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産まれた集落

十話未満で終わります

 グッと全身を抑え込まれて、衝撃が僕を襲う。水面下でもがきながら誰かに声を掛けられているような気がして、嗚呼これは夢だと思いながら体を楽にした。そんな事をしている場合ではないのに、と後になって後悔したのだが。時間は待ってはくれない。日進月歩は座右の銘だ。



 ◇◇



 僕が産まれたのは一週間前だ。しがない農村に居を構える一家の末子で、他にも子供が沢山いる。これまで数え上げることが出来たのは五人の子供だったので、少なくとも六番目の子供だろう。

 生後一週間で何故そんな事を察知できているのかと言うと、お察しの通り転生したらしい。悲しい事に前世の事は覚えちゃいないが、神っぽい何かにあったような気がするのは覚えている。ただ『あっ、ミスった。まぁいいや、いってらっしゃい』とだけ言われて、気付いたら母親のお腹から産まれた次第なのだが、何をミスったのか不安でしょうがない。

 白昼夢のような神との邂逅だったが、アレが神であるナニカだとはハッキリと確信できているのも不思議だ。存在の圧迫感や迫力といった物で圧倒され、まるで心の内を詳らかに読み解かれたような、その瞬間に相手の情報も頭にねじ込まれたような、何とも言えない感覚だ。だからこそ、かの存在が神だと植え付けられているのかもしれないが。

 まぁそれはともかく、赤ん坊は赤ん坊らしく、授乳と排泄という大切な仕事を熟さなければならない。ついでに構ってくれる周囲に反応を返すのも大切だ。殆どは母親の背中なので、出来ることも無い。一人で放っておかれても困るけれど、大概暇だから仕事と割り切って、しおらしくしようじゃないか。



 ◇◇



 神にあったからと言って、この世界がファンタジーかと思いきやそんな事は無いらしい。薄氷のようなステータス画面は現れないし、周囲の人間が魔法を使ったりしない。ただ、「天恵」と呼ばれる不思議な力で、常軌を逸した行動は目撃した。

 我が家は小麦農家なのだが、麦藁を刈り取る際にその異常な行動を目撃するに至った。大鎌を腰に据えた母親が、素早く麦を刈り取ると同時に穂を中心に麦藁が楕円上にクルクルッと空中で渦巻いて包み込み、その足元に落ちたのだ。その麦玉は出荷され店頭に並ぶ際にもそのままらしい。一玉で大人数人分は食べられそうな大きさなので、それらがザクッと刈られ、クルクルと空中で玉になっていきつつ母親は狩り進んでいく。父親も同様で、祖父母はそれを要所要所で手伝いつつ、籠を背負った子供たちに麦玉の回収を指示している。

 そうして大量の麦玉を農協のような所へ出荷し、代金が生活費になっているようだ。僕はその様子を見て「やっぱここ地球じゃないわ」と確信した。生後六か月の頃の秋口に差し掛かった季節の事であった。



 ◇◇



 農家だからと言って我が家は貧乏ではない。というより大分、裕福な農家らしい。祖父母、叔父叔母、両親と兄弟姉妹、更には従兄弟たちが一緒に住んでいるので、随分と大きな木造平屋敷に住んでいる。中心に祖父母が生活する二階建ての木造家屋があり、その次に大きな一階建ての木造平屋に両親と僕ら兄弟姉妹が住む。叔父叔母とその子供たちは祖父母の家を囲むように作られた平屋に住んでいた。

 行ってみれば豪族の家だ。周囲の土地一帯が我が家の農地で、それらを同じ苗字を持つ家々が管理している。つまり、この辺りの家と土地は、全て親戚が管理している。僕の祖父はその棟梁みたいなもので、僕の父親が次の棟梁なのだそうだ。

 麦刈りで示された通り、広大な農地は全て超速農作業で熟されるので、地球のような農業用機械など不要だ。全ては天恵の力であり、生まれついての農民は農業系の天恵を得やすいらしい。その天恵の名を【豊穣の手】という。

 農業に関わるあらゆる行動が神懸った結果になり、農作物は豊作が確約される。但しそれ以外の行動はいたって普通で、料理人になりたい!と料理を学んで見ても、料理系の天恵である【至高の舌】には勝てない。というか勝負にすらならない。腐りかけの料理素材を使っても、最高の料理素材を使った素人料理人より上手に作れる上に、栄養価も格段に高くなるらしい。

