2 遠い日の約束
そのまま、私は何処かへ連れて行かれた。
鳴いても暴れても、揺るぐ事のない結界。
時折、生存を確認するかのように、リューイとゼフィーがこちらを見る。
私をどうするつもりだろう。
あのまま、シャラと一緒にいれば良かったのかな。
でも、そうしたらあの5人組が来て、どちらにしても私は捕まって、最悪シャラは殺されていたかもしれない。
それを考えると今の状況は最悪ではない。
最も、あいつらにシャラが負けるとも思えないけれど。
籠の外では2人の喋る声がする。
「リューイ殿下がおっしゃる通り本当に居たんですね、人猫が。しかし、あの者達を逃がして良かったのですか?」
「コレの前で、人間の争いを見せる訳にもいかないだろう。既にジルベールから捕縛したとの連絡が入った」
「流石ですね。…しかし、本当に決行するおつもりですか?これ程、若く美しい人猫…しかもメスとなると皇太子殿下が黙ってないと思いますが」
「…約束したからな。その為に騎士団長になった」
***
何処かの部屋の一室に着いて、私は籠から出された。
窓やドアから脱出を試みるも出られない。
部屋全体に結界が施されているようだった。
人間は通れているから、対獣用かもしれない。
リューイは鳴いて暴れる私を難なく押さえて、パチンと首輪をはめた。
「出掛けてくる。夕方には戻るが、何かあったら知らせてくれ。まだ興奮状態だから、気を付けるように」
近くの人間にそう言って、リューイは何処かへ行った。
術者本人が居なくても、結界は有効らしい。
こんな事出来るなんて、シャラといい勝負になるかもしれない。
「服を着ろ」
日が沈み、戻ってきたリューイが私を見るなり言った。
「な、ぜ?」
「なぜって、それがマナーだからだ」
「それは人間が勝手に決めたマナー。私は人間じゃない」
リューイは暫く私を見た後、溜め息を付きながらベルを鳴らした。
「はーい…って、リューイ殿下?何やってんですか?猫ちゃん裸にして。え、もうやるつもり?」
「…呼んだのはお前じゃない。カラだ。お前はまだ下がってろ」
「了解で~す。しっかし美人ですね、猫ちゃん」
ドアが開いて、変な人間が来たと思ったらすぐに消えた。
代わりに年配の人間の女が入ってきた。
「お呼びですか、リューイ殿下」
「コレを風呂に入れて、服を着させて欲しい。もしかしたら暴れるかもしれないが…頼めるか?」
「まぁまぁ、可愛らしい人ですね。お任せ下さい。殿下も小さい頃はお風呂が嫌いで、よく暴れていたではありませんか」
「覚えていない」
そう言うと、リューイは部屋から出ていった。
部屋にはカラという人間と2人きり。
初めて見る人間の女に、少し戸惑う。
穏やかそうだけど、油断してはいけない。人間なのだから。
「何、するの?」
「お風呂ですよ、水浴びみたいなものです」
「水浴び…何の為に?」
「綺麗にする為です。気持ち良くなりますよ」
「水浴びなら、自分で出来るから」
「まあ、えらいですね。ですが今日は私がお世話しますね。私のやることを見て、明日からはご自身でやることに致しましょう」
そう言い、カラは私を連れて隣の部屋へ連れていき、水浴びをする。終わると服を着させてきた。
暴れてやりたかったけど、何もしていない人を攻撃するなんて、人間のようで嫌だったから我慢した。
「リューイ殿下終わりましたよ。いい子にしてましたよ」
カラの言葉に、リューイとゼフィー、さっきの変な人間が入ってきた。
変な人間が近寄ってきた。
「わーお、更に美人になったね、猫ちゃん」
「ジルベール、近づいて警戒させては駄目ですよ」
「わ、私を、どうするつもり?」
後退りしながら、問いかける。
私の質問にリューイが答えた。
「お前に危害は加えない。暫くこの部屋で保護する」
「暫くってどのくらい?森に帰りたい。森に帰して下さい」
「それは出来ない」
「何で?」
リューイは黙ってしまった。
こうしている間にも、シャラはどんどん具合が悪くなってしまうかもしれない。
「森に大切な家族がいるの。お願いします」
「ドラゴンか?」
リューイがやっと口を開いた。
そういえば、リューイはシャラに向かって何か言っていた。約束、と。
「そう、だから帰して欲しいです」
「出来ない。ドラゴンと約束した。お前を保護すると」
「嘘だよ!シャラが人間と約束なんかするはずない!」
「10年前に約束した。自分はもう長くない、だからお前をーアリスを引き取って守ってやって欲しいと。自分が死んだら沢山の人間がアリスを狙いに来るだろう。だから守ってやって欲しいと。その時が来たら核を力を授けると。私はそれを了承した」
告げていない名前を言われて、本当なんだと分かった。
シャラも約束、と言っていた。
ドラゴンの核。それは心臓。人間が手にしたら凄い力を得るといわれている。
だからこそ、シャラはいつも命を狙われていた。
森や私を守りながら、人間と戦っていた。
「明日、ドラゴンを狩りに行く」
「え…」
「リューイ殿下、何も今言わなくても…!」
「終わってから言っても同じだ。それに失敗するかもしれん。実力で倒せないような奴に、核もアリスも渡さないと言われたしな」
「なら、私も一緒に連れていって欲しい」
呟いて、自分が泣いているのが分かった。
どちらにしても、シャラはもう長くないんだ。
「シャラの核が欲しいなら好きにすればいいよ。私はシャラといる。シャラを殺す時に私も殺せばいい。シャラと一緒に死にたい」
「出来ない。約束した」
「人間が約束なんて守るはずない!」
人間を睨みながら、大声を出す。
「人間は笑いながら森の動物を殺すの!殺しておいて捨てるの!今日もそうだった!人間なんか信用しない!人間なんか大嫌い!」
「や、猫ちゃん、落ち着いて…」
ジルベールが近寄ってきたから、思わず引っ掻いてしまった。
人間の腕から血が出た。それを見て更にパニックになる。
叫びながら暴れて窓にぶつかると、窓が開き私は外へと投げ出された。
人間の今は、結界が効かないんだ。
「ヤバっ!嘘でしょ!?ここ3階!」
ジルベールの叫び声を背に、くるっと反転して地面に着地する。
そして、そのまま森に向かって走り出した。
***
「焦ったぁ。普通の人間だったら死んでたよね、この高さ。さすが猫」
「ジルベールが悪いですよ、興奮させるから」
「俺ぇ?リューイ殿下でしょ」
「…どうします?」
「騒ぎにならないよう、少人数で捜索をしろ。皇子紋の付いた首輪をつけてあるから、手を出すものはいない筈だし、首輪には私の魔力をいれてある。行き先は森だろう」
「では、後は皇太子殿下に見つからないことを祈るだけですね」
「それが1番問題がじゃないの?」
「…今回は服を着ているから大丈夫じゃないか?」
「脱ぐ可能性もありますよね?猫ですから」