第04話 「君のおかげだ……本当にありがとう」
予定を変更して、本日は二話投稿です。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
「お父さん、どうしたの……?」
「隆弘君に、少し挨拶をしたくてね」
部屋に入ってきたのは佑奈のお父さん──昌弘さんだった。やや細身のシュッとした体格で、ひげも丁寧にそられており、すごく爽やかというか清潔感溢れる人だ。
「急に? それにこんな時間に……」
時刻は、午前四時前。どうも、佑奈と話しこんでいたらしい。
「朝一で海外へ向かわないといけないから、早起きしたんだよ。時間に余裕あるから、隆弘君にも挨拶しておこうと思ってね」
挨拶ね……娘に手を出すなとでも釘を刺されるのだろうか。そう考えるだけで、背筋に冷たい汗が流れ始める。
「体調を崩しているっていうのに、すまないね。ただ、今日を逃してしまうと暫く挨拶できなさそうだったからね。久ぶり……小学校の時以来かな」
「そうですね、お久しぶりです」
俺と佑奈の家がまだ、隣同士だった頃の話だ。
その時はまだ、佑奈のお父さんの会社はそこまで大きいものではなかった。しかし、ある日を境に一気に急成長した。加えて、黒沢家の家族が増えるということもあって引っ越していったのだった。
だから、最後にあったのは小学校の時で間違いない。
「ところで佑奈。隆弘君に、おかゆでも作ってあげたらどうだい?」
「急に? このタイミングで? 挨拶も途中じゃん」
訝しんだ様子で昌弘さんを見る佑奈。
まぁ、確かに急だよね、裏を返せば、佑奈に話せれないことがあるんだろうけど……
「いや、父さんは作ってあげた方がいいと思うな。というか、作ってあげなさい!」
「話の持っていきかたが露骨! どう考えても、私の隆弘に変な事話すつもりでしょ」
「すでに、佑奈は君の物なのか……」
顔を青ざめさせながら、壊れたブリキ人形のように首を動かして俺のことを見てくる。
「いえ、違います……」
「ふぅ……それは安心だ。流石に、まだ早すぎるからね」
昌弘さんはほっと胸をなでおろしている。
うーん、昌弘さんって結構愉快というか、喜怒哀楽はっきりしている人だなぁ。
小学校の頃は緊張して、あまり話したことなかったけど、こんな感じの人だったのか。全然、知らなかった。
「今はまだ、だもんね♪」
「そんな意味深な言い方するなよ!」
しかも親の前!
まぁ、佑奈にもらった恩を考えたら今後、佑奈に逆らえなくなりそうで怖いけど……。
「ほら、佑奈。隆弘君に作るつもりで準備はしていたんだろう? 行ってきなさい」
「お父さん! 本気で言ってるの!」
かなり露骨な昌弘さんに佑奈はかなり不機嫌気味だ。
「それとも、私がこの場にいたら困るっていうの!」
「そうじゃなくて! 佑奈には聞かせたくない話があるんだよ!」
「そんなの聞くと余計に出ていけないって! どう考えても不吉な予感しかしないもん!」
ギャーギャー言い争っているというか。仲良く喧嘩している黒沢家族。仲良いなぁ……ただ、話の中心が俺なので口を出しづらいが……
「佑奈。少しだけ食欲も出てきたから、おかゆ作ってもらっていい?」
これからお世話になるんだ。挨拶はきちんとしておくべきだ。
変なことは言われないと思うし……多分。
「隆弘……もーう、分かった」
俺が声を掛けると、佑奈は渋々ながらも納得してくれたようだ。
「でも、もしお父さんに変な事言われたら私にすぐ言ってね」
「お父さん、そんなに信用のないのかな……悲しい……」
昌弘さんは、佑奈の言葉に目を光らせていた。
「じゃあ、私はおかゆ作ってくるから……」
少々、口を尖らせている佑奈は俺達に言葉をかけると、部屋を出ていった。そして、佑奈が座っていた椅子に、昌弘さんが腰を下ろす。
昌弘さんと部屋で二人きりになったので、少々、緊張するが思い切って俺から尋ねてみた。
