君は可愛い
次の日の朝
リューイ視点です。
カーテンの隙間から差し込む光によって、目が覚めた。
「アリス…!」
瞬時に起き上がって、隣を見る。
そこには、すやすやと眠る愛しい人がいた。
「良かった…」
思わず呟いて、アリスの髪を撫でる。
昨日の朝は生きた心地がしなかった。
弱り、動かないアリス。
獣医から寿命かもしれないと聞いた時の絶望感。
しかし、夜になり、助かる可能性があると聞いて、想いが溢れた。
私が好きだと、触れてもいいと、それはそれは可愛い顔で言われて、夢中で抱いてしまった。
いや、こちらを煽ってきたせいもあるかもしれない。糞兄貴が、とか。
とにかく、今こうして生きて私の隣にいる。
それだけでいい。それだけで幸せだ。
月明かりの下で見るアリスとはまた違う。
陽の光に照らされた、初めて見る人間の愛らしい姿。
彼女の頬に触れて、キスをした。
それでもまだ不安はある。
人間になった事による、体の安定は?
本当にもう大丈夫なのだろうか?
人猫による資料があまりにも少ない。
あれ?そういえば、ゼフィーが調べるとか何とか言っていたような…?
「殿下ー!!」
廊下から足音がしたと思ったら、バーン!と乱暴にドアが開く。
その音で、アリスが飛び起きた。
可愛い…じゃなくて、全裸!!
「え…!?人間!?」
勢いよく中に入ってきたゼフィーが固まる。
寝起きのアリスは、体を起こしてボーっとゼフィーを見る。
私は無言でゼフィーを睨む。
「…し、失礼しましたっ!」
ゼフィーがあわてて部屋から出ていく。
アリスは、ベッドにパタンと倒れてまた寝た。
呆れる程マイペース。心配になる位無防備。
また1つ心配事が増えてしまった。
「リューイ、おはよう」
目が覚めたアリスは、そう言って笑った。
普段、無表情な彼女が笑う。可愛い。
首にぎゅっと抱きつくと、ペロッと私の唇を舐めてきた。
何回もいうが全裸で。
本人的には猫の挨拶のような感覚なのだろうか。
しかし、こちらはどうしたらいい?
昨日の今日で、無理をさせてはいけない。
いや、もはや何故私が我慢しなきゃいけない?
「…アリス、体の調子は?もう大丈夫か?」
「うん。でも股は痛い。ほらここ」
「…そ、そうか」
これからは昼間も人間になる。
そうすると、何から指導していけばいい?
母に知れると録な事がない。
黙って、アリスの教育係をつけよう。
変な事を言わないように。
すりすりもペロペロもしてはいけない。
いや、私と2人だけの時はしてもいい。
「そうだな。とりあえず服を着るように。私以外の人間の前では脱いだらいけない。男なんか問題外」
「分かった」
***
「だから機嫌がいいんだね」
訓練の休憩中、ジルベールが言った。
「何が?」
「猫ちゃんも助かって、想いは通じて、自分のモノに出来て幸せ~って。顔に出てるよ」
「…人前でいうな」
朝、人間になったばかりのアリスを残して出てくるのは気が引けたが、仕方ない。
カラに頼んで、異変があったらすぐ知らせるように伝えて訓練に来た。
幸い、今日も訓練しか入っていない。
モンスターさえ出現しなければ、すぐに帰れるだろう。
ゼフィーの調べた文献によると、人間となった人猫は、そのまま人間として寿命を全うするらしい。
良かった。
だが、人間に分化したばかりの時は、免疫も弱く病気になりやすいから、注意が必要との事。
やはり、暫くは邸の中で生活してもらう方が良さそうだ。
考え事をしていると、遠くで騒ぎ声が聞こえた。
モンスターの出現か?とも思ったが、それとも違う声。
昔、騎士団員目当ての女が沢山見学にきて、練習にならなかったことがある。
あの時の雰囲気に似ている。
あれ以来、女性立入禁止にしたはずだが。
「信じられないくらい可愛い…」
「でも何で、女が?」
「あれは、団長の婚約者じゃなかったか?」
「あぁ、祝賀会の時に見た美女」
は?
