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フリン

 街を臨む坂道の天辺に辿り着くと、大きな港町に到着する。村に入ってくる魚はこの街からも運ばれていた。殆どが川魚だけど、店で料理するところだと偶に知らない海の魚が入ってるんだよね。今日からは此処で海産物を堪能しつつ、鍛錬を続けて行こうと思う。海の魔獣も何が出て来るのか楽しみで仕方ない。

 まぁ、まずは組合への登録と宿探しだ。一年半ぶりなのでそれすらもワクワクしてしょうがない。目的の場所へ辿り着くと、村で貰ったドッグタグを見せて街のドックタグと交換してもらった。こうする事でどこの組合に所属しているのかを明確にするのだという。宿の場所を教えてもらい、長期滞在手続きを前金で全額払うと、リヤカーの荷物を部屋に運び入れた。リヤカーはそのまま宿に預かって貰えたので、そのまま使いまわせそうだ。


「さぁ、海だ。まずは釣り竿と銛を探すか!あと網だな」


 海水パンツ?そんな高尚なものは着ませんよ?素潜り用の全身タイツっぽい潜水具にきまってるじゃないですか。ダイアウルフ討伐の成功報酬だけで三百万ゼンは貰っているのだから、大金の力で色々と揃えてしまう。そうして宿に戻れば明日からは漁師生活だ。折角、海に面した街に居るのだから、天恵【大海の波】を極めようじゃないか!


 ■■■ステータス■■■■■■■■■■■■

 名前:ゾクオーン=テンプラー

 年齢:9歳 性別:男 種族:人間

 天恵:転族の神殿(大海の波:練度1/10)

 状態:健康

 加護:豊穣の手3、剣豪の風5、渇望の本5

 妙薬の器2、暗殺の帳1、狩人の棘7

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ◇◇



 さぁ、海に潜ろうと言うところで、何やら悲鳴が聞こえたので港から遠い浜辺に来ております、ゾクオーンです。ここは人気が少なく、誰も立ち寄らない場所に見えますが…こんな所で悲鳴とかどう考えてもイケナイ事をしているに決まっている!と勇んで来てはみたものの…、小さい男の子がちょっと大きな男の子達に銛を奪われて泣いているじゃありませんか。

 これは、あれか、虐めの現場だな。ゆ・る・さ・ぬ!


「おどれら、なにしてくさってやがるんじゃぼげがぁぁぁぁ!」

「うわっ!?なんだこいつ!?」


 僕よりちょっと小さい、加害側側の男の子達はフジツボが生えている岩場で蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。おい、銛を返しやがれ。


「ちくしょうめ、逃がしたか……おい、大丈夫か」

「あ、うん。ありがと」


 おお…うつむき気味に見上げたショートヘアの男の子は無茶苦茶可愛かった。まだ六歳くらいだろうか。海水に濡れているのに髪の毛がキラキラとして、クリクリの眼もキラキラと輝いて…、いやまて、おじさん勘違いしちゃいそうです。この子は男の子!だって去っていった言った蜘蛛の子達と同じ服着てるし!


「う、うん。ああ、いや。無事なら良いんだが、銛は?いいのか」

「あ、取られちゃった……どうしよう」

「親に怒られそうか?」

「うん」

「僕に銛の使い方を教えてくれたら貸しても良いぞ」

「え、でも…」

「銛は初心者だから、優しく教えてくれるかな」

「あはは、なにそれ。いいよ、ボクが教えてあげる」


 僕って言ったな。よし目の前の可愛い子は男の子。確定したな。だから、俺の心の〇ンコよ、治まるのだ。この子は男の子だ。僕に男色の気は無いぞ!因みに名前はフリンというらしい。



