16 贈り物
人間になって、初めての朝。
リューイは何回も、無理をしないように。と言って仕事へ出掛けていった。
何をしようか考えていると、カラが通りかかった。
「カラ、あのね。勉強したいんだ」
「まぁ、偉いですね。どのような勉強なさいますか?」
「人間の交尾について。本、あるかな?」
「何故そのような?」
「また昨日の夜みたいな痛い事されたら困るし。痛くない方法探すの」
「まぁ、そうなのですね。もう次は痛くないと思いますけれど。…そう言えば、もうじきリューイ殿下の誕生日なんですよ」
「誕生日って何?」
私の問いに、カラがニッコリ笑う。
「リューイ殿下の生まれた日です。産まれてきてくれてありがとう、ってお祝いする日ですよ」
「それは素敵な事だね。お祝いって何するの?」
「おめでとうと言って、贈り物をすると宜しいですよ」
「贈り物かぁ」
あげたいけれど、私は何ももっていないし、お金もない。
うーん。あっ。
森に咲いてた青い花はどうかな。
シャラにもよくあげて、喜んでくれた。
私しか知らない秘密の場所に咲いてる花。
「カラ、私、出掛けてくるね。4日程で戻ってくるから」
「えぇ!?それは困ります」
「大丈夫だよ。私、道分かるから。迷わないよ」
後ろでカラが追いかけて来て何か言っているけれど、聞こえない。
暫く走っていると、誰かにぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
見上げると皇太子だった。
「やぁこんにちは。人間になったんだね」
そう言ってニッコリ笑うと、私の手首を握り、ぐいっと自分の所へと引き寄せて耳元で囁く。
どうしよう。捕獲されてしまった。
でも基本、人間の攻撃魔法は動物やモンスターにしか効かないと聞いた。
人間になった今は、前みたいに動きは止められないはず。
噛みついたら、手を放すかな。
「弟の婚約者がこんな所で何をしているのかな?」
何って、森に行くつもりだけど。
でも、この人には教えない。
「君と弟は不仲説が流れている。君が私の所に来ても不自然ではないよ。来るかい?」
「行かない」
「ふふ、声も可愛い。…あぁ、早いお着きですね、皇后陛下」
カツンと靴がなる音がして、振り返ると皇后様がいた。
「可愛い姪のピンチには駆けつけないとね」
「そうですね。私が保護致しましたが、護衛も付けずに走って外出なさるなどと、まるで弟の元から逃げ出したいかのようですよ。不仲だという話は本当のようですね」
「不仲?」
「えぇ。第2皇子は、婚約者を蔑ろにし、猫ばかりを愛でている、と」
皇太子が私を捕まえたまま、耳元で話すから息がかかってゾワゾワってする。
「なるほど。あなたが流したのね?その噂」
「とんでもない。ただ不仲でしたら、あくまでも婚約ですからね。破棄して私の所へ来たっていい」
「それは、あなたのお母様が許さないのでは?」
「女同士の事は分かりませんが、あなたが溺愛する美しい姪が、私のものになって喜ばないはずがないでしょう」
少しの沈黙の後。
面白いわね、そう言って、皇后様は見たことない顔で笑った。
「不仲であろうと何だろうと、今はリューイの婚約者です。手を触れることは許しませんよ」
「失礼致しました。あまりの美しさについ」
やっと皇太子が手を離した。
皇后様の元へ走る。
「保護していただきお礼を言います。後は私が。女同士で話しますわ」
「そうですか。では、私はこれで」
皇太子は膝を折り、歩いていった。
暫くして、皇后様が口を開く。
「アリスちゃん、これからは1人で外出しちゃ駄目よ」
「はい」
「何処に行こうとしたの?」
「リューイの誕生日の贈り物。森にある花を取りにいこうと思ったの」
「そういえば、もうじき誕生日だったわね。でも駄目よ。森なんて遠いわ。今日みたいに捕まっちゃうわよ」
「人間の姿でも?」
「人間の姿だからこそよ。あなたは、もっと自分の外見を客観的に見れた方がいいわねぇ」
皇后様は扇子で口元を隠しながら溜め息をついた。
「でも私、お金ないし、花以外あげるものないの」
「じゃあこうしましょう。アリスちゃんはお仕事するの。そして私がお金を出すわ」
「お仕事?私に出来る?」
「えぇ。とっても簡単よ」
そう言って、皇后様は振り返り、護衛の人に確認する。
「今日の騎士団は全体訓練だったわね?」
「はい。そのように伺っております」
「では、目撃者も沢山になるでしょうし、仲の良い所を見せつけて、口の軽~い新人達にたまには役立って貰いましょう」
私の方に向き直り、ニッコリする。
「今から、私と一緒に騎士団の訓練を見に行くの。それから、明日、私の邸で宰相と会うのよ。お仕事はこの2点よ」
「それだけ?」
「そうよ。アリスちゃんの外見は武器なの。人間は想像する生き物ですからね。アリスちゃんがニコニコしていれば、勝手に解釈するわ。出来そうでしょ?」
「はい」
「良かったわ。あぁ、あとこの事はリューイには秘密ね」
「分かりました」
そうして、私と皇后様は、騎士団の訓練所へと向かった。
リューイが終わるのを待ちながら、騎士団の訓練をじっと見ていた。
騎士団の人間も、私を見てくる。
その度にリューイが怒っていた。
祝賀会程ではないが、沢山の人間がいる。
こうやって、モンスターを倒すんだ、と見ていると不思議な感じがした。
でも、リューイが1番強いと思う。
シャラの核は抜きにしても。
訓練が終わり、リューイと道を歩く。
何回も、体は大丈夫か、と聞いてきた。
「大丈夫だよ。人間として見る昼間の景色は初めて。夜と違うね」
「人が多いけれど平気か?迷子にならないように。私から離れないで」
「分かった」
そう返事して、リューイの手をぎゅっと握った。