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エレーナ

 この国には一つの伝説がある。ある時、一人の黒き英雄が現れ、国家存亡の危機に立ち向かい、万の兵を打ち払い、悪逆の帝国を討ち滅ぼしたと云われる。英雄は何処かへと消え、王国には平和が戻ったという。その英雄を讃え、王国では紺色の旗を戸口に飾って戦勝記念日を祝う風習があるのだという。

 もう何百年も続いている風習だ。



 ◇◇



 この鍾乳洞に閉じ込められて何年が過ぎ去っただろうか。いきなり巨大な竜の姿になった僕は祭壇のあった部屋を突き破り、洞窟内を暴走して地底湖にドボンした。そのまま海にでも出られないかと思ったのだが、ここでこうしている以上は語るまでもない。

 洞窟内は日々拡張され、気付けば竜の姿で飛び回れるほどに巨大な鍾乳洞へと変貌した。鍾乳は全部ぶっ壊したけどね。移動するのに邪魔だし。

 竜の体になって良かったことと言えば、食事が不要になった事だろうか。味を楽しむ事は無くなったけど、周囲の魔力を吸収して腹を満たすことは出来る。あ、あとブレスも吐ける。眩い光のブレスで、口から魔力を放出する感じだ。決して吐息ではない。ブレスと言っているけれど、呼吸が不要な体で吐息は出ない。多分だけど肺が無いと思うんだよね。だから、やろうと思えば延々とブレスを吐ける。そのブレスを使って洞窟の拡張工事をしてみようかと思ったけど、崩れて死ぬのが怖いから試していない。上にも下にも何があるか分からないし。だからせっせと爪で削るしかないんですよ。猫か。



 ◇◇



 爪と言えば、人間だった頃のスキルの内、体の部位ごとで使えるものはある。爪と牙で【剣豪の風】を発動できるし、ローリングソバットしながら【閃光の足】を使える。ドッタンバッタンとド派手な事この上ないんだけど。あと、翼があるせいか【天翼の空】の能率が上がっている。

 欲を言えば大空を飛び回りたいんだけど、どうして僕はこんな所に閉じ込められなければいけないのか…。もう周囲の被害を無視して真上にブレスを吐いてしまおうか。そうすれば狭い穴を拡張して外に出られるようになるんじゃないかな。きっと外の人間には天災か何かかと思われるんだろうな。

 攻めて人の姿に変化できればなぁ。この数百年間で一度も成功していないのだから無理なんだろうなぁ。天恵【転族の神殿】で人間に戻る事は出来なかった。他の種族に変えることも出来なかった。というか僕の装備は何処に行ったのだろう?こんな巨体になったからにはバラバラになって地底湖の奥深くに沈んでしまっているのだろうか。折角手に入れたのに勿体ない事をした。

 こんな事を考えるのも何度目か分からない。僕という化石が燃料になってしまう前に、この仄暗い洞窟から脱出したいものだ。まぁ、今となっては何処か心地いい寝床と化しているのも事実なのだけれども。



 ◇◇



 竜の巣と言えば聞こえは良いが、実際には光る苔がそこかしこに散らばっている。人間だった頃に比べてはるかに明るく、七色に光って何とも幻想的な光景だ。

 人間だったならばこれを採取して収納してやるのだけれど。ふとそんな事を想い、僕は試してみた。爪の先で触れて収納ポシェットに入れるように念じる。シュンッと苔が消えた。あとには綺麗な岩肌が残るだけである。

 出来てしまった。そうなると爪の先で調薬も可能なのではないか。いやそれ以前に鑑定も出来るのだから、もっと早くに気付いていれば良かった。人間だった頃のことが出来ないか、もっと早くに試していれば良かった。

 そうして僕は、様々な事を試した。結果、殆どの事が出来た。なんなら【豊穣の手】でコケ玉を作りまくった。それを材料に調薬すると、魔力回復玉という錠剤が出来た。どうも僕の魔力を吸い取って異常発達した苔なので、調薬すると魔力をふんだんに含んだ薬になるようだ。

 だからといって人間に戻れるわけではないが、色々と試してみる価値はあるだろう。


 改めて自分の持ち物を収納から取り出して確認してみる。どこから出て来るのか判らないけど、全て取り出せた。装備、食料、大量の死体、その他諸々。これらを使って人間に変化する薬を作り出せないだろうか。