「それで、お話というのは?」
「ああ、そんなに緊張しなくてもいいよ。君の住み込みを反対するとか、そういう話じゃないから」
それを聞いて少しだけ安心した。ただ、住み込み関係だと思っていただけに、余計に分からなくなったけど。
「なら一体……って、ちょっと、頭を上げてください!」
突然のことに声が裏返ってしまった。なぜなら、昌弘さんは俺に向かって頭を下げてきたのだから。
「小学校の時、佑奈を守ってくれてありがとう。その時のお礼がずっと言いたかった」
「あの時って……あいつが太っていたときのことですよね……」
「ああ、そのことで間違いない」
今でこそ、華奢で小柄な体型だが、小学校の頃はクラスの中で一番太っていた。
黒髪と合わさって、当時のあだ名は『アグー豚』やら『黒豚』なんて言われて、いじめられていた。
「丁度、私と妻は会社が成長してきたこともあって、娘たちのことをしっかりと見てやれなかった……学校の先生からの電話で、いじめられていたことを知った時は親失格だと思ったよ」
昌弘さんの言葉には後悔の念と悔しさが滲んでいた。
「それと同時に、君が娘のことを守ってくれていたと聞いて、どれだけ安堵したことか……」
「そんな……」
あの時は、意地悪な男子たちから佑奈はいじめられていた。だけど、友達として幼なじみとして守ってやることは当然のことだ。だからこそ、頭を下げてお礼を言われるとは思っていなかった。
「そんな佑奈が『やせてきれいになりたい』って、言ったときはどれだけ感動したか……佑奈がそんな強さを持てたのも、努力できたも、今、楽しそうに笑っているのも間違いなく、隆弘君のおかげだ。本当にありがとう……」
そこで言葉を区切って、昌弘さんは頭を上げる。心なしか、少しだけ声に涙色が含まれていた。
「そんな君がピンチになったと聞かされたんだ。恩人である君のためなら、いくらでも、私達は力になるさ」
「昌弘さん……」
バイト内容が、あそこまで好条件な理由がようやく氷解した。
「ありがとうございます……俺は本当に恵まれてます。悲しさを分け合ってくれる子がいて、助けてくれる人もいて、本当になんとお礼を言えばいいのか……」
俺は今後、この恩をどうやって返していけばいいのだろうか。何かしらの形で返していきたいと思う。
「恵まれているわけじゃないと思うよ」
「えっ……?」
「私の持論なんだが、何か困ってることがあって、すぐに手を差し伸べてくれる人がいるのは、その人の人徳だ。人徳のあるきみだからこそ、救いの手があるんだよ。それは誇れることだ」
「あ、ありがとうございます……」
こうも、正面から言われると落ち着かない。一流企業の社長ともなればなおさらだ。
丁度、そのタイミングで、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「もう入ってもいい? おかゆできたんだけど」
「ああ、もう大丈夫だ。隆弘君、くれぐれもこの話は二人だけの秘密ということで」
「はい、分かりました」
「じゃあ、私もそろそろ仕事に向かうから」
佑奈と入れ替わりで昌弘さんが部屋を出ていく。
「隆弘、大丈夫だった? お父さん、変な事言わなかった?」
頬を膨らませた佑奈が俺に尋ねてきた。
「そうだなー、素敵なお父さんだと思ったよ」
「えっ!? ちょっと待って! 本当に何話したの!」
「うーん、内緒だな」
「もーう、気になるなぁ……」
そして、この日は佑奈の作ってくれたおかゆを食べて俺も寝た。起きたら、佑奈の家族との対面だ。緊張するけど、しっかりと挨拶しないとな。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次話の投稿は20~21時の間になりますので、お待ちください。
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