 ◇◇



 その後、銛を奪われたまま帰ると怒られると泣きそうになったフリンを家まで送り、事情を家族である父親に話して事なきを得た。どうやら近所の悪ガキどもは有名らしい。僕は組合のドックタグを見せたら楽に信用を得たので、少しだけ親父さんの事が心配になった。もしかしなくてもお人好しなのだろうか。まぁ、夕飯も御馳走になったし、余計な心配事は不要か。


「じゃあ、フリン。明日もまたよろしくね」

「うん!またね、クオン!」

「ありがとうな、ボウズ」


 そんな感じでフリンと遊びつつも漁師の鍛錬を積みつつ、季節は春から夏へ、夏から秋へと移り変わり、冬になると潜る事が出来ないくらいに寒くなってしまった。因みにアレ以来、悪ガキ共には絡まれていない。親父さんが相手の親から銛を取り返していたので、何か言い含めて居たのだろう。ついでに、組合員である俺がどういう人間であるかも組合内で知られているらしいので、それも影響しているのかもしれない。

 冬場の冷たい海風に晒されながら、フリンと一緒に岬で釣り糸を垂らして話していた。


「王狼討ち?ああ、何か知らない間にそんな二つ名が付いたみたいでさ。初めて聞いた時は呆れたよ」

「でも二つ名が付く人ってすごいんでしょ?じゃあクオンはすごい人だよね!」

「まだまだ、そんな凄い人じゃないよ。僕なんて、王狼ダイアウルフ相手に全力を出さないと勝てない程度のヘッポコさ」

「でもでも、斃せるってだけですごいよ。ボクはね、クオンはむねはっていいとおもうよ」

「そうかなぁ…」


 それって多分、この世界基準で強い人の証って話なんだろうけれど、ファンタジーな世界ではダイアウルフって結構な雑魚敵だった気がするんだよなぁ。そう考えると大したことが無い様な気になってしまう。僕はまだまだなんだなぁって、母親の墓の前で自省したよ。


「それより、フリン引いてるよ」

「えっ、あっ」


 横を向いて僕との話に夢中になっていたフリンの竿が揺れている。竿が引っ張られて、このままだと海の中に竿が落ちてしまいそうだ。


「おっと、ととと…えっ、おい!」

「うわっ!」


 慌てて俺の竿を固定具に付け、フリンの所に歩いて行こうとしたが、竿を掴んだフリンまでもが海に引きずり込まれようとしている。このままじゃ、冷たい海にドボンだ。


「フリン!」

「うわぁぁぁ!」


 竿を話せばいいものを、銛を失った事があるからか取られまいとしてフリンは海に飛び込んで行ってしまった。その後を追うように僕も飛び込み、海の中でもがくフリンを背中から抱き寄せて海面を目指す。一気に到達すると、フリンが飲み込んだと思しき塩辛い水を吐き出させた。背中から胃の辺りに両手を当てて一気に引く。ゲボォという声と共にフリンが吐くと、吐しゃ物が海面にバラ撒かれる。


「悪い、塩水は飲んじゃダメなんだ!」

「げほっ」


 竿は諦めて岬の近くにある砂浜に上がると、急いでフリンを背負い荷物がある場所まで走った。荷物を急いで纏め、フリンを背負ったまま宿に戻る。走っている間にある程度乾いたのか、湿った足跡は付きにくくなっていた。


「すみません、海に落ちたのでこの子を部屋の風呂に入れます」

「ああ、急ぎな。震えてるじゃないか。良いから行きな!」

「ありがとうございます」


 一応、宿の受付に居る人に断ってから部屋に行くと、僕の部屋に備え付けられたバスタブにお湯を張った。ユニットバスなんてこの世界に無いだなんて思ったか? 飛行機や自動車がある世界なんだぜ。宿にユニットバスが無い訳が無いだろう。


「フリン風邪ひいちゃうから脱がすよ」

「え、ま、まっ」

「震えて喋れないだろが、大人しくしとけって」

「と、まっ、あぁっ」


 直立不動のフリンの上着を脱がせて半裸にし、ズボンも脱がせてトランクスっぽい下着を脱がせると、そこには綺麗な無毛の割れ目があった。後ろじゃなくて前の。つまり、そう。フリン君はフリンちゃんだったわけです。


