第五話 「むぅ……その言い方はちょっとずるい……」
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
「ほら、起きてー朝だよー」
明るく元気の出てきそうな声が俺の耳に届いてくる。
「ん? んー……」
「全く……隆弘。真白隆宏くーん。朝よー」
身体が揺すぶられる。
「んー……仕方ないなぁ……あと三時間でいいから……」
「なんで隆弘が譲歩したみたいになってるのよ。まぁ、この可愛い寝顔を見てるということ聞きたくなっちゃうんだよなー。あと、一分だけだよ」
何を言っているのかよくわからなかったが、体が揺さぶられなくなった。
「そんな無防備な顔で寝てて、もーう……」
だが、髪と言うか頭に違和感を覚えた。
「それに大きい手、どれだけ距離が近くても男の子なんだよね」
次に違和感を覚えたのは手だった。プニプニと柔らかい感触がある。その感触も声も安心感がある。俺はその感覚に任せて、意識を手放そうとした時だった。
「一分たったよ、といっ!」
どこか少しずれた掛け声とともに、カーテンの開かれる音が響いた。
「うぇ……まぶしい……」
太陽の光が部屋中に差し込んできた。
目を開けると、、ショートカットの黒髪を三つ編みにした佑奈が立っていた。
「佑奈? ……どうし──」
言いかけて、思い出した。昨日から、佑奈の家に住むことになったんだっけ?
改めて、体調を確認するが、体が重いとかも特にない。体調はすっかり回復したようだ。
「起こしてくれてありがとうな。おかげさまですっかり、体調も良くなったよ」
「本当に! 良かった……病み上がりなんだから、しんどくなったりしたらすぐに言ってよ?」
「大丈夫だって」
幼なじみ様の心配性なところに思わず苦笑してしまう。
「昨日も話したけどさ──」
「覚えてるから大丈夫だよ。ただ、花守が午後から妹の付き添いをいないといけないの。車はもう用意してあるから、悪いんだけど、すぐに出かける支度してもらっていい?」
花守さんというのは、黒沢家につかえるメイドのことだ。お世話や車で送り迎えを担当しているらしい。
「分かった。すぐに準備するよ」
出かける先は、俺の家だ。学校の制服、着替え、参考書、仏壇等、黒沢邸へ移さないといけないものがある。そのため、佑奈に頼んで車を用意してもらったというわけだ。
「あ、朝食は私が用意してるから車の中で食べようね。といっても、おにぎりという簡単なもので申し訳ない……」
「そんなことないって! 作ってくれてるだけも俺は嬉しいんだからさ」
母さんと二人で暮らしていたからこそ分かるが、毎食用意するというのは本当に大変だ。だからこそ、簡単な物でもあっても本当にありがたい。
「そう? ありがとう。あ、ちゃんとラップせずに作ったら安心してね」
嬉しそうに苦笑した佑奈が一転、イタズラめいた口調を浮かべている
「どういうこと?」
「私の手についてる乳酸菌がおにぎりに付着して、ほら……私の乳酸菌が隆弘の体の中に、ね?」
「そんなこと言われたら、食べづらいんだけど!?」
なにその、一部のマニアックな層に受けそうな売り文句。まぁ、食べるけどさ。
「じゃ、そういう事だから楽しみにしててねー」
そう言い残して、佑奈は部屋を出ていった。
それから、出してもらった車に乗りこんで、俺の家に向かった。部屋にあった俺の私物、母さんの遺物、仏壇等を黒沢邸へ移した。俺が使わせてもらう部屋は寝かせてもらっていた部屋だ。
一応、言っとくと佑奈が握ってくれたおにぎりはおいしかったです……はい。ちなみに、佑奈の乳酸菌が体の中に入って、変な気持ちになりかけたのは内緒だ。
荷物の整理を終えた後、俺は佑奈に家の案内をしてもらった。
感想を言うなら、すごい(語彙力)に尽きた……。
トイレが四つに、浴室が五つ、庭にはプールとテニスコート。
部屋を間違えないように気を付けないと。
「お前の家、すげーな……」
「家に来るのは初めてだもんね。大丈夫、すぐに慣れるよ」
佑奈の言う通り、引っ越し後の家に来るのは初めだった。本当に慣れるんだろうか……しばらくは落ち着かない日々が続きそうだ。
「あとは……」
「なぁ、昌弘さん以外は家にいるのか? 早いうちに挨拶しときたいんだけど」
佑奈の思案を遮って聞いてみる。これからお世話になるんだ。早いに、こしたことはない。
「それもそうだね。ごめん、すっかり忘れていた」
苦笑する佑奈。
「妹もお母さんもまだ家にいるから大丈夫だよ」
ということは、その後に出かける予定があるのだろう。早いうちにすましてしまおう。
「分かった。それと、挨拶終わったら、さっそく今日から勉強するか」
「えっ……別に今日からじゃなくても良くない?」
その途端、露骨に嫌そうな顔をする佑奈。何か、嫌な予感がするなぁ……
「何でだよ……それと、末吉高校に入ってからのテストの結果とか全部持ってこいよ?」
お金をもらうんだ。今の佑奈の成績を正確に把握する必要があるし、当然だけどしっかりとやるつもりだ。
「……見て隆弘。あそこにトイレがあるわ」
「話のそらし方がざつ!」
どんだけ自分の成績を見せたくないのさ。
「佑奈の成績が悪いのは知ってるし、今更何も言わねーよ」
「本当に……?」
不安そうな顔を浮かべる佑奈。一体、どれほどの成績なのだろうか。
「本当だよ、本当。俺は絶対に見捨てたりしないし、できるまで何度も付き合うから。俺を信じてくれよ。幼なじみだろ、俺たち」
「むぅ……その言い方はちょっとずるい……でも、約束だからね」
頬を赤らめながらも、佑奈は少し悔しそうに返事をしていた。
「じゃあ、私はテストとか持ってくるから、ちょっと待ってて。そしたら紹介するね」
「はいよー……」
佑奈のお母さんと妹さんに挨拶か……小学校の時以来だから緊張するな。一度、トイレにでも行って気持ちを落ち着けよう。
今、思えばこの考えがいけなかった。
緊張していたことに加え、引っ越し先の家だ。広いからこそ、どこに何の部屋があるのか覚えていなかった。
「へっ…………?」
「…………おん?」
空気が凍った。
トイレと思って開けたドア。
その部屋は、可愛らしい人形といった私物が溢れていた……着替え中の裸の女の子と共に。
きっと、これから出かける予定があるから身支度を整えていたのだろう。佑奈の言葉を思い返しながら、そんな現実逃避じみたことを考えていた。
「……………………」
「……………………」
向こうも突然のことに驚いているようで、裸のまま固まっていた。いや、時が止まっていたとでもいうべきだろうか。
それにしても……うん。すごくスタイルがいいな。足も長いし、まるでモデルのようだ。きっと、学校でもモテるにちがいない……この状況、どうしよっか……どう考えても佑奈の妹だよな……終わった。
「……………………」
「……………………」
俺はこの場を乗り切る的確な言い訳が思いつかないままだった。
そして、お互いに黙ったまま見つめ合ってしまう。
しかし、その沈黙は一瞬のことで、
「キャアアアアアアアアアアアッッ!!」
家中に悲鳴が響き渡った。
「隆弘、サイテー」
追い打ちをかけるかのように、後ろには、ゴミを見るような眼で俺のことを睨みつける佑奈が立っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の投稿は20~21時の間の予定になりますので、お待ちください。
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