ひきこもり『一歩手前』のあなたへ
*** ***
どうも、センサイです。
今回は職を失ってから自分を蝕み始めた「シェイク」との日々を書きました。
この文が、いつか誰かの救いとなりますように。
*** ***
異変が起きたのは9月上旬の事である。私は既に職場を去り、晴れて無職生活をスタートしていた。平日の真っ昼間から何をしてもよし。ゲームをするなり、読書をするなり、ネットサーフィンをするなり、まさに自由である。
ある日、私は久々にカラオケへ行き、ヒトカラを満喫していた。お気に入りの曲を入れていき、自分以外の誰もいない個室で盛り上がる。そして利用時間が終盤に差し掛かったころ、一瞬しんとした室内で突如「ドスッ」という感覚と共に猛烈な罪悪感に襲われた。
そう、何故か申し訳なくなったのだ。誰にも謝る必要のない時間と空間で。
それから数曲歌ったが、心にべっとりと貼り付いた後ろめたさは最後まで剥がれなかった。結局、このドス黒い糊のようなものを引きずりながら自宅へと戻る。
せっかくなので何か名前を付けよう。こいつの名前は「シェイク」だ。
***
それから、私とシェイクの日々が始まった。
シェイクの好物は言葉らしい。それも、ネガティブなもの。私が前の職場で先輩から受けた嫌がらせを思い出し「あんな人、最後には一人になるんだよ」と溢した時、シェイクは目を輝かせて一文字残らずペロリと平らげた。待ち望んだ餌をようやくもらえた雛鳥のようだ。反対に、朝起きた時にカーテンの隙間から覗いた空を見て「いい天気だなあ」と何気なく呟いた時、シェイクはお気に召さなかったのか「いい天気だなあ」を蹴り飛ばし、部屋の隅で震えあがっていた。
シェイクは私が何処へ行こうともついてきた。ハローワークへ行くときも、友人と会う時も、精神科へ行くときも。部屋で本やゲームに集中している時も、しばしば顔を覗き込んできた。次の餌を逃すまいと構えているのだろう、影のように私の側から離れなかった。「他の人の所へ行ってしまえばいいのに」そう言いかけて、シェイクが満面の笑みを見せたので止めた。自分を責める言葉すらご馳走らしい。
シェイクが生まれてから二週間、外出する気力が無くなってきた。今まで気にも留めなかった外出の準備が随分と億劫になってきてしまっている。持っていくものを準備し、服を着替え、歯を磨き、寝癖を直す。たったこれだけの事を、腰が重いと感じる自分に驚きが隠せない。徐々に動きが鈍くなっていく私を見る度、シェイクはケタケタと笑い声をあげた。
***
いい加減、何とかしなければならない。しかし思うように体が動かない。シェイクは想定以上の早さで私の心を蝕みつつあった。大抵の不調は半年でも放置すれば治ると楽観的に構える能天気な性格が仇になったか。しかし、不思議と頭は冴えている。今のうちに奴の対策を講じなければなるまい。
シェイク。この怪物の正体は恐らく、怒り・悲しみ・無力感など様々な負の感情の集合体だ。心における表裏一体の「裏」に当たる部分と言ってもいい。誰にでもあるが、生涯を通しても飼い慣らすのは難しい代物である。だとすれば、シェイクは突如として私の目の前に現れたわけではない。気づかなかっただけなのだ。
自分を押し殺し、誰にでもいい顔をし、信用した振りだけで誰も信用しなかった結果、この化物が姿を現した。
私はもう手遅れかもしれないが、間欠泉のように噴き出した自身の悲鳴と向き合ってみようと思う。
***
職場を去ってから一ヶ月が経過した。依然として体は重い。もう夜遅いからか、シェイクは横でうとうとと居眠りしている。何とか外出する気力は残っているため、本やゲームを買い漁り、休み休み楽しんでいる。ただ一つ違うのは、がむしゃらに続けていた就職活動を一旦ストップした事だ。
次の職に在りつけない焦りから、以前はハローワークのみならず、民間の人材紹介会社にも多数登録していた。それにより、いつスマホを開いても大量の求人メールが届いていたのだ。そして焦りを掻き立てられる、それがシェイク出現の大きな要因だったのだと今では思う。
あなたのもとにも、いつかシェイクが姿を現すかもしれない。その時は、原因を探ろう。心との付き合いは一生ものなので、落ち着いてゆっくり向き合うくらいでちょうどいいかもしれない。
人生に、それぐらいの猶予はきっとある。