カワイイの暴力
ホラーコメディなので怖さはほどほどだと思います(作者比)。
木曜の深夜一時。草木も眠る丑三つ時という奴である。
この時間、あるラジオ局では細々と、しかし確実にコアな人気を獲得している番組がオンエアされていた。
「はいっ☆ というわけでぇ♪ 今日も始まりましたぁ~! 早速タイトルコール言っちゃうよ? 皆も一緒にかわいく言ってね☆ せーのっ!」
深夜に似つかわしくないテンションで、そのパーソナリティーはアニメ声を張り上げ、タイトルコールを読み上げる。
「河井 猪湖のぉ!『キュート☆プリティ☆ラブリィ』~!! パチパチパチ!」
自分でパチパチと言いながら同時に拍手もするが、それが激しすぎてバッチンバッチンという音を出す河井。重ねて言うが今は深夜1時、午前1時だ。実にテンションが高い。
「この番組は! 世の中にある【カワイイ】を探し、愛でる番組です☆ じゃあ早速メールを読んでいきましょ~♪ えーと、ラジオネーム『深夜割増』さんからです。『いのこさんこんばんは』こんばんは!『いつも楽しく番組を聞いてます』ありがと~ございますぅ!」
手慣れた様子でメールを読みながらお礼の合いの手を入れるのも忘れない。
「『私はタクシーの運転手をしています』わ! 運転手さん! カワイイ!『この間この番組を聞きながらお客様を乗せましたら、そのお客様もこの番組をいつも聞いているそうで話が盛り上がりました』えっ!? 嬉しい~☆ ありがと~ございますぅ!! もうこの番組聞いているリスナー皆カワイイ!! 皆大好きぃ!!」
河井のキンキン声が更に半オクターブ上がった。
「『そのお客様は、いのこさんのリスナーだけあってとてもカワイイお客様だったのですが』うんうん!『突然ピタリと喋らなくなったので、不思議に思いバックミラーを見ました』ふんふん。『すると、そこには誰も映っていなかったんです』えー!!!」
河井は一瞬ためを作ってからメールの本文を読む作業に戻る。
「『慌てて車を止めて後ろを見ますと、後部座席には誰もおらずシートはぐっしょりと濡れていました』……えー!! それって、それって……」
再度、河井の声が半オクターブ上がり、お約束の台詞が飛び出す。スタッフも慣れたもので、台詞に合わせ、声にエコーのエフェクトをかけるスイッチをピタリのタイミングで入れた。
「カ ワ イ イ !!!」
イィ……ィ……とエコーが落ち着いてから再び河井は口を開いた。
「だってカワイイでしょ? きっとそのお客さん、盛り上がり過ぎて汗をいっぱいかいちゃったんだね☆ それで恥ずかしくなって車から飛び降りたんじゃない? シャイでカワイイ~♪ 『深夜割増』さん、メールありがとうございました!」
河井はお礼の言葉を述べながらも、次のメールにもう目を通している。
「それでは次のメールです♪ ラジオネーム『熱狂的猪湖信者』さん、あ! いつもの人だ☆ 毎週ありがと~ございますぅ~」
この『熱狂的猪湖信者』という奴は常連だ。ただし、面白い事を書くからよくメールが採用されるという訳ではない。毎週他を圧倒する件数のメールを送りつけるという、正に名前通りの熱狂的な行動を取ってくる為に、やむを得ずスタッフが毎週最低一件は彼(彼女かもしれないが)のメールを採用しているという裏事情がある。
一度、彼のメールを1件も採用しない週があったのだが、その後「何故読まれなかったのですか? 僕は何か悪いことでもしましたか?」という悲哀と誘い受けに満ちたメールが500件近く、更にそれでは足りなかったのかFAXまでも送られてきた。縦に繋げると7メートルオーバーにもなる枚数である。
これらは全て『熱狂的猪湖信者』ひとりから送りつけられたもので、スタッフは対応に追われ頭を痛くした。以来、この“裏事情”は暗黙の了解で行われているのである。
「『大好きな猪湖さんこんばんは!』こんばんは~♪『毎日毎日猪湖さんの事を考えていて、猪湖さんのようになりたいと思ってます』きゃっ、ありがと~ございますぅ☆」
“裏事情”などリスナーには微塵も感じさせずに、河井は明るくメールを読みながら返事の合いの手を入れていく。こういうところは流石にプロである。
「『どうしたら猪湖さんのようなカワイイ声が出せるようになりますか?』だそうです。嬉しい! えーと声ですが、喉は痛めないように気を付けてますね。冷房は寒くしすぎないようにとか、除湿は使わないとか。あとミルクティを飲んでます☆ 今もここにありますよ♪」
河井はマイクのそばでわざと自前のタンブラーを揺らし、ちゃぷちゃぷ、と音を立てた。
