3 そして、別れ
嗅覚を頼りに森へと急いだ。
昼間より劣るとは言え、それしか頼るものが無かったから。
纏わりつく服を脱ぎたかったけれど、人間の町では目立ちそうだから我慢した。
撹乱させるかのような人間達の匂い。気持ち悪い。
沢山の人間。話し声。恐怖だ。
「お嬢さん、そんなに急いでどちらへ?」
急に話し掛けられ、行く手を阻まれた。
何人かの人間の男が近寄ってくる。
「うわ、すげぇ美人」
「俺達と飲もうよ。奢るからさ」
凄く気持ち悪い匂い。吐きそうだ。
嫌い。人間が嫌い。気持ち悪い。
「かーわいい。震えてるぜ」
「俺達何にもしないよ?」
「待て。この女、皇子の紋章の首輪を着けてるぞ」
1人の男の言葉に、他の男が私から距離をとった。
その隙に、また走り出す。
ここはどれくらい森から離れているのだろう。
籠に入れられていたから分からない。
リューイは明日、と行っていた。
まだ間に合うだろうか?
気づけば、朝になり、そして森へ着く頃には夕方になっていた。
森に入った瞬間、懐かしい匂いがした。
「シャラ…っ!」
泣きながらシャラに抱きつく。
まだ生きていた。シャラは生きていた。
「アリス、戻ってきてしまったのか…」
「シャラといる、人間は嫌い、人間がシャラを殺しに来るって…!」
「知ってる。ほら、丁度来た」
シャラが見つめる先には、人間がいた。
リューイ達3人と、昨日いた団体の人間達。
本当にシャラを殺しに来たんだ。
私はシャラの前に立ち塞がって、言った。
「ねぇ、シャラ、私を食べて!」
「アリス?何を…」
「前にね、人間が言っているのを聞いたの。人猫を食べたら力がでるって。だから、シャラの力も復活するよ!そしたら人間なんかに負けないよ!森の皆だって守れる。ね、シャラ。丸飲みしてくれれば怖くない」
シャラはくすっと笑った。
「アリス、それは人間の作り話だ」
「違うの?私、人間に騙されたの?…じゃあ、もうシャラの為に何も出来ないの…?」
「そんな事はない。アリスからは沢山のものを貰ったよ」
人間が近づいて来て、そして立ち止まった。
誰も手を出すな、とリューイが言っている。
「500年生きて来た中で、この19年は宝物のような日々だったよ。こんなにも可愛らしい生き物を育てる事が出来て、幸せだった。私はもう充分生きた。でもお前はまだ19年しか生きていない」
「嫌だよ、シャラがいないと生きていけないよ」
「大丈夫。そこの男に頼んだよ。アリスを守る為の力も与える」
「駄目だよ、騙されないで、シャラ。人間は嘘つきなの…!」
シャラは大きな手で、私を優しく包んだ。
涙が止まらない。
離れないように、ぎゅっとしがみつく。
「アリス。そこの男が、数年前からこの森を禁猟区にした。だからきっと、私が居なくても人間共から動物達も守られる」
「そんなの、シャラを油断させる為だよ。ね、お願い。お願いシャラ…っ」
「どちらにしても、もうお別れだ。アリス、私がその男を信じたように、私を信じてくれないか」
「シャラ、逝かないで。おいて逝かないで!」
「親はね、子供の為には何だってしてあげたいんだよ」
そう言って私を掴むと、人間の方へと投げた。
「受け取れ!人間!」
体が宙を舞い、そして、リューイが私を受け止める。
「アリスを向こうへ。激しい戦いになるだろうから、絶対にこちらには越させるな」
「嫌だよ、シャラ!お願い!おいて逝かないで!お願い…っ!」
泣き叫ぶ私を、ゼフィーとジルベールが縄で縛って拘束し、布で包んだ。
抱き抱えて歩き、この場所からどんどん離れて行く。
ずっと一緒に生きてきた。
木に登る練習も、餌をとる練習も、いつも隣にはシャラがいた。
人間からいつも守ってくれた。
だから一緒にいて。最期まで一緒にいて。
だけど、その願いは届かなかった。
***
ドラゴンを倒し、国が平和になった。
ドラゴンの恐怖から解放された。
ドラゴンの核を手に入れたリューイ皇子は英雄だ。
もう、モンスターに怯える事もない。
そんな話を、結界が施されたあの部屋でぼんやりと聞いていた。
部屋の中で話す人間は居なかったが、外で話している声が聞こえてくる。
この部屋はリューイの部屋らしい。
昼間は居ないが、夜になるとやってくる。
憎きシャラの敵と、毎晩一緒いなければならないなんて、何という拷問だろうか。
「服を着ろ」
毎日の様に言ってくる。
着たところで、朝になって猫になれば自然と脱げてしまうのだ。それをまた着ろという。面倒臭い。
「や。凄い絵面だけど、何とかならないの?コレ」
「人間になると結界が効かない。縛って拘束しておかないと逃げようとするし、服は着ないし」
「美女がベッドの上で裸で拘束されてるって、凄いよね。誰かがうっかり入ってきたら、リューイ殿下の性的嗜好なんだなぁって思うよね。面白いけど」
「うっかりではなく、何故お前は入ってくる?」
「いやぁ、1日1回は猫ちゃんの姿を見たいでしょ。こんな美女、国中探してもいないし。夜しか拝めないんだし」
結界を通れる人間の姿で何回か脱走を試みたが、いつも呆気なく捕まってしまった。
その為か、最近ではこのように拘束されるようになってしまった。実に不快だ。
こんな人間の何を信じればいいというのだろう。
やっぱりシャラは騙されたんだ。悔しい。
「ご飯は食べるようになったんでしょ?」
「…まぁ。1回噛み付かれたが」
「激しいねぇ」
そう。
1週間程、食欲がなにもなかった。
それなのに「食べろ」と煩く、ご飯を掌に乗せて食べさせようとしてくるから、指に噛み付いてしまった事がある。
なんで、人間の手から食べなきゃいけないの。
でも八つ当りだなんて、人間みたいで嫌悪感だった。
以後気を付けるようにしてる。
「…食べ物は命を食べるんだから、残さず食べるよ。食べるようにする」
私の言葉に2人は同時にこちらを見た。
「何?当然でしょ。殺した命を無駄にしない。シャラの力だってそうでしょ。奪ったんだから、無駄にしないで」
「分かっている」
「一時はどうなるかと思ったけど、取り敢えず、生きようとしてくれて良かったよ。リューイ殿下、そろそろ話してもいいんじゃない?今後の事」
「今後?」
「あぁ。明日の夜に話そう。ゼフィーも明日、視察から帰ってくるはずだ」
今後の事?私を森へ帰してくれるのかな。
そういえば、私は何故、人間の家にいるのだろう。