 思いつくままに光苔を基本とした薬の開発を始めた。


 結論として、光苔と人間の血液と僕の角を削った粉で出来た。人間に変身する薬は此処でしか作れないので、光苔がある限り大量に作った。数万粒は作ったのではなかろうか。効果時間は一週間程なので、時間が過ぎる前に飲み足さないといけないらしい。実験結果からの事実なので間違いない。

 これで脱出して旅を続けられそうだ。僕は大きな希望を胸に、崩れた岩の隙間から空中歩行で地上へと登っていった。



 ◇◇



 懐かしい通路を歩いて行くと、且つて草原地帯だった場所は森林となっていた。空に飛び上がると見覚えのある地形がチラホラと見えてきた。山と川と遠くに見える街。ああ、帰って来たな。感慨深いよ。

 そういえば装備品は全て収納の中に入っていた。不思議と勝手に着脱していたらしい。本当に不思議アイテムだよなぁ。一通り身に着けると、僕は四百年ぶりに地上を歩き出した。

 相変わらず野犬たちが森を走っている。襲ってきた数匹を押さえつけて無理矢理に撫で繰りかわしてやると、恐ろしくなったのか逃げて行った。あぁ、汚いモフモフが去っていく。まぁ、しょうがないよね。次に期待しよう。

 お次は熊が現れた。首元に抱き着いてやると、僕の背中をバリバリと引っ掻くが効果が無いのがわかると焦って逃げて行った。ゴワゴワだった。

 次に現れたのはカンガルーみたいな奴で両手がゴツイ。殴りかかって来たので一本背負いすると、悲鳴を上げながら去っていった。ガサガサだった。

 やっぱ野生動物は駄目だな。家猫が良いよイエネコ。



 ◇◇



 暫くして森を抜けると道に出くわした。どうやら、ここは何処かの領地の国道らしい。アスファルトっぽいものが敷いてあった。っぽいものであって、舗装しているのは巻き上がらない砂の塊なのだが。一つまみ鑑定して見ると、錬金砂とあった。初めて見るな。四百年の間に何があったのだろう。

 未知の中心には魔力の込められた線が敷かれてあって、この中央線には魔獣の類を近寄らせない力があるようだ。手に持つとチリチリする。焼けるようだけど僕には意味がないみたいだ。余りに効果が薄すぎて光竜には効果が出ないっぽい。

 だって僕のステータスってば、今はこんなだよ。


 ■■■ステータス■■■■■■■■■■■■

 名前:ゾクオーン=テンプラー

 年齢:416歳 性別:男 種族:光竜

 天恵:転族の神殿(多頭の眼:練度10/10)

 光輝の光(練度10/10)

 状態:健康

 加護:豊穣の手4、剣豪の風10、渇望の本6

 妙薬の器10、暗殺の帳10、狩人の棘9

 至高の舌7、悪戯の口6、大海の波6

 甲羅の盾9、暴威の腕9、頑健の腸9

 閃光の足9、顕微の指10、天翼の空10

 特殊:鑑定、収納、観察、念話、遠見

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 多分、【甲羅の盾】で極限までダメージが入らなくなってるんだと思うよ。


 ここからどっちに進めばいいのか。鍾乳洞から真っすぐ出て左右に延びる道に出たのはいいけれど、今の時代に何があるのか見当もつかない。昔の地図を頭に浮かべるならば、左に王国、右に帝国だね。右に行ってみようかな。そう思った時だった。左から走って来た自動車が、銛から出てきた熊に襲われて交通事故を起こしていた。

 熊。といっても、体長十メートル越えの化け物なんだけど。大型の装甲バスっぽい車両の横っ腹に食いつくように熊は突撃して、装甲バスは見事に横転し、派手に転がって森に突っ込んだ。アレ大丈夫かな。中に居る人はミンチになってないだろうか。少なくとも運転手は駄目っぽいな。フロントガラスっぽい所が血塗れで、車両は逆さにひっくり返っている。

 皿に襲い掛かろうとする熊を牽制する僕と、それを横の窓から見る誰かが数人。熊の首は一刀両断してあげた。今日は熊肉だな。

 熊の両足を掴んでジャイアントスイングすると、面白いように血抜きが進む。三十秒くらいで血が出てこなくなると、そっと舗装された地面の上に置いた。さて、そろそろ横転した車両を戻してあげよう。