「ミルクティってカワイイですよね! 色も優しい感じだし、香りも、そして飲んだときのまろやかさ♪ ほら、ちょっと前に流行った? タピオカドリンクもミルクティでしたもんね☆ あれってカワイイ見た目でしたよね~!」
タピオカドリンクが流行ったのはちょっと前ではなく結構前なのだが、こういうズレも河井の「カワイイところ」の一つとして認知されている。
「ではでは次のメールです♪『もう何も無い』さんから。何々……?『彼氏にフラれました。もうおしまいです。私にはもう何も残っていません。手首を切って死のうと思います』えー!! 大変! それって……」
河井が半秒の間、息を吸いながらガラス越しにスタッフをチラリと見る。スタッフは心得たとばかりにエコーのエフェクトをかける。
「か わ い さ げ な !」
なァ……ァ……とエコーが落ち着くと再び河井が口を開く。
「ごっめえん☆ 焦って地元の方言が出ちゃいました♪ かわいさげな、ってのは可哀想に、って意味です。でもなんかこの言い方、かわいくないですかぁ? かわいさげな、流行んないかな~?」
一呼吸置いて、アニメ声から少しだけトーンを落として話す河井。
「んー、でも『もう何も無い』さんは、とてもカワイイ人だと思います。失恋して死にたくなるだなんて、すっごくピュアだよね。カワイイと思う! そんなカワイイ『もう何も無い』さんなら、きっと次の素敵な恋が待ってると思うから、もう少し生きてみてもいいんじゃないかな~? それに……」
もう一度河井がブースからガラス越しにスタッフを見るが、今度はその視線はスタッフの頭に向き、口元はニヤリと笑っている。
「手首を切るのはやめましょうよ。ほら『けがない』ってよく言うでしょ? ここのスタジオは『毛が無い』人だらけで照らされて明るいですよ~☆ キラキラピカピカでカワイイの!」
スタッフの苦さを含んだ笑いが起きたところで、河井は次のメールを読んだ。
「では次のメール♪ あ、また『熱狂的猪湖信者』さんだ。えーと?『猪湖さん、僕が煎れたミルクティを飲んでゆっくり休んで欲しいです。その間はこのラジオを僕が守りますから安心してください』……? どゆこと? あ、まだ続きがある」
長い改行を挟み、続く文章をスクロールして読む河井。
「『僕は猪湖さんの代わりになりたいんです。今、ミルクティを持って逢いに来ました。すぐ近くに居ます』……? えっ! 来ちゃったの!? やだぁ☆ ココ関係者以外立入禁止だよぉ? でもそんなに思ってくれるなんてカワイ……」
バン! と音がしてスタジオの扉が開いた。スタッフが振り向くと魔法瓶とバールのようなものを手に持った男が立っている。その遥か向こうの廊下には、紺の制服を身に着けた人間の倒れている姿……警備員を殴り、強引に突破してきたのだろう。
その場にいたスタッフ数人は戦慄したがブースの向こうに居る河井はまだその様子に気づかない。
「……イよねぇ。『熱狂的猪湖信者』さん、ありがと~ございますぅ! でもホントに来ないでね(笑)」
「なっ!」
「きゃぁあああ!!」
「僕はァ! 猪湖さんのようなァ! カワイイ人間になるゥ!!」
闖入者はバールのようなものを振りかぶり、アニメ声というよりも錆びた金切り声をあげながら、逃げ惑うスタッフを押しのけてブースに近づいた。そして。
「!!」
ガラス越しに河井と目が合う。
「……」
「……あっ」
先に動いたのは河井だった。ラジオで無言は即放送事故になる。緊急時でもプロ根性は忘れないのだ。
「えっ、嘘☆ い~や~だぁ! スペシャルゲスト!? ホントに『熱狂的猪湖信者』さんが来ちゃったの!? ナニコレどっきり!? カッワイイ!!!」
「……あっ、僕帰ります」
闖入者は河井の顔を見た途端、一気に夕方の朝顔のように萎れ、バールのようなものを持った手をブランと垂らした。
そして男性スタッフと、慌てて駆け付けた他の警備員に取り押さえられた。
「……えっ? 何々? 帰っちゃうの!? やだぁ、シャイでカワイイ♪」
河井はラジオブースの外でただならぬ事が起きていたと知りながら、それをリスナーには悟らせずにいつものハイテンションで放送を続けた。彼はプロなのだ。
河井 猪湖、34歳。アニメ声に似合わぬ、スキンヘッドでイカツイ見た目のおっさん。
心霊ネタも、ヤンデレメンヘラも、成り代わり願望のあるストーカーですらも。全てそのアニメ声と【カワイイ】で薙ぎ倒し、話をまとめるプロである。
彼のリスナーは敬愛を込めて、そうでない人は畏怖の感情を込めて、彼をこう評す。
「カワイイの暴力」と。
なろうの広告に「カワイイの暴力」という言葉が出て来たので広告は見ずに一本書いてみました。
お読み頂き、ありがとうございました!