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あの時僕は、一人の小説家の才能を潰してしまったのかもしれない

作者: 佐藤湊

 夏目彩華(なつめあやか)は天才だ。

 僕——後藤圭吾(ごとうけいご)——はその事実を、この二年とちょっとの間に嫌というほど思い知らされた。


 それなのに、他人は彼女の才能を認めようとしない。あまつさえ、僕の小説の方が良いとまで言うのだ。

 それが僕には、たまらなく許せない。


 僕らは文芸部の部員で、部内ではお互いに唯一の同級生だった。

 僕ら以外の学年はどこも三人以上いたことを考えると、人数的には僕らの代が文芸部史上最も不作だったと言えるだろう。もっとも不作だなどと言われたことはないし、また言わせるつもりもないが。


 そんな僕らも、もう高校三年生。

 引退前最後にと他の下級生たちとともに、とある小説投稿サイトの、高校生向けの賞へ応募することにした。

 僕は去年同じ賞で奨励賞を獲得し、夏目は最終選考まで残ったものの、賞獲得には至らなかった。


 だが、今年こそは夏目が賞を取るだろう。

 事前に書いたものをお互い読み合ってみても、自分のものより彼女の方が優れていると思った。

 後輩の中には「そうですか?まあ、夏目センパイのも文章はキレイですけど」などとふざけたことを抜かしていたやつもいたが。全くもって、創作の何たるかを分かってない。


 一次選考、二次選考と僕らはともに順当に通過し、ついに最終選考がやってきた。

 部内でここまで残っているのは、昨年と同じく僕ら二人のみ。

 結果発表の時期が近づくにつれ、部内では僕らに気を遣ってか、不自然なくらいに賞に関する話題が減っていく。

 おそらく、僕らのいないところで存分に語り合っているのだろう。


 そうして迎えた、発表の日。

 学校の昼休みの時間に投稿サイトへ結果が載せられるとのことだったので、僕らはその時が来ると教室の席を立って部室へ向かった。部室のパソコンで一緒に賞の結果を見ようと前もって示し合わせていたのだ。


「いくよ」


 小説投稿サイト『ノベリストになろう』のトップ画面にて、「ノベリスト甲子園の最終選考が終了いたしました」と書かれたリンクにマウスポインターを合わせながら、夏目がなんでもないことのようにさらっと言った。

 僕はごくりと唾を飲み込んで「どうぞ」と彼女に促す。


 マウスでカチッと夏目は左クリックした。その先に表示された結果画面には、でかでかと大賞作品の名前が発表されていて、その作品は僕のものでも彼女のものでもなくて——


「あ、あった」


 僕より早く何かを見つけたらしい夏目の指差した先に目をやると、そこには僕の書いた小説のタイトルが、「奨励賞部門」の欄に表示されていた。でも、彼女のはどこにもない。絶対僕のより良いはずなのに、どこにも。


