第06話 「絶対にお断りだわ!」
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
「それで、最後に何か言い残すことはある?」
背景に可憐な花が咲いてそうなほどのきれいな笑顔を佑奈は浮かべている……最も、言葉と表情が一致していないが。
あれから、俺はすぐに部屋を出た。そして、別室で取り調べ? を受けているのだった。
「頼む、話を聞いてくれ! これには理由が……」
「はんっ! どうだか……」
忌々し気な目で俺のことを睨んでくるのは佑奈の妹──雛鞠だ。
そりゃあ、裸を見られたんだから怒るよな……。
雛鞠は佑奈と似てかなりの美少女だった。
第一印象は、色鮮やかなじゃじゃ馬娘。
赤みがかった茶髪をセミロングに、身長は俺と同じくらいだから、女の子としては高い方だろう。凹凸のはっきりとしたすらりとした体型。まるで、モデルのようだ。
「結果的に覗いてしまったことは悪かった、この通りだ」
雛鞠に頭を下げる。
部屋を間違えてしまったとはいえ、怒られて当然だ。
「ただ、トイレと間違ってしまっただけで──」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ……」
呆れたようにため息をつく佑奈が、俺の言葉を引き継ぐ。
「どうせ隆弘のことだから、緊張してたせいで部屋を間違えた。どうせそんなところでしょ」
「佑奈~」
俺のことを信じてくれることに思わずジーンとしてしまった。
「私の裸をジロジロと見たくせに……」
雛鞠がボソッと呟く。
「やっぱり有罪。隆弘のスケベ……」
頬を膨らませ、佑奈は一気に不機嫌になってしまった。
なんていうことでしょう。匠の言葉によって、味方であった幼なじみは一気に敵へと早変わりです。これには思わず、滝のような冷や汗も待ったなしです。
「なんですか、騒々しい」
凛とした声が聞こえてきた、声の方角に目を向けると、佑奈をそのまま大人にしたような女性が部屋に入ってきた。ただ、佑奈に比べ、冷静というか理知的に見える。
「あ、ママ!」
正体は佑奈のお母さん──美佐子さんだった。最後に会ったのが小学校だから、忘れてたよ。
雛鞠は泣きつくように佑奈のお母さんの元へ駆けよる。
「こいつがね、私の着替えを覗き込んできたの! 変態だわっ!」
「着替えを……」
顎に手を当て、思案する佑奈のお母さん。
お、終わった……同時に俺の脳裏には、荷物をまとめて黒沢家を出ていくところまで見えてしまった。
「お母さん! これにはね──」
流石に佑奈もまずいと思ったのか、フォローに回ってくれる。
「佑奈、静かになさい。隆弘さんがそんなことをする人じゃないってことは分かってますから」
上品にな微笑を携える美佐子さん。
「ちょっと、ママ!?」
そんな美佐子さんに、雛鞠は納得がいっていないようだった。
「隆弘さんが家に来たのは昨日。部屋を間違えて当然でしょう。それとも、あなたは初めて訪れた家で絶対に部屋を間違えないとでも言うんですか?」
「それは……」
悔しそうに唇をかむ雛鞠。
「隆弘さんもうちの娘がすいません。見ての通り、思い込みが強いというか、感情がはっきりとしてるとでも言えばいいのか……」
「そんな……元はと言えば、俺が悪いんですし」
「まぁ、それに関してはその通りだよね」
「何か今、背中から刺されたような気分なんだけど!?」
確かにその通りだけどさ!
「ほら、雛鞠も。これから仕事でしょう? はやく準備してきなさい」
仕事……? 確か、雛鞠は佑奈の一個下だから、中学三年生だと思うけど、その年で、仕事?
