お気の毒ですが転族しました
深夜、月が雲で隠れたタイミングで要塞村から飛び立った。帝国側の国境線を確認して見たかったからだ。王国側と同じように要塞があり、その後ろには村々が続く。それなりに遠いが、上空から見える位置に街明かりがあるし、人員を配置しておくのも難しくない。要塞を攻めた後は、直ぐに街を落とさないとじり貧になる奴だよねコレ。
何とも難しい相手だと感じていると、雲が動いて月明かりが地上を照らした。暗がりの中を明かりも灯さずに大軍が動いている。予想通りじゃん。どうする気なんだろうね、これは。王国側は何も考えていないなんて事も無いだろうし、暫く王国側の要塞村で様子を見ることにしよう。
一日目。今日になって行商人が国境を行き来出来なくなったと息巻いている。商品は軍が買い取るらしいので、そのまま空荷で変えるそうだ。何となく空気がピリピリしてきた。
二日目。どうやら首都の方から何らかの連絡が届いたらしい。慌ただしく兵士たちが動いている。いよいよ開戦するのだろうか。
三日目。ピリピリした空気が張り詰めている。少し突いただけで破裂しそうだ。兵士たちもストレスが凄い。どこかで爆発しそうな雰囲気だ。
四日目。帝国側から何らかの通知があったらしい。いよいよ開戦か。
そして四日目の夜に、帝国側からの攻撃が始まった。国境の役割を果たしていた石積みの壁は破壊され、雪崩のように帝国兵が攻め込んできた。僕も帝国兵に交じって前線で戦ってみたが、相手はどうやら農民兵のようだ。食い詰めた人間らしく痩せ細った者ばかりで、数以外に脅威を感じない。その数も行かせていないくらいに連携が拙いので、カカシに足を生やした程度に過ぎない。自走するカカシのようだ。
もう三時間程も剣を振り続けただろうか。僕の周囲は帝国兵たちの屍ばかりになり、自国の兵隊たちもドン引きして後ろで見守ってくれている。そのまま要塞を守って欲しい所だ。
なだれ込んだ帝国兵の一部は要塞を抜けて村まで到達したようだが、その村は今も健在である。外壁に取り付いた帝国兵は悉くが槍で貫かれ、弓で射られ、石を落とされて死んでいく。掘りに落ちた帝国兵は水流で流されて積み重なる事すらできないでいる。あれじゃ、無駄死にだろう。
更に三時間程も剣を振り続けると、帝国兵の終わりが見えて来た。僕の視界に映る帝国兵は殆どが死に絶え、ここから相手の要塞村が見える程だ。終わったら相手の要塞に乗り込もうかと思う。
地上の食い詰め帝国兵が片付くと、僕は単身で帝国要塞に乗り込んだ。石造りの壁を走っているように見せかけながら登り越え、その外壁の上を走る。下り階段を見つけて侵入すると外門の中に大扉の開閉装置があったので、それをギャリギャリと開いてやった。外から歓声が聞こえると同時に僕は要塞の最上階に登り、ひときわ豪華な部屋に入り込む。
「おのれ曲者め!ワシ自らが誅殺してくr」
「長い」
将軍っぽいのが何か言ってたけど首を切り離しておいた。指揮官も居なくなったし、これで要塞を落とせるだろう。あとは外の王国兵が上手くやってくれるのを祈ろう。おっと、この首を持って勝ち鬨を上げておくか。士気も上がる筈だ。部屋の外に出て屋上に上がって大きく息を吸い込んだ。
「指揮官の首をとったぞぉぉぉおぉ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」」」
よし、元気になった。
◇◇
その後、王国兵は国境線から大きく攻め込み、村四つと街一つを滅ぼしたらしい。随分と多くの帝国兵が待ち受けていたらしいけれど、要塞を失った動揺は大きく、帝国側は真面な抵抗も出来なかったらしい。僕は報告の為に一旦、首都に戻って宰相閣下に会いに来ていた。