「……おかしい」

「え?」


 ぼそっと呟くと、夏目がきょとんとしてこちらを振り向く。

 ぱっちりとした目の横で、肩まで伸びた黒髪がさらさらと揺れた。


「こんなのおかしいよ。夏目の作品が、どこにもないじゃないか」

「……それはしょうがないよ。私のは、みんなに受けるようなのじゃないから」


 どこか他人事のように淡々と言う夏目の姿が、許せなくて。僕は彼女から目を逸らすと、足早に廊下へ出た。

 すると昼休みにも関わらず、廊下には文芸部の下級生たちが勢揃いして、こちらに聞き耳を立てていて。


「見世物じゃないんだぞ!」


 僕が怒鳴ると、「すいませんでしたァ!」と後輩たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


* * *


「やっぱりあの賞は、選考基準がおかしいよ。去年もそうだったけど、今年もだ。選考委員を変えた方が良い」


 その日の帰り道。夏目と二人で帰っていた僕は、彼女の傍らで散々に賞を貶していた。

 思えば去年もこんな風に僕が賞を貶し、彼女は苦笑しながらそんな僕を宥めていたような。

 歴史は繰り返す、というやつだろうか。


 ところがその日の夏目は、どこか様子がおかしかった。

 いつものような苦笑も、「そんなことないと思うけど」というやんわりとした否定の言葉も彼女から発されない。


 僕はしばらくぶつぶつと文句を言い続けてから、ようやく彼女の様子がおかしいことに気付いた。


「どうかした?」


 と尋ねると、「……どうもこうもないよ」と夏目がその場で立ち止まる。

 僕は慣性で2、3歩ほど彼女の先を行ってから、立ち止まって彼女の方を振り返った。


 その時不意に、夏目が笑い出した。

 それはまるで、彼女の作品を認めない賞や世間、ではなく、それらに大して文句を言う僕を嘲笑っているかのようで、「なんだよ、急に」と少しムッとしながら僕は尋ねた。それでも夏目の笑い声は止まらない。


 しばらく経ってようやく笑いが収まったのか、ハアハアと息をついてから夏目が話し始めた。


「だって、後藤が、ずーっと気づかないんだもん」

「気づかないって、何に」

「私の作品が、賞を取れるわけなんてないってことに。私のは、みんなのために書かれたものじゃないから」

「……どういうこと?」


 僕は眉を顰めた。


「例えば、今回書いたやつ」

「『迷える熱帯魚』だよな」

「あれ、何かに似てると思わなかった?」

「何かって……まあ強いていえば、『虚無への乾杯』かな」


 『虚無への乾杯』は、読者としての僕が最も好きな小説の一つだ。

 同時に、自分にはこんな小説とても書けないと、作者としての僕が絶望した作品でもある。

 夏目の『迷える熱帯魚』を読んだ時にも、絶望とまではいかずとも、似たような感情を僕は抱いた。


「でしょ?そういうこと」

「だから、どういうことだよ」


 未だに状況を理解できない僕を鈍臭いと思ったのだろうか、夏目がため息をつく。


「まだ分からない?じゃあ、私がその前に書いた小説は?何かに似てると思わなかった?」

「前に書いたのって……『風に乗ってどこまでも』だったっけ?あれは、うん、そうだな、強いて言えば……」


 そこまで考えて、はたと重大な事実に気付く。いや、でもまさか、そんなはずは……。


 僕は思わず、夏目を見た。

 彼女はその整った顔に切なげな笑みを浮かべていて、なぜだかそれは、僕の胸をずきんと痛めさせた。


 そう、今思い返せば。

 あれもこれも、どの小説も、彼女の書いたものは明らかに、僕の好みに寄せられたもので……。


 つまり、彼女の作品はなぜか僕にしか評価されないのではなくて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 確かに僕はこうして二人で帰る時、好きな小説や映画など、様々なものについて語ったことがあった。

 オタク丸出しで早口になって語る僕を彼女は生暖かい目で見つめていたから、てっきり話半分くらいに聞き流されていたものだと思っていたが、事実はどうやらその逆だったようだ。


