17 私だって
「何で、貴重な休みをこんな事で潰されなければならない」
リューイはぶつぶつ言って嫌がってる。
宰相という人間は悪い人間かもしれない。
緊張しながら、皇后様の家へ向かった。
皇后様の家に着くと、宰相はもう来ていた。
少し年取った人間の男だった。
その横には、同じ様に年を取った人間の男と女、若い人間の女がいた。
4人は私を見ると驚いていた。
皇后様が言う。
「ごめんなさいねぇ。リューイに関する話という事だから、婚約者であるアリスちゃんにも来てもらったのよ」
「それで?話とはなんでしょう?」
リューイが、言いながら空いている席に座る。
立っていればいいのかなと思っていたら、アリスは私の隣に、とリューイに言われて隣に座った。
「婚約者様と不仲ではないのですか?」
宰相の言葉に、皇后様はふふっと笑う。
「リューイったら、心配性でね。アリスちゃんを外に出したがらないのよ。他の男性に見せたくないんですって。そのせいで、そんな噂になってしまったのかしら?」
「母上。そんな事はどうでもいいんです。宰相、話というのは?」
「…アリス様の前でする話ではないのです。どうか席を外して頂けませんか?」
宰相が私を見ながら言う。
えっと、出ていけって事?
どうしたらいいのかな。出ていった方がいいのかな。
「…なるほど。なら私にも関係ありませんね。私とアリスは、これで失礼します」
「待って下さいっ」
リューイが立ち上がると、若い人間の女も立ち上がり、近寄ってきた。
リューイの腕を掴む。
「殿下っ、どうかお話だけでも聞いて頂けませんか?私…」
「あら。マナーのなっていない娘ね」
皇后様の言葉に、人間の男が慌てる。
「セリアルっ」
「…あっ、失礼致しました…」
セリアルはそう言ってうつむき、席へと戻る。
「失礼致しました、殿下。彼は私の友人でワーナー伯爵とその妻のディアナ、娘のセリアルでございます」
宰相が紹介する。
彼らは立ち上がり、膝を折って挨拶をする。
リューイはもう1度座り直した。
「国の重要機密ではなく、私個人の話で、アリスを退席させなければならない話などありません。アリスも同席するか、私も退席するかどちらかです」
長い沈黙の後、宰相が口を開いた。
「…では申し上げます。セリアルをリューイ殿下の側妃に」
「必要ありません。話はそれだけですか?では私はこれで」
「殿下、必要な事です。あなた様は第2皇子であられる。後継が必要ではありませんか?」
「私は皇族の継承権を手放しました。特に必要ありません。幸い兄上には3人の皇子がおりますし、まだまだ産まれそうですし、心配ありませんよね?…あぁ、それとも宰相は、国家転覆を狙っていると?」
「とんでもない」
宰相が首を横に振る。
皇后様は、珍しく何も言わず、でも面白そうに2人を見つめている。
「国に忠誠を誓っていると言うならば、ご令嬢は兄の方に嫁いだらいかがです?世継ぎの繁栄に貢献出来ると思いますが」
「殿下個人は、御子が欲しいとは」
「まだ結婚もしていないのに子供の話をされても困ります。アリスとの子供だったら欲しいですが、他の女性との子供はいりません」
「ですが、万が一アリス様に子が出来なかった場合、我が国と大国の血を受け継いだあなた様の…」
「でしたら、兄の妃を大国より迎えれば良い。母上、その手続きをとってあげて下さい。得意でしょう?では、私はこれで」
再びリューイが立ち上がろうとした瞬間、セリアルが声を上げた。
「ア、アリス様はそれで宜しいのですか!?もしご自身に子が出来なかった場合、リューイ殿下の御子がいなくなってしまいます。私は、自分の立場をわきまえて、あなた様にお仕え致します!ですから私を側妃と認めて下さいませんか!?」
えっ、子供?皆、急にどうしたの?
一昨日、交尾はしたけどどうなんだろう?