「あ…れ…?」

「はぅぅぅぅぅ」


 しゃがんで見上げれば、両手をお腹の前に合わせて真っ赤になるフリンを見上げると、丁度、目と鼻の先にそれがあった。こんなマジマジと見たのは初めてかもしれない。


「ご、ごめん。フリン。えっと、お風呂はいろっか」

「はぅうん」


 このままだと本当に風邪をひいてしまうし、何より子供同士だ。気にする事は無い。九歳児と七歳児だ!気にする事は無い!

 その後、全身隅々まで洗いっこしたのは言うまでもない。



 ◇◇



「お、お父さん以外に見られたの初めてだよ、ボク…」

「お、親父さんには内緒にしようね」

「言えないよぅ」

「そ、そだね」


 脱いだ服を乾かしている間、部屋を暖房で温めて裸でベッドを共にした。人肌って本当に温かいんですね。感動した。

 ところで9歳にもなると精通もするわけでして、入浴中からギンギンなのをフリンにバレやしないかと気が気でない。これは心の年齢が高いせいだろうと前世のせいにした。許せ前世の僕よ!


「ねぇ、クオンの何で大きくなってるの」

「あ、温かくなってきたからじゃないかな」

「ねぇ、クオンの何でぬるぬるするの」

「あ、温かくなってきたからじゃないかな」

「ねぇ、クオン同じこと言ってるよ」

「あ、温かくなってきたからじゃないかな」


 等と供述しており、壊れたオモチャのように同じことを繰り返すしかなかった。

 苦し紛れにステータスを見て、少しでも意識を他の事に向けようとした結果、妙な天恵が芽吹いていたのは閉口せざるを得なかった。


 ■■■ステータス■■■■■■■■■■■■

 名前:ゾクオーン=テンプラー

 年齢:9歳 性別:男 種族:人間

 天恵:転族の神殿(大海の波:練度2/10)

 状態:健康

 加護:豊穣の手3、剣豪の風5、渇望の本5

 妙薬の器2、暗殺の帳1、狩人の棘7

 至高の舌1、悪戯の口1

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ◇◇



 天恵【悪戯の口】。これは、どうやら遊び人の天恵であるらしい。天恵神殿という街にのみ存在する宗教組織で確認してきたので間違いない。この天恵神殿というのは、紙に天恵を与えて下さったことを感謝しつつ、天恵によって何が出来るのかを研究する事も忘れない、信心があるのかないのか良く解らない組織でもある。


「あ、いや、知り合いがそういう天恵を持っていると聞いたので、聞き出せなくて。それで確認しに来ただけです。僕は別の天恵ですのでお気になさらず。あはははは…」

「そうですか。また何かありました何時でもお祈りに来てくださいね」

「そうします。それでは」


 つまりこれは、僕がクオンとそういう事をしたと見做されたという結果なのだろう。これには自分に呆れるばかりなのだが、もう一つの天恵は待ちに待った念願の天恵だった。

 料理の天恵【至高の舌】を習得できたのだ。これは浜辺焼等の料理をしながら釣りをしたりした結果だと思う。これまでも料理をする機会には恵まれたのだけれど、狩りの最中に火であぶっただけだったり塩を駆けただけだったりと、中々酷いものだった。とても料理とは見做されないものだったのだろう。


 このように、自分の行動がトリガーとなり、それが評価されて初めて僕は新たな天恵を得られるらしい。という事は、大海の波もそれに見合った行動を必要とされる訳だ。そう考えたら素潜りと堤防釣りしかしていない。これではとても漁師とは呼べないのではないか?と考えた僕は、フリンの竿が無くなった事の説明ついでに、親父さんの船に乗せてもらえないか交渉しに行った。