「私ね、他の部員とか、世間の評価は別にどうでも良かったの。ただ後藤が気付いてくれれば、それで良かった」

「……」

「ま、でも後藤は、最後まで気付かなかったんだけどね。今のだって結局、ほとんど私の方から答え言っちゃったようなもんだし」

「……」

「じゃあね、後藤」


 呆然と突っ立っている僕を、夏目が早足で追い越して行った。

 遠ざかるその背中に、なんて声をかけたら良いのか僕には分からなくて。


 ただその場に、立ちすくむことしかできなかった。


* * *


 翌日、夏目は学校を休んだ。

 熱に浮かされたようにぼーっとしていた僕は、午前中にあらゆる授業で先生からの注意を受け、ついには担任の先生にお小言をいただくまでに至った。


 しかし、時間は僕らを待ってくれない。

 前回の賞への応募が僕ら三年生の最後の部活動だったから、最終選考の終わった昨日で僕と夏目は正式に引退。

 今日の昼休みに部長の引き継ぎを行う予定だった。


 迎えた昼休み。

 夏目がいないのは想定外だったものの、引退する三年生の会議で次期部長を決めるという我が部の伝統通り、僕らの間で誰を部長にするかは既に決めてある。

 あとは単にそれを本人に伝えるだけだから、彼女がいなくとも問題なかろう——そう思った僕は、新部長を部室に呼び出していた。


「えーっと、何でしょう?後藤センパイ」


 やって来たのは2年生の春風(はるかぜ)ひより。ボブカットの茶髪がよく似合う、ちんまりとした女の子だ。

 そして、昨日の部室盗み聞き事件の主犯格でもある。


 彼女は後輩としてウザいところも多々あったが、なんだかんだで皆に好かれる性格だった。

 そのうえ書き手としての実力も申し分なかったので、満場一致で部長に決まったというわけだ。

 まあ、満場一致と言っても、何度も言うように僕らの代は二人しか部員がいないのだけど。


「春風、君を部長に任命する」

「はあ……あの、一つ聞いていいですか?」


 単刀直入にそう告げると、春風は何度か目をぱちくりさせたあとでそんなことを言う。

 僕は僅かに億劫さを感じながらも「いいよ」と先を促した。


「なんかセンパイ、様子おかしくないですか?それに、夏目センパイもいませんし」

「僕の様子におかしいところなど何らない。それに、夏目センパイと僕が常に一緒にいるわけでもない。ついでに言うと、君は今一つでなく、二つのことを聞いた」


 夏目センパイ、という春風の言い方をあえて真似ながら僕が答えると、


「うわー、この人めんどくさ……。あの、悩みがあるのなら、私で良ければ聞きますけど」


 と顔を歪めながらも春風が提案してくれる。


「悩み、悩みね……」


 春風はなんだかんだで口が固い。

 ここで昨日の出来事を打ち明けたところで、それが後輩たちの間に広まる、などということはないだろう。


 しかし、そもそも後輩に悩みを相談とはいかがなものだろうか。

 これまで一応は素晴らしき先輩として振る舞ってきた、僕の権威が失墜することになりはしないだろうか。


「あ、その心配は無用です。私の中で、すでにセンパイの権威は失墜してますから」

「人の心を読むな!心を!」


 こいつには敵わないな。

 そう思った僕は、結局大人しく事情を説明することにした。


* * *


「……ええっと。まさか、それで終わり?」


 僕が事情を話し終えると、それまで口を挟まずに聞いていた春風が、信じられないという顔で尋ねてきた。

 口調がタメ口っぽくなっているあたり、どうやら本気で驚いている様子。


「まさかも何も、普通に終わりだよ。物語なら、バッドエンドってやつなのか? これは」


 部室に置かれているボロボロのソファーに腰掛け、足を組みながら僕は言った。

 そんな僕を春風は最初呆然と見つめていたが、なぜか徐々に表情を険しくする。


