1 捕獲される
大昔、とある猫がいた。
普通の平凡な猫だったけれど、1人の人間に恋してしまった。
猫は、神様にお願いして、毎日毎日お願いして、そして弱りきってしまった。
それを不憫に思った神様は、猫を人間に変えてくれた。但し夜の間だけ。
それは人間の作ったお伽噺だけれど、その猫は「人猫」と呼ばれ確かに存在する。
何故なら私がその人猫族の末裔だから。
昔はもう少しいた人猫族は、人間による乱獲で数が減ってしまったと聞いている。
夜の姿の人猫は、人間にとってとても美しい姿をしているらしいから。
私は、この森で産まれ、ドラゴンと他の森の動物達と一緒に暮らしている。
父も母もいない。母は私を産んで直ぐに死んでしまったらしい。ドラゴンのシャラが言っていた。
私以外の人猫も今まで見たことがない。もういないのかもしれない。
もしも、お伽噺が真実だとしたら、ご先祖様って何て馬鹿なんだろう。
人間は野蛮で残酷な生き物だ。
森の動物達をどんどん殺し、シャラの命も狙っている。
私だって、見つかったら殺されるのだろう。
「シャラ、具合悪いの?」
時折、苦しそうに息をしている。
シャラは高齢だ。ドラゴンの平均寿命の500年をとうに越えている。
「良いとは言い難い」
シャラの言葉に泣きそうになる。
私は19年しか生きていない。つまりシャラと出会って19年だ。
どうしてあげれば良いのか分からない。余りにも短い年月しか、シャラと一緒にいないのだ。
「泣かないで、アリス。私はもう年なんだよ」
「でも…」
「…約束は間に合わなかったようだ…」
シャラがポツリと呟いた。
「約束?」
治療薬とかそういうの?
でもそれは人間しか作れない。でも、もしもシャラの寿命を延ばすような薬があれば…!
遠くで、鳥達の羽ばたく音が聞こえた。
人間の足音や話し声も聞こえる。森の動物の悲鳴が聴こえる。
闇に紛れて、皆を捕まえに、シャラを殺しに来たんだ!
「シャラ…」
震える腕で、シャラを抱きしめる。
「アリス。もしも私が殺されたとしても、それはどうしようもない事なんだよ。私は昔、人間を殺し過ぎたんだ」
「でも、それは人間が悪いんだよ。あいつら森の皆を殺すから…!シャラは皆を守るためにっ」
「そればかりではないんだよ。…でもアリス。お前は殺される事はない。だから」
「嫌だよ、私は最後までシャラといるよ!」
人間の声が近づいてきた。もうじきここに来るかもしれない。
幸いにして、夜の今、私は人間の姿だ。
博識なシャラに、人間の言葉を習った。
何とか追い払えないだろうか。
シャラと違って、力も魔法も使えないけれど。
「シャラ、私、人間を追い払ってくるよ。だからその間にシャラは逃げて」
「アリス!?駄目だ、危険過ぎる」
「でも、あいつらこっちに近づいてるよ。シャラが殺されちゃう!だから逃げて。追い払ったら戻って来るから!」
シャラの役に立ちたい。育ててくれた恩を返したい。少しでも長く生きて欲しい。
だけど、本当にどうしようもなくなった時はシャラと一緒に死にたい。シャラの為に死にたい。
私は声のする方へと走り出した。
***
「ロクなのいねぇな」
「ウサギに鳥か。モンスターもいやしねぇ」
「兄貴ぃ、バレるとマズイっすよ。この森、禁猟区っすよね」
「馬鹿だな、だからきてんじゃねぇか。見たことないモンスターがいるかもしれねぇ。闇ギルドに売れば儲かるぜ」
近くで見る人間に震えが止まらない。
5人の男達。森の仲間達を殺してる。
涙を堪えてあいつらに近づく。
どうやって追い払おう。武器もない。
「誰だっ!」
男の1人が叫ぶ。
ヤバイ、近づき過ぎてしまった。
「あ、の」
心臓が飛び出そうな程緊張しながら、男達に話掛ける。
「む、向こうにモンスターがいました。捕まえに行って貰えませんか…?」
