記録No.4 転機と相棒の甘え
「…フル装備の設定、完成っと…あとは教官に頼んで部品寄こしてもらおう…」
っかぁ〜、と伸びをする。
装備、出力、推進器、装甲…もうどんだけセッティングしたか…
案の定、何時間ほどか作業していたようで、チップを取りだし、外に出て、格納庫内の時計を見ると、
「…おう…もう2時かよ…」
確か作業開始が9時だったので、かなり経っている。
気づけば腹も鳴っている。
「食堂行くかぁ…」
俺はハッチを閉めて、食堂へと歩き出した。
胸ポケットから、爪楊枝を取り出し、口に含んだ。
コクピット内で篭っていたため、少し陰鬱としていた気分が、ミントの爽快感に書き換えられ、スッキリとする。
頭の後ろで両手を組み、上機嫌で歩みを進め、曲がり角に差し掛かったところで、
「…ん?」
「あ…」
見慣れないパイロットと遭遇した。
前にエースとやりあって戻ってきた時、格納庫にいた子だ。
前は遠巻きから見ていたので、細かいところはわからなかったが、どうやら綺麗な顔立ちのようで、いい目をしている。
「何か用か?」
まじまじとこちらを見つめているので、疑問を口にした。
「…あの…」
深紅の…いや、少し緑がかったような色の眼。
その瞳は、少し震えていて、何かに怯えている、そんな気がした。
「ん?」
「…あなたは、なんで、戦うんですか?」
目の前の人間は、落ち着かないのか、目を右往左往させていた。
俺は少し目を見開いた。
俺は別に焦ってもいなかった。
「なんで、か…まだ候補生の人間に、それ聞くのは違うんじゃないか?」
「…何度か実践に行ったことがある、とメグ教官より聞きましたが…」
「誤魔化しは効かないってか…戦う理由か、そんなもん、生きるためさ。生きるために戦ってる、別に戦いが好きなわけじゃない」
本音だ。
今まで何度か戦場に行ったが、死ってのはいっつも隣に居座っている。
俺の事はあまり好きじゃないようだが、部隊員は好かれているのか、よくお持ち帰りされては、帰ってこない。
そして、その部隊員の死の重みだけは、いつまで経っても慣れない。
俺があの時、こう動いていれば、とか、たらればの思考は頭ん中に居候している。
ただ、それを塗り替えられるだけの理由は頭にある。
「…じゃあ、なんでここに居るんですか?戦わない道も、あったはずです…!」
気づけば、俺は目の前の少女に詰め寄られていた。
だが、怯みもしないし怯えもしない。
「…探し人が居てな、その人も軍人だったんだ。完全に行方不明なんだが、きっと生きてるはずなんだ。それを追い続けてる、これもひとつの理由だ、要件はこれだけか?」
「あ、いえ…最後に名前だけお伺いしても?」
俺は姿勢を直し、敬礼しながら、
「ディーコン・ウェイド、階級次期大尉、現在候補生だ、そっちは?」
そう言うと、相手も姿勢を正して、
「エイヴリル・ローナ、階級少佐、現在パイロットをスカウト中です」
子供が何かを見つけて、興奮しているような笑顔で、そう告げてきた。
俺はその後飯を食って、教官の部屋に来ていた。
「教官、フル装備のチップが完成したんで、武具支給、お願いします」
本日二回目である。
「ほ〜う?前言ってたあれか、分かった、本部に言っとこう…今のところ、戦争は拮抗状態だが、資源に余裕はあるはずだから、すぐ来ると思うぞ、あとお前の成績とかそういうやつ的にも優待してくれてるからな、本部は」
「…情報源の方は?」
「うちの馴染みだ、階級はあっちの方が上で、裏も知ってる奴だ、信用はできる」
「さすがですね…」
相変わらず頼りになる教官である。
俺は少しばかり安堵していた。
フル装備、これが完成したら、正直適当なオプション装備よりも強そうなので、期待と興奮しかしていないのである。
なおこれは内心なので、表にはそんなに出していないはずである。
「…ディーク、実は君に本部から伝令があってな、期間としては全然余裕があったから、また今度伝えようと思ってたんだが、今言うことにする」
「な、なんですか?」
いつもふらっと色々と伝えてくる教官が、珍しくとても言いずらそうな顔をしていたので、身構えてしまった。