「バッドエンドって、何バカなこと言ってるんですか。これは物語じゃなくて人生なんです。まだいくらでも、着地は変えられるでしょ」

「でも、変えるったって……どういう風に?」


「センパイは、どうしたいんです?」

「は?」

「じゃあ聞き方を変えます。センパイは夏目センパイを、どう思ってるんですか?」

「どうって……」


 腕を組んで僕は考え込んだ。思い浮かぶのは、まさにこの部室で過ごした夏目との日々。

 思えば部に入ったばかりの頃は、お互いに下手くそな小説を書いて、それをお互いで見せ合って笑い合ったりして……。


 夏目が笑う顔、悔しそうにする顔、苦笑いする顔、泣きそうになる顔。

 彼女の色々な顔が、色々な角度で走馬灯のように次々と浮かび上がり、僕の脳裏を埋め尽くす。

 気付けば僕は、ソファーから立ち上がっていた。


 ……そうだ、僕はなんてバカだったんだ。答えなんて、最初から出てたじゃないか。


 僕は彼女の作品だけが好きだったわけじゃない。いつしか彼女そのものを、好きになっていたんだ。


「悪い、春風。ちょっと行かなきゃいけないところができた」

「全く、センパイは手がかかりますね」


 今は後輩の叩く生意気な口にも、反論のしようがない。

 僕は彼女に「ありがとう」と告げると、駆け足で部室を出る。


 部室の扉を閉めるその時。

 背後から「ま、センパイのそーいうとこ、キライじゃないですけどね」という春風の声が、聞こえたような気がした。


* * *


 クラスメイトの一人に「担任に早退するって伝えといて」と伝言を残すと、僕はすぐさま荷物をまとめて教室を出た。向かう先は、夏目の家。風邪なら家にいるはずだ。


 駅に着き、夏目の家の最寄り駅へ向かう電車に乗ったところで、彼女の家が具体的にどこにあるのかを自分が知らないことに気付いた。

 そう言えば彼女の家族構成だとか、彼女の好きな曲だとか、よくよく考えれば知らないことがあまりに多い。

 それだけこれまでの僕が、小説でしか夏目と向き合ってこなかったということなのだろう。


 いや、小説でも、果たして僕は真摯に向き合ってきたかどうか。

 だって、仮にもしそれが本当なら、夏目の想いにもっと早く気付けたはずじゃないか。

 そしてもっと早く、彼女の想いに対する答えを出せたはずじゃないか。


 そうやって自分を責めたくなるのを無理やり抑え込みながら、僕は夏目にLIMEで『今すぐに伝えたいことがある。これから家行くから、会えないかな?』と送った。

 送ってから、このメッセージだけではアブナイやつだと思われるんじゃなかろうか、という考えが頭をよぎり、さらに『風邪引いたんだよね?お見舞いしたい』と付け足しておく。


 しばらくして電車が目的の駅に着く頃、僕のメッセージに既読が付いた。

 その間僕は、夏目とのトーク画面に張り付いて待機していた。この際だから、なりふり構っていられない。


『伝えたいことって何?それ、LIMEじゃ言えないこと?』


 駅の構内を人の波に流されるようにして歩きながら、僕は素早く返信を打った。


『できるだけ、直接言いたい。ダメかな?』

『良いけど……今どこ?』

『もう駅に着いた。紅葉台で良いんだよね、最寄り』

『……じゃ、駅で待ってて。こっちから行くから』

『でも、風邪は大丈夫?』

『それ、仮病だから』


* * *


「言っとくけど、仮病は後藤のせいだからね」


 夏目は姿を見せるなり、ぶすっとした顔でそんなことを言う。

 僕は彼女の文句に、何も言い返せなかった。

 それは昨日の出来事に後ろめたさを感じていたからというのもあるけど、それだけではない。


 夏目は珍しく、私服姿だったのだ。

 膝丈の白いワンピースはシンプルながら彼女によく似合っていて、また、そこからすらっと伸びる手足が僕には眩しく見えた。そのせいか僕は、間抜けにもしばらく声を発せられなかった。


