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第七話

 ーー痛い


 何が起こった。


 ーー痛い、痛い、痛い


 蹴られたのか。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


「ーーっっうぁ」


 唐突な痛みに、脳が錯乱状態になっている。

 急に視界が歪んだと感じた瞬間、全身に衝撃が走る、天地がひっくり返ると共に身体が宙に浮いた感覚を覚え、その後、目の前にあるのは埃が舞う床であった。


 何が...と思考し始める前にその痛みは現れ、腹部を抉る様な感覚が次第に身体中を支配する。

 

 ーー痛い、痛い、痛い


「っうっっおぇ」


 言葉を発しようとも、それを阻止するかの様に喉から胃液が溢れ出す。

 それと同時に涙や鼻水が垂れるが、止めようと脳に伝達するほどそこに意識を持っていけない。


 ーー痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい


「がっっ...はぁ...っ」


 体の中の液体を全て出し切っているんじゃないかと錯覚するほどに口や目や鼻から液体が流れ出る。


「うっぷ...はぁ...はぁ...うぅ」


 嘔吐しながらも、生存本能か必死に酸素を取り入れようと息を吸い込む。


「ごほっっ...おぇっ」


 必死に呼吸をしようとするが喉からくる嘔吐感が邪魔し上手くできない。

 苦しさに悶え、意識が朦朧と薄れる。


 そんなアラヤを見下ろし、不思議そうに首を傾げる影が口を開く。


「なんでバレたんでしょうか、そんは素振りは見せてない筈ですけど」


 レイアと偽りの名を称する『それ』はうつ向けで悶えるアヤラの前にしゃがみ、その頭蓋に問いかける。


「聞いてます?聞こえてます?ねぇ、なんで解ったんですか?」


 アヤラの髪を鷲掴みし無理矢理顔を上げる。


「あはっ、酷い顔」


 否定はできない、涙を流しながら目を腫らし、鼻水を垂らす。

 口からは嘔吐により出てきた吐瀉物が顎を伝い、目に力はなく、脳は現在進行形で痛覚の警報を鳴らしている。

 出す物を出し切ったアラヤは憔悴した瞳で目の前にある顔を見る。

 その顔には怪我人を心配する憂いの表情はなく、ただ楽しげにに愉快そうににやける悪魔の様な表情が映る。


「デ...モン」


 荒い呼吸をしながら、先程見えた文字をもう一度口にする。


「答えて。なんで解ったの?」


「...」


「そう、まぁいいわ」


 『それ』は掴んでいたアラヤの髪を離し、立ち上がる。

 四肢が上手く働かないアラヤは重力に従い、床と痛みを伴う口づけを交わす事になる。


「せっかく綺麗になったのに今度は汚物まみれ、また掃除しないとーーね!」

 

 その言葉と同時に鋭い衝撃が走る。


「------つ!」


 『それ』の蹴りがアラヤの横腹を打つ、最初の蹴り程の威力は無いが、ゴロゴロと床を転がり、声も出せず蹲る。


「ねぇ、痛い?」


 『それ』は薄笑いを浮かべ聞いてくる。


「ねぇ、もっと叫んでいいのよ」


 『それ』は高揚した目で見つめてくる。


 ゆっくりと歩み寄る『それ』を前にアラヤは蹲りながらも呼吸を整えようとする。


 ほんの少しだが、認めたくもない現状を把握できるぐらいに脳が回復してきた。

 同時に脳がヤバいと警笛を鳴らす、しかしその警笛を無視するかのように四肢は動かない。

 いや、動きたくても力が入らない、手足はぶるぶると震えるばかりで言う事を聞かず、肩から先、腰から下が失ったのではないかと錯覚するレベルである。


「はぁ...はぁ...死ぬ」


 そんなネガティヴ発言を発声するも、ここからの打開策がない以上、それが実現する可能性大。


「考えろ...はぁ...ふぅ...考えろ」


 手足は動かないが、脳を動かす事はできる、今アラヤに出来ることは思考すること。

 この絶体絶命の状態を切り抜ける何かを見つけないと終わり、そう全て終わってしまう。

 ーー嫌だ


「嫌だ、嫌だ、まだ嫌だ」


 思考が声に出る。


「情けないですねぇ、嫌だ嫌だなんて赤ん坊さんですか?」


 気づくと、『それ』は既に目の前に立ち、腰を曲げてこちらを冷ややかな目で見下ろす。

 そのまま右手をアラヤの髪の毛に乗せ、


「よしよし、痛いのは嫌ですよね」


 とゆっくり丁寧にアラヤの髪を撫でる。

 その手から感じるのは人としての優しさを持つ温もりではなく、生理的な嫌悪感を放つ冷たさ。


「...やめてくれ」


 これ以上続けられると何かが壊れる気がする。

 しかし、『それ』はアラヤの言葉に耳を貸さずに撫で続ける。

 今すぐ跳ね除けたいが手足はまだ言う事を聞かない。


「やめろって言ってんーー」


 あまりの気持ち悪さに堪らず顔を上げ叫ぶが、それを遮るように口に何かが侵入する。


「あがっ」


 急な侵入物に目を見張り、目下にある異物を確認する。


「どうですかぁ、大好きなミカムデニッシュですよぉ、しっかり食べてくださいねぇ」


 雑にちぎられたミカムデニッシュを無理矢理口に放り込まれる。

 息ができず、侵入してくる異物を吐き出そうとしても、『それ』の手が邪魔をする。


 ーー死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ


 アラヤは掴まれている手を上下に頭を振る事で強引に振り解き、詰め込まれた物を吐き出す。


「げぼっ...がは...おぇ...」


 『それ』は吐き出された異物を一瞥し、ため息を溢す。


「駄目じゃないですか、ちゃんと食べないと大きくなれませんよ、これはし・つ・けです」


 パキッと鳴る音と共に叫びが木霊する。


 ーー折れた


 さっきまで、感覚が無いと認識していた左手、その指があり得ない方向に曲がっている。


「素敵な叫び、もっと聞かせてください」


 パキッ     


 ーーなんで


 聞くに堪えない叫びが部屋中に響き渡るなかに、場違いとも思われる女性の笑い声が混じる。


 ボキッ 

 

 ーーなんで俺なんだ


 パキパキッ


 ーー頼むから、もう


 終わらない痛み、恐怖、絶望に限界を迎える


 ーーもう、殺してくれ


 死してでもこの痛みの連続から逃れようと願いを望んだその時、


「ーーやっと見つけた」


 叫びと笑いが混じり合う喧騒を止めたのはアラヤでも『それ』でもなく、壁を破壊する衝撃音と共に部屋に入ってくる一人の者。


 その双眼に怒りと決意を宿し、黄金色の髪をなびかせ、白いローブを纏う少女。

 

「もう逃さない、ここで…倒す」


 空間が変わったかのように、部屋を静寂が支配する中、少女の言葉が突き通る。


 ーーなんで?


 アラヤはその声を知っている、その顔を知っている、その少女を知っている。


 その名をアラヤが呼ぶ前に、『それ』が立ち上がり、目を細め、その名を語る。


「レイア・クラスタルフ」


 アラヤの前に二人の少女が対峙する。

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