 ◇◇



 車両の正面に廻り込み、ぐっと力を入れるとゆっくり装甲バスが回転していく。タイヤが地面に着くとグラリと車体がタイヤに沈み込んでいった。さて次は運転手だな。壊れて外れた窓ガラスから手を入れて、伸びた運転手の手首をつかむ。あ、生きてる。ヒーリング、ヒーリング。手首から光が伝わって全身を包むと、重傷を負っているであろう運転手の脈拍が正常になった。大体、血圧110~50くらいですね。ちょっと下が低いですけど大丈夫でしょう。

 フロントガラスの窓枠に張り付いたまま診ていると、その様子を後部車両内から覗く目があった。小さい女の子と大人の女性と、メイドっぽい服を着た老女である。


「あ、どうも。お怪我は有りませんか」

「「「きゃぁあああああ!!」」」


 覗かれて叫びたいのはコッチである。



 ◇◇



 何やらお偉いさんっぽくて、同乗していた騎士が彼女たちの叫び声で目を覚ました。取り敢えず運転手を車両から取り出して地面に寝かせた方が良いな。ハンドルに圧し掛かったままでは息苦しかろうに。

 割れて開いたフロントガラスから助手席に乗り込み、彼のシートベルトを外して外に出してあげた。収納からテントを取り出して毛布を丸めて敷いて枕にすると、そのまま横たわらせた。

 そうこうしていると車両内が騒がしくなってくる。男女の騎士が二人で現れると、剣を抜いて僕に声をかけて来た。どうやら寝ている彼を襲っているように見えたらしい。相当混乱しているな。


「何者だ!」

「ただの通りすがりです」


 気にすることなく、ペンライトで寝ている彼の眼が同行反応を示すか確認する僕。うん、大丈夫。昏睡しているわけではなさそうだ。見える範囲で細かい傷も残っていないし、胸部や手足、頚椎の骨が変なくっ付き方をしている訳でも無いらしい。取り敢えず造血剤代わりに回復薬でも飲ませた方が良さそうだな。

 彼の口に丸薬を入れて、水が湧く水筒で水を流し込む。鼻をつまんで無意識にごっくんさせると、数十秒後には呼吸も楽になって来たようだ。これで良し。


「もう大丈夫でしょう。それじゃ僕はこれで」

「お、おい。そいつに何をした」

「見て判らなかったのですか」


 僕の問いには女性三人組が答えてくれた。


「血塗れだった傷を光で治してくださいました」

「毛布を取り出し、寝かせていました」

「薬を飲ませて、脈を計っていたわ」


 上から高貴な女性、老メイド、貴族子女っぽい女の子だね。


「そ、それはすまない。しかし一体何が」

「あの熊に襲われたんですよ。覚えてないんですか」

「いや、すまない。気を失ってしまって…」

「私もだ…」


 護衛の騎士二人が最初の一撃で気を失って、護衛されるべき三人が元気ってどういう事ですか。頼りない護衛だなぁ。


「まぁ、あの熊は貰っていきますね。血抜きも終わりましたし、食うには手頃でしょう」

「えぇ…アレを食べるのか」


 女性騎士に引かれてしまった。どうやら騎士も貴族女性たちも魔獣を食べる習慣は無いらしい。さもありなん。


「いずれにせよ、その人が目を覚まさないと、その自動車が動くかどうかも分からないんじゃないんですか。何ならお裾分けしますけど、熊肉ステーキ、熊肉鍋、心臓焼き、食べますか?」

「む、あ、いや、食糧ならあるからな。遠慮させてもらおう。とにかくこやつを起こさねばならんか」

「ああ、重症だったので止めた方が良いですよ。無理に起こして錯乱されても嫌ですし」

「何?ケガなど無い…、いや血の跡は全てコイツ自身のものか。貴殿が秘薬でも使ってくれたのか」

「そんな所です」


 熊を仰向けに大の字にさせ、ビリビリと顎の下から股関節まで切れ込みを入れて皮を剥いでいく。喉から両肩へ、股間から両足へ。それぞれ切り裂いて筋繊維を露わにすると、股間の大腸を紐で縛ってフンが出てこないようにして、と。内臓を腑分けして食べられるもの、食べられないものに分けて処理していく。腹が空洞になったら肋骨を折り、鍋に詰めて出汁に使うとしよう。臭いから何度も煮出してやらないといけないのだけれど【至高の舌】のお陰で一回煮出せば、臭みも消えて美味しい熊鍋の出汁になる。道中で拾ってきた香草類を千切って入れればスープの素が完成だ。

