第四話
「ご馳走様」
ぱんっと手を合わせ合掌し、その場に立ち上がる。
「この度は命を救って頂きありがとうございます」
と深々とお辞儀と感謝の言葉。
「ふふっ、命だなんて大袈裟ですよ」
彼女はまだ食べかけのデニッシュを袋にしまい、こちらを見据える。
「いやいや、一文無しの俺からすると本当に天の恵み、神の慈悲、ありがたやぁありがたやぁですわ」
再び合掌し二度三度と深くお辞儀をする。
顔を上げ今度は正面から彼女を見る。
容姿端麗とはこういう人を言うんだろうと思える美少女。
顔立ちからは少し幼さを感じながらも品格漂う姿勢から大人としての魅力も放っている。そして、
「…素晴らしいBODY」
黒いローブを着用し、服の上からでも判るその強調された部分は幼子では出すことのできない魅力を解き放っている。たまらずボソッとつぶやいてしまう。
聞こえてしまったのか、聞こえなかったのか彼女は首をひねりこちらを不思議そうに見る。
「えーと、と、とりあえずお名前を聞いてもいい?いや、人に名前を聞くときはまずは自分から名乗るのがマナーか、よし自己紹介します。俺の名前は新谷創志、アラヤって呼んでくれ、年齢は20歳。株式会社...これはもう意味無いな、貯金が趣味で現在は...これももう関係ないか、特技は...無いな、となるとつまり現在の状況は無職、無一文、無為無能と三高ならぬ三無いや四無だな。あれ?生きていくのに絶望的だな...神様助けてくれ」
自信満々にアピールするどころか、現状を口に出していくことで自信を喪失していき、最後は顔を上げ神に祈る。
「こんな悲愴漂う自己紹介は初めてです」
彼女は「可哀そうに」と憐みの目で見られながら、「残りも食べます?」と袋を差し出し更なる施しを受ける。やめて、そんな目でみないで...
「だ、大丈夫...ありがとう」
「レイア・クラスタルフ」
「えっ…」
急に伝えられた言葉を聞き取れず反射的に呟く。
「私の名前、レイア・クラスタルフ。レイアって呼んでください、年齢は秘密です」
彼女は人差し指を唇に添える。
その行為だけでも可愛らしいが、座っているレイアと立っているアラヤの位置関係により発生する彼女の上目遣いが更なる効力を発生させ、その衝撃はアラヤの胸をドスッと貫いた。
「こ、効果抜群だ」
胸を押さえながら後ろに後ずさる。
漫画やアニメだけの仕草と思っていたが、まさか当事者で見ることができるとは、
「心を抑えろ、これはまだこの世界での序盤にすぎない。うふふ、あははの未来を生きる為、これぐらいで心を揺さぶられる訳には」
どうでもいい事に己の心と葛藤する。
そもそもアラヤにとって美少女と一対一で話す状況は未知なるものになる為、ちょっとしたことでも心が揺れ動く。
そんなことを知らない彼女は眼前に立つ男を上から下まで観察し疑問を口にする。
「余り見た事のない服装ですが、アラヤ様はどちらからいらっしゃったのですか?」
唐突な質問に葛藤を中断する。
「そんな、様なんてやめてくれ、呼び捨てでいい」
アラヤ様なんて呼ばれる理由は無いし恥ずかしい。
妄想では様付けメイドなどを夢見に描いていた事もあったが、実際呼ばれると歯痒い。
「何処から来たって言われると…そうだな、この場合は東にある島国ってので通じる?」
異世界で日本と言っても通じない事は分かりきってる、東西南北という概念がこの世界にあるかは分からんが、とりあえずテンプレートに沿っての説明。
「此処から東になるとカラシア国になりますが、島国というのは存じませんね」
「島国は通じないか、なら海って知ってる?」
「海…ですか、ごめんなさい、聞いた事は…」
彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
どうやらこの世界に『海』は存在しないらしい、いやそれか何か別の言い方なのか、
「湖は?」
「湖なら知っていますよ」
彼女はパァーと明るい顔をして答え、そして更に言葉を続ける。
「東の方ですとスニア湖がありますね。広大な湖に多種多様の生き物が存在していて特に魚が美味しいとも聞きますが」
海はないが湖はある、そして魚がいるってのは素晴らしい情報。
アラヤにとって魚とは食べ物中で頂点に位置するほどの大好物、「必ずそこに行く」と心に誓いをたてる。
「スニア湖近くからここまで来られたんですか?よく辿り着けましたね」
彼女は目を丸くして答える。
「難しいことなのか?」
「今は特に…ですね」
レイアは少し複雑そうな顔をして言葉を濁す。
「まぁ、気がついたら此処にいたみたいな感じだから問題無い、はい、この話終わり!」
めちゃくちゃ気になるが、あんまり詳しく聞かれるとボロを出しそうなので、曖昧な具合にはぐらかす。
「というか俺の出所なんてどうでもいい!それよりも…」
座っている彼女の前に跪き頭を下げ、
「この度の御礼をさせて頂きたい」
少しイケメンボイスを意識して騎士の風格を真似ながら述べる。
「そんな、御礼だなんて、私が勝手にした事ですから」
彼女は手を小刻みに振り、拒否の合図をみせる。
「いや、無償で物を貰うのは流石に気が引けます、本当になんでもよろしいので!...ごめん、金以外ならなんでもいいのでお願い!」
恩を貰うなら恩を返さなければいけない、例え相手が見返りを求めていなくても、一方通行で施しを受けるほどにまだ落ちぶれたくはない。
しかしその嘆願する姿は騎士の風格というよりかは、情けなく物乞いする人みたいになっているのはアラヤには無自覚である。
「そう言われても…」
彼女は困った顔で「ん〜」と悩みながら、目を瞑る。
「...」
数秒の沈黙が流れた後、目を開け、真剣な眼でアラヤを見据える。
「本当になんでもいいんですね?」
「男に二言はない!」
「分かりました、なら一つお願いしてもいいですか?」
「なんなりと!」
間髪入れずの反応に対し彼女は一呼吸入れ、
「では、私の家の掃除をお願いします」
右手に握りこぶしをつくり、彼女は真剣な目つきで「お掃除です!」と言い張ったのだった。