 ◇◇



 結論として失敗した。というのも、フリンが急激に女の子っぽくなったので、フリンの親父さんが何かに感付いた事で船に乗るどころの話じゃなくなった。

 そもそも組合員であろうとも、僕は未だ未成年の子供であるし、そんな子供を漁師の腕を磨きたいからと言って易々と乗せる訳にはいかない。それならばフリンと一緒に釣りの腕を上げておけという話に落ち着いたのだ。

 それとは別にフリンの事を親父さんが応援したいという思惑もあるのだろう。あの一件以来、フリンは俺から離れるのを嫌がるようになったし、俺を見る目が前よりもキラキラしているのがあからさま過ぎる。そんな娘の恋を応援したいらしい。

 フリンは可愛いが、だからといってこのまま漁師で居続けるのも…。僕はこのまま旅を続けたいが今すぐどこか別の場所に行くわけじゃない。何かいい方法があれば、フリンとお付き合いしていく事も考えるんだけどなぁ。第一優先はやっぱり世界を旅してまわるって事になるだろうと思うんだ。それが、嘘偽りのない僕の本音だ。

 うん。これはハッキリと伝えておいた方が良いだろう。


「お二人に先に言っておきたい事があるのですが―――」


 話した結果、何かを勘違いしたフリンは泣き、親父さんは烈火のごとく怒り始めた。


「まだ、今すぐ何処かに行くわけじゃないので、来年かもしれないし五年後かもしれません。なので、五年経ってもこの街に居続けたら、フリンの事は真剣に考えてみたいと思います」

「まぁ…今はそれで良いだろう。お前もまだ子供だしな。いや、俺もおかしなことを言ってるのは、薄々自覚があったんだ。それでもフリンには死んだ母親の分まで幸せになって貰いたいのさ」

「なるほど…」


 そういう事情があったのか。親父さんが嫁に逃げられた訳じゃなかったんだね。僕、思わず勘違いしちゃってたよハハハ。済みません勘違いしてどちらかの不倫を予想していました。フリンの親だけに。

 そんなこんながあって現在、僕は親父さんの家に居候する事になった。何でだろうね。



 ◇◇



 宿を引き払い、親父さんの家に引っ越した。元々それなりに荷物があっただが、亡くなった嫁さんと三人で暮らしていたにしても大きな家だったので、僕の小荷物を置いた所でフリンの家はどうとでもなった。


「これは、狩りの道具か?」

「森で野犬を追いかけたりしていましたよ」

「大海持ちなのに森に入ったのか!」


 親父さんが僕の荷物を持ち上げながら驚くと、予備のポシェットがころりと落ちた。


「王狼も倒しました」

「クオンは王狼討ちって二つ名持ちなんだって!」

「二つ名持ちなのかよ。まだ子供だってのに凄い奴だな」


 変な姿勢で動きの止まった親父さんの手元から、悪臭爆弾が落下した。それを落とすなんてとんでもない!!!


「まだまだ未熟者ですよ。もっと強くならなきゃ。あの程度の相手を片手間で倒せるくらいにはなりたいですね」

「今、どうやった?落としたのをいつ受け取ったんだ?」


 シュパッと動いてササっと悪臭爆弾を回収すると、何気ない振りをして家に運び込んだ。フリン、この爆弾は気にしちゃいけない。オイルサーディンで地獄を見るよ。

 そんな調子で作業部屋に僕の荷物の殆どを運び込み、何故かフリンの部屋に僕の寝床が確保された。


「今は構わんが、再来年くらいには手を出すなよ。早産は体に悪いと聞く」

「知ってますから安心してください」

「そうか」

「お父さんもクオンも何言ってるの!?」


 おお、フリンはもう、そういうのを知ってるのか。そりゃ宿で誘惑してくるだけはあるな。無意識? 御冗談を…。



 ◇◇



 それからというもの、僕は週一で組合の仕事を熟し、週五でフリンと一緒に釣りを行い、更に週一でフリンと親父さんと三人で遊んだりした。親父さんは毎日日帰りで漁をするので、結構時間に融通が利くのだ。なので週に一日はフリンが家にこもりっきりになる事が多い。以前のような男の子の襲撃がある可能性が出てきた事と、最近のフリンが滅茶苦茶可愛いせいで、迂闊に外に出すと攫われかねないから。