 後は肉を切って入れて行く。筋張った部分だけ入れて、柔らかくて脂が載った部分はステーキ用に確保だ。道から近い場所で焚火をしているのだが、その焚火に串焼きにした心臓を取り外して塩をまぶす。塩をもみ込みなおしてもう一度火に掛けよう。熱いって?【甲羅の盾】と【至高の舌】が仕事をしてくれますとも。


「よし、一通りできたね。後は食いながらやろう」


 自分に言い聞かせるように器に盛った熊鍋と、更に乗せた熊ステーキを食べて行く。途中で心臓の串焼きを食らい、またステーキと鍋だ。塩と香草で味付けしたそれは幾らでも食べられる。ガツガツと一人で十キロ以上の肉を食らうと、もうお腹はいっぱいだ。あぁ、幸せですぅ。



 ◇◇



 焚火の始末をしていると、貴族女性三人が近寄って来た。後ろには護衛の女性が付いて来ている。なんの用だろうか。


「もし。わたくしはマリー=メイアールと申します。失礼ですがお名前をお伺いしても宜しいかしら」

「名乗るほどの者じゃ御座いませんよ。ただの旅人だと思ってくだされば結構です」

「しかし、貴方は私達にとって命の恩人です。お礼を申し上げるにも、貴方の名前をお聞きしたいのです。聞かせては下さいませんか」

「はぁ…僕は、ゾクオーン=テンプラーと申します。道すがら助けただけですの、お礼は不要に御座いますよ」

「ゾクオーン…」

「テ、テンプラー…」

「蒼い鎧…」

「あの強さ、お母様。間違いございませんのでは?」

「い、いえ、しかし何百年も前のお方ですはありませんか」

「そうよね…」


 何やらコソコソ話しているが、【暗殺の帳】持ちには意味がない。聴力が超強化されているので、何を話しているのか全て聞こえてます。何百年も前の人間ってオイ。それって僕のことが後世に伝わっているって事なのか。どういう事だろう。


「あの~。着かぬことをお伺いしますが、僕が何百年も前の人ってどういう事ですか」

「…あなた様は、かつて王国の危機に旧帝国との戦争で一騎当万の戦果を挙げたと、伝説になって残っているのですよ。あの強さなら納得できるというものです」

「あぁ、あの…でもアレって、当時の農民兵ばかりだから、良い所、一騎当千って程度じゃないんでしょうか。というか、まだ伝わってるんですね」

「―――!! や、やはりあなた様は英雄テンプラーですのね。く、詳しくお話を伺っても宜しいかしら」


 先程から食いついて来る少女は一体どうしたのだろう。あの程度なら僕がボコボコにした王国騎士団長でも可能だと思うんだけど。話に尾鰭が付いていないだろうか。


「いえ、ある程度強ければ出来ることなので、そんな詳しく話せるような事でもありませんよ。あ、ステーキ食べます?」

「い、頂きます」


 キャンプセットを出して残り火でステーキ肉だけ焼いた。蕩けるだろぅ? 良い具合に霜降りの所だけ切り取ったんだぜぃ。トロトロになっちまいなぁ。

 頬を抑えて蕩ける少女を眺めながら夜は更けていった。



 ◇◇



 色々と御婦人方から話を聞いてみると、僕は英雄的な存在になっているらしい。戦勝記念日として祝日認定もされているらしく、当時のヘンリー陛下の名と共に、僕の名前もおとぎ話として伝説しているそうな。その際、僕が来ていた紺色の装備が青い鎧の英雄として特徴的な物となり、光の剣で薙ぎ払っていた姿もあってか、天恵神殿では光の戦士としても語り継がれているのだとかナントカ。なんとも気恥ずかしい事だけれど、僕からしたら弱者を相手に大立ち回りをした恥ずかしい過去でしかないので止めて頂きたいものである。


