表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

6 猫と人間の諸事情



 「猫ちゃん。服着たら、部屋から出てきてね。あっ、勿論ドアからね」

 

 家に着くのと日が暮れるのは、ほぼ同時だったと思う。

 私をリューイの部屋に押しやり、ジルベールが外から声を掛けてきた。

 

 「カラさんは、食事の用意をしに行っちゃったし。主のいない部屋に、僕が入るわけにもいかないでしょ」


 そういうものなのか。

 つくづく人間のルールは面倒だし、よく分からない。

 仕方なく言われた通り服を着て、部屋の外に出た。


 「どうすればいいの?」

 「応接間で殿下を待とう」


 そう言われて、ジルベールについていった。

 この家で、リューイの部屋以外にいるのは初めてかもしれない。



 「猫ちゃん、ドキドキした?」

 

 ソファーに座るなり、目を輝かせながらジルベールが問いかけてくる。


 「ドキドキって?」

 「殿下に助け出された時に、心臓の鼓動が早くなった?」

 「したよ。あ、死ぬんだなって」

 「えっと、そっちじゃなくて…あっ、じゃあ抱っこされてる時とかは?」

 「ドキドキしなかった」

 「あ、そうなんだ…」


 うーん手強い、などとブツブツ言ってる。


 「そういえば」

 「なになに?」


 私の言葉に、ジルベールが身を乗り出して来た。

 近い。思わず後ずさる。


 「発情期じゃないかな、と思うんだ」

 「…は?」

 「さっきの人間のメス達だよ。声も高いし、目もギラギラしてた。だから怖くて逃げちゃったけど、リューイに求愛してたから、交尾すればいいと思うんだ。そしたら落ち着くよ」


 だって、リューイに抱っこされていた時は平気だったのに、人間の女が触れた時は嫌悪感が身体中に巡った。

 あれって、相手が興奮状態だったからだと思う。


 「…それ、殿下にも彼女達にも絶対に言っちゃ駄目だよ。というか誰にも。もうカオスになっちゃうよ」

 「そうなの?まあ興味ないから」

 気づいてなさそうだから、言った方がいいと思うけどね。


 はぁぁ、と深い溜め息を付きながらジルベールが両手で顔を覆った。

 やっぱり、変な人間だ。

 でも、ここまで、どうしたら、とまたも1人でブツブツ言ってる。


 「あれ?でも、その…猫ちゃんも発情期ってある?」

 「私はまだ体験してない。半分人間だからかな?不快だけど」

 「そうなんだ。じゃあ、そうなったらリューイ殿下に言ってね」

 「は?何で人間なんかに言わないといけないの?」


 冗談じゃない。


 「え、だって困るでしょ」

 「何にも困らないよ。自分で相手探すし。でも、この辺って猫1匹いないね、縄張りあるの?」

 「野良猫ちゃんの管理は殿下が徹底して…って、それは置いといて。自分で探さないで?こっちが困っちゃうんだよ、君の保護者は殿下でしょ」

 「リューイにどうにか出来ないでしょ」

 「いや、リューイ殿下しかどうにか出来ないよ。だって他の人じゃ」

 「別にいいじゃない。どっちにしたって猫になるんだし」


 この人間は何を言っているんだろう。

 人間のくせに、人間の言葉が不自由すぎる。

 

 「とにかく、えぇと、そう。人間の姿の時に発情しだすと困っちゃうでしょ」

 「まぁ、確かに」

 「うっかり人間になりたくないんでしょ?」

 「それはそうだね」


 私が頷くと、ジルベールはほっとした顔をした。


 「じゃあ、そういう事でお願いね。あっ、この前、猫に大人気の爪とぎボード見つけたの。殿下がプレゼントするからさ、よろしくね」

 「分かった」


 とりあえず返事はしたが、いまいち納得出来ない。

 何でそんな事まで人間に管理されなきゃいけないの?

 リューイが、猫達の管理してるって言ってたから、発情したら、その場所まで連れていってくれるって事?

 今日行った保護区みたいな所にいるのかな。

 じゃあ、さっさと猫になって、そこで暮らしたいな。

 あぁ。シャラとの約束を守りたいんだっけ。

 うーん…。

 


 「楽しそうだな」

 

 リューイとゼフィーが応接間に入ってきた。


 「リューイ殿下。どうだったの?皇太子は」

 「怪しんでいるが、まだ気づかれていない」

 「なんだかね。女性の事ばっかじゃなくて、皇太子なんだから他にやることいっぱいあると思うんだけどね」

 「まぁ。それよりも」


 リューイが私を見ながら聞いた。


 「怪我はしていないか?」

 「してない。ありがとう」

 「良かった、今回のことは私の配慮が無かった。令嬢達がまさかアリスに触れるとは思わず…悪かった」

 「あ、それなら」

 「猫ちゃん!」


 私が口を開き掛けたら、ジルベールが大声を上げる。

 一生懸命、首を横に振っている。

 言うな、ということ?求愛に応えてあげれば手っ取り早いと思うんだけどな。


 「なんだ?」

 「いや、えーと。で、殿下から爪とぎボードをプレゼントするって話を、さっき猫ちゃんとしてたの。いいよね?」

 「勿論。いくらでも用意しよう」

 「良かったね、猫ちゃん」

 「…ありがとう」


 なんだかな。

 でもリューイが嬉しそうに笑うから、言うのを止めた。


 「それから、もう2度と飛び出したりしないでくれ」

 

 真剣な顔で言う。

 その圧のまま近寄ってくるから、すこし逃げた。


 「っ、すまない。でもお願いだ、目の前で死んでしまう姿をみたくない。今日はたまたま私がいたが…」


 それって。

 マイアの事を思い出しているのかな。

 すぐに死んでしまったという猫。


 「…マイアは幸せだったって、言ってたよ」


 リューイを見つめながら、言った。

 驚いたように、じっと見つめ返してくる。


 「何故、マイアを」

 「今日、メルが言ってたの。リューイに伝えてって」

 「は?え…?メル?馬の?」


 リューイは訳が分からないって顔してる。

 私が猫だって忘れてるの?

 仲間2人も、ぽかんと私を見つめている。


 「私は猫だよ。動物と話、出来るんだよ。メルも話せないけど、人間の言葉が分かるって」

 「ちょっ、ちょっと待て!」


 慌てたように、リューイが変な動きをした。

 いや待て、でも、そうか、と1人で何か言いながら。

 ジルベールといい、リューイといい、人間はやっぱり変わっている。


 「メルは、他に何か言ってか?」

 「他にって?」

 「いや、例えば…」


 そう言い、リューイは黙り込んだ。


 「お母さんの為に、シャラの涙を取りに来たって話は聞いたよ…それでリューイのお母さんは治ったの?」

 「あ、あぁ。お陰で元気になった」

 「ふぅん」

 「…他には?」


 しつこいなぁ。他に?何か言ってたかな。

 …あ。


 「好き」

 「え!?」


 3人同じように目を大きくして、こっちを見る。流石仲間。揃ってる。

 

 「あそこにいる保護区の皆、好きなんだって。リューイの事が」

 「あ、そっち」

 「他はもうない」

 「…そうか…」

 

 リューイは呟くと、溜め息をつき、手で顔を覆った。

 何で動物の皆に好かれているのに、悲しむことがあるの?

 本当に人間って分からない。


 「このあと、この国の第2皇子が動物達に口止めして歩き回る姿なんて、僕はもう見ていられないよ。憐れすぎて」

 「そして、それが英雄となった我らの騎士団団長ですからね」

 

 そう言って、仲間2人も同じ様に溜め息をつき、手で顔を覆った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