13 心緒
周りの人間が私達を見る。
不安、緊張、恐れ。
リューイに添える手から、それが伝わったのかもしれない。
「何で来たんだ」
未だに怒った声で、リューイが耳元で囁く。
「リューイのお祝いしようと思って」
「お祝い?」
「モンスターから皆を助けてくれて、ありがとうって。今日はお祝いする日なんでしょ?」
「…気持ちは嬉しいが、お前に何かあったら困る」
「大丈夫。レオンが助けてくれるって言ってた」
「は!?何であいつが」
リューイが私の腰を抱き、自分の方へと引き寄せた。
「アリスが、他の男を見ているだなんて嫌だ」
リューイが小さな声で言った。
それって。
「私と同じ」
「…え?」
「リューイが、人間の女に求愛されてて、どうしようかと思ったよ」
「求愛などされてはいない。それよりも、アリスのそれはどういう感情…?」
「よく分からない」
ダンスのフロアに着いた。
リューイは何も言わず、私の手を取る。
周りの人間達が、ざわめきながら私達を見る。
「リューイ。私、まだあんまりダンス出来ないの」
「大丈夫だ」
リューイが笑った。
大丈夫な気がしてくる。
音楽がなり、リューイが私を支えながら踊る。
猫の時はしょっちゅう触られるし、人間の時だってたまにある。
でも、こうやって改めて触れられると変な感じ。
何だろう?
「あ。これがドキドキするっていうやつかな」
「何を…」
リューイが私をじっと見た。
「…アリス、もうじき曲が終わる。人が集まってしまう前にここから出よう。私から離れるな」
「分かった」
曲が終わる。
それと同時に2人手を繋いで、そっと人混みから抜け出した。
「ちゃんと踊れていたぞ」
あの場所から上手く抜け出せたみたい。
歩いていても、誰ともすれ違わない。
人間は皆、祝賀会にいるからかもしれない。
「リューイが討伐にいってる時に練習したよ」
「そうか、偉かったな」
リューイが頭を撫でる。
「頭なでるの猫の時みたいだね」
「すまない、嫌だったか?」
「どっちの私も私だよ」
「そうか、そうなんだが…」
皇后様も、厭になったら帰っていいって言ってたから帰ってもいいのかな。
「アリス」
リューイの家に向かって歩いている途中、躊躇いがちにリューイが口を開いた。
「何?」
「その、人間になってもいいとは…本当に…?」
「本当だよ。リューイは、私が猫の方がいい?」
「違う!いや、猫の姿の時もとても可愛いんだ。でも、人間の時のアリスとは感情が違う。…上手く言えない」
「リューイも上手く言えないの?私と同じ?」
「いや…その」
リューイは人間だけど、自分の感情を整理できないのかな。
私と一緒なんだ。ちょっと安心した。
リューイの手をぎゅっと握り返す。
「リューイが居なくて、不安だったよ」
「…そうか」
「さっきも、私に気づかなかったらどうしようかと思ったんだ。いつもと匂いも違うでしょ?」
「いや、匂いの違いは分からないが、アリスは一目で分かった」
「それに、求愛されて交尾しに行っちゃったら嫌だなって思ったよ」
あ、これが嫉妬というやつなんだ。
リューイのそばにいると色んな感情が現れるよ。
「交尾…!?いや、だから求愛などされてないし、絶対にいかない」
「分かった」
リューイの表情はとても複雑で、私には分からない。
でも、ぎゅっと繋いだ手が暖かい事は分かった。
***
「…猫ちゃんが猫ちゃんのままだ」
昼過ぎ、部屋に入ってきたジルベールが私を見て言った。
「…勝手に入ってくるな。そして何を言ってる、お前は」
「えぇ~だって、あれはそういう雰囲気だったじゃない。ダンスの後、いつの間にか2人でいなくなっちゃって」
「帰っただけだ。何故お前が知っている?」
「え。だってめちゃくちゃ目立ってたよ。今をときめく第2皇子と皇后の姪とのファーストダンス。婚約したって噂になってる」
「はああぁぁっ!?」
リューイが急に大声を出すから、ビックリして飛び上がる。
「すごくいい雰囲気だったから、これはもう…と思って、わざわざ昼過ぎまで声かけなかったのに。…ヘタレ?不能?」