 いやね、この世界、普通に街を歩いてるだけで悪徳奴隷商に攫われるんですよ。僕も何度か狙われたことあるし。一度目を付けられたら家にこもってるくらいしか回避する方法が無いので、フリンちゃんには週一の外出禁止令を厳命した。

 フリンがどうしてこんなにも狙われているかと言うと、女の子らしい格好を僕がさせ始めたからに他ならない。髪を梳かし、ワンピースを着せ、可愛らしいサンダルやブーツを履かせ、チョーカーや髪飾り等を付けて、ワンポイントのリュックを背負わせたら完璧な女の子になったのだ。これを攫わないだなんて悪徳奴隷商の眼が節穴だとしか思えない。

 週に一度はこの姿で街を歩いているのだ。おとり捜査かと思われるレベルで注目を浴びているからして、こっちもそれなりに警戒しなければならないのだ!


 そんな理由からか判らないが、最近のフリンは料理に目覚めたらしい。魚介スープを作ったり、ブイヨンの作り方までマスターしている。まだ天恵が定着する前の七歳児だというのに末恐ろしい…!

 もしかすると既に天恵の効果が表れていて、ステータスとして表示されないだけなのかもしれない。そう考えると僕らはこの世界に生まれた瞬間から天恵を与えられているのかもしれないね。まぁ、今となっては色々と気付くのが遅かったとも言えるが。



 ◇◇



 越冬して春の到来を示す梅の花が咲き誇る頃、ああ、日本の気候にそっくりな場所でよかったなと毎年のように神様に感謝しつつ、大通りを歩いていた。本日はフリンが家に篭もり、僕は組合員として仕事をしていた。

 剣豪の風が順調に育ち、数値で言うと7になった際に、周囲の気配に敏感になった。所謂、間合いの内側だけの超敏感な結界を作ることが出来るようになったのだ。その内側だけならば指先を微かに動かそうが、瞬きの回数を正確に数えられるレベルで周囲の状況を把握できる。

 それらを鍛えるべく、街の巡回警備であったり、犯罪捜査協力などの依頼を受け続けていた。そのせいだろうか、街の裏側に住む連中に目を付けられているらしい。実際に襲い掛かってきた事もあるし、それら全てを蹴散らしてもきた。

 十歳を迎えて体が一回り大きくなったせいだろうか。腰に佩いた山刀が重さを感じなくなってきたくらいには一心同体といったレベルの相棒になりつつある。そんな獲物で蹴散らすものだから相手の方は悲惨の一言で、良くて首が飛び、悪くて臓腑を辺り一面にまき散らすむごい結果になり易い。

 そんな仕事を繰り返していたせいか、王狼討ちの名は裏社会ではそこそこ有名になってしまっている。それもこれもこのステータスが悪い。


 ■■■ステータス■■■■■■■■■■■■

 名前:ゾクオーン=テンプラー

 年齢:10歳 性別:男 種族:人間

 天恵:転族の神殿(大海の波:練度4/10)

 状態:健康

 加護:豊穣の手3、剣豪の風7、渇望の本5

 妙薬の器3、暗殺の帳6、狩人の棘7

 至高の舌1、悪戯の口2

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 暗殺の帳が6になってしまっている。この天恵、足音を消し、匂いを消し、相手の感知を極限まで薄めるという凄まじい隠密仕様だ。そのせいで闇夜の王狼などという妙な名も出回っているので、王狼討ちとは別人だという噂まで流して、日常の僕とは別人扱いにしてもらうように情報屋に頼んで流させたくらいだ。良い値段したんだよ…。

