている。
忙しくて疲れているから、きっと起きないだろう。
結界は効かない。拘束もされていない。逃げようと思えばいくらでも逃げれる。
でも、私はそのまま部屋にいた。
ふと気づくと、変な声が聞こえてきた。
声は外から聞こえてくる。
何だろう、と思って窓を開けると人間がいた。
昼間は視力が落ちるが、夜は良く見える。
人間の男と女がいる。
ん?交尾をしているみたい。
あれ?ここはリューイの縄張りじゃないのかな。
人間流のマーキング?挑戦状?
リューイに言った方が良いのかな。
色々考えつつ、じっと2人を見つめる。
その内、男の方と目が合った。
暫くこちらを見てくる。
何か攻撃してくるのかな、と思って警戒して見張っていたけど、何もしてこなかった。
つまらなくなったので、窓を締めて、寝た。
「何で、糞兄貴が急に来るんだ!」
「分かりません。いつもの気紛れか…」
「もしや猫ちゃんの存在がバレた?」
大きな声と足音で目が覚めた。
朝からリューイと仲間達がバタバタしている。
誰か来るらしい。
伸びをした私を抱き上げて、リューイが真剣な顔で言った。
「アリス、お願いだ。衣裳部屋の中に入れてしまうが、暫く大人しくしていてくれ。鳴き声もあげないでくれ。頼む」
そう言って、私を玩具と共に服の部屋に閉じ込めた。
直後にバンッと、乱暴にドアが開いた。
「…皇太子とはいえ、人の邸にしかも寝所に無断で入るなど、失礼ではありませんか」
「女がいるのが見えたのでな」
「女?…私の部屋に女性がいれば、断りもなく入っていいとでも?」
「昨夜見た。大層な美人だった」
昨夜?
じゃあ、昨日の人間かな。
縄張りを荒らしに来たのかな。
暫くの沈黙の後、リューイが口を開いた。
「…何かの見間違いでは?」
「どこにいる?お前の女ではないというなら、私が貰おう」
「…何いってんだ、こいつ…」
リューイがぼそっと呟く。
リューイ。そんなに小さい声じゃ、人間には聞こえないよ。
案の定、昨日の人間には、聞こえなかったようだ。
「貴方には、皇太子妃、側妃、愛妾と多数の女性がいるではありませんか」
「なら、お前には私の愛妾を何人かやろう。交換だ。それで文句はあるまい?」
「いらねーよ!気持ち悪いな」
「ははっ、やっと本性を現したな」
愉快そうに笑う昨日の人間とは対照的に、リューイは舌打ちする。
「とにかく、私は忙しいんです。帰ってもらえます?今から皇帝に昨日のモンスターの報告をしに行かなければならないので」
「あぁ、じゃあ最後に1つ。…最近、猫を飼っているそうだな。女共が騒いでいたぞ」
「…それが何か?」
「昨日見た女も首輪をしていた。私は目がいいんでね」
そういうと、昨日の人間は帰っていったようだ。
その後、衣裳部屋が開いて、リューイが私をぎゅっと抱き締める。
「偉いぞアリス。大人しく出来たな」
まぁ、半分は人間だからね。
リューイが随分長い間ぎゅっとするから、苦しくて暴れた。
すまない、と慌てて私から手を離す。
「ですが、ほぼバレましたね」
「何故バレた?」
「猫ちゃん。昨日の夜、皇太子に会ったの?」
3人が一斉に私を見る。
昨日の人間なら目が合った。と答えたが、猫の姿の時は言葉が伝わらない。
「…夜に聞くしかないか。とりあえず、私は皇帝に報告をしに行ってくる」
そう言って、リューイは出掛けた。
***
「……は?」
その夜。
私の話を聞いた3人組は、そう言って目を大きく開けたまま固まった。
よく聞こえなかったのかな。人間の聴力は猫より劣るしね。
「だからね。昨日の夜、外から声が聞こえるなと思って見たら、皇太子?って人間が交尾してたの。目が合ったよ。縄張りの中でそんな事するなんて、何か攻撃してくるのかと思って見張ってたけど、何もしてこなかったよ」
「…朝、攻撃してきたけどね」
ジルベールが呟き、3人同時に溜め息をついた。
やっぱり同じ動きをしている。兄弟?
「…うん、アリス。見張っていてくれた気持ちは嬉しい。ありがとう。だけどあいつはもう見るな。近づいても駄目。あんな事をするやつだから、人間にされるかもしれない」
「そうだね」
何なんだあいつ、人の邸の前で、ふざけるなとリューイが怒っている。
「…そしてこのタイミングで、モンスター遠征討伐が決まった」
「遠征ですか」
遠征?
その言葉に、3人の雰囲気が一気に変わった。
ピリピリする緊張感。
「今日、父上…皇帝から承った。向こうの山にかなりの数が出現したらしい。出発は2日後」
「急ですね」
「被害が酷いようだ。騎士団に言って急ぎ準備の支度を」
「承知致しました」
「アリス」
リューイが私を真っ直ぐに見た。
「モンスターを倒しに行く。だから暫く留守にする。お前の事を守ってやれない」
人間の姿では初めてかもしれない。
リューイが、ぎゅっと私を抱き締める。
「留守の間に、兄がお前を拐いにくるかもしれない。それは困る、嫌だ、絶対に…だから母の所へ行って欲しい」
「リューイのお母さん?」
「そう。ドラゴンに恩もある。変わった人だが悪いようにはしない。私を、信じて欲しい」
後から思えば、これが分かれ道だったのかもしれない。
リューイも居ないし、もう守ってもらわなくても大丈夫だよ。シャラとの約束も充分だよ。私は私で生きていくよ。もう、ここでお別れしよう。
そう言おうと思った。
でも言えなかった。
私を抱き締めるリューイの腕が、微かに震えていたから。
人間は、弱い姿を見せる事は恥ずかしい事なんだって。
メルが言っていた事を思い出す。
だから、頷いてしまったんだ。
分かった、って。