団員達がヒソヒソと喋るその言葉に、我が耳を疑う。
そして、騒ぎの中心を見て舌打ちした。
「皆さん、いつもこの国を守って頂きありがとうございます」
「…何しに来たんです?母上」
専属の護衛を連れて、母が優雅に歩いてくる。
「あら、この国の皇后が騎士団の訓練の視察に来てはいけないの?」
「あなただけでしたら問題ありません。勝手に見て勝手に帰って下さい。問題は、何故アリスを連れているのかということです」
人の邸からアリスを連れ出したのだろう。
母の後ろには、ちょこんとアリスがいる。
何で、こうも勝手な行動をとるのか。
そもそも、何故アリスが分化した事を知っているのか。
ゼフィーとジルベールを睨むと、2人は勢いよく首を横に振る。
「何回も言っていますが、勝手な行動を取らないで下さい。アリスはまだ本調子じゃないんですから、無理させないで下さい」
「でもねぇ、少しは外に出してあげないと可哀想よ。監禁しちゃって」
「監禁などしておりません。ここは訓練所です。何故こんな危ない所に連れてきたのですか?」
「あら。ここは国の騎士が集まっている場所でしょう?1番安心出来るじゃない」
「今日は新人も多いです。下手くそが魔法を失敗したり、剣を飛ばしたりするかもしれない。アリスに当たったらどうします?」
「大丈夫よ。その為にアリスちゃんにあなたの魔力のネックレスつけさせているんでしょう?」
祝賀会の時に、アリスに着けていた首輪は母によってネックレスに変えられていた。
そうか。
母の魔力も入っているから、今朝のアリスの変化に気づいたのかもしれない。
即刻、アクセサリーを変えよう。
「それに、たまには騎士団の人達だって、こんな美女を見ながら練習した方が張り合いあるわよねぇ」
その通りです、と団員達が口々に言う。ジルベールまで。
それが1番嫌だというのに。
何でアリスをわざわざ男共に見せないといけない?
猫の姿のアリスだって見せたくないのに、人間なら尚更だ。
母は暇なんだろう。
あの人に時間と金を与えてはいけない。
とにかく録な事をしない。
ゼフィーとジルベールを見る。
「ゼフィー、ジルベール。お前達、婚約者や恋人はいるか?」
「いませんが」
2人が声を揃える。
「なら丁度いい。母上、私の事は放っておいて下さって結構ですので、2人の婚約者選びでもして下さい」
「はあぁぁっ!?あんた酷い人だな」
「そうですよ!厄災をこちらに押し付けないで下さい!」
ギャーギャーと喚く2人を無視して、アリスに近寄る。
「リューイ。来たら駄目だった?」
アリスが大きな瞳で、じっと私を見る。可愛いすぎる。
「…いや、そんな事はない。体は大丈夫か?もう少ししたら終わるから、一緒に帰ろう。待っていてくれるか?」
「うん」
「では危ないから、もう少し後ろの方にいてくれ」
「分かった」
アリスがニッコリと笑う。
くそ。希少価値の笑顔を何故他の奴にも見せなければいけないのか。
「…という訳ですので、母上は帰って頂いて結構です」
「はいはい、分かりました。あぁそうそう。あなた明日休みよね?宰相が私のとこに来るんですって。あなたも同席してね」
「嫌です。私には用はありません。アリスと一緒に居られる貴重な休みをとられるのは嫌です」
どうせ、録でもない話だ。
宰相と皇妃は派閥の違う貴族で仲が悪い。
宰相は、私を自分の派閥へと率いれたいのだろう。
皇妃と仲が悪い、皇后の息子の私を。
それが嫌で、皇族の継承権を手離したというのに。
「大丈夫よ。アリスちゃんも一緒よ。ねっ?」
「はい」
アリスの返事に、びっくりして固まる。
「母上。アリスを巻き込むつもりですか?そんな事をしなければならないなんて、存外あなたの権力とやらも無いに等しいですね」
「あらあ、言ってくれるじゃない」
「とにかく、行きません」
「リューイ、これはお仕事なの。行こうよ」
アリスが言いながら、私の腕を掴む。
可愛い…じゃなくて。
「お仕事?」
「そう。でも秘密」
「秘密?」
目をキラキラさせる。
相変わらず、母の掌で転がされているなとは思いつつ。
アリスのその可愛らしさに、負けた。