12 猫の夜会
今日は祝賀会があるらしい。
モンスター討伐の祝賀と慰労を兼ねたもの。
主役であるリューイや仲間達も、勿論参加する。
祝賀会は沢山の人間が集まるようで、私は朝から1人、部屋でお留守番していた。
すぐに戻る、とリューイは何回も言って出掛けていった。
「失礼致します」
太陽が沈んだ頃、急にドアがノックされて、カラが入ってきた。
「さぁ、支度を致しましょう」
「支度?何の?」
カラはニッコリと笑うと、私の質問には答えず、洋服、髪の毛、と私を変えていく。
夜なのに着替えるの?
終わった頃に、今度は皇后様が入ってきた。
「まぁ、素晴らしい!素晴らしいわっ」
私を見て、何回も言う。
目もギラギラしていて怖い。
癖でつい逃げ道を探してしまう。
「皇后様、これは如何致しましょう?」
カラが私の首輪を見て言った。
「全く独占欲の塊ね。恥ずかしい子。取れそうもないし、仕方ないわね」
そう言うと、皇后様は首輪に触れた。
次の瞬間、首輪がネックレスへと変化する。
「あの、皇后様?」
「今から、祝賀会へ行くのよ」
「えっ!祝賀会!?」
皇后様の言葉に、思わず大きな声が出てしまう。
「でも、人間が多いところは好きじゃない、です。マナーも良く分からないし」
「大丈夫よ~助っ人が来るから」
「助っ人?」
「えぇ。大国に住んでいる私の妹一家。彼女達と一緒にいれば大丈夫よ」
そう言われても不安しかない。
「アリスちゃんにも、いい経験になるわ。厭になったら帰ればいいのよ」
「…本当?」
「本当よ。リューイを祝ってあげて欲しいのよ。何でもないって顔しているけれど、討伐は大変だったみたいなの」
そうか、そうだよね。
リューイ達のお陰で、山の動物達他、助かった命もいっぱいあるのだから。
「分かりました」
「うふふ、良かったわ」
皇后様と応接室にいると、皇后様によく似た顔の人が入ってきた。
この人が言っていた妹?
「お姉様、お久しぶりです」
「サラ、来てくれてありがとう」
2人はハグをする。
「勿論ですわ。…それでこの子が人猫の?」
「そうよ、アリスちゃん」
「人猫って初めてみたけれど、本当に噂通りなのね。美しいわ、お姉様が羨ましい」
「そうでしょ、ウチの子だもの」
「まぁ。今日だけはウチの子ですよ」
「あら、そうだったわね」
ボスと妹は楽しそうだ。
「皇后様。私は何をすればいいの?」
「何にも。アリスちゃんはただ黙って立っていればいいわ。…でも、そうね。縄張りに入ってきたメスは一喝しないとね。ボスはだれかを分からせないと駄目よ。人間だろうと猫だろうと同じよ。人のモノに手を出すメスには喧嘩を売らなきゃ」
皇后様の言葉に、サラが呆れた顔をする。
「それはお姉様でしょ?相変わらずですね。それで側妃も殆んど追い払って、前皇后様も退けた、と」
「うふ。でも猫の世界だって縄張り争いぐらいあるのでしょう?」
「極力、縄張りは入らない様にするのが、ルールです」
「あら。猫ちゃんの方がお行儀がいいのね」
「ご無沙汰しております。皇后陛下」
また誰か入ってきた。
年配の人間の男と、リューイと同じ年位の人間の男。
「忙しい中ありがとう。レオナルド、レオン」
「いえ。リューイ殿下のお祝いですからね。それに」
レオナルドと呼ばれた年配の男がちらりと私を見て微笑む。
「1度人猫を見てみたかったですし。妻からも楽しい遊びがあると聞きましてね」
「あら良かったわ。レオンも宜しくね。アリスちゃん、皇太子から狙われてるの。それに宰相もうるさいのよ~」
「お任せ下さい」
レオンも微笑んだ。
「流石ねぇ、ウチのポンコツ3人組とは大違い」
皇后様とサラも笑った。
私だけが、状況が全く分からない。
「じゃあね、アリスちゃん。私は皇帝陛下のそばにいるから、サラに引っ付いていればいいからね」