「戦勝おめでとうございます。まずは緒戦勝利ですね」
「何を言うか。君が孤軍奮闘していたと大いに噂になっているぞ」
「ちょっと様子見に出ただけですよ。大袈裟に尾鰭がついた話になっているだけです」
「ふふふ、そうかね」
久しぶりのコーヒーを飲みつつ色々と報告してきた。暗殺組織の事。帝国の下部組織で間違いない事。戦争中の様子に、もう国内には暗殺組織は残っていないだろう事。残りの拠点捜索は衛兵隊が引き継ぐ事。
「となると僕は帝国に侵入して、暗殺組織の壊滅に注力できるわけですね」
「正直な所、そのまま前線で戦って欲しい所だが、それは騎士団に任せるとしよう」
「是非、そうしてください。また騎士団長に睨まれますからね」
「そうだな」
「それに、政治の道具にはされたくないですから」
「政治は嫌いかね」
「あまり触れたくないですね。僕は、政治を楽しめるような人間ではないみたいです」
「そうかそうか、まぁ、政治を楽しめる人間など、ろくでもない人間しかおらんよ」
「………」
その後、報酬を貰った僕は、国内のダンジョンを一通り回った後で、帝国に向かう事を告げた。
「君の力はダンジョンのお陰かね」
「ご想像にお任せします」
やはり、宰相閣下はダンジョン最下層の事を知っているらしい。あのアイテムって踏破者毎に自動生成されている気がしたんだよね。何か祭壇の上にポツンと置かれてたし。都度、ダンジョンが作り出して褒賞として踏破者にプレゼントしているのだろう。最初の天恵だけはイレギュラーな気がしたけどね。
◇◇
その後、二週間かけて未攻略のダンジョン五つを廻り、五つのアイテムを手に入れた。どこの街も暗殺組織の拠点は空になっていたし、やはり全て引き上げた後なのだろう。ダンジョン産の装備も揃った事だし、次へ行ってみよう。帝国にもダンジョンがあると良いのだけどね。
手に入ったアイテムは五つ全てが武器と防具だった。片刃の剣。金属のサークレット。革と布で作られた上下一体型の鎧。革製のロングブーツ。革製の肘まで覆うグローブ。どれもこれも素材不明な不思議なアイテムばかりだ。
剣は力を籠めると光の刃が伸長して間合いが可変式。サークレットは金属がウネウネ動いて片眼鏡と一つになって、僕の視界でステータス画面のように相手の情報がスルリと頭に入ってくるし、おまけに千里眼的な効果もあるらしい。
防具類は傷がついても勝手に直るし、その性能は打たれ強く切れにくく、熱や冷気、電気、酸に強いらしい。三つすべてそろった時に鎧の布が伸びて防具の下で全身タイツみたいになったのは驚いた。紺色だから目立たないけど、赤い布だったりしたら注目を浴びてたかもしれない。少なくとも紫じゃなくて良かった。革は全て濃紺だから目立ってない。
そして今日、僕は帝国に足を踏み入れる。
◇◇
帝国は元々複数の豪族が集まってできた国で、王国と比べると小さい。共和国と同じくらいじゃなかろうか。なのに、農民兵を死兵の如く使い捨てたらどうなるのかというと、農業が廻らなくなって生きていけなくなる。そうしなければならない程、帝国は後が無いのかもしれないと宰相閣下は推理していた。
実際、攻め入った街に僕も入ってみたけれど、どこもかしこも荒れ果てている。これは戦争の傷跡ではなく、建物の補修などを行う予算を国が出せないのだろう。官民ともに金が無いのだ。生きる余裕も無いように見える。王国のような笑顔は見られなかった。
酒場もあるには有るが、人が居ないし当然活気も無い。店員に話を聞いてみたが、やはり帝国にはダンジョンが無いらしい。だから探索者も居ないし、組合も人が少ない。動ける人員が居ないせいで依頼を出そうと考える人も居ないし、依頼する金もない。金がないから国力は低下する一方だ。赤貧のスパイラルに陥っている。
