11 そばにいて
リューイは、疲れていたのか、話して安心したのか、そのまま眠ってしまった。
私はその周りで、外敵が来ないか見張ったり、リューイの傍でウトウトしたりしていた。
メルや仲間達も、代わる代わる様子を見に来たりする。
例え言葉が通じなくても、リューイは皆に愛されているのだろう。
太陽が高く昇った頃、動物達がザワザワし始めた。
複数の足音が聞こえる。
見ると、皇太子と何人かの人間だった。
何でこんな所にいるの?
目が合い、慌てて逃げようとする。
この人、魔法使うから動きを止められちゃう!
メル達が私と皇太子の間に入ってくれたおかげか、動きを止められなかったので、一生懸命リューイの元へと走った。
リューイ、起きて!人間が来たの!ピンチなの!
私の言葉は伝わらない。
人間だったら、伝わったかな。
もし、私が人間だったなら。
たどり着くと、起きないリューイの服の中へと、滑り込んだ。
体が小さくて良かった。
「いっ……っ!」
潜り込んだ際に、あまりにも慌てていたので、素肌を爪で引っ掻いてしまったみたい。
痛みでリューイが叫びながら飛び起きる。
「な、に!?」
リューイ、ごめんね。
引っ掻いてしまった場所を、慌てて舐める。
「あ、待っ…!今度は何が…!」
「随分と懐かれているようだな」
皇太子が近寄ってきた。
爪を立てないように気をつけながら、必死でリューイにしがみつく。
「…何しているんです?こんな所で」
「お前の捜索に来たんだよ。第2皇子が、供も付けずに行方不明だと聞いてな」
「私の捜索、ですか」
リューイの服の中にいるから、皇太子の表情は分からない。
でも、楽しそうに低く笑った。
「弟の心配をして何が悪い」
「…普段好き勝手に出歩いている人に言われたくありませんがね。ご心配なく。祝賀会には出ますし、それまでは皇帝陛下から休暇を頂いていますから」
リューイは立ち上がり、歩き出す。
「大国の姫との婚約が進んでいると聞いたが」
リューイの足がピタリと止まる。
「私には関係ありません」
「猫付きなど、姫君に失礼にあたるだろう。私が猫を貰おうか」
「関係ありません。失礼します」
服の中の私を抱えながら、リューイはまた歩き出した。
メル達に別れを告げて、私達は家に帰った。
「リューイ殿下!今までどちらへ!?」
家に帰ると、ゼフィーが駆け寄ってきた。
リューイの服から顔を出す。
ゼフィーの青ざめた顔が見えた。
心配したに違いない。
「保護区へ行ってきた」
「護衛も付けずにですか!」
「必要ない。この国で1番強いのは私だ」
「駆け落ちしたんじゃないかって、騒ぎになっていたんだよ。ゼフィーなんて慌てちゃって」
ジルベールもやって来た。
「…は。それもいいかもしれんな」
リューイは私を服の中から引っ張りだし、ギュッと胸に抱いた。
「…次に出るときは教えて下さい」
「止めても無駄だぞ」
「止めません。付いていきます」
ゼフィーがもう1度言った。
「何処までもお供致します」
「僕も」
リューイは返事をせず、部屋に入った。
「母上が何を考えているか、全く分からない」
どのくらいたったのだろう。
暫くして、リューイがぽつりと呟いた。
「…昔、マイアよりももっと前に、猫を保護したんだ。老猫で、脚も悪く餌も自分で取れない状態だった。私は、自分が世話してあげなければ、守ってあげなければ死んでしまうと思った。部屋で囲って、世話をしている私に、母は言ったんだ。もう、最後なんだから解放して自由にさせてあげなさい、と」
もうじき日が暮れる。
でも、私はまだ猫だ。
何も返事をする事は出来ない。
「アリスに対してもそう思うのだろう。自由にしてやれと。だが怖い。兄が接触したら?馬に蹴られたら?そう思うと怖くて仕方がない。ドラゴンとの約束だけではない。私が守りたいんだ。アリスを手離したくないんだ」
リューイが私を見た。
「…ドラゴンの涙を取りにいった時、眠っているお前を見た。小さくて可愛くて、この世にこんなに可愛らしい生き物がいるだなんて驚いた。寄り添うドラゴンに嫉妬すらしたよ」
リューイが私に触れた。
「我慢出来ないんだ。人間であれ、猫であれ、私以外の者がお前に触れるだなんて。こんな醜い嫉妬を…ましてやドラゴンを倒した私がもっているだなんて知ったら、アリスは私を嫌うだろう?それは嫌だ。だからどうしていいか分からなかった。今でも」
リューイは、とても人間なんだろう。
猫にだって感情はあるけれど、人間には劣る。
嫉妬、恐れ、不安、悲しみ、怒り。
それと同じくらい、優しさ、愛しさがある。
それはもう、抱えきれないくらいの膨大な量。
「…人間のアリスに触れなかったのは、触れたら、自分を押さえられないから。きっと無理矢理人間にしてしまう。そうしたら、私の元を去って、もう2度と…」
リューイの目から涙が溢れた。
「リューイ」
とっさにリューイの頬に触れて涙を拭う。
自分で驚いた。
自分が人間になった瞬間すら気づかなかったから。
「少しずつ分かってきたんだ。人間に対して色んな感情があるって事を。好きな気持ちも嫌いな気持ちも、淋しい気持ちも温かい気持ちも。私の中にいっぱい出来たよ。でも、まだ足りないんだと思う」
それを知ったら、きっともう猫にはなれない。
それは、少し怖い。
怖いのは猫になれない事じゃない。
私が、ちゃんと感情を知れるのかという事だ。
「リューイの傍にいる。色んな感情を知りたいから。知るまで待っていてくれる?」
「……え……」
リューイの目が大きく開いている。
驚きの表情。
「知ったら、人間になりたいと思う」
「……え」
「だって、こんな複雑な感情を知ったら、猫になれないよ。人間になるときはリューイに言うね」
ついに、リューイは何も言わなくなった。
ただただ、私を見る。
「ジルベールに言われたの。人間になるときはリューイに言ってって。あ、でもリューイは結婚するんだっけ?猫は邪魔だって」
「そんなものは気にしなくていい」
私の言葉を遮り、口を開いた。
「いざとなれば、騎士団だってやめればいい。騎士団じゃなくても、アリスも動物達も守って、モンスターを倒せる。選択肢は1つではない」
今は傍にいてくれるという気持ちだけでいい、そう言って私を抱きしめた。