 ただし、これらの天恵はただ所持しているだけでは十全な効果を発揮できず、鍛錬を積まないと麦玉を作ったり、腐った肉が最高のステーキに変じたりはしない、と父親が食卓で兄に語っていた。僕は「まるで育成ゲームみたいだな」と思いながら離乳食を食べていた。

 僕がゲームのようだと感じたのは、与えられた手段で行動する部分が特に似ていると思ったからに他ならない。大抵のゲームはルールがあり、そのルールの中で努力すれば勝利を得られる。

 では、このファンタジーめいた現実での勝利とは何か。農民になる事だろうか。それとも別の職業を願う事で英雄や豪商になる事だろうか。僕の願いは何だろう。パッと出てこないのは前世から同じだったように思う。何となく生きて、そして今ここにいる。それが僕だ。



 ◇◇



 天恵が与えられるのは凡そ八歳だと言われている。つまり八歳までには人生設計を確たるものにしなければならない。両親や祖父母にこの世界の様々な職業の話を聞いても「豊穣の手を貰えるように祈っておきなさい」としか言わないのだ。つまり家族の願いは農業の稼ぎ手として立派になる事だろう。兄弟も親の刷り込みが上手くいっているのか、「ほーじょーのてを貰うんだ!」と言って憚らない。

 僕は嫌だ。確かに麦玉を作る技は凄いけど、これだけ特異な世界に生まれたのだから、もっと夢のある人生を送りたい。幸いなことにこの世界の技術は何度も革命的な発達があったらしく、冷蔵庫もあるしお風呂もあるし、何なら全屋敷でクーラー完備である。荷運び用のトラックもあるし、偶に空を飛行機が飛んでいる。どちらもエンジン音が聞こえないので、恐らく科学力の賜物では無いのだろうけれど。

 そうなると、都会を見てみたいという欲が産まれてくる。見上げる高層建築。高速で疾走する自動車、もしかしたら巨大スクリーンでニュースも流れているかもしれない。前世の地球の文明レベルに近い都市があるのだとしたら、是非ともお目にかかりたいし、何よりあやかりたいとも思う。

 そうなると、僕は何を目指すべきだろうか。前世地球の基準で考えると………。まずは事務的な仕事が出来ると確実だろう。いや待て、その立場に着くには家柄が必要となる可能性が高い。何故なら天恵を得た家が、代々で重要なポストを占有しているかもしれない。そうなったら僕の割り込む隙間なんて無いのではなかろうか。

 では、土木関係の天恵はどうだろうか。それこそロボットのように動き続けられるかもしれないし、農民のように日夜、働かされ続けるかもしれない。いや待て、専門知識が前提となるのは当たり前だろう。残念ながら前世の知識には工業系の知識が殆ど無い。精々が建物を建てる場合には基礎固めが大事で、地下深くまで杭を打ち込まないと地震などの揺れに弱くなるという程度だ。

 では、貿易関係の天恵は同だろうか。前提となる商売の知識ならある程度は持っている。残念ながらそれを学べる場所に居ないのだが。そうなると八歳までに学ぶ環境がある所を見つける所から始めないといけない。農協的なところも、上から指示された事を適宜処理しているだけって感じだったしな。一番可能性が低いかもしれない。


 あれ、これって農民以外になれる可能性が皆無じゃないのかな。僕は農業を志す以外に道が無いのか。諦めが肝心なのかなぁ…。



 ◇◇



 農家の子供と言っても、親の手伝いをする以外は大抵暇である。最低限の事を教えてくれる先生は居るが、大きな学校がある訳でもないし、親の代から使っていた教科書を都度先生に渡されて読み書き計算を覚える程度だ。この辺りでは【豊穣の手】を覚える人間こそが価値ある人間として見做される。だからなのか、授業時間も一日一時間程度だ。

 朝のうちにお勉強が終わると、子供たちは手伝いを熟して昼前には遊びに出かける。ある子は御飯事おままごとをし、ある子は木の棒でチャンバラをし、ある子は駆けっこを延々と続けている。自由に遊ぶ子供はそうして子供たちの中でコミュニティを作り、狭い世界で人と人の関わり方を学んでいく。

 五歳になった僕はと言うと、ひたすら勉強を続けている。もっと外の世界の事が知りたい。この狭い集落の中で人生を終わらせたくない。そう思って学び舎に通い始めてからは、少ない歴史書などを読み漁っていた。