 お陰様で近接戦闘ならそこそこやれるようになったし、十歳にしては順調に成長し得ていると思われる。基準が周囲のガキどもなのであまり比較にならないが。

 天恵が無かったら僕もああして何も知らないまま生きていたんだろうか、と少しだけ考えることもある。ただ、そうするとフリンと出会う事も無かった気がする。あの悲鳴を聞いて助けに行く事なく大人を呼んでいただろうからね。


 さて、本日も晴天なり。大通りは静かなりってね。この尾行している相手は裏通りで相手をしよう。その方が余計な目に付きにくかろう。



 ◇◇



 追手から逃れて姿を消すと破落戸の尾行者は一人で、キョロキョロと周囲を探し始めた。物陰から音も無く近づくと膝裏を足で叩いて曲げ、下がった首の後ろに山刀の峰を叩きこむ。ちょっと骨が砕けたかもしれない音がしたが、まぁ大丈夫だろう。そのまま物陰に引きずり込むと持ち物検査をして勉強代を頂く。そして僕は日常へと戻っていった。

 そう、思った瞬間だった。


 僕の目の前には一人の黒尽くめの何者かが現れた。


「その幼さでその手際。一体どこで学んだのだろうな」

「我流だよ先輩」


 僕が腰のナイフを右手に、山刀を左手の逆手に持ち盾にした。これは危険な相手だ。なにせ気配を読めなかったのだから。【剣豪の風】の天恵で相手が出来るか? まぁ、無理だろう。だから【暗殺の帳】と【狩人の棘】の天恵も総動員させた。

 精神を集中させ、【剣豪の風】領域を展開して防御し、【暗殺の帳】で気配を抑えて【狩人の風】で一撃を狙う。さらに【悪戯の口】で思考誘導も行おう。


「分が悪いのに仕掛けて来るのか」

「己がお前より劣っているなどと傲慢な考えは持たない事だ。お前は此処で終わる」


 刺さった。それで良い。自分が優位に立っているという僅かな自信を持ってくれれば。たったそれだけで、一瞬の勝負ごとにおいて大きな違いになる。


「行くよ、ワンちゃん」

「ほざけ」


 摺り足で近づき、相手を領域に捉える。目の前に居るかの用意感じるのに相手は側面へと体をズラしていく。それに気付かないふりをしながら攻撃のチャンスを見逃さない。一撃だ。たったそれだけでいい。我慢。我慢。我慢。我慢。我慢………。


 ギィン、ドスッ。


 超至近距離で真横に倒れつつ攻撃を山刀で防ぎ、同時にその姿勢からナイフを相手の首に投げて刺した。綺麗に入った物だ。黒尽くめの男?は何が起きたのか一瞬把握するまでに時間を要し、気付くと目を見開いた。

 刃渡りニ十五センチのナイフが顎から脳天に掛けて刺さっている。小脳に直接刺さったので体を動かす事は勿論、思考も止まったのかもしれない。倒れた男は失血死するまでそのまま痙攣を続けていた。

 久しぶりに厭な汗を掻いた。こんな気分は早々味わいたくないものだ。おっと、監視者が居る筈だし、この男の体を探ってから早々に処理してしまおう。なんの為に裏通りを選んだのか判らなくなるじゃないか。

 天恵【狩人の棘】で素早く解体し、付近にあったゴミ集積ボックスに投げ入れて行くと、峰内にした男が目を覚ました。丁度いいや、この頭部だけになった男の素性について聞いてみよう。