猫の妊娠率はほぼ100%って書いてあったけど、人間はどうなのかな。
やっぱり調べておけば良かったな。
「まだ、人間になったばかりなので分からない、」
あっ。人猫だって事は言っちゃ駄目だってシャラからも言われてたっけ。
言い掛けて、慌てて扇子で口元を隠す。
でもね。
リューイが誰かの所に行ってしまうのは、嫌。
猫でも人猫でも人間に成り立てでも、焼きもちは妬くんだよ。
人間だけじゃないんだよ。
「人間?」
セリアルの呟きに、皇后様が答えた。
「この国の人間になったばかり、という意味よね」
「こ、この国の人間とはどういう意味でございましょう?」
「どうとでも捉えてもらって結構よ。でもね、さっきから聞いていれば、アリスちゃんがまるで子供が産めないと決め付けているかのようね?私の前で。実に不快だわ。私の可愛い可愛い姪なのよ」
「陛下、そんな事はございません!」
4人が慌てて、首を振る。
わ、ボスの怒りだ。怖いな。
皇后様の迫力に、セリアルは半泣きになりながら、でもしっかりとリューイに言う。
「…無礼を承知で申し上げます。私は、5年前、殿下をお見かけしてから、ずっとお慕い申しておりました。ですから、殿下、どうかお慈悲を、私をお側において頂けませんか…?」
リューイが静かに口を開いた。
「5年ですか。私は10年です」
「え…?」
「私は10年間、ずっとアリスを想っていました。今の状況はまるで夢のようです。ですからアリスに会える時間1秒たりとも、あなたによって奪われたくないのです。例え側妃になった所で、あなたを見ることや触れることは、一瞬たりともないでしょう。それは、お互い不幸ではありませんか?」
セリアルは泣き出してしまった。
慰めるように、ディアナがセリアルの肩を抱く。
「…殿下の、お気持ちは分かりましたが、アリス様の、お気持ちは…?そんな美しい容姿だからっ、何もせずとも、殿下のお心を手に入れられて、ズルいです…私の方がっ」
「えっ?リューイにちゃんと言ったよ、大好きって。一昨日の夜に何回も。ねっ?」
リューイを覗き込んでじいっと見ると、目を逸らされてしまった。
えっ、まさか、忘れちゃったの?
「…大好きだよ?」
「わ、…かった、から、アリス。頼むからそれ以上は、今は言うな」
黙ると、部屋にはセリアルの泣き声だけが響いた。
「うっ、…うぅっ、2人が上手くいってないって聞いて、私、私に、うぅっ、振り向いて下さるかと…っ」
皇后様が合図をすると、ワーナー伯爵とディアナがセリアルを抱えて、部屋を出ていった。
私もまだいた方がいいのかな。
まだお仕事中かな。
「…宰相。私は散々忠告したわよね?リューイの妃は不要、と」
パチン、と扇子を閉じた。
私にも分かる。
皇后様は相当怒ってる。
「国の行政のトップとあろう者が、良く調べもせず噂に踊らされるとは情けない。この先も宰相が務まるのかしら?噂の犯人は皇妃でしょうよ」
「まさか…」
「不仲説を信じたあなたが、これ幸いにと自分の派閥の貴族令嬢をリューイの妃にしようとする。その隙に、悲しんでいるアリスちゃんを、皇太子が側妃にする。リューイと私が怒ってあなたと仲違いをする。まぁその辺は、皇妃にとってどんな展開になっても面白いんでしょうね」
「…申し訳ありません」
「謝るのは、私にではなくワーナー伯爵令嬢よ。恋心を利用されて、こんな所に引っ張りだされて。2度はないわよ?リューイの妃はアリスちゃん以外不要です」
「…承知致しました」
「では、そういう事で。私達も帰ります」
溜め息を付きながら、リューイが私の手を取り立ち上がる。
もう引き留める人はいなかった。
「アリス、今日は嫌な思いをさせてすまない」
暫く歩いていると、リューイがポツリと言った。
「ううん。お仕事だから」
「その仕事とは一体…?」
「皇后様と約束したの。宰相と会ったらお金くれるって」
「お金!?」
リューイがびっくりして立ち止まる。
「リューイの誕生日に贈り物しようと思って。本当はね、森に咲いている綺麗な花にしようと思ったんだ。でも、皇后様が遠いから1人で行くのは駄目だって。お仕事したらお金だすよって言ったの。リューイは何が好きなの?」
長い間、何も言わず私を見つめる。
「リューイ?思い付かなかったら今度で良いよ。私、まだお金貰ってないし」
「…いや…花が欲しい」
「花?」
「アリスが最初に私にくれようとした、森の花」
「花欲しいの?いいよ」
「…今からでもいいか?馬で行けば、夜には帰ってこれる」
「うん、大丈夫」
そうして、私達は数ヶ月振りに森へ行く事にした。