「そ、それで、皆さんはどうして旧帝国の地へ向かわれているのですか」

「実は、私の一番上の娘が闘技大会を開くことになりまして、その大会で優勝した男と戦い、娘に勝利したならば嫁になると宣言して聞かなくて…」

「ん?優勝した男と…自分で大会を開いて?」

「はい」

「その娘さんに勝った男が、娘さんの旦那さんになると」

「はい、お恥ずかしい事に」

「なんというか剛毅な女性ですね」

「本当にお恥ずかしい事に。主人に性格が似たようでして、剣の道以外には生きられないようなのです。はぁ…」


 物憂げに溜息を吐く貴族の女性は若く見えるのだが三十九歳だった。てっきり二十台前半くらいかと思ったよ。観察眼が働いていないと騙されるところだった。というか、この人もかなり強いね。【剣豪の風】7だよ。


「どうしてまた、そんなことに」

「あの子も、もう十九になるのです。結婚適齢期を過ぎてしまわない内に誰か良い人の所へ嫁にやりたいと思っているのですが、我が強すぎて全く言う事を聞いてくれないのです」


 困った顔で言うご婦人を、老メイドさんが宥めている。その横で少女が爆弾発言をしてくれた。


「私はテンプラー様がお兄さまになれば良いと思いますわ!」

「僕が?どうして」

「だって、姉様より強い人なんて、他に誰も居ないもの。天恵だって九の位階なのよ。そんな人に勝てる人なんて、テンプラー様以外におりませんわ」

「かもしれないけど、僕は知らない人と結婚なんてしたくないなぁ」

「お姉様は長女だから、我がメイアール家の家督を継ぐ立場にありますわ」

「メイアール家を知らないんですよね」

「えぇっ!?」

「長い事、封印されていたものでしてね。暗殺組織の罠にはまって」

「まさか…伝説の暗殺組織デメント?」

「あ~、そんな名前だったっけか。この近辺の山にアイツらの本拠地があったんですよ。もう殆ど崩しちゃいましたから何にも残ってないんですけど。そこに封印されていたんです。まさか四百年も経ってるなんてなー、意外だなー」

「な、なんという歴史的な発見でしょう。私が歴史の発見者になりましたわ!」

「お嬢様、落ち着いて下さい」


 興奮する少女を老メイドが落ち着かせると、最終的に僕も闘技大会とやらに参加する事になってしまった。何故に。



 ◇◇



 闘技大会の会場は前帝都だった場所だ。首都だっただけあって広大で、中心には立派な城が立っていたらしい。今は闘技大会の会場にもなっている甲子園球場みたいなものが出来上がっていた。


「ここで大会をやるんですか」

「大きいでしょう。そもそもメイアール家の物ですから、私用で使う事も出来ますが、基本的には公的な施設という事になっているんですよ」

「だから主催者がお嬢さんという事になっているんですね」

「まぁ、それだけが理由ではありませんが…」


 奥様の気にかかる言い方を流しつつ、僕は出場者受付の列に並んだ。登録は名前と天恵だけ正直に書けば済むので、すんなりと通った。名前はゾクオーンさんで、天恵は剣豪の風だ。位階までは書かなくて良いらしい。

 登録後すぐに予選試合が始まるらしく、貴族の御婦人方と別れて中に進む事に。同じように登録したばかりの連中と何度も何度も仕合を繰り返し、決勝トーナメントに登録されたらしい。トーナメントは総勢十二名で行われる。その前の予選だけで数百人も居たのだから大変だ。運営されている皆さん、お疲れ様です。


「ゾクオーン選手第三試合が始まりますので会場に移動してください」

「わかりました」


 広い控室にが二つあり、それぞれ六人ずつが待機していた。僕が待機していた場所とは闘技場全体の闘技舞台を挟んだ反対側らしい。入場ゲートを潜って闘技場に上がると、反対側の入場ゲートから対戦相手が現れた。随分と広い闘技場だな。そうか、元々皇帝の城が建っていたんだったっけ。見た事は無いけれど何となく歴史の移り変わりを感じてしまった。


「正々堂々と戦ってください。はじめ!」


 審判の合図とともに相手が突進してくる。【剣豪の風】で気配察知領域を展開しっぱなしなので、未来予測レベルで相手の動きが鮮明に知覚できる。もう反則だよこのチート能力。動きの予兆や、行動の軌跡から何をして来るのかをスローモーションの世界で認識できるのだから、僕はその先に攻撃を置いておけばいい。ただ、それだけだ。