 そんな生活を続けていたからだろうか、随分と子供達とは関係の薄い「妙な子」が出来上がった。一体何をやっているのか誰も知らない変な子で、ずっと本の蟲。会話をしてもまるで何を言っているのか、子供達には理解できない子として扱われ始めた。良く解らない異物と捉われた僕はそれから八歳になるまで、分かりやすい虐めに遭った。



 ◇◇



 親の前では子供はイイ子で居ようとする。逆に親の目に留まらない間は真逆だ。ことあるごとに僕の邪魔をしようとし、靴を盗まれ服を盗まれ本を盗まれる。それぞれの物が無くなったと大人に相談すれば、管理が悪いと怒られる。次第にエスカレートした虐めは、段々と言葉の暴力になり、最後には殴る蹴るの暴力に発展していくまで、それほどの時間は掛からなかった。僕は、それらに対抗する力を得ようと心得た。

 前世の知識が在ろうとも僕は僕だ。心は幼いし体も幼い。適宜、知識を前世から取り出しているだけで、周囲の同調圧力に一人で耐えられるような強い腕力も忍耐力も無い。だから知識を使って本を読みながら体を鍛えた。技を思い出し、棒を振った。砂袋を利用して鍛錬器具を作った。親には豊穣の手を手に入れる為だと嘘をついた。大嘘だ。全ては僕を虐めている兄弟や従弟をぶちのめす為だ。そうして私は虐めに耐えながら三年の時を過ごした。



 ◇◇



 そろそろ八歳になりそうな頃、僕の一番上の兄である十三歳の男を見下ろした。木刀を二本持って彼の前に立ち、一本を渡し、そして勝負を挑んだ。そして勝った。完膚なきまでに叩きのめし、手足を打撲だらけにしてやった。


「僕はそれ以上の怪我を負ってきたけど、仕事に支障が出そうだから、その程度で止めてあげるよ。豊穣の手を持っていても、アンタはその程度なんだ。折角の天恵も虐めの役には立たなかったね」


 その後、僕は僕を虐めていた一人一人に同じことをした。収穫期だったせいで、祖父は元より両親や叔父叔母からも叱られた。正当な復讐だと言ったが受け入れてもらえなかったらしい。父親に殴られた。復讐した全員は病院送りなので、間違った事をしたとは思っているし、親の拳くらいは真っ当に受けようと思った。

 それ以降、僕はより一層孤立した。一人でいる時間が増えたし、親の手伝い以外で誰かと一緒にいる時間もない。食事も台所で受け取って山の中に造られた監視所のような所で食べた。ここは良い。一人になれる。

 監視所は櫓のような作りになっていて、本来は火事や水害が発生した時に状況を把握するために登る場所だ。毎回ここにお握りかパンを持って登り、食事をして本を読む。

 学び舎の先生にお願いして本を沢山取り寄せてもらった。新しい本が来たら、それを何度も何度も読みなおす。そうして頭の中に落とし込み、外の世界に想いを馳せるんだ。そうして僕は八歳の誕生日を迎えた。



 ◇◇



 天恵を受けるタイミングは分かりやすい。いきなり自分の視界にステータスボードが現れるから。これを見た時は「嗚呼、やっぱりファンタジー世界じゃん」と安堵した。何故だか安心したのだ。だって、そうじゃないといつまでもこの集落に居なきゃいけない気がしたから。【豊穣の手】を持たない子は集落の外に出される。成人する十三歳までは置いてくれるが、そうじゃない子も居る。僕のように。


「本当に良いのかい。まだ早いだろうに。せめてもう少し大きくなってからでも良いんじゃないかい」

「もう、決めたから。行ってきます」


 祖母と母だけは心配してくれたが、祖父と父親と他の連中は出発の朝に顔も出さなかった。あまりにも関りが無くて名前すら思い出せない奴もいたくらいだから丁度いい。いつもお握りとパンをくれた祖母や母には感謝しようと思う。

 早速と玄関を出て集落の小道を駆けだした。向かう先は一番近い村だ。まずは其処を拠点にして先々の事を考える。そこから先のルートも大体決めているが、まずは村だ。家の集落よりも大きい村落とあって、若干の期待もしている。僕は期待を胸に、喜びを足に掛けて集落を飛び出した。


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