「はーい」
若干、納得がいかなさそうな表情をしながらも。雛鞠は部屋を出ていく。その寸前、俺の方を振り向くと
「べーっ!」
仕返しとばかりに舌を出してきたのだった。
これは、完全に嫌われたな……。これからのことを考えると、頭が痛い、いや、俺が悪いんだけどね。
今後何とかなると思いたい……それに気になることもあるし……
「なぁ、佑奈……」
「雛鞠の仕事のこと?」
佑奈の言葉に頷く。察しがいいというか、流石幼なじみ様って感じだ。
「雛鞠はね、スカウトされて読者モデルをしてるんだよ。すごいでしょ!」
妹のことを自分のことのように嬉しく話す佑奈。
確かに、あのスタイルの良さなら納得だ。凹凸のしっかりとした体格で……いやいやいや、あれは事故だったし、できるだけ早く忘れてしまおう、うん。
「何か、ヤラしいこと考えてない?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
「怪しい……」
ジト目の佑奈を振り切って、俺は美佐子さんに向き直る。
「先ほどはありがとうございました。改めてと言いますか、真白隆弘です。よろしくお願いします」
「そんな硬くならなくても大丈夫ですよ。お久しぶりですね。佑奈の家庭教師、お願いしますね。あの子の成績は大変よろしくないので……」
表情を曇らせる美佐子さん。
そんなにまずいのか……チラッと佑奈の方を伺うと、視線を逸らされた。それどころか、吹けもしない口笛を吹いている始末だ。
これは覚悟を決めておいた方が良さそうだ。
「それと、一つお願いがあるのですが」
「お願いですか?」
なんだろうか、俺にできることなら、何でも力になりたい。
「雛鞠にも勉強を教えて欲しいんです。あの子も、高等部へ進学を希望しているのですが、少し学力が足らないようで……」
「まぁ……進学校ですからね……」
一応捕捉しておくと、俺の通う末吉学園は中等部と高等部が同じ敷地内に併設されている。加えて、末吉学園は超のつく名門進学校だ。そのため、内部進学の希望者であってもテストの難易度は外部からの学生と比べて、それほど変わらない。
「佑奈から聞いてますよ。同じ末吉学園で学年一位の成績を誇る秀才だって」
「しゅ、秀才って……そんなことは……」
流石に正面から言われると照れる。確かに、俺は学年一位の成績を持っているけど、秀才だとは別に思っていない。
「そんなことないでしょ。中学まではど底辺な成績だったのに、一生懸命努力して末吉学園の特待生制度を勝ち取ったんだから。それから、実力テストも学内模試だってずっと一位じゃん」
「へぇー、隆弘さんのことえらく詳しいのね」
ニヤニヤした笑みで美佐子さんは佑奈のことを見ている。
「ちょ、ちょっとお母さん! そう言う誤解を招くような言い方しないでよ」
「あら、誤解だったんですね……私はてっきり……」
「もーう! 勘弁してよお母さん!」
頭から湯気が出そうな勢いで、顔を真っ赤にさせている佑奈。
ここも仲いいなぁ……黒沢一家が本当に仲の良い家族というのが分かった。
「それで、どうでしょうか?」
改めて、美佐子さんが俺に問いかける。
「もちろん、大丈夫です。ただ──」
出会い方が出会い方だっただけに、素直に言う子を聞いてくれるとは思わないんだよなぁ……。
「そこに関しては大丈夫ですよ。必ず説得できますから」
「?」
自信満々に返事をする美佐子さん。丁度、そのタイミングで、
「ママー、準備できたし、そろそろ……」
雛鞠が戻ってきた。
「丁度良かったわ、雛鞠。新しい家庭教師の先生がみつかったわよ」
「急に? 一体誰って……もしかして──」
その途端、雛鞠の表情が一気に強張る。
「ええ、佑奈と一緒に隆弘さんに勉強を教えてもらいなさい」
その言葉を聞いた瞬間、
「絶対にお断りだわ!」
雛鞠から、剣のように鋭い声が向けられた。
まぁ、そうなるよね……。
「いいんですか? 隆弘さんは、末吉学園で学年一の秀才。お姉ちゃんと同じ高校に行きたいのなら教わるべきだと思いますよ」
「嘘っ!?」
雛鞠は驚いた表情で俺のことを見ている。それだけ、俺が学年一位というのが予想外だったんだろう。
「他の家庭教師ではあなたの成績は伸びなかったでしょう。なのでここは、優秀な生徒から勉強を教わる、というのもいいんじゃないですか」
美佐子さんの言葉に何も言わない雛鞠。プロでさえ、上手くいかなかったからこそ俺の出番。
筋は通っている。だからこそ、何も言えないんだろう。
というか、プロでさえ手を焼くってどれだけなのさ……俺にできるのか、 ちょっと不安になってきた……
「それにこれはあなたのリハビリも兼ねているんですよ。あなただって、このままではいいと思わないでしょう?」
「それは……うん……」
リハビリ?
「なら、今のあなたがすることは?」
「せ、先輩……こ、これから……よろしくお願いしますね……」
「顔! 顔が凄く引きつってるよ!」
めちゃめちゃ嫌そうな顔をした雛鞠が俺にお願いをしてきた。こうして、俺の生徒が一人増えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の投稿は、いつもと変更して18-19時の間になりますので、お待ちください。
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