「…君はまだ未成年だから、戦場に経つ必要はあまりないはずなんだが…本部も流石に、君みたいな実力者を野放しにするのは、やはりもったいないとか思うのだろう。そこで『派遣』という名目で、ここに来ている『スレイプニル隊』のエイヴリル・ローナ隊長、リーゼロッテ・フェン副隊長、両少佐と第87防衛拠点に向かい、敵新型兵器なるものを調査、撃墜してくれとのことだ…すまない、私が突っぱねれば良かったんだが、そう上手くも行かなかった…」
教官は非常に申し訳なさそうにしていた。
まぁ、本部の考えは最もである。
あとあの2人これでこの基地に来ていたのか、休暇でもスカウトでもなかったわけだ、しかもあの2人同じ隊なのか…
「いえ、お気になさらず。敵の新型ですか、情報はどれほど?」
「大型、ということしか分かってないらしい…というか乗り気なんだな!?てっきりシャロが出れないから断固拒否するかと思っていたのだが…」
教官はかなり驚いて、椅子から立ち上がった。
俺もちょっと驚いた。
「あ〜まぁ、それもちらっと過りましたけど、あくまで派遣でしょう?戻ってこないわけじゃありませんから」
「…そうだな、じゃあ頼む、6日後までに向こうに移れとの事だ、いつ出発にする?」
本部は案外遠慮のない命令を出していたらしい、なんてやつだ。
まぁ、これだけ操縦技量があると判断されると、おそらく戦闘狂か何かと思われているのだろう。
「両少佐の都合は?」
「ローナの方はいつでもいいらしいが、フェンの方はまだまだいる予定、と来た時に言ってたな、お前もフル装備組むまでは動けないだろ?」
「まぁ…それはそうですね、とりあえずフル装備が完成次第ってことにしときますね」
「おう、本部に…言っとかないといけねぇな…」
部屋にいるふたりは、はぁ、とため息を吐いた。
その後俺は部屋を出て、
「ったく、本部も容赦ねぇなぁ…」
俺は爪楊枝を噛みながら愚痴っていた。
大体おかしい、訓練生を平気で派遣する気があるとか、正気の沙汰ではないと思いたい。
だがそんなこと言ってると訓練生が30機も敵機体を落とすとか普通じゃないと言われるので口には出さない。
なぜなら、ご最もだからだ。
「あ、ディー!」
おや、天使が降臨したようだ。
しかも天使は俺の胸に舞ってきた。
「…んふぅ〜…」
天使はふやけた笑みを浮かべながら、俺に抱きついてくれた。
にやけそうになるが、そのニヤケを爽やかな方の笑みに何とか替えながら話しかけた。
「お、シャロ。リズはどうしたんだ?」
「なんか違うお姉さんに引きずられてったよ、『訓練やだァァァァァ』って叫びながら」
「多分そのお姉さんって、エイヴリル少佐だな…あの人そんな一面があんのかよ…」
「ディーよりちょっと背がちっさくて、青い髪のポニーテールだった、綺麗な人だった」
「確実に少佐だな…まぁ、リズも少佐ではあるんだが」
あのリズのことだ、多分シャロを構いすぎたんだろう、そこを確保されたのだろう、愚かなり…
まぁ正直どうでもいいので、今のうちにシャロに色々と説明しておこうと思う。
「なぁシャロ」
「ん〜…なぁに〜?」
「ぐっ…い、いや、あのな、何日か後に派遣でちょっと居なくなるから、それを今言っとこうと思って…」
相変わらず高すぎる天使の破壊力に罪悪感を感じつつ唸りながら、何とか要件を伝えた。
そしてその要件を聞いた天使は、
「え?…な、なんでぇ…」
一瞬で涙目になった。
「やーだーやーだー…」
そして顔を胸に当てながらポコポコと打撃して来て、俺はかなりのダメージを受けた。
一応、背が小さいとか力が弱いとか少しあるが、シャロも訓練生なので、一応、本当に一応、体術や格闘技等はこなせるらしいのだが…目の前の少女、しかも己の弱さを隠そうともしない甘えん坊が、とても殴り合いとかできる気があまりしないのである。
「や、やだって言ってもなぁ…しょうがない事なんだ、別に帰ってこない訳じゃないから、な?」
「…それでも、不安…やだ…」
「う〜む…どうしても行かないといけないんだが、ダメか?」
「…じゃあ、帰ってきたら、何でも言う事聞いて?」
微妙に納得のいかない顔をしつつ、上目に要望を伝えてきた。
無論断るはずもなく、
「仰せのままに、なんでも聞こう」
俺は頭を撫でてやりながら、笑顔で答えた。