「ちょっと、なんか言ってよ。伝えたいこととやらが、あるんじゃないの」


 夏目は相変わらずぶすっとしながら、風で頬にかかった髪を、耳にかけた。

 そのさりげない仕草に、なぜかいつもよりどきっとしてしまう。昨日、あんな告白を聞いたからだろうか。


 なんとか邪念を振り切った僕は、ひとまず昨日の件を謝ることにした。


「昨日は、すまなかった。僕はあの後、君を追いかけるべきだったんだ。なのに、そうしなかった」

「……謝罪とかは別に良いんだけどさ」


 頭を下げると、ぼそっと夏目が言った。

 許してもらえたのかな? と顔を上げると、彼女の異様に熱を帯びた視線と直にぶつかる。


「追いかけて、どうしたかったの?」

「え?」

「だから、後藤は、私を追いかけて、その後どうしたかったの?」

「それは」


 僕は息を呑んだ。今、夏目は僕らの関係が決定的に変わるようなことを僕に聞いている。

 そしてそれは、相応の覚悟をした上でのこと。

 なにせ彼女は、小説を通じてずっと自分の気持ちを訴え続けていたくらいなのだから。


 だからこそここは、僕も真剣に答えねばなるまい。


「追いかけて、その……好きだって、言いたかった」


 ついに言った。言ってしまった。


「……私、こんなにめんどくさいのに?」


 長い沈黙の後、夏目はそんなことを口にした。

 想定していたのとは違う言葉に、間抜けにも僕は「え?」と聞き返してしまう。


「だって私、好きな人に振り向いてもらうためだけに、ずっと小説書いてたような変人だよ?」

「……知ってる」


 僕は頷いた。もっとも、そうと知ったのはつい最近のことだけど。


「ひよりちゃんみたいに、察し良くて気が利くわけでもないんだよ?」

「なんで春風の名前がここで出てくるのかは分からないけど……まあ、知ってる。だいたい、それを言うなら僕も察しは良くないし」


 僕はまた頷いた。


「それに私、後藤が気に入るような小説、もう書かなくなるかもよ? その、恋? って言って良いのか分からないけど、ともかくそれが叶っちゃったら、私にはもう、書く動機がなくなるわけだし」


 確かにそれは、少し残念かもしれない。

 それでも僕の中での答えは、もう決まっている。


「良いんだ、小説は。夏目の書く小説より、夏目本人が、その、つまり、もっと好きだから」


 最後の方は恥ずかしさからしどろもどろになってしまったけど、そんなことはどうでも良かった。

 夏目が泣き出してしまい、僕はさらにおろおろする羽目になったから。


* * *


 数年後の春。

 大学に通いながらプロ作家として本格的に活動し始めた僕は、彩華の買い物に付き合わされて、レディースものの服を多く取り扱うアパレルブランドのお店を覗いていた。


「ねえ、圭吾。これ、どっちが良いと思う?」


 男が一番困るタイプの質問をこちらへ投げかけつつ、二つの服を掲げながら小首を傾げる彩華。

 彼女をぼんやり眺めていると、今でも時々考えるとある疑念に、僕は再び行き当たった。


 あの時僕は、一人の小説家の才能を潰してしまったのかもしれない、と。


 実際彩華は、一応はプロの小説家になった僕と正反対に、あれ以来一度も小説を書いていなかった。

 それは当時の彼女が言っていた通り、書く動機とやらを失ってしまった、ということなのだろう。


 もし仮に、当時の僕が彼女の気持ちに応えなければ、どうなっていただろうか。

 全く別の世界が、そこにはあったかもしれない。つまり、小説家としての夏目彩華が、世間に認められる世界が。


 それでも、こうして二人でなんでもない日々を過ごして。


「——おーい、圭吾。ちゃんと聞いてた?デート中だよ、今」


 彼女の笑顔だったり、ちょっと怒る顔を見ていると。

 当時の自分の判断は、少なくとも僕にとっては、絶対に間違っていなかったと思うのだ。


 ……しかし、彩華にとってはどうなのだろう。


「ねえ、どっち?」

「……あのさ。彩華は今、幸せ?」

「……なんで急に、そんなこと聞くの」

「なんでもだ。頼む、答えてくれないか?」


 僕の切羽詰まった口調に何かを感じ取ったのか、彩華はしょうがないなあという風に頬を緩める。


「わざわざ言わなきゃ分からない? それ」

「分からないよ。僕は察しが良くないから」

「……」


 彩華は手に取っていた服を、一度ハンガーラックに戻した。

 同じタイプの服の別の色を取ろうと手を伸ばすその顔が、僕の位置からでは見えなくなったその時。


「幸せだよ、私。だって今この時は、過去の私が一番望んでた未来だから」


 彼女は確かに、そう言った。

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[良い点] ・ありきたりな設定を上手に調理されている事 ・読みやすい文章構成 [一言] Twitterで作品の紹介いただきありがとうございます。
2021/09/17 13:11 退会済み
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