「そこまで!勝者、ゾクオーン選手!」


 歓声に手を振って応えて控室に戻った。なんとも歯ごたえの無い事だ。ここまで警戒しないといけない相手が皆無だ。僕の四百年は複数の天恵を第十位階まで引き上げてしまった。そのせいか第九位階以下の天恵に対して、圧倒的な差が産まれてしまったらしい。これはどうしようもないのだろうか。いつか、血沸き肉躍る相手が現れてくれれば良いのだけれど、人間相手には望むべくも無いのかもしれないね。

 内心で溜息を吐きながら控室に戻ると、次々と試合が進み、気付いたら優勝していた。



 ◇◇



 今回の闘技大会は例の御令嬢の婿探しだと言うが、優勝者と彼女が戦い、彼女が負けたら結婚するという話だった。その御令嬢が今、僕の目の前で剣を構えている。どうやら彼女の【剣豪の風】は第八位階に上がっていたらしい。決勝の相手と同じ位まで腕を磨いてきたようだ。しかしなんで、この御令嬢は剣を志したのだろう。お偉方なら後ろで人の使い方を学んだ方が有意義だと思うのだけれど、彼女は剣で切り開く道を選んでいる。


「ねぇ、少し聞いても良いかな」

「なんだっ」


 ギリギリの力加減で相手の剣を抑え込み、力が拮抗する状態に持ち込む。これで面と向かって至近距離で話せる。


「どうして剣を志したのかな」

「戦う為に決まっているだろう」


 自らバランスを崩した彼女が退くと、間合いの外に逃げられた。


「君の戦い方は前線で戦う事なのかい」

「共和国との戦線が激しくなっている今、女の私が指揮を執る訳にもいかない。女が指揮官では兵の士気が下がるそうだ」

「へぇ、詭弁だね」


 撃ち込んだ剣を途中でズラして相手の体勢を崩す。そのまま再び刃を擦りつけ合う形で拮抗させた。


「君はただ、血を見たいだけじゃないのかい」

「ふざけたことをっ」


 蹴りを入れようと踏ん張るみたいだけれど、その軸足を僕の足で刈った。転んで横ばいになる彼女に剣を振り下ろそうと持ち上げるが、それを見て彼女は転がって逃げた。まぁ、逃げるまで待ってたんだけど。


「ふむ。死んだら終わりだよ」

「公爵家の人間として本望だ」

「あくまで、家名に殉じるとでも言うのかな」

「平民の貴様には分かるまい。貴族はただ生きているだけでは貴族足り得ない。責務を全うしてこそ貴族なのだ。その意味が貴様にわかるか」

「言いたい事は何となく理解したよ。高貴なる義務ってやつをね」


 二手三手と剣を振ってくるが、僕がヒョイヒョイと躱す度に、彼女の眉間に皺が寄る。


「だから戦うのだ。私には、剣しか無いからだ」

「…君も天恵に振り回されているね」

「なに?」


 小さく呟いたせいか、伝わらなかったようだ。しかし、もう十分だ。剣を握っている以上は、弱いという事が悪であると言う事を知ってもらおう。


「一つだけ忠告しておくよ。弱いってのは剣を振るうものにとって何よりも悪しきことだと覚えておくと良いよ」

「戯言を!」


 相手の振り下ろしてきた剣を打ち落とし、寸止め無しで腕を切り落とした。右利きである彼女の剣技はこれで死んだ。


「まだ、やるかい」

「あっ、ぐ」


 観客席から悲鳴が幾つも聞こえる中、彼女は僕を睨みつける。審判求めないらしい。そういう風に厳命されているのだろうか。メイアール家の奥様が審判に止めさせるように必死に叫んでいる。我が子が殺されようとしているのだ。当然だろう。


「死んだら終わりなんだよ。メイアール家の御令嬢殿」

「ひっ」


 殺気を叩きつけると、彼女はしりもちをついて、そのお尻を擦りながら後ろに下がった。ここまでだな。


「審判。降参。僕の負けで良いよ」

「えっ、あっ、はい。そこまで!!! 勝者! エレーナ=メイアール様!!」


 そして、この結果に周囲は大ブーイングである。闘技場内に物が投げ込まれる有様がしばらく続いた。切り落とした腕を拾い、彼女の腕の切断面に取り付けると彼女のマントを隠れ蓑にしてヒーリングを使った。予後観察はしていないが、まぁ、元通りに剣を振れるだろう。押し黙ったまま僕を見ているエレーナ嬢をその場に残して、僕はさっさと闘技会場から去った。



