皇子様、猫を愛でる
リューイ視点です。
幼い頃から動物が好きだった。
特に猫。
大きな瞳と小さな手、可愛らしいフォルムが愛おしくて堪らなかった。
そして、怪我した動物を拾ってきては看病する。
母にはしょっちゅう叱られた。
「全生命を助けることなど出来ないのよ。自然の摂理なの。元の場所に帰してきなさい」と。
納得がいかなかった。
助けられる命を何故助けない?
あまりにもうるさいので、こっそり飼うようにした。
幼馴染みでもある、侍者のゼフィーとジルベールも巻き込んで、3人まとめて叱られることもしばしばあった。
見かねた父が、
「土地を与えるから、そこで動物を飼ったらどうか」
と提案してきた。
父は私と母に甘い。影口を叩かれることもあった。
「ただ与えるだけでは駄目ですわ。その見返りとして、きちんと勉強、剣術、魔法を習うこと。労働と報酬です」
母はキッパリと言った。
くそばばあ。でも本当の事だし仕方ない。
その日から一生懸命労働をする。
与えられた土地は、保護区と名付けて動物を保護した。
「お前、しょっちゅう動物拾ってくるんだってな?」
8歳年上の兄が声を掛けてきた。
この兄が父の跡を継ぐ事が決まっている。
私は帝位など興味ないが、私が産まれた時に揉めたらしい。
兄の母と私の母はとても仲が悪い。
それも影響しているのだろう。
つくづく人間の女は恐ろしいものだ。嫌になる。
無視している私に、兄が続けた。
「人猫のメスを捕まえたら、私にくれ」
「人猫?」
「昼は猫、夜は人間になる生き物だよ。最後に発見されたのが今から50年前らしい。伝説級の生き物だ」
「何故、欲しいんですか?」
「とても美しいと聞く。私の女にする」
10歳の子供に話す話ではないだろう。
私は無視した。
暫くして、母が病気にかかった。
表向きは。
実際には毒を盛られたのだ。
父が国内外の名医を集める。駄目だった。
どんな薬を飲んでも良くならない。魔法も効かない。
「自然の摂理よ」
弱っていく母は言うが、納得出来ない。
毒なんて摂理じゃない。
目の前の助けられるかもしれない命を、何故助けない?
最後まで諦めたくない。
調べていくと、ドラゴンの涙が効くという。
ドラゴンなら、ロジィの森にいるといわれている。
夜中にこっそり抜け出して、1人、森へ向かった。
森はモンスター1匹もいなかった。
動物はいるが、大人しい。
森の中を歩いて歩いて、そして、本当にドラゴンに出会ってしまった。
その大きさと威圧感に、足がすくむ。
「小僧、何をしに来た」
人語が喋れる事に驚く。
高位生命体だからかもしれない。
「な、涙を取りに来た」
「涙?何故?」
「母が、毒を盛られて、涙で治せると聞いた」
「…ふむ。小僧、名は?」
「リューイ」
「…あぁ、聞いた事があるな。動物の中では有名だ」
ドラゴンが私をじっと見る。
動物の中では有名?
「くれてやっても良いが、約束をして欲しい」
「約束?」
「…ついてくるがよい」
涙をくれる!
喜びはしたが、代わりの約束とは何だろう。
私の命、とか?