それはそれ、これはこれと言わんばかりに暗殺組織の塒を探す僕は鬼畜の所業だろうか。いや、正当な復讐である。誰かが怒ろうとも叱ろうとも、僕はこのライフワークを辞めるつもりは一切ない。その為にも死んだ目をひた町人を救おうなどとは欠片も思わない。彼らを救うのは皇帝の役割だ。だから僕を見て縋るような顔をしないで欲しいよ。
◇◇
貴族と思しき家に忍び込み、その執事らしき人を締めあげて情報を頂いた。どうやらこの街にも暗殺組織の拠点は有るらしい。彼に頼んで依頼をするようにしてもらった。暗殺対象は僕だ。宿に泊まっている所を殺しに来てほしい。
ローブを着て依頼人に同行し、情報屋っぽい人にお金を渡した執事さん。暗殺対象が後ろに居るのに依頼をする気分はどうかね。楽しんでもらえているなら幸いです。
その夜、早速とばかりに黒尽くめたちが宿に現れた。僕は屋上で待っていたので、彼らも驚いたらしい。一瞬だけ動きが止まった隙を見逃さず、一人を残して始末した。
「案内ご苦労さん。さぁ、アジトに行こうか」
「ぐふっ」
顎と肩の関節を外し、念話で語り掛けながら彼らが現れた卸問屋に向かった。既にこの街にある複数の卸問屋は把握してある。後は【剣豪の風】で現れた方角さえ掴めれば見当もつくというものだね。
到着と同時に捕まえていた黒尽くめを始末し収納すると、卸問屋の中に侵入した。予想通りに黒尽くめが現れたので、片っ端から始末して収納、始末して収納、収納、収納、収納と続けていった。
最期に地下への入り口を暴くと、この街でのライフワークも終わりを迎えたのだった。スッキリした気持ちで残された資料を回収し、僕はそのまま宿に戻った。
◇◇
黒尽くめたちの拠点から回収した資料によると、この国の街は首都を含めて四つしか無く、その全てに彼らの拠点があるようだ。山間部にも拠点があるようで、どうやらそこが訓練施設兼本拠地らしい。先に其処に出向いたほうが良いだろう。街の方は後から片付ければ良いと思う。
これが終われば僕の復讐も完遂出来そうだ。そう思うと部屋に差し込んでくる朝日がとても素晴らしいものに思えてくるから不思議だ。フリンが殺されて以来、僕は朝日が嫌いだった。僕らがこんなにも苦しんでいるのに、何を輝いているのかと憎しみすら覚えたものだ。きっと復讐の果ては、もっと清々しい気持ちで朝日を見れる事だろう。そう思って、僕は朝日を睨みつけた。
◇◇
最初の街から二日ほど飛び続けると、暗殺組織の本拠地がある山に辿り着いた。大きな滝が目印となり、その滝つぼの裏が入り口らしい。まだ昼間だが、お邪魔するとしよう。気配を消してコンニチワだ。
轟音鳴り響く滝つぼ裏の洞窟に入ると、気配を消した僕は静かに歩を進める。空中歩行のお陰で濡れた足場を踏む事も無いし、気配操作で幽霊のように進むことが出来る。暫く先に進むと岩に大きな亀裂が見えて来た。その隙間に体を入れて、暫く入り込んだ場所には紐が垂れ下がった穴があった。此処が入り口かもしれない。
空中歩行でトントントンと下がっていくと、やがて明かりが見えて来た。段々と灯火が強くなり、一気に明るくなったと思った先には大きな空洞が奥の方まで続いていた。所々に天然の柱が天上に延びており、天然の鍾乳洞のようだった。いや、地下水路として、山の地下を削ったのかもしれない。いずれにせよ、珍しい場所だ。ここが奴らのハウスね。
幾つかの地下湖を目にしつつ自然に出来た通路を進むと、一つの扉があった。そこに入ると大きな空間があり、そこでは幾人もの訓練生らしき子供たちが魔獣の餌になっていた。今も必死で逃げ惑う子供たちが居たのだ。