「うるさい。くだらない事をいうな。アリスの気持ちが1番大切なんだ」
「だって、誰が何してくるか分からないんだから。お花畑してる時間なんかないよ」
「とにかくお前は帰れ」
リューイが、ジルベールを部屋から追い出そうとする。
「あ、そうそう。皇后陛下が用があるんだって。呼びに来たんだよ」
「私にはない。そう伝えとけ」
「えぇ~無理だよ。怒られたくないよ」
「…全く。我が子ながら何て勝手な子かしら」
リューイとジルベールが押し合っている所に、皇后様が来た。
「毎回勝手な行動をとるのは、あなたでは?」
「アリスちゃん、昨日はお疲れ様ねぇ。ダンス上手だったわ。練習の成果が出たわね」
「用件はなんですか?」
「サラ達が帰るのよ。お見送りしましょう」
皇后様の笑顔に、リューイは溜め息をついた。
リューイが私を抱えて歩く。
その先には、レオナルド、レオン、サラ、ゼフィーがいた。
「マレフィーユ公爵、祝賀会にご列席頂きありがとうございました」
リューイがレオナルドに頭を下げる。
「いえ、ご立派になられて…これが噂の殿下の猫ですか」
レオナルドは、私とリューイを交互に見て微笑む。
「では、皇后陛下、リューイ殿下。うちの娘をよろしくお願い致します」
「娘?」
「ええ。アリスちゃんはリューイの婚約者として責任をもってお預かりしますわ」
「…は?」
「マレフィーユ公爵の娘のアリスよ。昨日一緒にダンスを踊ったでしょ?あなたの婚約者として、ウチでお預かりするのよ」
リューイは意味が分からないと言った顔で、皇后様を見る。
「頭の悪い子ねぇ。アリスちゃんをサラの子供にして、あなたの正妃とするのよ。その為にわざわざこの国まで来て、昨日はアリスちゃんと一緒に皇帝陛下に挨拶してもらったんじゃないの。お陰で貴族も宰相も信じてるわ。外国の家族構成だなんて知らないものね」
皇后様は声を落として話す。
「…何の為に」
「はい?だって、愛妾も自然に帰してあげるのも嫌なんでしょ?何を言ってるの?」
「だって、あなたが先にそう言ったではありませんか」
「それはそうよ。アリスちゃんが猫になりたいって言うならそうするべきでしょう。あなたの自己満足で束縛するはやめなさい」
リューイは何も言わない。
「でも、人間になるなら話は別よ。良かったわね?」
「何故知ってるんです?」
「私の情報を甘くみないでね」
「お前達か」
リューイは、ゼフィーとジルベールを睨む。
「但し、あまり猶予はないわ。昨日も大変だったのよね?レオン?」
「そうですね。色んな男に声を掛けられそうで大変でしたよ。皇太子殿下にもね」
「はぁっ?アリスはそんな事一言も言ってなかったぞ」
今度は私を睨む。
えっ、なんで?
「本人は気づいていませんでしたからね、責めないであげてください。昨日は、それが僕の兄としての役目だと、心得でおりましたし」
「流石よねぇ。それに比べてうちのポンコツ男3人ときたら…ゼフィーには事前にヒントだしておいたじゃない。アリスちゃんをリューイの妃として、夜会に立たせたいって」
急に話を振られたゼフィーは慌てる。
「仰っていましたが、皇后陛下は、どこまでが本気でどこまでがご冗談か分かりません」
「そのお陰で駆け落ち騒動でしょ。恥ずかしいったらないわ」
「あらやだ。お姉様、駆け落ちって?」
サラが目を輝かせる。
「はぁ、くだらない。マレフィーユ公爵、私は用があるので失礼します。安全なご帰国となりますよう、お祈り致します」
「ありがとうございます、リューイ殿下」
そう言うと、私を抱えたまま部屋に戻ろうとした。
「あら。ここまでしてくれた皆様にお礼も無しかしら?」
「……ありがとうございました」
リューイは小さな声で呟いた。
そして皇后様を睨む。
「…でも、あなたは楽しんでいただけでしょう?私が掌で転がっているのを」
「失礼ねぇ。掌なんて何もないわよ。猫には肉球があるけれどね~アリスちゃん」
そう言って、皇后様は扇子で顔を隠した。
だから、どんな表情しているのかは分からなかった。