そう言って、皇后様は何処かに行ってしまった。
初対面の人間は苦手。取り残されて緊張する。
「大丈夫よ、アリスちゃん。レオンがエスコートするからね」
「…はい…」
やっぱり、部屋に残ってたら良かったかな。
リューイがいないと不安しかない。
レオンと一緒に会場まで歩く。
祝賀会は沢山の人がいた。
沢山の人間。怖い。
リューイに人間になるって言ったけど、やっぱり怖いな。
しかも、とても見られている気がする。
扇子で口元を隠すけど、不安。
「アリス、大丈夫だよ」
レオンが言うけど、大丈夫じゃない。
リューイ、いないかな。
リューイの傍がいいな。
周りを見渡すけれど、見当たらない。
「皇帝陛下、皇后陛下にご挨拶に行くよ」
レオナルドが言った。
恐る恐る付いていく。
皆が私達を見る。
サラは皇后様の妹だから、目立つのかもしれない。
「皇帝陛下、皇后陛下。本日はこのような素晴らしい祝賀会にお招き頂き光栄です」
レオナルドが膝をおる。
私も慌ててサラ達の真似をした。
皇帝陛下。リューイのお父さん。あんまり似てないな。
「いや、よくぞ来てくださった。ゆっくりしていってくれ」
「皇帝陛下。久しぶりにサラと会ったのですから、私、少し話をしても宜しいかしら?」
「あぁ、勿論」
「では失礼します」
さっき会ったのに。
人間の挨拶かな?
皇后様がこちらまで歩いてきた。
「サラ、どうだった?」
「目立ってましたわ~今もこの視線。気分いいですわ。皇妃様なんてこっちを睨んでません?」
2人が小さな声で話す。
「それで、肝心のリューイ殿下はどこでしょう?」
「ほら、あそこよ」
皇后様が指した扇子の先は、リューイが人間の女に囲まれていた。
「あらまあ」
「宰相の差し金かしら?リューイが自分で選んだとなれば、文句も言えないものね」
人間はオスがメスを選ぶの?
メス達は、くねくねしてるし声も大きいし、発情してるのかもしれない。
リューイが誘惑されちゃう。
誰かの所に行っちゃう。
「アリスちゃんに気づかないようじゃ、失格ね」
「まぁ。その場合はレオンに貰っていいでしょう?」
「駄目よ、猫の子でもあるまいし」
皇后様、リューイは気づかないよ。
私、いつもと髪の毛も服も違うし、きっと匂いだって違う。
リューイをじっと見ていると、目が合った。
私だよ、アリスだよ。気づいて。
リューイがこっちに向かって歩いてきた。
気づいてくれたんだ。
「ここで何をしている」
私の前に立つと、リューイは低い声で言った。
今まで見たことない怖い目。怒ってる。どうして?
どうして怒っているのか分からなくて、逃げようとするとリューイが私の手を掴んだ。
「こんな人の多い所に何しに来た」
「リューイ殿下。私の娘が何かご無礼を致しましたか?」
サラがリューイに向かって微笑んだ。
「娘…?」
「ダンスの申し込みかしら?」
皇后様の言葉に、リューイは分からないといった顔をする。
「何を言っているんですか、私はアリスを連れて帰ります」
「まぁ。マナー違反な子ねぇ。周りを見なさいな、注目の的よ。今からダンスが始まるわ。ファーストダンスよ、意味は分かるわよね?アリスちゃんと1曲踊ってから帰りなさい」
見ると、皆がこっちを見ていた。
さっきの人間の女達も見ている。
手を離したら、誰かの所にいってしまうかもしれない。
ここは私の縄張りだ。
リューイの手をぎゅっと握り返す。
「アリス?」
「ダンスOKってことでしょ。ちゃんとエスコートするのよ、リューイ」
皇后様が扇子で顔を隠しながら言った。
「…何考えているか分かりませんが、アリスは渡しませんから」
そうして、皇后様達に見守られながら、リューイと手を繋ぎ、人間達の輪の中へと入っていった。