 ◇◇



 何処に行こうという目的も無く、旧帝都を歩いた。どうやら僕は行き先不明らしい。先行きも不透明だ。そういえば、僕の組合証ってまだ使えるのだろうか。念のため確かめておこうかな。

 屋台で濃厚野菜スープを売っているおばちゃんに話しかけて場所を聞き出し、濃厚野菜スープを片手に組合まで歩いた。以前、帝国の街を歩いた時は死んだ目をした町人にガッカリさせられたが、王国に併呑された今は、且つての暗い表情ではなく生き生きと活気のある街に変わっていた。秩序を重視した空気も良いけど、こうして明るく自由な空気も僕は好きだなぁ。

 大通りを冷かしながら歩いて行くと、やがて組合の建物に辿り着いた。四百年経った今は鉄筋コンクリートの平たい建築物に変わっていた。近代的な事で大変宜しいと思います。

 自動ドアを潜って内部に入ると、クーラーで冷やされた空気が汗から体温を奪って気持ちがいい。夏場だからか余計にね。

 総合受付っぽい所でドックタグを出すと、怪訝な顔をされた。もうドックタグは使っていないのだろうか。よくよく調べてもらうと、再登録をする代わりにカード的な奴で全国一元管理をするようになっているらしく、それを可能にした道具が開発されたらしい。そのシステムを作った人は天才に違いない。

 改めて新規登録してもらい、組合員のルールブックや冊子などを渡されて、僕は心機一転、新人組合員として再出発となった。早速とばかりに冊子を覗いてみよう。

 現在も狩人は隆盛しており、相変わらずこの世界では頑丈な囲いが無い限り畜産は不可能らしい。今も森や草原の魔獣を狩って、その肉を提供するのが一般的だと書いてあった。一部では家畜として品種改良された魔獣種もいるらしいけれど、そんな家畜の肉など一般家庭で食べられる訳がなく、とんでもない高値でお貴族様の口に入るのが当然なのだとか。その分味は断トツで美味しく、外の魔獣のように筋張った肉では無いらしい。人の努力の甲斐あって、そんな肉が提供できるようになったと知り、同じ人間として何だか誇らしい気持ちになった。あ、今、僕は竜だった。あっはっは。…はぁ。



 ◇◇



 簡潔に説明すると、この旧帝都には狩人としての仕事がない。冷蔵車で肉を保存しながら王国の首都から運ばれているらしく、それ以外は普通に草原に現れる魔獣を狩っているのだが、どれもこれも小粒でチマチマと僕が狩って楽しい相手ではない。

 旧帝国にはダンジョンが無いと言ったが、よく考えてみれば僕が封印されていた元暗殺組織本拠地ってダンジョンだったのではなかろうか。つまり探せばダンジョンがあるのかもしれない。でもなぁ。探し出して最奥に辿り着いたら、また別の種族に変わったりしそうだし、止めた方が良いのかな。どうしよう。

 こういう時は情報収集に限る。組合の二階にあるという資料室で調べ物をすることにした。四百年以上も溜め込んだ資料があり、それら全てで数千冊はあるらしい。ほう。これはこれは、本の蟲だった幼少期を思い出すね。お金は三億ゼン以上あるから衣食住には困らないし、暫くここに通わせてもらおう。



 ◇◇



 一週間程、朝から晩まで毎日通い詰めただろうか。ビジホっぽい宿で寝て、組合に行って屋台飯を食らいつつ本を読み漁った。ダンジョンや遺跡に着いて書かれている書籍は案外少なく、僅かなヒントから色々と調べた結果、大した情報は無かった。一部を除いては、だけど。

 僕はダンジョンを探していたのだけれど、あの元暗殺組織本拠地のように遺物や祭壇のある場所を探せばいいと気付いたら、それらの情報を纏め、ヒントを基に見つけ出すことが出来た。