「おはよう、尾行者君。この男について何か知らないかい。知っている事を話せば生かして帰そう。知らないのならこのまま死ね」

「あっ、あっ、ひっ」


 破落戸は軽く混乱していたけれど、両足を砕いた所で正直に話してくれた。どうも暗殺組織なる所があるらしく、破落戸たちのトップが依頼して僕を消しに来たらしい。破落戸親分の居場所を吐いてもらい、彼は解放してあげた。


「今から動いたほうが良いか。このまま時間が立つほどフリンたちの身の安全が保障できなくなるな。あと、組合長にも依頼を出しておこう。フリン親子の護衛だ。依頼料はそこそこだせるし、ここの組合は近くにダンジョンがあるから強い奴らが多い」


 ダンジョンとは神の遊技場と言われている場所だ。短い時間で大量の経験を積むことが出来るが、ダンジョンの外に出ると引き延ばされた分の時間摩擦で外界に出た瞬間に一気に老化するらしい。一番酷い実例は外に出た瞬間に老人が灰にになって消えたという話がある。引き延ばされた時間で老人になるまで内部に居たのならば、その数百倍の時間が一気に襲い掛かって来たのだろうと組合に遭ったダンジョン関連の本には書かれていたが…。果たして事実なのかどうかは不明だ。事例として書かれていたのも数百年前の内容だし、そもそも現在のダンジョンでは一気に老化したという話が出ていない。昔は時間差が激しかったのだろうとコメントが書いてあったが、果たして事実なのか妄想の類なのか今となっては何とも言えない内容だ。

 しかしながらダンジョンで鍛えた連中は例外なく天恵の位階が高い。それだけ腕に自信のある連中が多い。そういった組合員に護衛の依頼を出すならば、それ相応の報酬も必要となるのだ。


「という訳で、フリンと親父さんを護衛してもらいたいです。他に護衛して欲しい連中なんて身に覚えが無いですから」

「わかった。二十万ゼンからだぞ」

「百万出します」

「…分かった、気を付けて行けよ。裏町はこの街の連中の中心核と言っても良い所だ。余り舐めないようにな」

「元より、あっちが始めた事です。あちらこそ、僕を舐めないで欲しい所ですよ。あ、

 これ賞金首らしいので監禁お願いしますね」

「ん? これって、音無しのククラか!!とんでもねえの持ってきたがったな」


 驚く組合長を背後に早速とばかりに受付で処理を行い、依頼を出しつつ賞金をそのまま依頼料に当ててもらった。差引プラスになるらしい。あの黒尽くめ、結構な有名人だったのかもね。でもまぁ、死んだら終わりだ。裏町の連中も、もしかしたら僕も。死んだら終わりなんだよ。



 ◇◇



 浅く息を吐き、空気の流れに同化するようにして歩を進める。一人また一人とナイフの錆にしていくと、裏町を纏めているという男の所に辿り着いた。極度の集中状態にあるせいか、男が何を言っているのか判らない。やる事はシンプルだ。ただ、殺す。只々殺す。それだけだった。



 ◇◇



 予め確認していた首を三つ、組合長の元に持っていくと、丁寧に確認したのちにそれぞれを賞金首として認定し、僕の懐に大量の賞金が振り込まれた。先の黒尽くめの男と合わせて千八百万の賞金額になった。対した金額だよ。億に届かないとはいえ、これだけあれば十年単位で安泰を得られる。


 一通り仕事を終えると、僕はフリンの家に帰って来た。家の前には護衛の探索者ダンジョンランナーが五名とも集まっていた。既に組合から完了連絡が着ていたらしい。僕を見るなり一斉に武器を構えたのは驚いたけど。


「な、何だ。王狼討ちかよ。やべえ気配纏いながら近づくんじゃねえぜ」

「全くだ。どれだけ殺してきたのか知らないが、街中で殺気をバラ撒きながら歩き回るのは感心せぬな」


 二人ほど構えを解いて、僕に教えてくれた。殺気。そうか、これは僕の殺気か。だから道中で鳥などの動物や魔獣が飛び去っていったのだな。目を閉じて静かに瞑想すると、幾らか気が静まって来たのを自覚できた。