シャラがいる方とは真反対の方角を指差す。
「んだぁ?女か」
「騎士団かとビビったぜ」
「なんで女がこんな所に1人で…しかも裸?娼婦か?」
「犯っちゃっていいっすか、兄貴」
「いや、待て」
男の1人が近づいてきた。
「あっ…!」
私の腕を掴み、顔を近づけてくる。
恐怖のあまり足がすくむ。
「見たことないくらい上等な女じゃねぇか」
「本当っすね」
「モンスターなんかより高く売れるぜ」
男達が笑い出した。
そして、そのまま私の腕を掴み、森の出口に向かって歩き出す。
シャラの方には向かわないようだ。
良かった。取り敢えずシャラは守れる。
森から抜けたら逃げ出そう。
最悪、殺されてもシャラが無事ならそれでいい。
暫く歩いていると、別方向から、複数の人間の足音が聞こえてきた。
「ヤバイ、誰かくる」
「あれは、騎士団の紋章…!?」
「まずいぞ」
また別の男達の団体が現れた。
今度は20人位いる。
こんなに沢山の人間を見るのは初めてで、心臓の鼓動が早くなる。
「お前達、ここで何をしている?この森は2年前から禁猟区にしたはずだが。知らんはずはあるまい」
「いや、あの…こ、この女!裸の女を見つけましてっ、動物共に狙われているかと…!」
団体の真ん中にいた男がちらりと私を見た。
そして、その隣の男が近寄り、自分の着ていた布を私に掛けた。
「では、この女性はこちらで保護致しましょう」
「いや、騎士団の方の手を煩わす訳には…」
ヘラヘラ笑う5人組に、団体の真ん中の男が剣に手を掛ける。
「…違反で処罰してもいいのだぞ」
微かに見せた殺気に、5人組は殺した森の動物達を放り出し、走り去っていった。
無残な姿にされた皆。殺しておいて捨てるの?
だから嫌い。人間なんて大嫌い。
「送って行きましょう。家はどちらで?」
「だ、大丈夫、です」
シャラの場所を知られる訳にはいかない。
さっきは5人だったけど、今度は20人いる。
そして、きっと皆強い。特に真ん中の人間。
「どうしました?まさか、先程の奴らに何か?」
どうするのが最善の方法だろう。
悩んでいた瞬間、遠くからシャラの吠える声が聞こえた。
そうか、まずい。
忘れていたけれど、もう夜明けだ。
日の光を浴びて、人間から猫へとみるみる変わる。
が、人間達はドラゴンの声の方へと意識が向いていて私の変化には気づかなかったようだ。
1人を除いては。
「あれは、ドラゴン!?」
狼狽える人間達に気づかれないように、そっとすり抜けようとした。
しかし、1人の人間が私を捕まえた。
真ん中にいた1番強そうな人間。
「リューイ殿下!?」
「やはり人猫だったか」
その言葉に、人間達は更にざわめく。
「まさか、本当に人猫がいるとは…」
「いや、あの美しさだったら確かに人猫と言われてもおかしくない」
人間は私を掴んだまま離さない。
「ゼフィー、あれを」
ゼフィーと呼ばれた、私に布を掛けた人間が籠を持ってきた。
まさか。
人間は私をその中に入れると、その上から結界を施した。
やられた。もう逃げられない。
暴れてみるがびくともしない。
「リューイ殿下、どうします?ドラゴンの方は」
「今日はまだ、その時ではない。密猟者からコレを保護しに来ただけだ。ドラゴンも分かっているはず」
…話からすると、今日はシャラをどうこうするつもりはないらしい。
「ドラゴン!近いうちに必ず約束を果たしにくる!だが今は緊急事態により、コレは先に保護する!」
リューイ、と呼ばれた人間が大声で言った。
約束?
「皆さんも。人猫の事は決して口外なさらないように」
ゼフィーが穏やかな、だがしっかりした口調でそう言うと、人間達は「はい」と返事をした。
私はその光景を、籠の中からただただ見ている事しか出来なかった。