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ほんの少し時間が経過し、遠くから幾つかの足音が聞こえてきた。音はこちらに向かっていて、徐々に鮮明になる。
扉を開ける音がして、自分のすぐそばまで来て止まった気配がした。
重たい瞼に開けと命令を送り、やっとの思いで開眼させる。まだ倦怠感が残っていて、憂鬱さが後追いしてきた。
「アレクの妄言ではなかったみたいだな。」
「戯言を言ってないで、しっかり診てくれよ。ヤブ医者。」
「いい度胸してるじゃねえか。劇薬ぶっこむぞ。」
この流れだど、ぶっこまれるのはわたしじゃないだろうか。
どうせぶっこむなら、睡眠薬で眠らせてからにしてほしい。どうか安らかに逝かせてほしい。
「はいはい。悪かったって天才医師様。」
どうやら劇薬投与は延期になったらしい。
視界の端に映るのは、一人は先ほどまでそばにいた水色頭の青年だろう。もう一人は会話からするに医者で、若干口が悪いのが感じ取れた。わたしが心で呟いた悪口が聞こえたのか、医者が距離を詰めてきた。
医者の顔との距離が縮まり、アルコールの匂いが鼻をかすめる。
切れ長な眼はレンズ越しからでも、とてつもなく鋭さを感じさせる。首にナイフを添えられるような、心理的息苦しさを感じる。
そう思ったのも束の間。「声が出ないんだろう?大丈夫だ—」ふっと微笑みを浮かべて、頭を撫でられる。「俺が何とかしてみせる。もう大丈夫。」なにが大丈夫なのか、全く理解はできない。
ただ無意識に入っていた力が抜けていき、倦怠感も軽減したように感じられた。
それがわかったのか、近くにいた看護師に簡単な指示を出す。よくわからない言葉羅列がされたが、看護師には伝わっていた。
医者は身体の状態を確認し、そこから幾つかの質問もされた。当然答えることができず、提案もあり瞬きの回数で答える。
質問の内容は簡単なものばかり。倒れる前のことは覚えているか。自分の名前はわかるか。俺たちが誰かわかるか。この国の名前は。両親の名前は。
答えは何一つとして出てこなかった。
まるで何もわからない。