「助かる。それくらいじゃないと、幾ら依頼人とは言え、安心して話も出来ないからな」

「失礼しました。これで依頼は完了となりますので。報酬は組合で受け取ってください」

「了解した…で、裏町はどうなったんだ?」

「また頭が挿げ変わって、元の秩序を取り戻すでしょうね」

「それまで嵐が来そうだな。ヤレヤレだぜ」


 どこぞの海洋学者みたいなことを言いながら探索者達は組合へと引き上げていった。そして、家の扉を開け、フリンたちの顔を見た僕は安堵の為か、静かに涙を流した。



 ◇◇



 暗殺騒ぎがあってから一年、僕は暫く組合の仕事を休み続けていた。その代わりに本を読む時間が増え、フリンと常に一緒に行動するようになった。お陰様で【大海の波】もグングン成長中である。


 ■■■ステータス■■■■■■■■■■■■

 名前:ゾクオーン=テンプラー

 年齢:11歳 性別:男 種族:人間

 天恵:転族の神殿(大海の波:練度6/10)

 状態:健康

 加護:豊穣の手3、剣豪の風7、渇望の本6

 妙薬の器4、暗殺の帳7、狩人の棘8

 至高の舌2、悪戯の口5

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 知識を司る天恵【渇望の本】も成長著しい。ついでに【悪戯の口】も成長している。十一歳となった僕と、九歳となったフリン。ちょっと早いけれどお互いに求めあう関係になったので、同じベッドで寝ることが多くなった。子供の素肌というのは恐ろしい…。


 それは兎も角、漁師としてもそれなりになった以上、そろそろ海に出たい。という訳で、フリンにも同行してもらって今日は親父さんの船で日帰りの漁に出てみた。

 自動車と同じように回転する機構を用いたエンジンらしいが、それでスクリューを回して前進しているらしいけど、残念ながらその様を見ることは叶わない。前方から水を吸い込み後方から吐き出す勢いで前進したり、また逆にゆっくりと後退する事も可能なようだ。

 置き網を配置しながら船が進み、そして網自体が動いて、一度に大量の魚を取るらしい。【剣豪の風】と【狩人の棘】でブーストされた僕ならば、親父さんと同レベルの力を出して網を上げることが出来た。親父さん、驚いていたな。


 そうした教習漁業が行われると、今度は僕一人で船に乗って沖で網を引くようになった。それが二年も続く頃、僕は十三歳の成人を迎えていた。



 ◇◇



 成人の祝いは集落でも行われていたし、村でも年に一度は行われていた。ただ、街の規模になると対象者が多すぎるせいか、数千人の成人を纏めて招くことが難しい。というかこの街には港以外に人が集まれるような場所がない。なので、基本的には成人を船に乗せて、岸から街の皆がお祝いをするという流れだった。なんだか見世物になってるみたいで気恥しかった。

 そうそう、フリンは八歳の時に天恵【至高の舌】を取得していたので、毎日家に帰ってフリンの料理を食べるのが待ち遠しい。もう完全に餌付けされているのを自覚している。

 フリンと僕は、僕の成人に合わせて正式に婚約したし、今も尚、一緒に寝ている。最近は避妊具の消費が多くて財布の減りが…。まぁ、いいか。幸せの代金だと思っておこう。

 そんな事を船の上で揺られながら埠頭に並ぶフリンを見て微笑んでいた。だからだろうか、彼女の胸から赤い色をした剣が生えていくのに、僕はただ、見ている事しか出来なかった。


「あ……なん…おい、誰か、あいつを、いや、フリン。フリン!!」


 倒れたフリンの後ろから黒尽くめの何者かが現れ、周囲の人間を虐殺していった。何百人もいた人間が次々と殺されていく。沖に出た船から、僕はただ、見ている事しか出来なかった。


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