14 大好きだよ
それから、人間になることを目指して勉強を頑張った。
夜の間だけだから、あまり出来ないけれど少しずつ。
リューイに教えて貰うこともあった。
あの子が人にモノを教えるなんてねぇ、と皇后様は驚いていた。
でも、その顔は嬉しそうだった。
リューイは、たまに、頑張ったなと言って頭を撫でて誉めてくれる。
私はそれが嬉しかった。
それから漸くして、リューイはまた忙しくなった。
モンスターの出現と部下の指導だという。
部屋に閉じ込めて、1人にしてすまない、とリューイは何回も言った。
今までは何とも思わなかったのに、リューイがいないと淋しいな、いると嬉しいなと思うようになった。
自分の変化にもビックリした。
体に異変を感じたのは、祝賀会の次の日からだったと思う。
何がどう、とは言えないけれど身体が重い。
でもそれは、昼間だけで猫の時は大体寝て過ごしていたから気づかなかった。
その日は、朝からすごく体が重かった。
怠くて怠くて起き上がれない。
朝、カラがご飯を持ってきてくれたけれど、食べる事もできなかった。
ベッドの上でぐったりしている私を見て、リューイが慌てる。
「アリス!?どうした!何があった!?」
一生懸命リューイが聞くが、猫の今は返事が出来ない。
「夜は元気だったのに…いったい何故!?」
リューイは、廊下に向かって大声を出す。
「ゼフィー!ゼフィーはいるか!」
「はい」
「獣医を呼べ!」
「獣医?何か…?」
「アリスの様子がおかしい!ぐったりしている!早く獣医を!」
リューイが叫びながら指示をした。
急に家の中が慌ただしくなる。
その様子に不安になり、リューイに向かって鳴く。
リューイ、抱っこして。
そう言ってみるが、猫の言葉は伝わらなかった。
「分かりません…」
部屋に呼ばれて、私をくまなく調べた人間がそう呟いた。
「分からない!?」
「申し訳ございません、殿下。怪我でも病気でもありません。強いて言えば、寿命に近い症状なのですが、でもこの猫は子猫ですし」
「…寿命…」
今度はリューイが呟いた。
「獣医。猫の寿命は何年だ?」
「15年~19年でございます」
「19年…」
リューイが私を見つめる。
「…分かった、ご苦労だった。下がってよい」
「はい。では失礼致します」
人間は、お辞儀をすると部屋から出ていった。
部屋にはリューイとゼフィーが残る。
リューイは崩れ落ち、ベットに顔を埋めた。
「アリスは私と年が近い。ならアリスも20歳位だろう。昔ドラゴンもそう言っていた。だとすれば、猫の寿命…寿命は19年…」
「殿下」
「アリスは外見は人間に合わせている。だから猫の姿も子猫に近い。では、では寿命はどちらに…」
「殿下っ!しっかりなさって下さい!」
ゼフィーが大声を上げる。
「…幸い、今日は騎士団の訓練のみです。ジルベールが指揮をとります。私は人猫について調べます。殿下はアリス様についていてあげてください。よろしいですね!?」
「……」
「殿下!」
「……」
「リューイ殿下!」
「分かっている…」
リューイが力なく答えると、ゼフィーは部屋から出ていく。
リューイは暫く私を見つめた後、頭を撫でた。
「アリス…」
呟いたリューイの目から涙が溢れる。
「外に出たいって言っていたのに、人の言葉を喋れるのに、私が無視して、閉じ込めて…何の為に…喋れたのに」
泣かないで。
でも、その言葉は伝わらない。
私が人間だったら伝えられたのに。
リューイに看取られた動物は、皆そう思ったのかな。
人間になりたい。
リューイに伝えたいの。
泣かないで。抱っこして。
大好きだよって。
物語の中の、人間に恋をした1匹の猫は、神様にお願いして夜の間だけ人間にしてもらった。
その猫は人間に伝えられたかな。
伝えられていたらいいな。
大好き、って。
「リューイ」
太陽が沈んだ。
私のそばで、泣きながら寝てしまったリューイの頭をそっと撫でる。
「アリス!?」
私の声に、リューイが飛び起きた。
「良かった…っ、痛い所はないか?苦しい所は?」
言いながら、リューイの目にはまた涙が溜まる。
「大丈夫だよ。人間になったら苦しいの、なくなった」
「良かった…」
「でも、朝になって猫になったら、どうなるか分からない」
一瞬で、リューイの顔が固まる。
その目を見ながら、一生懸命伝えた。
「リューイの声は、ずっと聞こえていたよ」
「…そうか」
「でも、私からは伝えられなかった。猫だったから。ずっと、泣かないでって言ってたの」
「…そんな」
「でも人間になれて良かった。間に合った。これで伝えられる」
「アリス。お願いだから、そんな最後みたいな事をいわないでくれ」
私は、涙で濡れたリューイの頬をそっと両手で挟んだ。
「リューイ、大好きだよ」
そう言ってキスをする。
それは、リューイにしかしてはいけない、人間の挨拶。
「…私は、私が怖がっていたせいで、取り返しのつかない事を…嫌われたくない、拒否されたくないと、伝える手段があるのに、そばにいてさえくれれば、時間があると、勝手にっ、私は、」
「リューイ、泣かないで」
「アリス、好きだ、大好きなんだ。10年前からずっと。もっと、早く言えば良かった。言葉があるのに…」
そう言って、リューイが私をぎゅっと抱きしめた。