「今、1つの生命を育てている」
ついていくと、洞窟の入り口でピタリと止まった。
「歳はお前と同じ位だろう」
中を覗くと、1人の少女が眠っていた。
息を飲む。
可愛らしい。なんて可愛いのだろう。
この世に、こんなに可愛らしいものがいるとは思わなかった。
顔立ちが整っているのは勿論、美しい肌、髪。
それから愛くるしいフォルム。
「これは…」
「人猫だ」
「人猫!?」
驚く。伝説の生き物だと聞いた。
確かに可愛らしい。兄が喜びそうだ。
「…私はもう長くない。もって、あと10年だろう」
「えっ」
ドラゴンが死ぬ。
核を欲しがる人は沢山いるだろう。
私に言って良いのだろうか。
「人猫を…アリスを守ってあげて欲しい。人間によって酷い目に合わされる事がないように。約束してくれるなら、涙をあげよう」
私はドラゴンと約束した。
涙だけが理由ではない。
アリスを守りたかったからだ。
持ち帰ったドラゴンの涙で母は回復する。
黙って居なくなった事には、死ぬほど叱られたが。
アリスのことは、兄には勿論、誰にも言わなかった。
10年後、実力でドラゴンを倒しアリスと核を手に入れるために。今迄以上に、剣術と魔法に力を入れた。
そして、気づいたら、目指していた騎士団団長の地位を手に入れていた。
あれから10年後。
ロジィの森に密猟者あり、との連絡が入る。
あそこはアリスやドラゴン、動物を守る為に禁猟区にしたはずだった。
苛立ちを抑えながら、密猟者を追う。
そして、また、息を飲んだ。
そこにはあの時よりも、更に美しくなったアリスがいたから。
数分後。それは朝日が昇った瞬間だった。
美しい、本当に、美しい瞬間を見た。
美しい少女が、愛らしい猫へと変化する瞬間を。
驚きを隠せないまま、アリスを捕まえて決意する。
アリスを守る、絶対に誰にも触らせない。
部屋に結界を施し、首輪をさせる。
アリスはとにかく人間嫌いだった。
それはそうだろう。
人間によって動物を殺され、私は彼女の親代わりを殺した。
最初はご飯も食べなかったが、次第に食べてくれるようになった。嬉しかった。
猫の時は本当に愛らしい。
小さい生き物。
つめを研ぐ姿も、玩具で遊んでいる姿も、ずっと見ていられる。何時間見ていても飽きない。
可愛い、可愛い。
ぎゅっと抱きしめる。しつこくして怒られることもあった。
そして夜になると、人へと変化する。
猫の要素が強いアリスは、最初、服を着てくれず目のやり場に困った。
美しい瞳、美しい身体。
その滑らかな肌に触れて、口付けして、抱きしめて、声を聞いて、自分だけのモノに出来たらどんなに幸せだろうか。
触れたい、触れたい、抱きたい。
でもそんな事をしたら、アリスはすぐに私の元からいなくなってしまうだろう。
どうしようもない、気が狂いそうだ。
人には話せない、この狂気を保護区の動物達に話したりした。
「リューイ殿下。部屋の結界解いてあげたら?猫ちゃん可哀想じゃない?部屋に閉じ込めて」
「外は危ない。カラスに虐められるかもしれない」
「カラス?」
「先日、カラスが子猫をつついているのを見た」
「…あ、そう…」
暫くして、モンスター討伐の遠征要請が出た。
アリスと離れるのはツラい。
連れていこうか。いや、駄目だ。危ない。
糞兄貴が来るかもしれない。
これを機に去ってしまうかもしれない。
不安で不安で仕方ない。
仕方なしに母に預ける。
まさかアリスを虐めたりはしないだろう。
待っていて欲しい。居なくならないで欲しい。すぐに帰るから。
遠征中にとんでもない噂を耳にする。
第2皇子の、つまりは私の婚約者を他国より選ぶと。
あんなに母にお願いしたのに。
母は、また思っているのだろう。
動物と一線引けと。自然に帰してやれと。それが自然の摂理なのだから、と。
あぁ。アリス、私のそばにいて欲しい。
でも無理だ。彼女は人間が嫌い。最愛のドラゴンの遺言を守っているだけ。
だけど、どうか、お願いだから。
居なくならないで。お願い。
「リューイのそばにいる」
聞き間違いではなかろうか。
思わず不安を口にしてしまい、子供のように泣いている私に、アリスはそう言って優しく笑った。