気配を消した僕に気付くことなく、訓練生も教官役の大人も、誰一人開いた扉に眼を向けずにいる。だから僕は、背中の合成弓を取り出して撃ち放った。三段追尾弾の連射だ。訓練生も、教官役も、飼われた魔獣も、分け隔てなく始末した。一人一発、脳天一撃である。全てが倒れると一本一本の鋼鉄の矢を回収し、遺体も全て回収した。次へ行こう。
こうして一つ一つのルートを確認し、発見した全ての部屋を覗いて始末していくと、最後には祭壇のような物がある部屋に辿り着いた。祭壇の手前に立つ黒尽くめは僕に気が付いたらしい。無言で放った矢をナイフで弾かれた。
「無粋だな。異国の暗殺者よ」
「お前らほどじゃないと思うよ」
「ほう。して、何故、我らを狙うのか」
「ただの復讐さ」
「是非も無し」
それで会話は終わり、互いにナイフを構えた。ただ一人ここに立つ男は強かった。どう見ても天恵【暗殺の帳】は10の位階に到達している。つまり、最強の暗殺者だ。
◇◇
複数の気配が部屋の中に現れ、消えて、また惑わさんとする。その全てを把握して、僕は実体のない気配を切り捨てて戦おうとした。だが、それがマズかった。
強烈な殺意と違和感を感じて状態を仰け反らせると、微かに頬を切り裂かれた。今のは気配だけだった筈。なのに斬られた。当の暗殺者は離れた場所でナイフを構えているのに。
「実体のある気配を作れるのか」
「如何にも。そなたはまだ到達者ではないと見える」
到達者とは天恵神殿が10の位階に達したモノを指す言葉だ。なるほど、気配操作も極めるとこんな真似が出来るのか。全ての気配に警戒しなければならないな。それにコッチが不利になったばかりじゃない。学び、真似し、体得して見せよう。
そう心に決めてからは長かった。数分、数時間、数日も戦っているかのような、極限状態を続けていた。今どれくらい経っただろうか。そんな事を考える隙も無い真っ白でクリアな頭のまま、僕は片刃の剣とナイフを振り回し続けていた。
いつ終わるとも知れない攻防は、遂には相手のナイフが折れて決着がついたかに見えた。切り落とした首が地面に着くかと思った瞬間に、その首が消えた。気配操作の実体の方だ。
僕は振り返って、もう一本のナイフを振り被っていた首領に迫り、ナイフをナイフで受けてその腹に蹴りを叩き込んだ。感触、良し。本体だ。
「ぐぼはっ」
ナイフを投げつけ、ナイフを持つ方の肩に突き刺した、一足飛びで迫り片刃の剣を首領の体に滑らせる。しくじったかと思う程にすんなりと刃は通り、肩口から脇までスルリと通り抜けた。暗殺者の首領の上半身が斜めにズレて落ちて行く。首領は驚いた目で笑っていた。
首領の死体を収納すると、祭壇から光が溢れて来た。これは…まさかダンジョンの祭壇と同じなのか。驚いて呆けていると、其処には一つの宝玉が乗っていた。恐る恐るそれに触れると、頭の中に一つの声が聞こえてくる。これは、あの神の声だ。
【お気の毒ですが転族しました】
そうして僕は、一匹の竜に姿を変えた。
◇◇
第一部終了時点ステータス
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名前:ゾクオーン=テンプラー
年齢:16歳 性別:男 種族:光竜
天恵:転族の神殿(多頭の眼:練度9/10)
光輝の光(練度8/10)
状態:健康
加護:豊穣の手3、剣豪の風9、渇望の本6
妙薬の器9、暗殺の帳10、狩人の棘9
至高の舌7、悪戯の口6、大海の波6
甲羅の盾9、暴威の腕9、頑健の腸9
閃光の足9、顕微の指9、天翼の空9
特殊:鑑定、収納、観察、念話、遠見
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