 結論を言うと、且つて旧帝国にもダンジョンはあったらしい。だけれど、何らかの要因でこっちのダンジョンは破壊されたらしい。旧王国側のダンジョンは全て同じ構成で、同じ階層構造だった。つまり似たモノか、もしくは同じ場所で違う入り口に繋がっていたと考えられる。

 であれば、旧帝国側のダンジョンも同じ構造だった可能性がある。つまり、異なる入り口で一つの場所に繋がっていたという事だ。その場所が元暗殺組織の本拠地だった、僕が閉じ込められていた場所なのではないだろうか。

 この仮説が正しければ、旧帝国の土地にはもうダンジョンが存在しない証明となる。


「そうなると、共和国の地にダンジョンが残っているかもしれないな………行ってみようかな」


 そう呟いた時に僕の後ろにある扉が勢いよく開かれた。そのまま突入してきたのは、闘技会で僕が腕を切り落とした相手の、エレーナ=メイアールその人だった。

 カツカツと靴を鳴らしながら近づいて来た彼女は、若干だが顔の険が取れた気がする。眉間の皺も浅くなったようだし。その人は僕の座っている椅子の横に立ち、こう言い放った。


「まずは、助けてくれてありがとう。思い上がっていた事と、あのままいけば戦場で死んでいた事を教えてくれた事に感謝します」


 そう言って彼女は深々と立礼をした。態度の変化と相まって頭頂部の渦巻きが何だか可愛く思えてくるから不思議だね。


「礼など不要ですよ。暴走する若人を導くのは先達の義務です」


 そう言って僕は資料を一枚捲った。


「それにね、成長の仕方を間違っていたのでは、強くなりようが無いでしょう。弱者と幾ら切り結んでも、限界を超えることは出来ません。本当に強くなりたいのであれば、自分自身と戦わないと。天恵の第十位階はそういう領域ですからね」

「だ、第十位階を…なるほど。お強い訳ですね」


 まぁ、他にも数十年の自己鍛錬で到達出来たり、やり方は幾らでもあるんだけどね。それは四百年生きた僕だから出来た方法であって、普通の人間ならば強者を求めた方が早い。


「お礼の言葉は確かに受け取りました」

「う、受け取ってくれて、ありがとう、ございます。それで、その」

「なんでしょう」


 何やらもじもじし始めたエレーナ嬢は、両手をお腹の位置で合わせてすり合わせ始めた。剣士の手だからか、シュリシュリと分厚い皮である事が音から察せられる。


「大会の約束事というか、その、結婚の事なのだが」

「あぁ、僕は降参しましたので、ご破算では」

「あ!いや、その、決勝トーナメント自体は優勝だから、その、婚約という形になっているというか、うん、まぁ」

「え、そうなんですか?」


 初耳ですが。知りませんが。何というトラップか。いや、エレーナ嬢が嫌いというわけではないんですよ。見た目も母親と同じく美形だからね。ちょっと勇ましいだけで。


「そうなのだ。だから、母上にも妹にも合って婚約を取り付けて来いと、それに私もその、嫌ではないというか、むしろ婚約はして欲しいというか、そう、あれなのだ、大会規約的に必要な事なのだから、婚約して欲しい!」

「あぁ、まぁ、構いませんが。そういう事でしたら婚約しちゃいましょうか」

「な、何だか軽くないか……? 物凄く軽く考えてやしないか?」

「あはは。エレーナ嬢のような美人さんとの婚約を嫌がったりしませんよ」

「ん…あ、その、受けてもらえると言う事で良いのだろうか」

「受けますよ」


 どうやら美人呼ばわりは言われ慣れているらしく動揺も何も無かった。むしろ僕の軽い返事に動揺していたね。気軽に答えた訳じゃないが、心機一転という意味ではこういうのもアリだと思うし、何より彼女の言っていた大会規約ってのも気になる。あったんだ、規約。


「婚約式みたいなのは、あるんですか?」

「これから大会の授賞式と一緒に行う。だから付いて来てくれないか」

「行きましょう」


 そそくさと資料を片付けて、表に待たされていた運転手付きの自動車に乗り込んだ。車内には彼女の母親であるマリー=メイアールさんもいらっしゃった。なにやら安堵の表情をしたので、母親なりに心配していたらしい。これ、逃げられない奴かな。結婚までズルズルいきそうだと直感で理解してしまった。


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